修復屋さん、始めました:初めての客 塵でも積もるとこんな大金
マールさんの武器はメイス。
木の棒の先に、とげがついた鉄の塊がくっついている武器だ。
刃物の武器は、扱いに気を付けなきゃならない上に、武器として使う時には意外と技術が必要になる。
メイスだと、ただ振り回すだけでいいし、筋力がなくてもある程度の攻撃力はある。
そんなメイスを片手で肩に担いで、洞窟の中から意気揚々と戻ってきた。
でもちょっと不気味。
おそらく魔物の返り血だと思う。全身に浴びている。もちろん顔も。
拭うタオルも持ってくるべきだった……。
「お帰りなさい。で、どうでした?」
「そんなに目にすることのない素材は手に入れたけど、一つだけだった。持ち運ぶ袋とか持ってくるべきだったな。ま、初めてのことだからしょうがないか」
そう言って、マールさん下げている手を僕の前に出した。
にぎられていたのは、ところどころきれいな輝きを出す岩。
「宝石の原石だ。知らなきゃ見逃されがちなやつだが、見つけられたのはラッキーだったな。そこにしかなかったみてぇだったからよ」
「そう……なんですか?」
実践では魔物討伐が中心だった。
アイテムや素材については、座学で得た知識しかない。
だから、これがそう、と実物を見せられても、あんまりぴんと来なかったりする。
「けど、道具屋とかでは安く買い叩かれることもある。お前の店の中に展示して、高く買い取ってくれる人が来るのを待つ、というのも手だぞ」
「……どこかに売りに出すことしか考えてませんでした……」
目からうろこが落ちた。
学舎で身に付いた知識以外、何の発想も出てこない。
お店を手伝ってくれる人がマールさんじゃなきゃ、どうなってただろう……。
あ、もちろん他の人だって思いつくことかもしれないけど。
「まあそういうことは、これからゆっくり身につけていけばいいさ。とりあえず、今日のところは戻ろうぜ。で、そっちはどうだったんだ?」
「えっと、こっちはですね……」
互いに別行動の詳しい話を聞かせながら、僕らは店に戻ることにした。
※※※※※ ※※※※※
翌朝。
朝ご飯を食べて店に戻る。
そこでマールさんがぼそりと一言。
「……ここ、ほんと、がらんどうだよな。おまけに、何か暗い」
がらんどう。
レジのあるカウンターの台以外何もない。
マールさんの指摘は、まぁ当たってる。
出入り口の両側以外に窓はない。
二階三階にはあるけども。
それでも照明は天井についていて、一階全体を明るくしてくれている。
「足元が暗くて歩きづらいならともかく……」
「そうじゃねぇよ。何って言うか……何もないよなぁ。術で修復するんだから、修復に使う道具とかは必要ないってのは分かるけどよ」
とは言っても、何を置けと。
順番待ちのお客さんのために、ソファとか置いたらいいかな。
あと、待ってる間の暇つぶしとか?
漫画とか……。
って、漫画、あるのかな。
学舎の図書室には、物語とか解説書とかはあったけど……。
「いずれ、銀弊五枚くらいは儲けねぇと、お前の防具とかは買い揃えられねぇからな。一品の修復、銀貨一枚だっけ? 六十人くらい客が来ねぇと買うのは無理だな」
銀貨一枚千円。
銀弊五枚で五万円。
金額を考えると、すぐに手にできる額じゃない。
でも、一日でこなせる人数ではある、と思う。
けど、来客数がそこまで行くかどうか……。
「でも、評判さえ流れりゃぜってぇ来るぜ。なんつーか……新品同様だけどよ、ちょっとモノが良くなってる感じがするからよ」
「かなり気に入ったみたいで何よりです」
昨日洞窟から帰った後で、マールさんの装備全てを修復した。
ひょっとして良質の物に変えられるんじゃなかろうか? と思い、マールさんからこの装備の理想の状態を確認したあと、品質変化にも挑戦してみた。
技術のレベルがアップしたようで、作業が終わった後マールさんに素振りなどをさせてみたところ、かなり気に入ったみたいだった。
となると、素材にも変化をつけられるのか?
