7 出発

 十分後。

 小さな肩掛けバックをもったシルヴィナと大きなリュックを背負ったモナカが昇降機から降りてきた。

 そのまま二人は受付でチェックアウトを済ませるとエミルの所へと歩いてくる。


 「お待たせ~」「お待たせしました」

 「えっと、モナカは荷物を送り忘れたの?」


 バーミル学園へ入学が決まった者は基本的に荷物は事前に寮へ送る事になっている。エミルも私物は既に送っているので今日は小さな鞄だけである。


 「送ったわよ。ただあれだけじゃ足りないかな~と思って」

 「そ、そうなんだ」


 何が入っているのか興味はあったが女性の荷物の中を聞くのは失礼だろうと思いエミルは言葉を飲み込んだ。それに一緒のシルヴィナが何も言わないのなら変な物ではないだろう。

 ロビーも少しずつチェックアウトする客が増えてきて賑やかになってきた。その中にはエミルたちと同年代の子がちらほらと見える。


 「あの子たちも新入生かしら?」

 「親と旅行に来ているだけかもしれないよ」


 学園指定の制服は向こうで渡されることになっているため、誰が同じ新入生か見ただけでは分からない。加えて単純に適応マッチングテストの結果で選ばれたため今回の入学者は年齢も十二~十六歳までと幅があるのが更に判別を難しくしている。


 「まぁバスが来れば分かるわね。ところでバスはどこに止まるのかしら?」

 「時間までまだ少しあるけど外で待つ?」

 「そうですね。遅れたら困りますし外へ出ましょうか」


 バスの到着予定まで二十分あるが三人は外で待つことにした。

 空港の前の道路は舗装された道とそうでない道がある。

 舗装された道は空港の第一玄関口前でロータリーになっている。だが肝心の自動車はほとんど走っておらず、むしろ地元の人が収穫物を運ぶ人力車の方が多いのがなんとものどかな雰囲気を醸し出している。

 一方の舗装されていない道は途中で脇に逸れ空港の第二玄関口へ続いている。

 こちらは馬車が利用しており、その数も多い。今も玄関前に着けた馬車から空港利用客が降りていく。その脇では荷馬車が輸送する荷物を降ろしている。


 「第一世界だともっと自動車は多いんでしょ?」

 「ここよりは多いかな」

 「そういえば平民でも車を持っている人は多いって聞いたけど実際どうなの?」

 「いや、多くないよ。何だかんだでメンテナンスが大変だしね。むしろ自転車とか人力車の方が普及しているよ」


 エミルはそう説明したが実際に魔技術マギテック、つまり魔力の源であるマナで動く乗り物が普及しない理由は『環境保全』を考えてのことである。

 大型の魔技術を動かそうとすれば、より多くのマナを必要とする。

 もし多くの自動車などが民間に出回ることになれば、その地域のマナが枯渇し人や土地に甚大な影響を及ぼすと考えれらている。

 だから帝国では大型機械の個人所有にはかなり気を配っているのである。

 反面、魔技術で作られた自転車等の小型の物ならば人が内包しているマナだけで十分な効果が得られるため、そちらはかなりの数が普及している。

 自転車ではペダルを漕ぐ負担を減らす。馬や人が牽く荷車の重量を軽減するなどに魔技術が使われて便利で安価なのが人気の理由である。


 「魔動自転車でしたよね? プラティアでも最近見かけるようになってきました」

 「そうね~。あたしも買いたかったけど予約が半年待ちだったわ。それに値段も高いし諦めるしかなかったわね。あ~あ、もっと気軽に自動車とか買えたらいいのに」

 「ニホンじゃないんだからそんな簡単には無理だと思うけど……」

 『ニホン?』


 一瞬(しまった)と言う顔をしたエミルにモナカとシルヴィナが興味津々と言った表情をしているのを見ると都合よく聞き逃す奇跡は起こらなかったようだ。


 「え、なに、ホントに庶民にも車が出回っている所があるの?」

 「きっとすごいマナが豊富な場所なんでしょうね」

 「あ~、いや、そういう世界があるって話を研究所で聞いただけなんだ」

 「へ~。あっ、あそこにあたしたちと同じ位の歳の子たちが集まってない?」

 

 エミルの言葉に二人は素直に納得してくれたようでホッと胸を撫でおろす。それにうまい具合にモナカの興味が逸れたのでエミルはそれに便乗することにした。


 「あそこに合流しましょ」

 「そうだね」


 一番大荷物のモナカが元気よく歩き出しエミルもそれに続く。後ろに物問いた気なシルヴァナをいる事に気づくことなく。


 「……不思議な人。そういえば外見もあの方に似てる気がする。けど、そんな訳ないですよね」

 「ちょっとシルヴィ、置いてくわよ~!」

 「あっ、ごめんなさい!」


 ついてこない幼馴染みを心配して振り返るモナカの大声が朝の静かな空港前に響き渡る。そのせいで周囲の注目を浴びてしまったシルヴィナは顔を真っ赤にして小走りにモナカの元へ急ぐのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る