40 黒の力

  バーミル学園北にある平原で怪しげな男を見つけたエミルは「立ってください」と告げる。


 「いや、私は怪しい者では……ない!」


 エミルに不信感を与えないようにゆっくりと上体を起こすリカルド。そして両手が地面から離れた瞬間に勢いよく振り返り左手の人差し指に嵌めた指輪から黒い炎の弾を発射した。

 火球は相手の顔を焼き、悶え苦しんでいる間にトドメを刺す。リカルドの頭に浮かんだ完璧なシミュレーションはエミルが火球を簡単に銃身で弾いた事で瓦解した。


 「へ?……ぶはっ!」


 苦もなく自分の魔術を弾いたエミルを信じられないような目で見ていたリカルドが銃身で頬を打たれた。大して力を入れていないように見えなかったが、その衝撃でリカルドの体が半回転し地面にキスをする羽目になった。


 「やっぱりあなたが襲撃犯か」

 「ぐっ、ぐぐぐ……」

 「別に答える必要はない。もし違うのなら、その言い訳は軍の人にして下さい」

 「待て、撃つなっ……ぶばべばばば!」


 エミルが銃口を向けていることに気づいたリカルドが命乞いをする。だがエミルは躊躇わずに引き金をひいた。

 放たれた光弾が当たるとリカルドの体は陸に上がった魚のようにビクンビクンと跳ね始める。


 「貴重な情報源を殺すわけにはいかないよ。 ただ自決されても困るから麻痺させて体の自由は奪わせてもらうけどね」


 体が痺れて動かない中でなんとかリカルドは自分を拘束した相手の姿を見て驚愕した。黒いシールド付きのヘルメットを被っているせいで顔は見えないが、リカルドはこの子どもが先の襲撃を阻止したのだと悟った。


 「……! ……!」

 「さっきも言ったけど言い訳は軍の人にどうぞ。とりあえず学園内に放り込んでおけば誰か気づいて……」


 そこまで言ったところでエミルはシルバースターの銃身下に備え付けられている片刃の刀身を前方にスライドさせ何もいないはずの前方に突きを繰り出す。その一撃はガキンという甲高い金属同士のぶつかる音を闇夜に響かせる。


 「やっぱり仲間がいたのか」


 顔を後ろに逸らし見えない攻撃を躱したエミルは銃を構える。草地にも関わらず音も立てずに動き回る敵に驚嘆しつつ銃口を動かしていく。そして銃口はやはり何もいない場所へ向けられ――。


 「見えているよ!」

 「――――!」


 レイラとは全く違う方法で敵の位置を掴んでいたエミルの魔力弾が見えざる敵を正確に捉えた。


――

 (馬鹿な!?)


 姿を隠した自分に向けられた銃口に驚きながらもエフィは本能的に両手を交差し魔力弾を防ごうとする。だがエフィの予測よりも速く迫ったエミルの魔力弾は仮面の額部分に当たった。衝撃でエフィの体が後ろに飛ばされる、その途中で仮面が乾いた音を立てて二つ割れ地面に落ちた。


 「え?」


 エフィは地面に足を滑らせながら割れた仮面を信じられない面持ちで見つめた。

 エフィの仮面はただ顔を隠すためだけの物ではない。霊木と呼ばれる特殊な木材に様々な魔術的処置を施し物理、魔術問わず高い防御力を持っている。少なくとも、ただの魔力銃の攻撃で破壊されるような物ではない。それほどの逸品が簡単に破壊された事がエフィは信じられなかった。

 だがエフィはすぐに意識を目の前の敵に向け直す。


 僅かな攻防でエフィは確信していた。

 目の前の小柄な人物はレイラ以上の難敵であり、フレアが言っていた警戒すべき人物の片割れ、エミル・イクスだと

 

