44 生徒たち

 「おい、聞いたかよ? 昨日一年が攫われたらしいぜ」

 「研究所もなんかバタバタしてるし何かあったのかな?」

 「今日は研究所使えないから勇石の訓練はナシだってさ~」


 普段から人がごった返す朝の食堂だが、今日はいつにもまして人が多い。朝食を食べ終えた生徒がなかなか席を離れずいつまでも喋っているのが原因だが、それを注意する生徒会役員も先生もいないため食堂は混沌のるつぼとなっていた。誰もが昨日の出来事の情報を求め誰かが広めたデマも飛び交い収拾がつかなくなっている。


 「ほら、そこ邪魔になっているよ! 食べ終わった子は外で喋りな!」


 威勢のいい食堂のおばさんがカウンターから怒鳴ると人が動くがすぐにまた別の場所に生徒が集まり喋り出してしまう。


 「こりゃ凄いな。朝っぱらからみんな元気だねぇ」

 「もし次の襲撃があったらどうなるか分からないから必死に情報を集めているだろうね。出来れば外でやって欲しい所だけど」


 どことなく楽しそうなザカットに対しレスターは邪魔になるのも構わずお喋りに興じる生徒に呆れている。


 「こんなんじゃ食堂じゃ食べられないな。外で食うか?」

 「外も外で兵士さんが殺気立って睨みを利かせているけど、ここよりマシか。……エミル、大丈夫かい? 体調が悪いなら自分の部屋で休んでてもいいんだよ?」


 ここまでずっと上の空で付いて来ていたエミルをレスターは心配そうに尋ねる。夜の騒動で寝不足になった生徒は沢山いるが、どうもエミルの場合は何か違うとレスターは感じていた。


 「いや、大丈夫。それより早くご飯を……」

 「飯は俺が受け取って来てやるよ。二人とも食券渡せ」


 レスターに目配せしてザカットが強引にエミルから食券を受け取ると、横からもう二枚食券が押し付けられた。


 「ついでにあたし達のも頼むわ」


 そう言ったのはモナカだ。後ろにはザカットに申し訳なさそうに頭を下げているシルヴィナもいる。


 「なんでだよ……って言いたい所だが今日は仕方ねえ。まとめて持っていってやらあ!」

 「はは、それじゃ頼んだ。オレたちは庭園に行ってるよ」


 庭園と聞いたシルヴィナは思わず昨日の事を思い出し顔を俯かせつつエミルの顔を盗み見る。しかしエミルは完全に自分の世界に閉じこもってしまっていた。


 「ねえ、エミルはどうしたの?」

 「さあ? 聞いてはいるんだけど。心配ない、の一点張りでね。体調が悪いわけじゃなさそうなんだけど……」


 眠そうなわけでもなく、ただひたすらに沈思黙考しているエミルにレスターもどう接したらいいか分からないようで肩を竦める。


 「とにかく庭園にいきましょ? ここではのんびり話も出来やしないもの」


 人口密度の高い食堂を抜け四人が玄関へ向かうとそこで運動着を着て窓拭きをしているアニスとリゼに出会った。


 「あら、おはよう」

 「おはようございます。……あの~、なんで生徒会長が窓拭きしているんです?」

 「これも学園を守るために必要な事だからですわ」


 モナカの問いにアニスがよく分からない答えを返す。そこに頬の汚れを拭っていたリゼが昨夜の事を説明した。


 「会長は規則を破って寮から飛び出した挙句に許可を得ないまま戦闘をしたんです。それで罰として校舎全ての窓拭きをすることを学長先生に命じられたんです」

 「リゼさんも寮を抜け出したんですか?」

 「いえ、私は無理やり手伝わされただけです。はぁ、だから止めようと言ったのに……」


 肩を落とすリゼにアニスは手を休める事無く動かしながら反論する。


 「学園の危機に生徒会長がのんびり寝ているわけにはいかないでしょう! せめて何が起きているのか自分の眼で確かめたかっただけですのよ。ですが軍の皆さんが思いの外苦戦しておられたようだから助太刀させていただいたのです」

