26 暴威
無理やり結界内の放り込まれてしまったシルヴィナが慌てて出ようとするも見えない壁に阻まれてしまう。
「ハッ、もう怖気ついているのかよ。所詮、スペアの二組だな」
「スペア?」
「一組以外の連中は言ってみれば俺らに欠員が出た時の代わりに過ぎねえって事だよ。ちょうどいい、あの銀髪のガキの前に腕慣らしをさせてもらうぜ!」
武骨な巨大ハンマーを肩に担いで一組のジェフ・ブルックスが傲慢に言い放ちシルヴィナに走り寄り武器を振りかぶる。シルヴィナが知る由もなかったが、彼がエミルに対し憎々し気な視線を送っていた人物である。
クラス分けが基礎学力を元に行われたという事を曲解し、自分を含む一組が選ばれたエリートと思い込んでいるのである。そして
不運にもそのシルヴィナはその感情のはけ口にされたのである。
「シルヴィ、避けて!」
「ふああああああ!?」
自分の肩幅より大きいジェフのハンマーをシルヴィナは情けない悲鳴をあげながらも躱す。それが出来たのも勇石によって彼女の身体能力が上がっていたおかげだろう。
さっきまでシルヴィナがいた場所をハンマーが直撃し地面が陥没したのを見てジェフが舌打ちする。
「ちょっと先生、アイツ全然手加減出来てないじゃない! あんなの喰らったらシルヴィが死ぬわよ!」
「あれは避けられた瞬間に威力をもどしたんだろ」
「いや、絶対違うっての! ちょっと結界解いて中止しなさいよ!」
実はこの時のモナカの発言は正しかった。
相手を負かしてやろう、自分の力を思い知らせてやろうというジェフのイメージは手加減をするというイメージを遥に上回っていた。その為に彼のハンマーは全く威力を減じることなくシルヴィナに振るわれていた。
「おい、どうした! 逃げ回るだけか」
(そ、そんな事言ったって~!)
身を屈めて頭の上を音を立てて通り過ぎるハンマーに背筋が凍る。
シルヴィナも一国の姫として武術も多少学んでいた。だが大人しい性格のためか才能が目覚めることは無く早々に訓練をギブアップした過去があった。しかし今その時学んだことが初めて生かされシルヴィナの命を何とか繋ぎ止めていた。
(相手の動きをよく見てぎりぎりでかわしていけば……)
ジェフの動きはかなり単調であり避けるだけなら何とかなりそうだ。だが、そこから先はどうすればいいのかが分からない。
「逃げてばかりじゃ意味ないでしょ、反撃するのよ、反撃!」
モナカの言う通り避けた後に攻撃すれば勝って終わらせることが出来る。それは分かっているのだが、いくら念じても祈っても願ってもシルヴィナの周りに浮かぶ光球はなんの反応もしてくれずただついてくるだけだ。
(これは能力の訓練だから魔術を使う訳にはいかないし、どうしよう~)
「俺をおちょくってるのか! いい加減に、しやがれぇぇぇっ!」
「きゃああああ!」
頭に血が昇ったジェフの一撃は地面に当たったハンマーの先端から強烈な衝撃波を発生させギリギリで回避したシルヴィナの華奢な体が吹き飛ばされた。「そこまで!」とマリーが模擬戦の終了を宣言するが――。
「くたばれぇぇっ!」
その声は怒り心頭のジェフに届かずハンマーを振りかぶったまま気を失っているシルヴィナに走り寄る。
「マリー、あのバカを止めろ!」
「は、はい! 結界を――」
「ダメ、間に合わない!」
ジェフの異常な行動に気づいたセドアがマリーに命令を出すが遅すぎた。
モナカの悲痛な叫びが訓練場に無情に響く。
だがその悲鳴は金属同士がぶつかるような耳障りな音に掻き消され、ハンマーを振り下ろそうとしていたジェフの体が後ろに吹っ飛ばされた。
「なんでいきなり殺し合いをしているんですか?」
「エミル!」
「てめえっ、邪魔すんじゃねえよ!」
ライフル銃を構えたエミルにモナカの歓声をジェフの怒声に遮られる。
「遠くから見てましたけど勝負はついていたんでしょう、先生?」
「あ、ああ……」
「俺を無視してんじゃねぞ、このクソガキが!」
怒るジェフを無視してマリーに確認をとるエミル。元から気に入らないと思っていた相手に無視された事でジェフの顔が見たこともないほどに紅く染まる。それに呼応するようにハンマーからも蒸気のような物が噴き出す。
