34 凶暴なる刃

 時刻はまもなく零時になろうとしていた。

 南から流れてきた分厚い雲が完全に月を覆い隠し、湿気が混じった風が仮設のフェンスを揺さぶりギイギイと不気味な音を立てている。


 「こりゃ一雨ひとあめ来そうですね。作業は中断でしょうか?」

 「そういう訳にはいくまい。学長殿はさっさと壁とフェンスを復旧させろと仰せなんだぞ」


 魔技術マギテックを用いて作られた魔石内蔵型ライフルを手にした二人の兵士はフェンスがあった場所より外側を巡回していた。二人の後方ではライトに照らされた作業現場で復旧作業が続けられていた。


 「感知系の魔術で壁の代用は出来ると思いますけど何を焦っているんです、学長殿は?」

 「それでは心許ないのだろう。噂では冥石採掘現場も何度か襲撃を受けたらしいからな。それに賊は外にだけ居るとは限らん」

 「職員や学生にスパイがいるってことですか?」

 「その可能性があると学長殿は思っていらっしゃるのさ。ここの塀やフェンスはただ外敵に備えているだけの物ではないということだ」

 「だからって明後日までに復旧って無茶じゃないですか?」

 「心配するな。明日には南の帝国直轄地から工兵部隊が来るそうだ。……気づいたか?」

 「ええ、はっきりと」


 ぼやく若い兵士を宥めていた中年の兵士がすぐに通信機を手に取り、作業現場にいる指揮官と周囲を巡回している班に連絡を入れた。


 「三班より各班へ。付近に強力な魔力反応を感じた。各員警戒せよ。三班は先行して調査を……」


 最後まで言い終える前に中年兵士は言葉を飲み込んだ。なぜならば、もうそれをする必要はなかったからだ。


 『オオオオオオオオ!』

 「おいおい、こいつは……」


 光の届かない闇の中からのっそり姿を現わしたのは、あの巨大な頭と瘤をもつ獣だった。重そうに頭を左右に揺らし手ごろな標的を探すような素振りを見せていた獣が現場のライトに気づき頭を止め屈んだ。

 それを現場から暗視スコープで見ていた指揮官が通信に向けて怒鳴る。


 「巡回兵は敵の注意をひけ! 戦闘車両を回せ! 絶対にここへは近寄らせるな!」

 「足を狙え! 撃て、撃てっ!」


 巡回していた兵士たちが獣に向けて手にした魔技術マギテック製ライフル銃を発射する。体内魔力を媒体にして放つ通常弾、銃の内部に仕込まれた魔石の力を引き出し放つ炸裂弾。二種類の弾丸が獣の巨木のような足に突き刺さり爆発する。

 的が大きいのもあるが練度の高さもあるだろう。兵士たちの弾は正確に獣の四つの足を捉えたが、さしたるダメージは与えられていない。

 

 「こっちだ、化け物が!」


 タイヤを横滑りさせ獣の前に飛び出した車両の荷台に乗せた二連装魔動砲が射手の魔力を得て起動し猛烈な勢いで爆発の魔術を込められた弾を吐き出す。


 「頭じゃない、顎を狙え!」

 「了解です!」


 走り出そうとした獣の顎と胸に続けざまに爆発が起こり衝撃で頭が上に跳ねる。そこにすかさずもう一台の同型の車両が現れ攻撃を加え足止めをする。


 「よし、今だ! 送還術を展開せよ!」


 エミルたちの報告を聞き召喚術による襲撃を想定し準備を整えていた。戦いの場から少し離れた場所で送還術の式を組み上げていた兵士がその力を連続攻撃で仰け反っている獣へ放つ。獣を覆うように光が広がっていき、その存在を元の世界へと押し戻そうとする。


 「GUOOOOOOO!!」


 光を振り払うように獣が頭を振り手当たり次第に暴れ出し砕かれた岩が散弾となり一台の車両に降り注ぐ。その衝撃に耐えられず車はおもちゃの様にゴロンゴロンと転がって裏返しになって止まった。

 それを双眼鏡で見ていた指揮官が机を叩く!


 「くそ、失敗だと!」

 「ダメです! あれは限定召喚ではなく完全召喚です! 送還は出来ません!」

 「くそっ、召喚獣を使い捨てにしたか! 本部、増援はどうなっている!? いや、なぜ北か東の魔術砲で攻撃しない!」

 『人を送るのは無理だ。現在学園は西と南からも召喚獣の襲撃を受けている! 砲台は機能を停止している。原因は現在調査中だ。すまんが何とか耐えてくれ!』


 錯綜する情報に学園に駐留している帝国軍は混乱に陥っていく。

 そんな中、男子寮から状況を打開するために一人の少年が動き出した。

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