41 滅びをもたらすモノ

 「くっ」


 殺到する蔦を迎え撃とうとエフィは体のバネを活かして立ち上がり手甲を構える。


 「ダメだ、それに触れるな! 『風導ノ三 疾風の刃ウィンドカッター』!」


 シルバースターの銃弾が刃となって蔦の切り裂く。斬られた蔦の先端が力なくエフィの元へ飛び彼女は左手の手甲でそれを払いのけようとした。


 「だから触れては駄目なんだって! 避けるんだ!」


 逃げずに払おうとしたエフィにエミルが叫ぶが、僅かに遅かった。

 ベチャリと液体がぶつかる音がするとエフィの手甲が見る見るうちに溶かされていく。それを見たエフィは考えるより先に手甲を外して飛びずさった。地面に落ちた手甲は黒いスライムに変化した蔦に喰い尽くされ、あっというまに跡形もなく消えてなくなってしまった。そして黒い塊が地面に落ちると周囲の草も命を吸われるように急速に萎れ最終的に真っ白になって砂のように崩れ去っていく。


 「な、なんなんだ、こいつは!」

 「そいつに何をしても無駄だよ! 『サテライトブラスター』発射!」


 エミルがシルバースターの引き金を引くと一条の光が空から降り黒いスライムを消滅させた。そのままエミルはシルバースターの安全装置を解除し戦闘態勢を整える。


 「S《シャイン》ドライブ起動。これより戦闘を開始、喰らうモノを消滅させます!」

 

 エミルの戦意に応えるように左腕のブレスレットが輝きだす。するとエミルの銀色の髪の一部が黒く変色していく。

 

 (この感じ……。やはりこいつは『勇士ブレイバー』じゃなく『勇者』か!」


 肌に突き刺さる様な圧倒的な力の波動にエフィは戦慄し無意識に足が後ろに下がりエミルから距離をとろうとする。

 一方、リカルドに寄生した喰らうモノもまた力を開放した。一瞬で更に広範囲の草木が朽ち、大気や大地に満ちたマナが吸い込まれていく。力を補充した喰らうモノはリカルドを腹を食い破り、遂にその姿を現した。

 ボトリと地面に落ちた不気味な黒い塊は大きくなり、手始めに狂気に満ちた笑みを浮かべたまま事切れたリカルドの体に飛びつき吸収していく。

 そして不気味に脈動する塊が徐々にその姿を変えていく。


 「転印・封!」


 相手が動き出す前に地面に向けて撃たれた魔力弾が結界陣を描く。結界はエミルと喰らうモノをを囲むように広がり周囲と隔絶された空間を作り出した。

 これで襲撃犯エフィに逃げられる可能性が高まったが、エミルにとってそれはもう些事に過ぎない。今は一刻も早くこの敵を倒さなければ取り返しのつかない事態になりかねないのだから。


 「……『魔狼フェンリル型』? いや、単に狼の姿を真似ているだけかな?」


 エミルの前で黒い塊が急速に狼に似た姿に変わっていく。

 頭の高さはほぼエミルと変わらず、狂暴な光を湛えた紅い瞳はエミルを見据え、背中から生えた無数の蔦が苛立ちを示すように地面を叩き結界内に乾いた音を響かせる。

 周囲の生命やマナが吸い取れなくなった原因が目の前にいる人間のせいだと分かっているように『狼』はゆっくりと前に進みだす。


 「……消えろ!」


 エミルが放った銃弾は吸収されることなく蔦を吹き飛ばし『狼』の頭の左半分を削り取る。だが普通の生物なら致命的な攻撃を受けても『狼』の姿をした喰らうモノは止まらない。痛みを感じた様子もなく速度を上げエミルに飛び掛かり爪を突き立てようとするが――。


 「このっ!」


 エミルはシルバースターの刃で『狼』の胴体を貫き、その状態のまま体を回し遠心力をつけ『狼』の体を地面に投げつけた。その攻撃で勢いよく地面を転がっていた『狼』だったが蔦を地面に突き刺し体を支える。


 「!」


 間髪入れずエミルが飛び退くと彼が先ほどまでいた地面から槍のように先端を尖らせた蔦が飛び出してくる。

 その間に『狼』の削れた頭から黒い粒子のような物を噴き出し、それが元の形に固まり傷を修復していく。


 (……修復速度が遅い。エデンにいる喰らうモノならあんな傷とっくに直っている。コイツはそんなにまだそんなに喰ってはいないからか? いや、そもそもコイツはどこから湧いてきたんだ?)


 『相手の出方を窺うエミルに対し再び『狼』が仕掛ける。『狼』の口が大きく開くとそこから氷石を含んだ冷気のブレスを吐きエミルの体温を奪おうとする。エミルは迫る氷のブレスを魔術で作った盾で防ぐと、ブレスを中断し軽快に動き回る『狼』を狙って銃口を動かす。


 「炸裂弾……発射!」


 足を止めたエミルを狙った蔦の攻撃を避け、エミルがシルバースターから一発の魔力弾を発射する。放たれた一撃は『狼』の右前足の付け根に当たると爆発して『狼』の体の大半を吹き飛ばす。しかし、その状態になってなお『狼』は蔦でバランスを取りながら立っている。

 

 (後は核を見つけて破壊すれば……!)


 喰らうモノを倒すには、体の中にある核を破壊するのが定石だ。逆に言えば核を破壊しないと延々と再生する喰らうモノと戦い続けなければならなくなる。

 核の大きさは個体ごとに違うがエミルは経験から目の前にいる個体の核は握りこぶし程度の大きさと見積もっていた。

 だが破壊した体の中にあったのは、半ば白骨化したリカルドの上半身だけだ。しかしエミルが注目したのは男の白骨化した指に付けられた指輪だった。黒い粒子を吹き散らし脈動する度に不気味に紅く光る指輪を見てエミルはすぐにそれの正体に気づいた。


 「あれが核!?」


 体の大半を失いながらも蔦を鞭のように振るう『狼』。エミルを狙って振り下ろされる蔦を斬りはらいエミルはシルバースターを構え狙いをつける。


 「ブラスターモード起動! ……ファイア!」


 シルバースターの銃口の前に魔術陣サークルが展開、放たれた銃弾は強大な力を秘めた光線となり正確に指輪を捉えた。既に肉体という防御力を失った『狼』にその攻撃を防ぐ力はなく光に呑み込まれて残っていた体は光の中に消えていく。最後までバリアを張り抵抗をしていた指輪も遂に力尽き粉々に砕け散った。


 最悪の事態を防ぐことに成功しエミルがホッと一息つき――。


 振り返りざまに一撃を放った。

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