「ちょうどいい、俺はてめえをぶっ倒したかったんだ。次の相手はてめえだ!」
マリーが制止する間もなくジェフが地面を蹴る。その瞬発力は先ほどまでと比べ物にならない程鋭く速い。彼の怒りや興奮といった精神が勇石に大きく影響しているのは明らかだった。そして繰り出される一撃は全く手加減のない殺意を伴う必殺の一撃である事は明らかだ。
だがエミルはジェフに冷たい視線を向けたまま、動じる様子もなく何を思ったか手にした銃を地面に落とした。
「おらっ、潰れちまえよ!」
ジェフがハンマーを振り下ろそうとした瞬間、その両手首をエミルは自分の両手で掴んだ。そのままジェフ以上の速度でエミルは体を回転させ背の高いジェフの胸に自分の背中を押し付ける。後はそのまま重心が上に寄っていたジェフの腹を腰で払い上げ重心を更に上へ押し上げてやる。
「うああああああっ!」
走った勢いも上乗せされた歪な背負い投げでジェフの体は綺麗に一回転して地面に叩きつけられた。両腕を抑えらた状態では受け身をとる事も出来ず肺の中の空気が一気に口から吐きだされる。
だが、エミルの攻撃はまだ終わってはいない。
ジェフが動けない隙に左腕を抑え強引にうつ伏せにすると、そのまま背中を膝で押さえつけ左腕を捻じりあげる。
「ぐああああああっ! 放しやがれえええええっ!」
ジェフが暴れて抵抗しようとする前にエミルの右手が彼の左腕にあるブレスレットを外しマリーの方へ放り投げる。
「僕の勝ちだ。仲間を傷つけるような奴に勇石を扱う資格はない」
勇石を奪われ武器と力を失ったジェフを開放しエミルは冷たく言い放つ。
「何が仲間だ! ふざけるなよ、
「ふざけているのは貴様だ、ガキが」
スッとジェフの後ろに現れたセドアの首筋を狙った手刀でジェフが沈黙する。
「おい、お前らはあの娘を医務室へ運べ」
「は、はい!」
「俺は医務室の先生に先に知らせてくる!」
「あたしが背負って運ぶ!」
セドアに指名されたシルヴィナ、ザカット、レスターがそれぞれ慌ただしく動き出す中でセドアの前に立つエミルは微動だにしない。
「エミル・イクス、お前は勝手な行動をした罰で訓練場を十周、もちろん能力は使わずにだ。行け!」
「はい!」
セドアの決定に周囲の生徒から不満の声が出るがエミルは一切反論せず拾い上げた銃をクラスメイトに預け訓練場の外周を走り始めた。
「マリー、続きはやっておけ」
「隊長……じゃなかった、教官殿は?」
「俺はこのバカを反省室に放り込んでくる。一人で頭を冷やす時間が必要だろう、こういう思いあがったバカにはな」
そう言うとセドアは気絶しているジェフの襟をつかみ引きずって校舎の方へ歩いていった。
「やれやれ、それじゃあ続きを~って、結界発生装置が壊れて……え?」
訓練場の隅にある
なぜなら中に入っていた魔石は粉々に砕け繋いであった回線も全て焼け落ちていたからだ。
その時になってマリーは自分が思い違いをしていた事に気づく。
(あたしは結界を解いた後にエミル君の攻撃が来たんだと思ってた。けどそうじゃない。あの子は結界をぶち抜いたうえでハンマーに当てたんだ……)
この装置が生み出す結界はかなり強力で今までの勇石を用いた訓練中でも壊された事は一度もない。マリーでも全力で攻撃しても破れるか怪しい。
(しかもただ破壊したんじゃない。少しでも結界に干渉を受ければ弾はどこに飛んでいくか分からない。でもあの子は攻撃を当てて見せた)
それはエミルの攻撃は一切結界に阻まれることなく貫通したという事。それにどれだけの力が込められていたのかはこの魔石を見れば分かる。
(ただの学生と思わない方がいいみたいだね)
蓋を締め額の冷や汗が生徒にバレないように祈りながらマリーは生徒に自習を言い渡し修理が出来そうな技師を捜すため研究所へ走り出す。
この事をどうセドアに報告するかに頭を悩ませながら。
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