修復屋さん、始めました:修復屋さん、できるのかなぁ……
僕の店の宣伝は、おおっぴらにはしていない。
だから今日の来客は、午前の五人だけだと思う。
けど念のため、「本日は終了しました」と書いた張り紙を扉に張り付けておく。
そしてマールさんと一緒に、まずは防具屋を覗いてみた。
「いらっしゃい……って、昨日挨拶しに来た坊主だな? そっちはお仲間……じゃなくて……奴隷……だよね?」
防具屋のご主人は、マールの首を凝視してる。
町中を歩いている人の中で、首輪をしている獣人達は、実は珍しくない。
首輪のことを知ってから、それにも目を向けるようになった。
あれって、ファッションだと思ってた。
でも防具屋のご主人が戸惑ったのは、奴隷を連れてきたからではなくて、僕みたいな少年が奴隷を連れているからってことらしい。
「えっと……マールさん、ていいます。うちの店の警備をお願いしてるんです」
「……奴隷なのに、さん付け? しかもお願い? どういうこと?」
話せば長くなるのは間違いないから、ここは笑ってごまかして、言葉は濁してやり過ごす。
なんせ値段とサイズと守るべき体の部位との兼ね合いを考えなきゃならない。
結構時間がかかるのは、マールさんの防具選びで分かってたけど。
「ガクシャってとこがどんなとこか分かんねぇし、具体的にどんなことをしてきたのか分かんねぇけど……金属の杖にしたらどうだ?」
防具屋に、何で杖があるのか。
振り回せば相手にダメージを与えられる武器になる。
何で防具屋に武器があるのか。
しかも魔石までついている。
「木製だったら魔法道具だ。攻撃にも使えないし防御にも不向き。だから大抵、冒険者用の道具屋の方が品揃えがいい。そいつは金属製だが武器屋には並ばない装備品だ。攻撃したって大したダメージにはならんからな。そっちの奴隷の獣人の嬢ちゃんの爪の方がよほど当てになる。だが滅多な事じゃ俺なさそうだから、防具の道具ってことで、丈夫な杖なら置いてある。ただ、魔石については詳しくねぇから、それについて聞かれても答えられん」
なるほどそういうことか。
刃物なら、剣の類なら使ったことはある。
でもマールさんの言う通り、確かに扱い方には気を使う。
振りながら、目標に当たったら押すなり引くなりしなきゃいけないし、その必要のない剣は持ち上げるのが大変だ。
何度も何度も振ってると、腕が重くなる。
そんな疲労した体で帯刀して移動するにはかなりつらい。
杖ならメイスやこん棒と同じく、物理攻撃なら振り回して当てるだけで相手にダメージを負わせられる。
けどご主人が言う通り、確かに攻撃力は高くない。
魔力が高まる魔石が埋め込まれているけど攻撃魔法は使えない。
「攻撃魔法は……使えないんだけど……」
「気にすんな。そんな危険なとこにはいかねぇし、お前を守りながら戦える場所に留まるさ。それに防具の一つってんなら持ってた方がいい」
マールさんが強く勧めてくれた。
せっかくだし、この杖を買うことにする。
あとは、それを振り回しやすい防具が必要。
防具もピンからキリまである。
丈夫な防具は確かに欲しい。
けど防具自体にも重さはある。
身に付けても動けないんじゃ話にならない。
けど、好奇心もあって、試着してみた。
選んだのは全身鎧。
「あ……頭が重いっ!」
首が……よれるっ……。
右に左に体の重心が動くっ。
「……言わんこっちゃねぇ。試着、止めるか?」
「……体の防具は……」
「止めねぇのか。まぁいいけどよ。ほらよ」
だって、滅多にできない体験だもん。
マールさんに手伝ってもらう。
全部身に付けることはできたんだけど……。
「……動けない」
「だろうな」
「ゆ、指も動かない……」
「あたしだって、フル装備じゃロクに動けねぇよ。……お前、ただの鎧の展示品と変わんねえな」
「うぐっ」
でも、人生何事も経験が必要、と思う。うん。
装備を外すのもマールさんに手伝ってもらう。
それだけで汗が全身から流れてくる。
「良かったなぁ。防具、外すことができて。呪いの防具なら、ずっとそのままだぞ」
