10 始まりの一撃
(あれは何かの仕掛けで召喚された獣だろう。なら術者を狙うのが鉄則だけど……)
周囲は人の腰ほどもある草が生い茂る草原。腰をかがめればいくらでも隠れる事が出来る。魔術を使えば見つける事も出来るだろうが、その前に獣のタックルの方が先に決まるだろう。
(もうあれこれ考えている時間はないね)
このままいけばバスの横っ腹にぶつかり横転させられるのは確実だ。その衝撃で何人もの子どもが命を落とすことになる。
自分の目の前でそれを許すわけには絶対にいかない。
「光星の
エミルの呼びかけに応じ白銀の銃身の下にスライド式の刃が仕込まれた銃剣が何の前触れもなく手の中に現れる。
銃を手にしたエミルは揺れるバスの上で片膝をつく。魔力で足を屋根に固定し狙いを定める。不規則な振動に照準がブレるが的が大きいので外す心配はまずない。
エミルが魔力を込めると銃の中にある仕込まれた動力が起動し銃身が淡く発光し始める。
(殺しても勢いはそのままにバスに突っ込んでしまう。なら消すしかない)
狙いを定め、引き金に指をかける。
「魔導ノ八
窓から体を乗り出していたモナカとシルヴィナは膨大な力を一瞬だけエミルから感じた。
白銀の銃身、その先端に刻まれた小さな紋様が輝き、銃口から実体を持たない銃弾が発射される。
銃弾の小ささに気づかなかったのか、それとも避けるまでもないと思ったのか獣は進路を変える事無くバスにもう少しという所まで近づき、そして目が眩むほどの光が弾けた。
「きゃっ!」
強烈な光が収まると獣の姿は跡形もなく消えていた。
だが獣が運んできた突風がバスを揺らし手を滑らせたシルヴィナの体がゆっくりと後ろに倒れていく。
だが体落ちる寸前にエミルの手が宙を泳いでいたシルヴィナの手を掴んだ。
「大丈夫?」
「は、はい……」
「モナカ、運転手さんにバスを止めるように言って!」
「わ、分かったわ!」
程なくしてバスはゆっくりと停車し騒動はひとまずの終わりを迎えたのだった。
「怪我をしている子優先! 軽傷の子は応急手当をして後続の車に、重傷者はすぐに医療車に乗せて運ぶわよ」
三十代半ばほどの軍服を着た女性が指揮を執りバスの中から泣いたり青ざめた顔をした子どもたちを彼女の部下たちが丁寧に降ろしていく。
幸い、命に関わるほどの大怪我を負った子はいなかったが、転んで骨折をした重傷者三名、打ち身打撲などの軽傷者は十四名と乗っていた半数以上の子が何がしか怪我をしたことになる。
「怪我をしてない子は悪いけどもう少し待っててね」
指揮を執っていた女性は陣頭に立ち足を深く切ってしまった女の子に治癒魔術をかけ、手早く次の患者の手当てを行っていく。手当てが終わった子は軍用車に乗せられ次々と学園へ運ばれていく。
「全く、だから道の舗装を早くやるべきだったんだ。研究所の連中が予算をふんだくるからこんなことになるんだよ」
まだ若い男の軍人が愚痴りながらエミルたちが乗っていたバスを誘導して道に戻している。
エミルを含め怪我のない子はバスから降り少し離れた場所で所在なさげにその光景を見守っていた。
「なんか大変な事になったわね~」
「結局なんだったんでしょうね、あの召喚獣?」
「さぁ……って、それよりあんたよ!」
「え……?」
他の子と少し離れた場所にいたモナカとシルヴィナが近くにいたエミルに詰め寄った。
「あの魔術、一体なんですか?
「というかあの銃はどこにやったのよ。それにあんた、あの召喚獣に何したの? はっきり答えなさいよ!」
「ただの魔術だよ。ただあまり第一世界でも使われていないね」
「もしかして
シルヴィナの言葉にエミルは曖昧に頷く。
世界には様々な魔術が存在する。その中には帝国の魔技術のように多くの人に受け入れられ発達する物もあれば忘れられる物もある。そんな忘れられた魔術の事を一般的に『古魔術(エンシェントマジック)』と呼ばれる。
大体は扱い辛さから他の魔術に取って代わられ忘れ去られるのだが、細々と技術を継承している魔術もそれなりに存在している。
シルヴィナはエミルの魔術はそうした物ではないかと思ったのだ。
「へぇ、第一世界なんて魔技術の総本山でしょ。それ以外の魔術なんて残っているんだ」
「魔技術も万能じゃないからね。他の魔術と併用している人も多いんだよ」
エルゼスト帝国が誇る魔技術。機械などの動力に魔力伝達に優れた『魔石』を用い誰でも安定した効果を発揮できるようにした画期的な魔術である。
人間は魔石に魔力を送り込むだけ。複雑な術式を覚える必要もなく、体内魔力という生まれつきの資質にあまり影響されない魔技術で作られた武器を使えば誰でもある程度の戦力になる。
戦いは訓練を積んだ戦士、優れた資質を持つ魔術師が主力の少数精鋭が当たり前だった国々に比べ帝国は遥かに短時間でそれなりの質の兵士を量産できる。これこそが帝国が覇権国家になれた理由である。
ただエミルの言う通り弱点はある。他の魔術が比べ魔技術は汎用性が低いのだ。
他の魔術なら一人で様々な属性を扱えるのに対し、魔技術は一つの兵器に精々二つ程度の属性しか付与できない。
極端な話だが、他の魔術なら杖一本、体一つで十の魔術を使えるが、魔技術で同じことを実現しようとすると十個の魔石付きの道具を用意しなければならないのだ。
当然、この問題点は帝国も十分すぎるほどに理解しているが魔石の加工、機械部品の調整など様々な問題点が絡み、なかなか改善ができていないのが現状である。
「で、結局あんたはあの獣に何をしたの?」
「それは……」
「強制送還、ですよね? 術式を無効化して強制的に元の世界に追い返した……で合ってますか?」
自信なさげな言葉と裏腹に見事に正解を言い当てたシルヴィナにエミルは驚きを隠せなかった。エミルが使った魔術の性質を一目で見抜き、召喚術に関しても確かな知識があるということであるからだ。
「うん、合ってるよ。けど驚いた。まさかこんなあっさり言い当てられるとは思わなかったよ。召喚術は秘術扱いであまり詳しく知っている人はいないから。ひょっとしてシルヴィナさんは召喚術を習った事があるの?」
「い、いえ、ありません。ただ以前に魔術の先生の話に出てきたくらいで……」
褒められ慣れていないのか、シルヴィナは顔を赤くして俯いてしまった。
「あの~、あたしは全然分からないんですけど~」
「ああ、ごめん。つまり……」
半眼で睨むモナカに詫びて改めてエミルが説明しようとしたが――。
「お~い、君たちもバスに乗ってくれ。すぐに出発させるぞ!」
バスを誘導していた男性が大声でエミルを含め残っていた子どもたちに手を振ってバスに乗り込むように指示する。
「あ~、説明はシルヴィナさんに任せていいかな?」
「えっ、あっ、はい!」
「仕方ないわね。じゃあ早くバスに乗りましょ。……今度は大丈夫でしょうね」
「軍人さんが一緒だから大丈夫だよ」
エミルたち以外の子は既にバスに向かって歩き出している。エミルたちも早足で追いつき、バスは前後を軍用車に挟まれた状態でバーミル学園へ向けて再び走り出すのであった。
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