17 女子寮の一幕
時間は少し遡りエミルがレディンと学長室へ向かった後の駐車場。
荷物を片付け終えたシルヴィナ達の元に一人の女生徒が歩いてきた。年はシルヴィナより少し上で制服をきっちり着こなしている。
後部が凹んでいるバスや物々しい駐車場の雰囲気に少し驚いたような顔をしていたが、隅にいた移動していた新入生たちに気づくと小走りに近寄ってきた。
「ようこそ、バーミル学園へ……と陽気に歓迎できればよかったのですけど、そういう気分にはなれませんよね。ともあれ、ここは安全ですから皆さん、安心してくださいね」
にこやかに笑う女生徒に残っていた新入生たちはどう言えばいいか分からず困惑するしか出来なかった。その安全な場所の目と鼻の先で襲撃を受けたのだから無理もないだろう。
自分の言っている事に今一つ信用が得られていないと気づいた女生徒は顔を引き締め背筋を伸ばし左腕に嵌められたブレスレットを見せた。
「兵士さんだけではありません。私たち『
その原因となった男子寮破壊事件をシルヴィナ達が知るのは少し後になる。
「あっと、ここでいつまでも話しをしている訳にはいきませんでした。それでは皆さん、寮まで案内します。遅れずについて来て下さいね」
そういって女生徒は先頭に立って歩き始めた。
エミルが通った別荘地の旧門を通り、校舎の中を通らず西側を周り、真っ直ぐに道なりに進んでいき三つの寮が見えてきた。
ちょうどそこに花壇の手入れをしていた初老の男性が立ち上がり女生徒に手を振って挨拶した。
「やあ、リゼさん。その子たちが最後かい?」
「はい……あっ、いいえ。後でもう一人男の子が来るそうです」
「その子も怪我したのかい?」
「いえ、事故の件を報告するために学長室に呼ばれたそうです」
リゼと呼ばれた女生徒が事故と表現したのは一般生徒には野獣との衝突事故と知らされていた為である。
しかし、レディンの様な一部の学生はこの近辺に車両を脅かすほどの大型の獣がいない事、やけに軍が慌ただしく動いている事に疑問を持つ者もいた。
リゼも実際にバスの被害を見て「ただの事故ではないのでは」と思い始めていたが被害に遭った新入生に聞くのも憚られ仕事に専念して疑念を忘れようと努めていた。
「皆さん、この方は男子寮の寮長さんです。寮長さん、男の子の方はお任せしていいですか?」
「ああ、もちろん。それじゃ男の子は私について来てくれ」
男子を見送ったリゼは「女子寮はこっちです」と東側にある建物を指さし残った女子の前に立って再び歩き出した。
女子寮に近づくと玄関脇にある窓が開き、気だるそうな化粧の濃い三十代くらいと思われる女性が顔を出した。
「ん~、ああリゼちゃんか~。どしたの、授業さぼって?」
「人聞きの悪い事言わないでください! ほら、寮長さん、あとはあなたの仕事ですよ。もう、向こうの寮長さんはいい人なのにどうしてこっちは……」
「失礼ね~。あたしだって、ちゃんと仕事しているでしょ。はいはい、学生は勉強が本分。真面目ちゃんは帰った、帰った」
「言われなくても戻ります! それじゃ、皆さん、また後で!」
そう言うとリゼは小走りでチャイムの鳴る校舎の方へ走っていった。
残されたシルヴィナ達は「さ、あなた達はこっちよ~」という寮長の声に導かれ玄関に入る。
女子寮の構造は男子寮と左右対称になっていて内装や部屋の位置は全て同じになっている。ロビーでは私服姿の新入生がおしゃべりに花を咲かせていたがシルヴィナ達に気づくと事故について根掘り葉掘り話を聞こうとしてきた。
「はいはい、おしゃべりは後でいくらでも出来るでしょ~。まずは荷物を降ろさせてあげなさいな」
やんわりと色めき立つ少女たちを押しとどめた寮長がシルヴィナ達の前に立つ。背はそれほど高くないが胸は豊満でボタンを開けたシャツから谷間がチラチラ見える。
「うわ~、セクシー」
匂い立つ色気にあてられたモナカの呟きに寮長はウィンクを返して――。
「あら、ありがとう。そうでしょ、私って魅力的でしょ? なのに全然男が捕まらなくてね~。この前だって……ってこんな話してたら学長に怒られるわね。それじゃ、みんなこの紙を受け取ってちょうだい」
受け取った紙には既に自分がどの部屋に割り当てられたか書いてある。シルヴィナとモナカは五階の部屋で同室になっていた。
「しばらくはその紙に書いてある部屋で生活してちょうだい。なにか問題があったらその時はあたしかさっきあなた達を連れてきた女子寮の生徒代表のリゼに言ってね。それじゃ低い階の子から鍵を渡すわね。四階までの子は階段、それ以上の階の子は昇降機で部屋に行ってちょうだい。寮のルールに関しては部屋の机の上に紙に書いてあるから目をきちんと通す事。いいわね?」
『はい!』
「ふふ、意外と元気そうで安心したわ。それじゃお昼までのんびりしてなさいな」
ほとんどの子が階段を使う中で六人三組が昇降機を使うことになった。仕事を終えた寮長はだらしなく欠伸を噛み殺しながら受付に戻っていく。
「ねぇ、あなたたちは何階?」
「五階よ。そっちは?」
「九階。そっちは……六階か。これどういう基準で階を選んだのかしら?」
「適当に寮長さんが決めたんじゃない?」
「それは……あり得るかも」