「え……」
マールさんに言われるまで気が付かなかった。
顔も全部隠れてたから、ご飯も食べられないしトイレにも行けない。
呪いの防具……怖いな……。
※※※※※ ※※※※※
選んだ防具は、学舎で支給された物とほとんど変わりなかった。
兜、胸当て、肩当て 上腕と籠手 腹部に腰、太ももに脛にブーツ。
材質は、支給された物よりもちょっと硬度が上質っぽい。
そしてマールさんに勧められた金属の杖。
支払いをお願いすると店のご主人は、やはり不思議そうに首をかしげながら会計をしてくれた。
そりゃまあ……主と奴隷という関係にしては、あまりにもその壁が感じられないんだろう。
実際はそんな壁は、感じられないというよりも……ないんだけども。
むしろ、僕が知らないことをマールさんから教わってるって感じで、年齢的にも、そして今になっては体格的にも、僕と店を守ってくれるお姉さんって感じだ。
それにしても、マールさんを引き合わせてくれた奴隷商のクローキーさんの話によれば、性格にかなり難ありなんだそうだけど……。
普通にお姉さんしてもらってるよね。
かなりがさつだけど、そんなのは愛嬌とか個性の一つだろうし……。
まぁそんな昔のことを聞いたって今の生活に変化が出るわけじゃなし、昨日、今日と、マールさんは楽しそうに過ごしてるんだし、このままでもいいよね。
でもさ……。
間近でマールさんとお話しする時、首が疲れるんだよねぇ。
いつも見上げる感じだから。
……体、鍛えた方がいいかな……。
「で、次は看板屋だろ? って……そんな店、あるのか?」
武器屋さんを出て、足の向くままに通りを歩く。
マールさんがそんなことを言ってきたのはしばらく歩いた後だった。
冒険者達がしょっちゅう利用する店には詳しいけど、それ以外はよく知らないらしい。
でも、僕の方はもっと知らない。
「道具屋とか鍛冶屋さんとかが引き受けてくれるんじゃないかなぁ。自分で作るとなると、素材は買わなきゃいけないからね」
そんな作業はしたことがない。
簡素な休憩所をダンジョン内で作る作業は何度かしたことはあるけど、看板作りとは全然種類が違う。
前世の記憶を探ると、即座にDIYなる言葉が浮かんだけど、前世でもやっぱりそんな作業の記憶はなかった。
「防具屋さんのとこで聞けばよかったな。すまんな。あたしが先々のこと考えてればよかったな。お前はここに住んで、まだ二日か? ほとんど知らないもんな」
「いや、マールさんが謝ることじゃないですよ。町中の案内板とか見れば……って見つかんないなぁ。……あ、クローキーさんとこに行って聞いてみよっか」
マールさんの顔から表情が消えた。
嫌な思い出ばかり、なんだろうな。
「……今は僕の奴隷だから、主である僕は奴隷を守る義務がある。そんな顔しないでよ」
「あ……あぁ……」
まぁ……腕っぷしも体力も、マールさんをはるかに下回る。
そんな僕から守ってあげるって言われても、そりゃ信頼できそうにないよなぁ。
でも立場的にはそうは言いきれるはずだし……。
歩道を、二人が横に並んで歩く。
他の通行人の邪魔になるだろうけど、少しだけならいいよね。
そしてマールさんの手を握る。
「ん?」
「大丈夫。ただ聞きに行くだけなんだから。ね?」
「あ……うん……」
無表情の顔が笑顔に変わる。
がかなりぎこちない。
でも、それでもいいよ。
多分、僕の前世も、そんな感じだった。
部屋に引きこもってからは、顔のどこにも力が入らないままだった。
力を入れる必要がなかったから。
それって、誰とも会う必要もなかったし、誰かと会いたいなんて思いもしなかった。
でも、マールさんは違うもん。
マールさんがいなきゃ、店、続けられるかどうか心配だし、依存するつもりはないけど、マールさん、必要だもん。
「クローキーさんとこで用事がすんだら、何か甘いもの食べにいこっか」
「……甘い……物?」
「おやつだよ、おやつ」
「あ……う、うん……」
力ない返事だったけど、顔は、何というか……。
照れてる?