 「こんな状況じゃなかったら絶対に一週間は謹慎処分でしたよ……ん、後ろの子は噂のエミル・イクス君ですよね」

 「何やら覇気がないようですが、まさか昨日の襲撃に恐れ戦いているのですか?」


 自分に話が振られた事にも気付かずエミルはまだ暗い表情で返事をすることもせず黙り込んでいる。


 「ちょっとエミル! 先輩たちを無視してるんじゃないわよ」


 モナカに肘で突かれエミルはようやく自分の前にいるのがアニスだと気付いて慌てて挨拶をするが、それもどこか上の空だ。


 「ちょっとレスター、エミルホントにどうしたのよ?」

 「だからオレにも分からないだって。出会って数日のオレに詳しい事が分かる訳ないだろう?」

 

 何かに心を囚われているエミルを見ていたアニスは手を拭うと両手でエミルの頬を挟み込むように軽く叩いた。その衝撃とアニスの手の柔らかさ、そしてひんやりとした冷たさにエミルは「うわっ」と思わず驚きの声をだしてしまった。


 「しっかりなさい! あなたが何に責任を感じているのか分かりませんが今は俯いているときではないはずです。入学間もないとはいえ、あなたも勇士候補生なのですよ。だから胸を張りなさい!」


 その言葉にエミルは息を飲んだ。


 『僕たちも勇者の一人なんだ。みんなの希望になる様に胸を張ろう!』


 かつて親友に言われた言葉を思い出しエミルの意識はようやく現実に戻ってきた。


―――

 襲撃事件の後で、エミルは明け方までに各所に襲撃事件で記録した物をまとめて各所に報告し眠りについたが、すぐに窓から差す光で目が覚めてしまった。

 エミルは外の様子がどうなっているのか気になり部屋の外に出て玄関まで行くと、ちょうど外から帰ってきたレディンと鉢合わせになった。


 「やあ、エミル君。今日は素敵な朝だね」

 「レディン先輩、それはさすがに不謹慎過ぎて笑えませんよ」

 「おや、それは失敬。外はいい天気だったからついね。君も朝の散歩かい? いや、君はいつも朝にジョギングをするのを日課にしていたね」

 「何でそんな事をレディン先輩が知っているんですか。いえ、答えなくていいです。それより外の様子はどうでした?」

 「かなり慌ただしいね。僕も散歩していただけなんだが軍人さんに怒鳴られてこうしてすごすご帰ってきた訳さ」


 どうせ何があったのか誰彼構わず聞いて追い返されたのが容易に想像がつく。だがレディンもそれでめげるような男ではなかった。邪険に扱われながらも彼は一つの大きなニュースを持って帰ってきていた。その成果をレディンは無邪気な笑みを浮かべ早速エミルに披露したのだ。


 「そうそう、昨日君が叩きのめしたっていう生徒、名前は~、そうそうジェフ・ブルックス。彼、行方不明らしいよ」

 「行方……不明!?」

 

 驚愕するエミルの反応に気を良くしたのかレディンは自分が調べた事を得意げに披露した。


 「なんでも昨日賊が学園に忍び込んでレイラ学長と一戦交えたそうだよ。その賊が見つかったのが校舎の一階の奥。そうジェフ・ブルックスが入れられていた牢屋、じゃなくて反省室の近くだったんだよ。で、賊に逃げられた後に学長が反省室を見てみると鍵が開けられ中はもぬけの殻だったというわけさ。ただ不思議な事に学長が戦った時にはジェフ君の姿は無かったそうなんだよ。いや~、どうやって人を消してしまったのかね」

 「侵入した賊は一人だけだったんですか?」

 「う~ん、それがよく分からないだよね。だけど僕は複数犯だと思うんだよ。実はね、研究所でも大騒ぎが起こっているんだよ」

 「騒ぎ?」

 

 エミルの言葉にレディンはニヤリと笑い小声で「勇石が盗まれたらしいんだよ」と囁いた。

 

