43 一夜明けて
「被害状況は以上になります」
体格のいい角刈りの男はレイラに報告書を差し出し敬礼をすると学長室から出ていった。扉が開いた瞬間、表の喧騒が一瞬部屋を満たすが閉じると同時に学長室は再び外界と隔絶された。
既に被害に関しては把握していたレイラは報告書に軽く目を通すと苛立ちを隠そうともせずにそれを床に叩きつけた。
彼女の心を荒立てたのは報告書の最後の二行だった。
行方不明者……一名 学園一年生ジェフ・ブルックス
加えて研究所より没収していた勇石が紛失。盗難の可能性大
それは失態というにはあまりに大きすぎる被害だった。
一体どうやって人一人を消して連れ去ったのか、どのように勇石を盗んだのか答えは夜通しの調査でも見つからず、考えれば考えるだけ深みに落ちていく感覚にレイラは苛立ちを隠せずにいた。
(あの時、無理をしてでも全力で奴を仕留めておくべきだった)
今更後悔しても遅い事は分かっているがそれでもレイラは自分を責めることができなかった。レイラは頭を冷やそうと一晩中閉めっぱなしだった窓を大きく開けて、外を見た。
いつもは朝早くでも訓練場を使う生徒はいるのだが今日はその姿は少ない。校舎に開けられた穴は既に魔術で応急処置がされ授業はいつも通り行われる予定となっているが生徒の動揺はそう簡単に抑えられるものではない。学園の至る所に兵士が配備され物々しい雰囲気の中ではなおさらだろう。
これからの事を考え頭が痛いレイラを休ませる気がないようにドアをノックする音がする。誰かがノックをする、レイラが入れと言う作業を今日だけで何度行ったか分からない。これなら直接司令部や研究所へ出向いた方が楽だが、その二つの部署も今は慌ただしく人が走り回っているためレイラが出向いても歓迎されないだろう。規律の厳しい軍だからこそ部外者の横槍を嫌がる。それを知っているからこそレイラはこの場に黙って留まっていた。
「……入れ」
「失礼します。学園の北で見つかった男の物と思われる遺体に関して調査を担当してくれたバーミル王国軍より報告がありました」
レイラが頷いたのを確認してから眼鏡をかけた若い兵士が報告を続けた。
「王都の衛兵隊が残っていた衣服を元に聞き込みを続けた所、この男は約一週間前に王都に現れたようです」
「一週間前か。ちょうど新入生の受け入れを開始した頃だな」
「はい。ご存じとは思いますがバーミル王都は観光客が長期滞在する事はほとんどありません。なのでこの男は王都の住民に不審に思われないように二、三日ごとに宿を変えていたようです。宿帳の名前をその都度変わっているため本名は不明。加えてまだ足取りも追えていませんし入国ルートの特定もまだ出来ていないとのことです。よって今回の事件との関りがあるかもいまだ不明です。それにあの不気味な死に方をした原因もです。大した報告をお持ちできず申し訳ありません」
「まだ発見から大して時間が経っていないのだから仕方あるまい。それで私が交戦した娘の足取りは掴めたか?」
「そちらの方は全く。娘の方はどこで寝泊まりしていたのかも全く不明です。捜索範囲を広げ近隣の村や野宿できそうな場所を徹底的に洗うつもりです」
「そうしてくれ。そういえば男の死体を発見した場所からは何か得られたか?」
「はい、現場に足跡が三つ残っていました。サイズから見て成人男性の物と思われる物。そして女性か子どもの物と思われる物が二つです。仲間割れでもしたのでしょうか?」
「断定は危険だ。あらゆる可能性を考慮して調査を進めてくれ」
「はっ!」
眼鏡をかけた兵士は敬礼し学長室を出ていく。それを見送りレイラは大きく息を吐く。
(調査を進めろか。だがその報告を聞くのは私ではないだろうな)
敵の侵入を許し生徒と勇石を奪われた失態の責任は取らねばならないだろう。学長の地位に未練はないが、皇帝の期待に応えられなかった事には申し訳ないと思う。しかしもうレイラの気持ちは上層部に伝えた。あとは彼らの判断待ちである。
(そしてジェフ・ブルックスとその家族についても済まないことをした。今回の件、このままにはせん。落とし前は私の手でつけてくれる!)
職を辞する覚悟を決めたレイラ。しかし学園を取り巻く状況は彼女の想像を超えた方向へ進みだす事になる……。
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