 そしてエフィは再び隠形術を解除して闇夜にその姿を現した。


 「驚いた、君も銀髪か。それに年齢も僕と大して変わらないくらいだね。それに女の子だったのか」

 「お前はどうして私の位置が掴めた?」


 特徴的なオッドアイの瞳に隠し切れない殺気を乗せてエフィが質問する。それに対しエミルはなんてことないような口ぶりであっさり答えた。


 「生命探知をしただけだよ」

 「嘘をつくな!」


 生命探知は魔術の中でも基礎的なレベルの物だ。そんな低レベルな魔術に自分の何年もかけて磨きあげた技術が破れたことが信じられずエフィは叫んだ。


 「嘘じゃないよ。ただし帝国で使われている魔術とは少し違う系統ってだけさ。それに僕は君のような魔術を使わずに姿、いや、気配を消す相手と戦い慣れていただけだよ」

 「私のような相手と何度も戦った、だと? 適当な事を言うな!」


 レイラと違いエミルは正直に答えたがエフィは納得した様子はない。しかし本当に嘘は言っていないエミルは警戒しつつも話を続ける。


 「適当じゃないさ。君の術は魔術じゃない。それは体内の気を使う操気術だろう? 普段無意識に周囲のマナを感じ取って暮らしている人に対しては特に有効な術だね」

 「!」


 マナ、魔素、霊素、精霊。

 様々な世界で魔力の元となる存在の名は変わるが性質はさして変わらない。

 そういった力が溢れる世界で生きる者たちは自然に魔力を通して世界を見て感じる事を憶える。それ故に魔力を感じない存在に対しての感知能力は非常に低くなる傾向がある。エフィの潜入成功率の高さはこういった事情と彼女のスキルの高さにある。


 だがの子どもが操気術など知っている訳がない。

 一体この子どもは何者なのか。

 正体を探ろうとするエフィの頭上で空を覆っていた雲が割れ月が闇夜に光をもたらしエミルの姿がよく見えるようになった。

 顔はヘルメットで見えない。だがエフィの目を惹きつけたのは彼が着ているロングコートだった。色こそ違うが、そのデザインにエフィは見覚えがあった。


 「その服は……! そうか、お前はシズク・イマムラの仲間か!」


 そのエフィの言葉に今度はエミルが驚く番だった。この場で聞くはずがないはずの名前を聞いたエミルは先ほどよりも油断なく銃を構えた。


 「その様子だとシズク隊長とは友好的な関係じゃなさそうだね。学園襲撃の件も併せて拘束して話を聞かせてもらうよ」


 これ以上の問答は無用とエミルは銃を撃つが、エフィは体を低くして弾を避けエミルに肉薄する。


 「はぁっ!」


 エミルの銃を裏拳で殴って横に逸らし、更に強く一歩踏み込む。狙いはがら空きになった胴、そこに渾身の一撃を見舞おうとする――。


 「雷導ノ四、『降雷の矢ライトニング』!」


 頭上に魔力の高まりを感じたエフィが飛び退くと、さっきまで居た位置に魔力で作り出された雷が落ち穴を穿つ。

 エミルが使った魔術の異常な発動速度に警戒したエフィは身を低くしたまま距離を取る。


 (あれはただの銃剣じゃなく魔術の発動体でもあるのか!?)


 エフィの優れた目はエミルの銃身に刻まれた多くの魔術陣サークルを見逃さなかった。それは目の前の相手がただの射手ではなく、様々な魔術を使いこなす魔術師であることを示していた。


 (あんな尋常でない数の魔術陣を刻んだアーティファクト級の銃をどこで調達したんだ? しかもこいつはまだ勇石の力を使っていないはずだ。くっ、シズク・イマムラも化け物だったがこいつも負けず劣らずか!)


 学園での潜入と防衛システムの無力化、そしてレイラとの戦闘を経たエフィの体力も気力も限界に近い。ならば短期決戦を挑むしかないのだが、エフィの脳裏にかつての悪夢が蘇り足を鈍らせる。


 (もしこいつがシズク・イマムラに匹敵する力を持っていたのなら勝ち目はない)


 エフィが思い出したのは、今から二か月前の任務だった


―――

 その日、導師グランドマスターからの命令で、帝都の研究所にいる異世界人を確保する計画が実行に移された。

 エフィも含めて過剰とも言えるほどに手練れを集めた作戦は、しかし研究所最奥にて最大の危機を迎えていた。


 『もう終わりにしない? あなた達もう戦えないでしょ?』


 エミルの物と色違いの黒いロングコートに身にまとった黒髪の若い女性がエフィを見下ろしていた。

 右手には長剣、左手には手斧という歪な二刀流で戦う彼女の前には動物を模した仮面をつけたエフィを含めた四人の人物が膝をついていた。

 エフィと共にいる三人は彼女よりも実戦経験多い凄腕の戦士たちだ。帝国の首都、そして警備が厳重な場所とはいえ、この四人なら問題なく任務を遂行できる。四人の誰もがそう思っていた。しかしその自信は目の前にいるたった一人の女性怪物に完膚なきまでに打ち砕かれた。

