42 古風な庭(アルカイックガーデン)
エミルの戦いをエフィはただ呆然と見ている事しか出来なかった。
リカルドの身に何が起きたのか。彼の体を依り代として生まれたあの黒い怪物は何なのか。その怪物を慣れた様子で追い詰めていくエミル・イクスから目が離せなかった。
結界の向こうにエミルがいる今、すぐにでもここから離れるべきだと分かっていた。けれどもエフィは戦いから目を離すことが出来なかった。
自分が立てた作戦のせいで今この世界で恐ろしい事が起きかけている。直観的にそう感じたエフィには事の顛末を見届け
そして戦いの最後の瞬間、エミルが核と言ったリカルドの指輪を見た時エフィの体に震えが走った。あの指輪についてリカルドが自慢げに言っていた事を思い出したからだ。
『私の力は導師もお認めになられている! これがその証拠だ!』
最初の顔合わせの時にリカルドの実力を不安視するエフィに彼が見せたのがあの黒い指輪だった。しかしエフィはその言葉を信じていなかった。まだ組織に入って間もない男に導師自らが何かを授けるとは思えなかったからだ。
(だが、もしも奴が本当の事を言っていたのなら? 導師はあの男を生贄に怪物を解き放つつもりだったのか?)
周囲の生命やマナを吸って己の力とした怪物。もしあんな物を街に放り込んだのならその被害は計り知れない。それはエフィの所属する組織の信条とは大きくかけ離れた行為である。
(あの優しい方がそんな恐ろしい事を考える訳がない……!)
エフィが
すぐに逃げるべきだと思いながらもエフィはその場を動けなかった。一体何が本当で何が嘘なのか、自分がしている事は正しい事なのか。『狼』が消えた場所に転がるリカルドの変わり果てた死体を見てエフィは分からなくなってしまった。
その迷いが鋭敏なエフィの感覚を鈍らせ背後に音もなく現れた人物に気づく事が出来なかった。
『灼熱の矢よ。全てを貫き我が敵を焼却せよ』
ここで聞こえるはずのない声がすると、エフィの頭の上を赤黒い炎を流星のようにエフィの頭上を通過しエミルの結界を貫いた。
「え?」
何が起きたか分からないうちにエフィは誰かに抱えられ、後ろに大きく飛ぶ。そして爆発が周囲の草木を吹き飛ばした。
―――
「水導ノ七
何者かの炎魔術を迎撃したエミルは、自分が濡れるのも構わず魔力で作り出した雨雲を作り出した。雨雲は瞬く間に大きく広がり周囲に雨を降らせ草原の延焼を食い止める。
「あなたが今回の事件の首謀者か?」
エミルは油断なくシルバースターを構えながら
エミルは知らなかったが、その男の服装はレイラと戦う前のエフィによく似ていた。黒いフード付きマントには体型を隠すためか、やたら物々しいショルダーガードをつけ威圧感を演出している。そして顔に付けた仮面は白を基調にドラゴンを模っており顔と声を覆い隠していた。
(あの仮面、確か昔……)
エミルが記憶を辿っている間に『ドラゴン』はエフィを下ろし庇うように前へ進み出る。
「そうだと言えるし、そうでないとも言える」
エフィの仮面と同じく変声機能もあるらしく妙に低い声で『ドラゴン』は答えた。
「回りくどい弁明だね」
「私は襲撃を命じた覚えはない」
『ドラゴン』の言葉に後ろに控えるエフィが怯えた表情を見せる。しかし『ドラゴン』はエフィを気にすることなく、何かを計るかのようにエミルを見つめ続ける。
「だがこの娘にそうさせたのは間違いなく私の責任だ。だから先ほどの言い方をせざるを得なかった。納得して頂けたかな、エミル・イクス君?」
「なるほど、あなたは学園の監視だけを命じていた。襲撃は彼女の独断であると言う事か。まあ、それはそれでいいさ。それでは、あの男がつけていた黒い指輪に関しては?」
「分からない……と言っても君は納得しないだろう?」
「そうだね。少なくとも不意打ちしてくる相手の言う事を真に受けるほどお人好しじゃないつもりだよ」
「そうかな? 不意打ちして来た相手なら即座に攻撃を仕掛けても誰も文句はいわないだろう。なのに君は攻撃せずにいる。これは十分にお人よしと言えるのではないかな?」
「僕が攻撃をすればあなたは即座に転移魔術を使って逃げる気だろう? あなたは最初から転移でいつでも逃げられる準備を済ませている。あなたが僕と話しているのはただの遊び。絶対的優位にある者の余裕でしょう?」
「さすがは異世界で滅びを司るモノたちと戦い続けていた勇者だ。そしてそれが分かっているから、君もこうして私と言葉を交わして少しでも情報を得ようとしている。そうだろう、エミル・イクス、いや、エミル・エル・ゼスト殿下?」
「なっ!?」
その名を聞いてエフィは絶句した。なぜならそれは四年前に死んだとされる現皇帝アルフォンスの末弟の名前だからだ。
「帝国人で輝石を持つ者は一人だけ。前皇帝襲撃事件に居合わせ、ひょんなことから滅びを迎えつつある世界『エデン』に転移した
『ドラゴン』の言葉を黙って聞いていたエミルが今度は口を開いた。
「僕からも聞いていいかい?」
「ええ、なんなりと」
「なぜ
それまで余裕を漂わせていた『ドラゴン』の雰囲気がエミルの言葉で一気に変わった。それまでも警戒はしていたが、より強い警戒、場合によっては攻撃も辞さないほどの敵意をエミルに向け始めた。
「そうか、君の母上は……。警戒すべき相手と認識しながら侮っていた私の慢心が招いた失敗だな、これは」
話している間に先ほどの爆発音で戦いに気づいた帝国軍が近づいてくる音が聞こえてきた。
「最初の攻撃は僕を殺すためじゃない。軍にこの場所を教えるためのものだったのか」
「あの程度の攻撃で君を殺せるとは思ってはいなかった。だから君の追跡を躱すための布石として打った手だったが悪手だったかもしれないな。まあいい、ひとまずの目的は達した。機会があればまたお会いしましょう、殿下。今宵はこれにて失礼させていただきます」
そう言って『ドラゴン』はエフィを抱きかかえ姿を消した。
「魔力探知……無理か。結局彼らの目的は何だったんだ?」
魔術で降らせた雨は既に止んでいる。エミルは遠くから猛スピードで迫る車のライトを見てリカルドの死体を調べる事を諦め、静かにその場を離れた。
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