2 冥石
『
またの名をバーミル王国の神話に登場する冥界の王ジラーにちなみ『ジラッグ』とも呼ばれるその石がバーミルの民の鉱業を妨げる原因になっていた。
伝承によればバーミル王国がある地で冥王ジラーと獣の神が戦い、引き裂かれたジラーの肉体が周囲の山となったと伝えられていた。そして山を荒らす者はジラーの呪いを受けるという。
その伝承を裏付けるように山は人を寄せ付けなかった。その原因こそが『冥石』に他ならない。
人が持つ魔力に反応し内包されている力が暴発、握りこぶし大の冥石で集落一つを消し飛ばすほどの被害を及ぼした。
当然、鉱石の採掘にも危険は伴いバーミル王国やそれ以前に同じ地を支配していた者たちも豊かさを求め冥王の屍である険しい山に手を出したが、それが成功した事はなかった。
新たな支配者である帝国もこの謎の石に興味を持ち錬金術師、学者などあらゆる人材を動員したが誰もこの厄介な、けれども可能性を秘めた石の力を御することは出来なかった。
一年前までは。
パンフレットには書かれていないが、一年半前とある世界と帝国が接触を持った事、そしてその世界から『冥石』に関する採掘と加工技術を手に入れた事でバーミル王国は新たな繁栄の時代を迎える……かと思われた。
だが採掘を含め『冥石』に関する事業は全て帝国が行うことになりバーミル王国は蚊帳の外に置かれる形となった。しかし『冥石』採掘後の鉱山の権利や冥石以外の鉱物に関する全ての権利は王国に譲られる条約が結ばれていたため王国内には表立っての不満はなく、以前と変わらず長閑な国であるという。
(それでも帝国の採掘がある程度終われば色々変化があるんだろうな)
既にいくつかのレアメタルの鉱床も見つかっており、先を見据えて水面下で様々な国と交渉が活発に行われているという噂もある。それに冥石の脅威が排除されればトンネルを掘る事も出来るようになり交通の便も良くなっていくだろう。
それが良い将来に結びつくことを願いながら、長閑さをアピールしている古いバーミル王国のパンフレットを鞄にしまった。
「あら、あまり眠れませんでしたか?」
エミルに声を掛けてきたのは三十代半ばほどのふくよかな客室乗務員の女性だった。一人で飛行船に乗っていたエミルを気にかけて色々気を使ってくれ快適な空の旅を提供してくれた人だ。。
「ええ、あまりこういう飛行船に乗った事がなくて。結構揺れる物なんですね」
「新しいタイプの飛行船なら振動もエンジンの音も静かなんですが、辺境行きの船に回すほど数に余裕がある物ではないですから」
女性の言うように飛行船はまだまだ貴重な物だ。
エルゼスト帝国がある第一世界では、かなりの数が作られているが、それ以外の世界ではまだまだ配備数が少ない。
それは飛行船そのものや技術が不必要に帝国外に出ないようにしているからに他ならない。実際、帝国に断りなく飛行船を建造していたことが発覚しとり潰された国や領地は少なくないという。
飛行船を用いた人や物の輸送も基本は各世界の帝国直轄地が管理しており現地の国や人が携わる事はまずない。この飛行船も操縦や整備は本国の人間が行っている。
「あなたも最近バーミル王国に出来たって言う学校に通うのですか?」
「ええ、そうです」
「やっぱり! 確か帝国直轄の軍学校でしたよね。でも、あなたみたいな可愛い女の子が一人で行くなんてご両親も心配しているでしょう?」
その言葉に思わずエミルの頬が引き攣る。
肩まである美しい銀髪、中性的な顔つきに背が低く華奢な体の所為でよく間違われるがエミルはれっきとした男の子である。
「あの、僕は男なんですけど……」
「え……? あっ、失礼しました!」
「いえ、いいんですよ。ハハハ……」
どうやら気にかけてくれていたのは女の子だと思われていた事も大きかったようだ。小さい頃からよく間違われていたが十三歳になってもまだ間違われる事にエミルはショックだった。
(色々経験して男っぽくなったと思ったんだけどなぁ)
自分で思うほど、あまり男らしくはなれていない事にエミルは女性にこれ以上気を使わせないように心の中でため息をついた。
そんな少し気まずい空気を払うように客席と操縦席を仕切る壁に付けられた赤いランプが点灯した。
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