まぁそこら辺はよく分からないけど。
とにかく今は、店の宣伝なんかを考えるのが先か。
お客さんが殺到したらどうしよう? って心配は、まだ必要ない……よね。
「にしてもよ、看板はしっかりとしたもん作ってもらわにゃならねぇんじゃねぇか? 出来立てからいきなり古びたような出来の看板なんてつけられたら、こっちが先に気が滅入る」
まぁ……そうなんだけど。
……それにもお金、かかるよね?
残金はざっと、銀弊二枚と銀貨四枚ほど。
銅弊以下のお金もある。
朝ご飯食べたときのお代のお釣り。
でも、それを合わせたって銀貨五枚目に届くことはないけども。
残金のことを考えると、あまりお金はかけられない。
商売が軌道に乗ってからならいいかもしれないけど……。
「……大きな紙に手書きで書いて、それを入り口に張り付けるくらいでがまんしようか」
「……まぁお前がそうするって決めるんなら、あたしは何も言わないけどね」
お手製のポスターは、マールさんはあまりよく思わない感じ。
でもしょうがない。
マールさんのレベルをうんとあげて討伐で大金を得るなら、僕も同行するしかないから。
そのためにも防具を買わなきゃ。
それまでの辛抱……。
「ここでいいのか?」
「勝手に入っていいのかよ」
「いいんじゃねぇの? ほら、いた」
ガラの悪そうな声で会話しながら、店に入ってきた人達は……。
「あ、昨日の」
「いよお。店の場所聞いといてよかったぜ。それにしても、まだ開業前って感じじゃねぇか。ほんとに営業してんのか?」
誰だこいつら? という目で見るマールさん。
知らないのも無理はない。
昨日、マールさんが洞窟に入った後に、僕の所にやってきた、五人組の冒険者達だ。
「この人達が、昨日お話しした、ルスター修復店の初めてのお客さん達だよ。マールさんが洞窟に出発した後にやってきた人達」
「そうなのか。じゃああたしも、お前の仕事の邪魔を追っ払う用心棒の仕事、始めないとな」
「あは、よろしくお願いします」
入り口に向かうマールさんの後ろ姿が頼もしく見える。
いくらかは室内も明るくなるというものじゃないかな?
「用心棒かい。悪くねぇ体格してんな。……あぁ、それで仕事の話なんだが、いいか?」
「あ、はい」
マールさんへの褒め言葉だよね?
こっちまでうれしくなってくる。
「昨日、あれからな、物は試しっつーことで、修復してもらった武器使ってみたんだよ。そしたらメインの武器より使い勝手が良くってよお」
「こいつのだけじゃねぇ。俺らのもそうだった。しかも刃こぼれも少なくてよ。あれで銀貨二枚だろ? ここじゃ銀貨一枚でやってくれるってんなら、なぁ」
「あぁ。装備品全部やってくれねぇかなって思ってな」
「全部……ですか?」
昨日は、物は試し程度の気分で依頼したらしい。
それが、思った以上の僕の仕事の出来、ということで、本腰入れて依頼に来てくれた、というわけだ。
「それは有り難いんですが、いくら一品につき銀貨一枚でも、全部なら相当な額になりますよ?」
「まぁな。兜、両肩当て、胸当て、腹、腰、両の腕に籠手、両の足に膝当て、靴。全部で十八品、になるか?」
「それが五人分だからな。だが鍛冶屋に持ってったら五倍以上は高くなる。だがここなら、銀弊一枚と銀貨八枚か。えーと……」
「銀弊九枚分か? って、一応武器も見てもらうから銀弊十枚分ぐれぇだな。金額だけ見りゃでけぇけどよ、品数考えりゃかなりお得だぜ」
「厳密にいえば、盾を持ってる奴もいるからさらにかかるが、一括で払える範囲だ。問題ねぇ」
しっかりと自分の仕事を果たせたら、今日一日で防具一揃いを買いに行けそうだ。
まさかそんなに収入になるとは。
費用を高く設定してたら、こんなに収入を得られなかったんじゃないか?