 

 

 『私達は化け物退治に来ただけであなた達に敵対するつもりはないの』


 (お前こそが化け物だろうが)とその場にいた全員が思ったがそれを口にする余裕はなかった。

 何より恐ろしいのはこれだけ一方的にやられているにも関わらず目の前にいる女性からは本当に敵意が一切ないことだ。

 それはまるで目の前に飛んできた虫を手で追い払うようにエフィたちはあしらわれてしまった。その事実が四人に重くのしかかった。


 『お前は一体何だ……。何者なんだ!?』

 『知ってて仕掛けてきたんじゃないの? 私は今村……じゃなくてシズク・イマムラ。皇帝陛下から化け物退治を請け負っている組織、『勇者ギルド』の者よ』


 その後、シズクに見逃される形でエフィたちは這う這うの体で逃げ出した。

 何か得体のしれない事が帝国で起こりつつあるのを感じながら……。


 ―――

 「出来れば手荒な真似はしたくないんだ。投降してくれないかな?」

 「簡単に私を倒せるとでも言いたげだな」

 「生意気に聞こえるだろうけど、その通りだよ。出来れば人間相手を相手に戦いたくないんだ」

 「あの女と同じ甘い事を……!」

 「シズク隊長はあまり帝国の内情に踏み込めない立場の人だから君を見逃したんだろう。けれど僕は違う。友だちを危険に晒す君を見逃す気はない」


 エミルが銃を構えエフィも再び構えをとる。

 僅かな間をおいて二人が動こうとする直前に周囲の空気が突然変わった。

 息苦しい程の圧迫感に急激に力が抜けていく感覚にエフィがよろめく。


 「危ないっ!」


 異変に気付いたエミルが咄嗟にエフィを突き飛ばしシルバースターの刃で上から降り降ろされた黒い蔦のような物を切り裂いた。


 「何だ、これは……」


 倒れたエフィが異変の中心地を見るとうずくまったリカルドの背中から黒い蔦のような物をくねらせていた。


 「コロス、コロスコロスコロスコロス! 帝国ノ将軍モ貴様ラ餓鬼モ! コノ俺ヲ馬鹿ニスルヤ奴ラハ皆殺シニシテヤル! ハ、ハハハ、ヒャハハハハ!」


 横向きに寝そべりながら顔をエミルたちの方へ向けたリカルドがブツブツと呪詛の言葉を吐き散らしている。だが白目を向き体を激しく痙攣させている姿はまるで悪霊に憑りつかれたかのようだ。

 

 「僕の拘束魔術を解いた? 君はあの人に何をした!?」

 「し、知らない! あんなの私は知らない!」


 倒れた姿勢のままでいるエフィの驚いた顔は演技には見えない。エミルは彼女が本当に何も知らないのだと判断して狂ったように笑い続ける男に注意を戻す。

 

 「もう一度取り抑える!」


 エミルはリカルドに向けて先ほどよりも強力な麻痺を付与する銃弾を発射する。だが、そのエミルの攻撃を黒い蔦の一本が簡単に防いでしまった。麻痺の効果も発揮せず男は体をけいれんさせながら笑い続ける。そして男の体から黒い粒子が噴き出すと周囲の草が一瞬で枯れていく。

 その光景を見てエミルは思わず叫んでいた。


 「なんで……なんでコイツがここにいる!?」


 その問いかけを嘲笑うかのように男の背から生えた無数の蔦一本一本に紅い斑点が現れ始めた。斑点はある程度の大きさになると中心に黒い炎のような物が灯り始める。

 

 「なんだ、あの赤い点は……いや、まさかあれは眼……なのか?」


 その声に反応して蔦の紅い斑点が一斉に動きエフィを見つめ激しく動き始めた。それはまるで獲物を見つけて歓喜しているように見えた。


 「ソウダソウダ、コイツハオレヲ……オレ……ヲ? オレ、アイツ、スベテスベテスベテスベテスベテスベテ!」


 『喰ライ尽クス!!』


 何かの力で無理やり体を起こされたリカルドの眼が紅く光り蔦がエフィ目がけて殺到した。

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