修復屋さん、始めました:奴隷商って胡散臭いってイメージあったけど
僕の店を警備してくれる人が欲しい。
ということで、巡り巡って繋がった縁で、奴隷商のクローキーさんから紹介……でいいのかな?
紹介されたマールさんを、表向きは奴隷として。僕の本音としては、お店の手伝いさんとして雇った。
その奴隷商のクローキーさんから、扱っている奴隷達の育成を依頼された。
しかも、自分が雇っている従業員たち全員の前で。
ところが。
その従業員たちは驚いて、雇い主である店長を凝視してている。
この人、何を言ってるんだ? って感じで。
デザートを食べる手は、とっくの昔に止まっている。
どうやらクローキーさんは、思いつきでそんなことを申し入れてきたみたいだ。
考えてみりゃ、それもそうだよね。
僕と一緒に、看板を作ってくれる人がいないか聞くために入店したマールさんは、ここで売られてた頃とは全くの別人と思えるほど、風貌が全然違う。マールさんとは思えないほどの成長ぶり。
でもクローキーさんも人のステータスを見る力があって、それを見て同一人物と理解したみたいだ。
今のマールさんを見て、そして同一人物と納得できないと、そんなアイデアが浮かぶはずがない。
つまり、当然従業員達にその案を伝える猶予もなかった。
従業員達が驚くのは当たり前か。
それにしても、クローキーさん……興奮してない?
そりゃ、値段が五千円……銀貨五枚の価値のものが、五万円以上……銀弊五枚以上に上がったのを見れば、ひょっとしたら扱っている奴隷の価値も上げてくれるのではないか、と思ってしまうのも無理ないか。
クローキーさんの話は続く。
「育成にかかった費用は当然こっちが持つとして、ルスターさんへの報酬は……」
待った待った。
ほっとくと、クローキーさん、どんどん話進めていくみたいだ。
従業員達、誰も止めないの?
「あ、あの、盛り上がってるところすいませんけど、僕にも都合がありまして……」
焼け石に水。
暖簾に腕押し。
と思ったら。
「え? あ、あぁ、申し訳ありません。ですが……他の奴隷商も、もし私と同じ発想を持ったら、と思うと……」
妄想は止まってくれてひとまず安心。
でも、やや不安そうな顔をしている。
多分きっと、こういう心配をしてるんだろう。
「クローキーさん以外に親しい奴隷商の人っていませんし、もしそういう仕事をするとしても、決まったお店以外とはしないってこともしませんよ」
余計な規約で縛られたくないし、他にも理由はある。
「マールさんの年齢を最初に聞いた時、耳を疑いましたもん。年齢の割に現状の姿があまりにもそうは思えないほど見劣りしてたので。ということは、マールさんのような状態なら、その……」
口にしていいんだろうか。
種族は違うとはいえ、僕と同じように自我もあるし意思もある存在を、モノ扱いの言葉で表現するのは、かなり気が引ける。
「商品の価値が跳ね上がる、ということですね。たしかにかかる費用の割には上がる値の幅が少ないと、こちらが損になります。ですので、うちが扱う奴隷全員の面倒を見てほしいというのではありませんのでご安心を」
ご安心をって、引き受ける前提の話になってない?!
「か、勝手に話を進められても困るんですけどっ!」
「いえいえ、もし引き受けてくださるなら、という前提ですよ? もっとも、お断りいただいても、どうか頭の片隅に留めていただけたら、と思います。確か、修復屋をされる、というお話しでしたね。片手間の副業程度に、お気軽に受け止めていただけたら、と」
そんな話なら、一対一のお茶飲み話でもいいじゃないか。
従業員を全員呼んでまでお話しするんだから、よほど重要な話って思っちゃうでしょうに。
おまけに無料でデザートを、しかも僕とマールさんは何品頼んでもいいっていうんだから。
ただより高い物はない……。
……ほんとに、何か裏でもあるんじゃないだろうか?
でもさ……。
そんなことは本気で思っちゃいないんだよね……。
何となく、クローキーさんの方を見る気はなかった。
目の前のデザートから視線を外さず、でも、そっちにも気は取られることがないまま、気付いたら、クローキーさんに話しかけていた。
「……クローキーさん……」
「……なんでしょう?」
興奮を何とか抑えながら、冷静を保ちながら話をしていたクローキーさんは、この返事だけは、何となく姿勢を改めた感じの、いつもの声と口調に戻ってた。
「あの……僕……。修復屋さんするって言いましたよね」
「ええ。おっしゃってましたね。ひょっとして……」
いいえ違います。
クローキーさんの依頼を本職にする気はまだないです。
「えっと……学舎での寄宿舎生活してたとき、僕は、同じ学年の人達から装備品の修復の作業をやらされてました。もちろんお金を受け取ったりなんてしません。先生から、見返りを求めない心構えのようなことを説かれました。だからというわけではないんですが……その作業は嫌でした。拒否したけど、聞く耳を持ってくれませんでした」
部屋の中に響く音は、マールさんが食べてるパフェの、スプーンと器がぶつかる音だけ。
奇妙な静かさが漂ってる感じ。
もちろん、僕の話を聞いてくれてるから、なんだろうけど。
「今、クローキーさんは僕に、僕には思いもつかない仕事の依頼をされました。もちろん引き受けるのは、まだ修復屋さんの見通しが立ってないので難しいので引き受けられませんが。けどなぜか、あの時の嫌な感じはしないんです。……どうしてなんでしょうね……」
クローキーさんを、上目遣いで見てみた。
返事に困ってるような顔をしている。
それもそうだ。
僕も、何のことについてどうしたいのか、よく分からないから。
でも、寄宿舎の時も、クローキーさんからも、頼まれたという状況は同じだ。
なのに、クローキーさんからは、あんな嫌な感じはしない。
だからと言って、簡単にそのお願いを引き受ける、というのは、どうなんだろう?