……お手軽な値段に設定しててよかった……。
※※※※※ ※※※※※
昨日の、洞窟前の出張店の初めてのお客さんである五人の冒険者達が、この店でも初めてのお客さんになってくれた。
修復の依頼の品は、防具は、冒険者の一人が言ってたように十八品。
それに加え、武器。
両手で持つ武器の人は二人。
他の三人は片手武器を使用しているようだ。
みんな、もう片方の手で盾を持つ。
その盾も修復を頼まれたので、品数はみんな同じ。
合計百品。
修復に加え、少々強化も図ってみる。
マールさんの装備品のように、改良化まではしない。
丈夫で軽ければ、装備する体の負担は軽くなる。
けれども重みも大事、という人もいる。
いくらか早く動けるようになっても、攻撃をかわすほどでもない上に、軽くなる分衝撃に耐えられずに体ごと吹っ飛んでしまう欠点もある。
余計なことをして不評を買うのは悪手。
それをするなら事前に説明すべきだし、料金だって割り増しにしとかないと。
まぁそれでも修復が完了した品を見て、みんな喜んでくれたわけだし、支払いもきっちりしてもらえたからよし。
でも、千円の仕事を百だよ?
十万円だよ?
一度にそんな大金……確かに欲しいと思ってたけど、手にできるとは思っても見なかった。
一週間くらいはかかるんじゃないかと思ってたから。
何か申し訳ない気がするんだけど、一品千円だからなぁ。
そりゃ確かに、学舎退学した時に受け取った額と同じだけど、仕事の料金は自分で設定できるからなぁ……。
いいのかなぁ。
「んじゃ銀弊で十枚、でいいよな? 一、二ィ……で、十枚っと」
「ありがとな。いい買い物したぜ」
「……これも買い物っつっていいのか?」
「いいんじゃねぇの?」
「こまけぇこと気にすんなや。おう、獣人のねーちゃん邪魔したな」
ご機嫌で店を出て行った五人を見送った。
僕の防具を買うための目安の五万円の二倍の金額が、この一仕事で手に入れた。
「良かったじゃねぇか。看板も何もしてねぇのに客が来てくれて、あんな風に喜んでもらえてよ」
「あ……うん」
「あんな顔して喜んでくれるもんなんだな。いい仕事したってことだよな」
マールさんは、閉じたドアの方を見てしんみりしている。
喜ぶ人を見るのは初めて、といったふうだ。
僕と契約する前は、どんな生活をしてたんだろう。
「で、どうすんだ? 何の宣伝もしてねぇんなら、この後も客が来るとは思えねぇし、防具とか買いに行かなきゃなんねぇし……買いに行くのか?」
そうだ。
早くその買い物は済ませたい。
でも、客は絶対に来ない、とも言いきれない。
一から開業する、とは言ってないけど、近所へのあいさつ回りでは、修復業を始めます、とは言ってあったから。
となれば……。
「お昼ご飯を食べに出かけた時に、防具屋さんと武器屋さんに寄ってみよう」
その時間なら、誰だって昼休みで誰もいないってことくらい分かってくれるはず。
「じゃあさ」
マールさんが明るい声を出した。
何かと思ったら。
「看板作ってくれそうな店にも行ってみねぇか? お前の装備を買ったって、収入分全部つぎ込むわけじゃねぇんだろ? 看板の注文と併せたって、銀弊十枚使いきれるとは思えねぇしよ」
あー……それがあったか。
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