25 模擬戦

 最後まで手こずっていた子もマリーとエミルのアドバイスを得て無事に能力を発現し二クラス全員が無事能力の発現に成功した。

 訓練場を覆っていた焦燥感は高揚感に取って代わられ騒がしくなってきた。


 「よし、そこまでだ。これよりクラスに別れての一対一の模擬戦を行う」

 

 セドアの言葉に訓練場の空気が再び二分された。

 一方は高揚感のままに早く自分の力を試したい生徒たち。

 一方は自信がなく今にも逃げ出しそうな顔をした生徒たちだ。


 「けど教官、剣とか出している奴に切られたら危ないんじゃないですか?」


 すっかり生徒代表質問係になっているザカットにセドアはただ冷たい視線を送るだけだ。

 さすがのザカットも何かマズイ質問でもしたかと焦り始めるが、どうやら機嫌を損ねた訳ではないようで、セドアはマリーに向け顎をしゃくる。


 「はいはい、分かりました~。では失礼して――その答えは、こうだっ!」

 「どわっ!」

 

 突然マリーが両手に出現させた淡く緑色に輝くダガーでザカットを切り裂いた。

 その光景に生徒たちの悲鳴が上がり、マリーを避けるように逃げていく。

 ザカットの近くにいたレスターとモナカは逃げる事も忘れ口をパクパクさせ、シルヴィナに至っては腰を抜かしてしまっている。


 「あの~、せめて説明してからの方が良かったのでは?」

 「インパクトがあった方がいいかと思ってね。さあて、皆さん、お立合い~。どうよ、切られた感想は?」


 冷ややかなエミルの態度にやりすぎたという反省のないマリーが硬直しているザカットの背中を叩いた。


 「……あれ、痛くねぇ、ていうか傷もねえ! むしろ叩かれた背中が痛えっ!」

 

 何後もなく生きているザカットを見た生徒たちが再びざわめきだす。


 「一体どういう事なのよ?」


 一向に説明しようとしないセドアとマリーの態度に焦れてモナカがエミルに説明を求める。勝手に説明していいのか困ったエミルが先生二人を交互に見るがどうやら説明はエミルにやらせるつもりのようだ。

 他の生徒もエミルに注目しもはや誰が先生なのか分からない状態にため息をつきマリーの行動の種明かしを始めた。


 「簡単に言えば勇石の能力は勇士ブレイバーの意思で強弱をつけられる。つまり手加減が出来るんだ。さっきのマリー先生の攻撃は対象を傷つけないように限界まで弱めたからザカットの体を通り抜けただけで傷つける事はなかった。そうですよね?」

 「そう言う事さ。それでエミル、実際に手加減するにはどうすればいいんだ?」

 「ホントに全部僕にやらせるつもりですね。やり方は簡単でただ相手を傷つけないと思えばいいんだ。それで勇石は応えてくれるはず……でいいんですよね?」


 腕に嵌めているのが勇石ではないエミルにマリーが満足げに頷く。


 「ああ、合っている。いいかい、勇石を扱うのに一番必要なのはイメージさ。アタシが持ってる短剣だってイメージ次第では……!」


 マリーが勢いよく空に投げたダガーが回転しながら楕円の軌道を描きマリーの手元に戻ってくる。それを見た生徒たちの驚いた顔にマリーは満足そうな表情を浮かべる。


 「こんな風に扱う事も出来るってことさ。威力を弱めるのも、こういった技を磨く訓練になる。とりあえず十分くらい時間をやるから各自手加減の仕方を体に覚え込ませな」


 マリーの指示を受けて再び生徒たちはグループに別れ、それぞれの武器や能力の手加減の仕方を試し合う。



 「ほら、これでどう?」

 「痛って! お前、それただの金属の棒じゃねえか!」

 「ええ~。痛っ、あんたの分身の剣も十分痛いわよ!」

 

 「変身能力者の場合はどうすれば?」

 「ああ、お前らは単に力を入れ過ぎないように気を付ければいいさ。武器が欲しい奴はそこにある模擬戦用のを好きに持ってけ」


 そう答えたマリーは自分の後ろの置いてある訓練用の武器を指さした。剣、槍、弓矢に銃と一通りの種類は揃っておりレスターは銃身の長い魔動銃を取り出す。内蔵されている魔石は非常に質の低い物で当たっても大したダメージにはならないようになっている。


 そしてモナカ、サガット、レスターがそれぞれ自分の練習を開始したのを見ながらシルヴィナは途方に暮れていた。


 「シルヴィナさんは練習しないの?」

 「あっ……うん、したいんだけど」


 心配そうに話しかけてきたエミルにどう話せばいいのか分からずにシルヴィナは顔を俯き、元々長い前髪が更に目を覆い隠してしまっていた。

 確かに彼女は能力を発現し二つの光球を生み出した。だがそれをどう扱えばいいのかがさっぱり分からずにいたのだ。

 モナカを含め他の生徒がごく自然に能力を使っているのを見て自分が何かおかしいのかと不安になり誰にも相談できずにいた。


 (でもエミル君なら分かってくれるかもしれない)


 意を決して顔をあげて助けを乞おうとした時、「エミル・イクス」と男の声が訓練場に響いた。声の主は黙って訓練を見ていたセドアであった。


 「ごめん、呼ばれたからちょっと行ってくるよ」

 「う、うん、行ってらっしゃい」


 すぐに話しが終わるのをシルヴィナは期待したが、エミルは話しが終わると

寮の方へ走って行ってしまった。


 (ど、どうしよう。こうなったらマリー先生に……)


 だが、それはあまりに不幸で最悪のタイミングだった。

 

 「よし、そろそろいいだろ。それじゃ模擬戦を……。おお、お前、大人しそうな外見の割にやる気だな! よし、二組の一番手はお前だ!」

 「へ? え? ええ~!? 違います、そうじゃないんです……!」


 シルヴィナが声を掛けようとマリーに近づいたところに、ちょうどマリーが振り向いた。タイミング悪く話を聞いてもらおうとシルヴィナが手を挙げていたために模擬戦に立候補したのだと勘違いしてしまった。


 「それじゃ一組は……」

 「俺がやります!」

 「おっ、こっちも立候補か! やる気があるのはいい事だ! それじゃ二人ともそこの線に中に入れ!」

 「だから違うんです……手を引っ張らないで~」


 ザカットとの殴り合い(もちろん手加減している)をしていたモナカが親友の悲痛な叫び声に気づいた時は遅かった。


 「周りに被害が及ばないように結界を張るぞ。勝負は相手に一撃を加えるまでだ。牽制に使う分には能力に制限をかける必要はないぞ。両者、思いっきりやれ!」

 「な、なんでシルヴィが戦ってるの!? ちょっと、先生!」

 「それでは、始め!」


 モナカの抗議を無視して無情にも模擬戦開始の合図が出されてしまうのだった。

 

 

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