ただ、もし何かが分かったら、クローキーさんからの依頼は引き受けてもいいと思うんだ。
だから、クローキーさんからの返事を待ってるんだけど……。
返事をしてくれるかどうかも分からないよね……。
と思ってたら、クローキーさんは、言葉を選びながらゆっくりとお話ししてくれた。
「……私は、ルスターさんの寄宿舎生活がどのような物だったかは存じ上げませんが……」
「……はい」
それもそうだ。
詳しい話を聞かせたわけでもないから。
「ですが……頼まれた仕事に、何かの希望があったり明るい未来が見えてたりしたら、頼まれるのも悪くはない、と思うのではないでしょうか? 寄宿舎生活では、修復を頼まれたとか。となれば依頼人は、自分の物を修復さえしてもらえれば、ルスターさんのことはどうでもいい、と思ってた節がある、とか……まぁそんな下種の勘繰りをするのが精一杯です」
「そんな……感じでしたね……」
まぁ確かに、それは当たってる。
「ですが、私共は……まず店の利益になることでもあり、その成功次第ではそれに見合った報酬も用意するつもりです。もちろん必要経費もね」
まぁ……商売……取引だから、ね。
でも、それだけで、あの時のような嫌な思いはなくなるもんだろうか?
「ですが……こう言っては何ですが、この度ルスターさんは私の店で奴隷を買い求められましたが、その扱いは奴隷に対するものとはかけ離れてますな」
「え? えっと……」
マールさんを奴隷扱いする気はないから当たり前だ。
でもここは奴隷商。
奴隷を奴隷として扱うのは当然だろうし、そうすべきなんだろう。
でも僕は、店のお手伝い……バイトが欲しかった。
だから、僕に取ってマールさんは奴隷ではなく、友達……いや、年上だから、近所のお姉さんみたいな感じで接してた。
奴隷への扱いは、こうでなきゃいけないっていうルールとかは教わってない。
もしあるのなら、買った客にそれを伝えるのはクローキーさんの役目なんじゃないか?
そのやり方の通りにできるかどうかは分かんないけど……。
「その結果を見て、私はルスターさんに、ついあんなお願いを申し上げてしまいました。……奴隷の価値を上げていただける。ということは、その奴隷を扱っているこの店の質も上がることになります」
……そういう言われ方をすると、奴隷がひどい扱いを受けている奴隷商の片棒を担いでるような言われ方をさせられてるような気がして、あんまりいい気分じゃないんだけど……。
「ルスターさんは、奴隷をお買い求めになってマールさんがいる生活を体験されましたね。そこに何か、得る物があったのでは?」
それは……いろいろ、言葉にできないようなことがたくさん……」
「一方、寄宿舎生活の得られた物は技術のレベルのみ。それって、ルスターさんが望もうが拒否しようが、自ずと得られる物。そして、どう頑張っても予想を予定を越えることがないもの、ですね。それって意外と、得しても刺激にはならないことが多いんですよね。そう思ってしまうことがいいこととか悪いこととか判別してしまうのは別として」
まぁ……そうかも。
授業で知ったことは、まさかそんなことまで教わるとは思わなかった、と思ったことは何度もあった。
でも、全ての授業でそう感じたわけじゃない。
「けれど、マールさんと共にした時間は、望外の物をたくさん得られたのでは? 得したばかりではなく、いい刺激も得られた。長くはない時間でしょうから、つらい、苦しい、悲しいと感じたことはほとんどないでしょうが、会ったとしても、それ以上に楽しいとか、明るい気持ちに慣れた時間が圧倒的に長かったのでは? 私からの依頼は、それをもたらす内容だから、悪い気がしなかったのではないでしょうか。……まぁこんなところですかね」
言われてみれば、そうかもしれない。
もっとも、クローキーさんの依頼は必ずしも、マールさんと一緒の楽しい時間を過ごせるとは限らないと思うけど……。
「まあ、私からのお願いは、そんな大仰に考えず、気軽に、そして先程も申しましたように、片手間の作業程度にお考え下さい。あぁ、温かい物ではありませんから放置しても冷めるということはありませんが、どうぞそのデザート、お召し上がりください。みんなも食べていいからね? ……ところでルスターさん」
今気づいた。
僕にいろいろお話ししてくれたクローキーさんの表情、ちょっと柔らかかったような気がする。
だって、今僕に話しかけたクローキーさん、見慣れたいつもの礼儀正しさが目立つ笑顔に変わったから。
「は、はい」
「今日、ここに来たご用件、まだおっしゃってませんでしたね。何のご用だったでしょうか?」
……僕らが店に入ってきて、用事を聞くまで時間かかり過ぎですよ、クローキーさん……。
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