ここにいる全員の寮長に対する印象は一致しているようだ。緩い寮長のおかげで事件とこれからの生活に対する緊張も少し解れロビーに居た子たちに見送られシルヴィナとモナカを含んだ六人は他愛もない話をしながら昇降機に乗り込んだ。
「それじゃ、お先に~」
五階に着く扉が開くと同時に、手を振って元気よく降りるモナカを追いかけるようにシルヴィナも残った四人に軽く頭を下げて降りた。
寮の部屋は向かい合うように部屋が十室、階の両端に洗面所とトイレがある構造になっている。人の気配はなく他の部屋の人は誰もいないようだった。
「あたしたちは五階の一号室だからあっちね」
壁に貼り付けてある案内板を見て二人はこれから自分たちが生活する部屋に向かい鍵を開けて足を踏み入れる。ベッド、チェスト、机と備品は二つずつ用意されている。部屋の隅には予め送っておいた荷物もおいてある。
「ふあ~、疲れた~」
モナカが持ってきた大きな荷物を床に放り出しベッドにダイブする。シルヴィナも荷物を床に置いてもう一つのベッドに座った。周りに誰もいなくなり気を張る必要がなくなった途端、どっと疲れが襲ってきた。
「なんか大変だったね。改めてよく無事に着けたものだわ」
「それもこれもエミル君がいてくれたおかげだよね」
「そう? いなくてもシルヴィならどうにかできたんじゃない?」
「わ、私なんて無理だよ!」
シルヴィナは無意識にベルトに吊るされたワンドに触れる。それはかつて大魔術師と呼ばれた師が最期にシルヴィナに託した物だった。表面には様々な
シルヴィナの師はこのワンドで様々な高度な魔術を詠唱や儀式を用いず使っていた。しかしその使い方を教える前に師が病で世を去ってしまったためシルヴィナにはまだ十分に使いこなすことは出来ない。
もし使いこなせていたのならモナカの言うようにあの事態に対処できていたのだろうか?
(あの時私は頭の中が真っ白だった。ううん、私だけじゃない、他のみんなも。でもエミル君だけは違った。それにあのシルバースターっていう銃。私のワンドと同じで色々な魔術陣が刻まれていた。ひょっとしてエミル君は私と同じ系統の魔術を学んだのかも。ならこのワンドの使い方も知っていたりするかな)
「お~い、何夢見る女の子みたいな顔して呆けているのよ~。はは~ん、当ててあげようか? どうせエミルの事を考えてたんでしょ」
「え!?」
「図星ね。そうよね~、最初にホテルの窓からアイツを見つけた時、まるで運命の人を見つけたような顔をしてたもんね」
「なっ、なっ!?」
「ああ、そういえば初恋の皇子様も銀髪だっけ? まさか本人だったりして~」
「そんな事ある訳ないでしょ。だってあの方は四年前に……」
「行方不明ってだけで死んだ訳じゃないでしょ。もしかしたらどこかで会えるかもしれないわよ? さっ、いつまでもゴロゴロしてられないわ。荷物を片付けちゃいましょ」
「そうね。モナカの荷物が多いし急がないとね」
テキパキと荷物を片付けていくシルヴィナに対して片付け下手なモナカはただ散らかしているだけでちっとも荷物が片付かない。
結局、自分の分を片付け終えたシルヴィナが手伝い、ようやく終わりかけた時にお昼のチャイムが聞こえてきた。
「えっと、昼ご飯は十二時から十三時半まで、夕ご飯は十八時から二十時までに食堂で受け取るんだって。早速受け取りに行くわよ!」
「あっ、待って」
部屋を出て同じように学食へ向かう子と一緒に階段で一階まで降り玄関から外へ出る。そして校舎へ向かう道の途中で。
「あっ、エミルじゃない! 良かったわね、シルヴィ。早速会えて」
「だ、だからそんなんじゃ……」
「おっ、エミルの知り合いか? 紹介してくれよ」
エミル、ザカット、レスターとばったり出会い五人は自己紹介しながら食堂へ向かう。大雑把な性格が合うのかモナカとザカットはあっという間に打ち解け、同じ世界出身のエミルとレスターは学校の事について話をしている。シルヴィナはその少し後ろを歩き前を行くエミルの横顔にかつて出会った帝国の皇子の顔を重ねようとするが――。
(会ったのがたった一回だけだからよく分からないわ。似ているような気もするしそうでないような気もするし)
「ん? どうかした?」
「あっ、いいえ、何でもありません、ごめんなさい……」
見られている事に気づいたエミルにシルヴィナは慌てて弁解して謝った。
「そうだ、シルヴィナさんの故郷や第五世界の事を教えてほしいな。僕は行った事ないから」
「は、はい! 私でよろしければ」
何かを察したのかレスターはエミルの隣をシルヴィナに譲り、前でモナカに背中を叩かれているザカットたちに合流し、エミルとシルヴィナは少しぎこちない雰囲気の中で互いの住んでいた世界の事を話した。
その日は五人で話をしながら過ごし、夕飯を食べた後はそれぞれの部屋に戻り明日の準備をし、そして翌日――。
遂にバーミル学園の二回目の入学式が予定通りに行われる日。
先に寮を出た二年生から遅れる事三十分、新しい制服に身を包んだ新入生たちが式が行われる講堂へ整列して向かった。
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