そんな感じがした。
※※※※※ ※※※※※
「いらっしゃいませ……って、ルスターさんではないですか。どうなされ……え?」
クローキーさんの店に入ると、初めて入店した時と同じように、真っ先にクローキーさんが丁寧な挨拶をしてくれた。
けど、クローキーさんの面くらった表情は初めて見た。
「ええっと……そちらの方……奴隷、ですか」
「え? マールさんですよ?」
僕がそう言うと、クローキーさんはマールさんを凝視する。
マールさんは、おやつの話でいくらか出た元気が一気に消えたような顔になる。
「何を馬鹿な……。確かに毛並みは同じですし、同じ種族の獣人ですが……」
寝ぼけてるのか? と言いたげ。
もちろん、紳士的な振る舞いを心掛けてそうなクローキーさんは、客に失礼と思われるような言葉は使わないようにしてるっぽいけど……。
「ステータス、見れるんですよね? 見てみたらどうです?」
「そ……それもそうですが……って……。は……はああ?!」
店……建物中に響くような驚きの声を上げられるとは思わなかった。
カウンターにいる店員もびっくりだ。
「百歩譲って……いえ、服装、身だしなみを整えたら、身なりはかなり映えるでしょう。ですが……この体型……体格……それに……その態度……」
やばい。
この流れ……。
この店に来た目的の、看板作りの話がどっかに飛んでいく展開だこれ。
「えっと実は、クローキーさんに……」
「すみませんっ! ルスターさん! ちょっとお聞きしたい事がっ!」
恐る恐るクローキーさんに尋ねようとしたら、大きな声で質問を遮られた。
気圧されるって、このことなんだろうな。
僕は狼狽えて「は、はい」としか言いようがなかった。
「ここで立ち話でもなんですから、どうぞこちらへ! 君っ。君も同席したまえ!」
カウンターの店員まで呼び寄せて、何の話をする気なんだ。
ていうか、看板一つ作るのに、どれだけ時間かかるんだろう……。
心配になってきた。
流されるままに個室に案内される。
と言っても、結構広い部屋。
中央に八人掛けの丸いテーブルがある。
こじんまりとした会議室って感じがする。
僕とマールさん、クローキーさんにカウンターの店員さんの四人……と思ってたら、そのあと、ここの従業員、店員含めて七人が集合。
一体何の話をするというのか。
マールさんの顔が次第に険しくなってきた。
この店とクローキーさんの話をした時は、ここまでひどい表情じゃなかった。
従業員たちからひどい扱いを受けてきたんだろうか。
気休めにもならないだろうが、彼らとマールさんの間に割って入り、マールさんに距離を取らせる。
で、クローキーさんは何をするのかと思ったら、その前に……。
「ルスターさん、マールさんには、隅のテーブルにお座りいただけるよう伝えていただけますか? ただお待ちいただくのも大変かと思いますので……あ、ルスターさんもいかがでしょうか、このデザートのメニューからお好みの物をご注文していただけたら、いくらか時間も潰せるかと……」
まさかの、おやつの時間が先に来てしまった。
無料だそうだからいいんだけど……。
「もちろん一品限りではありません。何でもいくつでも……あ、食べ残しはお持ち帰りいただきますが……」
クローキーさんはマールさんに直接話しかけることはしなかった。
僕とマールさんの関係は主と奴隷。
その奴隷に直接声をかけるのは、主の立場を蔑ろにする態度、ということらしい。
身構えるマールさんには、なるべく刺激を与えないという意味では、有り難い心配り……。
というか、奴隷商の態度というものは、一般的にそういうものらしい。
それにしても、まさかの食べ放題。
マールさんにメニューを見せてそのことを伝えると、激しく戸惑っている。
それもそうか。
商品としての扱いと、奴隷としての扱いがガラッと変わったんだろうから。
「僕も好きな物をいくつか選ぶから、マールさんも気兼ねなく頼んでいいよ」
「……毒でも入ってるんじゃないだろうな?」
僕からの視点だと、疑り深い言葉だ。
でも、マールさんは、そんな言葉が自然に出るほどに、ここでの生活が酷かったってことだろうな。
「じゃあ、僕が食べたい物をマールさんが注文してよ。僕はマールさんの食べたいものを注文する。もちろん僕が注文した物はまーるさんのとこに置いてもらうから。マールさんもそうしてよ。どう?」
