8 バスに乗って
ロータリーに集まっていたのはやはりバーミル学園へ通う新入生たちだった。
彼らのほとんどはもう一軒ある宿泊代が安いホテルに泊まっていたそうだ。
そのため高級ホテルから出てきたエミルたちに最初は貴族か金持ちと壁が出来ていたが気さくなモナカのおかげで、すぐに打ち解けることが出来た。
もっともエミルは平民であるし、モナカも騎士の家の出だが経済的には平民とほぼ変わらない生活を送っていた。問題は貴族どころか王族であるシルヴィナだが、大人しい彼女はあまり人の輪に入ろうとせずにモナカの後ろに隠れて最低限の会話しかしていないため、あまり注目を集めずに済んでいた。元より偉ぶった所がないのでモナカが口を滑らせない限りは身元がバレる事はないだろうとエミルも安心して他の子と話をしていた。
そうこうしているうちにロータリーに真新しいバスの登場した事でテンションが上がった男の子たちが大きな歓声を上げた。
「うわ~、真新しいバスを持っているなんてバーミル学園は凄いのね」
「学園の運営はバーミル王国じゃなくてエルゼスト帝国が直接行っているからわざわざ新車を運び込んで来たんだね」
「それだけ運営に力を入れているということですよね。うう、緊張してきました」
同じように人の輪から離れたモナカとシルヴィナがエミルの近くに来て速度を落とし始めたバスを見守る。
基本的に素直に感動を現わしているのは平民、一歩引いた位置で努めて冷静を保とうとしているのが貴族と大きく別れているのがエミルには面白く感じられた。
「これから私たちが通う学園では新しい兵器の運用実験をするんですよね。その、大丈夫なんでしょうか? 安全面とか体に対する影響とか?」
「基礎実験はもう終わっているし、既に軍の一部では実戦にも投入しているそうだから心配ないと思うよ」
シルヴィナの中ではどうやら人体実験のような物をイメージしているようだが、エミルは笑ってそれを否定する。
軍学校である以上は普通の学校よりは厳しい生活が待っているだろうが、それはシルヴィナも分かっているだろうとエミルはあえて口にはしなかった。
新入生たちの前でバスはゆっくりと止まり車体中部にあるドアが開き小太りの中年男性が出てきた。
「このバスはバーミル学園へ向かうバスになります。新入生の方は私に入学通知書を見せてからバスの乗ってくださいね~」
服装や物腰から見るに小太りの男は軍人ではなく一般教育を担当する教師のようだ。温和そうな男に入学希望者が次々と押し寄せ通知書を見せて我先にとバスに乗り込んでいく。
「あっ、出遅れたわ!」
「別に後でもいいと思うの……あっ、引っ張らいないで~」
慌てて列に並ぶ三人だが時すでに遅し。結局モナカたちも最後から数えた方が早い順番に。エミルは走る二人を見送った後に歩いて最後尾につき順番を待った。
「君で最後だね。……あれ、君の通知書、他の子と少し違うね」
エミルから通知書を受け取った男性が首を捻る。彼の言う通り、シルヴァナたちも含めて通知書は白い紙だったのだがエミルだけ青い紙だった。
「僕は補欠枠なんです」
「ああ、そういえば一人そういう子が来るって聞いていたな~。……うん、印も本物だし問題ないね。それじゃこれは返すよ」
「はい、ありがとうございます」
男性から通知書を受け取ってエミルはバスに乗り込む。
バスは二人掛けの座席が二十組、四十人が乗る事が出来る。そして今回の搭乗者の新入生は三十人。結果、エミルが乗った時には既に座席のほとんどは埋まっていた。特に窓際は人気で既に埋まっており、モナカとシルヴィナもそれぞれ別の人の隣の通路側の席に座っていた。
「隣、失礼します」
「どうぞ」
シルヴィナの後ろの席が空いていたのでエミルは窓際に座っていた貴族らしき女の子に断ってから隣に腰を下ろす。
外に出ていた男性も中に入りドアを手動で閉めて「走行中は席を立たないようにしてください」と注意したが、その言葉をどれほどの子が聞いていたかは分からない。慣れているのか男性は苦笑してそれ以上は何も言わず運転席近くの荷物が置いてあった座席に腰を下ろす。
「発車します」
マイクを通して聞こえた運転手の呟きのような声を合図にバスはゆっくりと動きだすと車内から歓声が上がる。
その少し後、この辺りでは見ない灰色の小さな鳥が街路樹からバスの後を追うように飛び立った。
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