 「君も知っての通り研究所のセキュリティはかなりの物だよ。それを突破するとなれば相応の調査する時間が必要になるはずだ。となればかなり以前からスパイがいたと考えるのが普通じゃないかい? そして現段階で学園内にジェフ君以外の行方不明者はいない。つまりまだ内部にスパイが残っている可能性が高いという訳さ」

 「つまりそのスパイが賊を招き入れた?」

 「そうだと僕は思う。スパイは予め勇石を盗みだした。そして学園の防御装置を無力化した上で、召喚獣をけしかけ軍の意識をそちらに向ける。その混乱をついてスパイは仲間を学園内に招き入れた。そして賊はどうやってかジェフ君を攫ったあとに学長に見つかり逃げた。まぁこんな所じゃないかな。さてと、僕は皆が起きてくるまでひと眠りしようかな。それじゃエミル君、おやすみ~」


 レディンの推理は限られた情報しか持たないながらかなり真相に近い物であった。

 喋りたいだけ喋り満足したレディンは欠伸を噛み殺しながら階段を昇っていく。だがエミルはジェフが攫われたという話のショックで碌に返事も出来ず、ただ呆然とその場に立ち尽くしていた。

 「目的は果たした」と言っていた『ドラゴン』の仮面をつけた男の言葉の意味に思い至らなかった自分の愚かさを呪いながら。


―――

 平時と違う学園内にあって庭園はいつも通りの静けさを保っていた。しかしそれは表面だけで庭園の入り口、そして中にも兵士がいて緊張感が漂っていた。


 「あっ、そこのベンチが空いてるわよ」


 庭園の四阿には既に人がいるが、それ以外に人の姿は無い。すでに生徒が攫われたという話は学校中に広まっている。そのためか生徒たちは一人になるのを避けるように学食や寮で固まって行動していた。四阿にいる四人の男女も話しながらも時折周囲を見ているのは謎の襲撃者に対する恐怖ゆえだろう。

 

 「で、エミル。アンタ一体何をウジウジ考えているのよ」

 「ちょっと、モナカ!」


 あまりにも直接的な物言いにシルヴィナが袖を引いて止めようとするがモナカは止まらない。


 「どうせアンタの事だからジェフが攫われたのは自分のせいだとか思っているんでしょ? けどそれは思い違いよ。そもそもアイツがシルヴィに怪我させたのが原因でアンタはそれを止めただけでしょ。アイツが反省室に入れられたのは自業自得よ!」

 「付け加えるならジェフの身柄の安全に責任を持つのは学長たち教職員や帝国軍だ。それを自分のせいだと思うのは違うとオレも思うよ」


 レスターも何となくエミルがジェフの件を気にしているのを察していてモナカの言葉を補足する。


 「……うん、そうだね。気を使わせてごめん、みんな」


 あの時どう行動すれば良かったのか。エミルはずっと答えのない問いを続けていた。


 問答無用で銀髪の少女も取り抑えるべきだったのか。

 喰らうモノより先に少女の確保を優先すべきだったか。

 正体がバレていたのだから開き直って全力で挑めば逃走を阻止できたのではないか。

 

 ジェフに対して好感のような物は一切ない。だが救えたかもしれないチャンスをみすみす逃がしたことに対してエミルは強い責任を感じていた。

 誰かに相談できれば気持ちを切り替える事も出来ただろうが、今この学園内にエミルが相談できる相手はいない。誰かと通信を取ることは可能だが、ただ愚痴を聞かせるのも憚られエミルは一人で悶々とするしかなかったのだ。


 だが、それでもアニス、モナカ、レスターの言葉でエミルの心は軽くなった気がした。レディンの推測が正しければまだスパイが学園に残っている可能性はある。僅かに残された細い線を見つける事が出来たのなら――。


 (ゴメン、僕はまだ君たちの所へ帰る訳にはいかなくなったよ)


 再会の約束をした仲間に心の中で詫びエミルは新たな友達たちに笑顔を見せた。

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