という提案に、警戒しながらも同意してくれた。
そんな話をしてる間、従業員たちも好きなデザートを注文したようだ。
店員さんはみんなからの注文を受けて、デザートの用意をするために部屋を出た。
それにしても、従業員全員を集めて僕の前に勢ぞろいさせて、これから何をしようというのか。
「早速本題に入りますが……もし他の奴隷商からお声がかかってないのでしたら、私共が扱う奴隷達に育成の依頼をお願いできませんでしょうか?」
人の話を聞く、ということは、聞く側にもその用意をしないと、その人の話が耳に入らない。
思いがけない話であれば、なおのこと。
「えーと……。すいません。よく分からないんですけど……」
「突然のことですから、何の話をしているのかご理解が難しいかと思います。マールさんの容姿や態度を見まして……もし今の彼女をこの店で扱うのだとしたら、銀弊五枚では足りません。いえ、金貨一枚……は言いすぎでしょうか。しかし銀弊五枚では安いかと。それほどまでに価値が上がっている、ということです」
「は……はぁ……」
初対面の時は貧相でひ弱な感じだった。
食事するまでは一言も声を出さなかった。
今にも栄養失調で倒れそうな、そんな感じ。
確か、銀貨五枚の値がついていた。
ここまでは、うん、記憶の中にしっかりある。
そして、今のクローキーさんの話は……銀弊五枚じゃ足りない……金貨一枚は高すぎるけど、と。
えっと、日本円にして、五千円で雇ったマールさんの今の、クローキーさんによる値段の判定は……。
……五万円以上で……。
高くても十万円?!
五千円だったのが?!
「はいぃ?! 十倍以上?」
後ろでガタッと音がした。
僕の大声で驚いたマールさんがビクッと動いて、椅子も一緒に跳ね上がったようだった。
「あ、驚かせてごめん……。えっと……」
後ろを振り向いてマールさんに一言謝る。
マールさんは気を取り直して椅子に座り直した。
クローキーさんは話を続けた。
「マールさんの価値が上がった。もしもマールさんを払い戻しできたら、それだけこちらに利益が上がります」
「え?」
マールさんを店に連れ戻す、ということか?
従業員たちが全員揃ってるってことは、力づくでもってこと?
……いや、そんな雰囲気はどこにもない。
だって、ちょうど今、店員さんが全員分のデザートを持ってきて、みんなの前に配り始めたのだから。
おっと、忘れちゃいけない。
僕の注文した物は、マールさんの希望の物だったんだよな。
「あ、すいません。僕が注文したのをマールさんに持ってってください。マールさんの注文したのは僕の方に」
「え? あ……はい……」
こちらの思惑を知らない店員はちょっと戸惑ってたけど、こちらの希望通りにデザートを配ってくれた。
マールさんは、自分の顔の長さと同じくらい大きいイチゴパフェとババロア。それに紅茶。
僕も紅茶を頼み、アイスのケーキを一口口に運ぶ。
従業員たちも和みながらデザートを口にしている。
マールさんを手籠めに……何てとげとげしい雰囲気はどこにもない。
でもクローキーさんは、目の前に置かれたデザートに一瞬目を移した後、対面の僕に再び戻した。
「何を言いたいかを申しますと、あなたはマールさんに、それくらい価値を上げる世話をした、と言うことなんです。なぜそんなに体格が変わったかは存じ上げません。ですが今にきて、手放すのが惜しい、と錯覚するほどの……成長ぶり、と申しますか、ルスターさんの下で成長したわけです」
まぁ……世話をしたというか……当たり前のことをした……。
いや、レベルを譲るのは、当たり前のことじゃないね。
というか、普通の人ができることじゃないよね。
「その甲斐性と申しますか……その技術を見込んでお願い申し上げたいのです。費用や手間賃なども用意しますので、同じように、私共が扱う奴隷たちもそのような世話をしていただけないか、と」
……看板作りをしてくれる人はどこにいるのかを聞くために訪ねて来てみたら、とんでもない仕事をお願いされた。
ちょっとスケール大きすぎない?
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