修復屋さん、始めました:マールさんも僕も初仕事
この日の午前中は、買い物に当てた。
お昼ご飯を食べて、それからアイテム探しに出発した。
もちろん探して見つかる何かの素材では、どのお店も高く買い取ってくれるはずもない。
そして、マールさんの戦闘準備は万全だ。
ということは。
午後は魔物退治の時間にできる。
もちろん身の安全が続く限り、という条件は必須だけど。
つまり。
午後からは魔物退治にお出かけ。
のはずだったんだけど……。
「お前、馬鹿だろ」
洞窟の入り口の手前、要は、魔物が現れる場所の入り口の前ってことだから、ここは完全な安全地帯。
そこで、マールさんから言われた。
「あの……」
「何だよ」
「僕、ルスターって名前があるんですが」
「知ってるよ」
でも、今まで名前で呼ばれたことないんだけど……。
「けど今はお前の名前どうこう言ってる場合じゃねえことぐれぇは分かるよな?」
「……はい……」
「あたしのために、服とか防具とか武器とか買ってくれて、風呂や飯の面倒まで見てもらって、気を配ってくれたことはありがてぇよ? でも、その前にやんなきゃなんねぇことやってねぇから馬鹿っつってんだ」
……分かってるよ。
……ここに到着してから気付いたんだけど。
「何でお前の防具とか用意してねぇんだよ。あたしだって怪我したりするよ? そん時につける薬とかも持ってねぇんだよ」
……はい。
すいません。
面目ないです。
「残金、確か銀弊二枚っつってたよな? 防具買ったら生活費が消えるぞ?」
「はい……」
「もう少し、地に足ついた生活考えてると思ってたんだがよ……」
「はい……」
叱られっぱなし。
弁解の余地もありません。
「まぁロクに手当てもされなかったこともあったし……。それにこんな風に丈夫な体になったわけだから、ちょっとやそっとじゃ怪我はしねぇとは思うけど」
そうですね。
腹筋なんか、ものの見事に割れてる。
体毛に覆われてても分かるくらいだった。
その腹筋も、今は服と防具で隠れてるけど。
「で……でも……」
「だからよ、お前はここで待ってろよ。あたしが一人で入ってくるからさ」
「そ、そんな……」
大怪我されると困るんですけど。
心配なんですが。
「ガキじゃあるまいし。ちゃんと帰ってくるよ。……帰って来てから飯食わせてくれるならな」
そりゃもちろん。
ご飯だけじゃないよ。
お布団もあるよ。
寝間着も新しいの買ったし。
「だからお前は……修復の仕事するんだよな?」
「え? あ、うん。そう……ですが……」
「ここでもできるんじゃねぇの? 道具がなくても術で直せるっつってたよな?」
「え?」
「だって、そこらにも行商人が店開いて、いろいろ物売ってんじゃねぇか」
確かに薬や道具を扱ってる行商人の店がある。
けど、街の店よりもかなり割高。
防具や武器も売っている。
けどその中のどれか一つを買ったら、残金はおそらく明日の朝ご飯の分までしかない。
「鍛冶屋っぽいのもいるけどよ、ただ研ぐだけ、みたいな感じじゃねぇか。それに比べたら、お前の術の方が質が上だろ? 知らんけどよ」
「そ、そりゃもちろん……」
マールさんにはまだ術を見せてはいない。
けど、見たことがあるような言い方をされた。
それだけ、僕のことを信じてくれてるんだろう。
うれしすぎて、ちょっとこそばゆい。
って、そうじゃなくて。
「って、ここで?! いきなり?!」
「いい宣伝になるじゃねぇか。あの建物で看板つけたって、誰も見に来やしねぇだろ。街の隅だしよ」
そりゃまぁ……そうだけど……。
「でも……」
「何だよ。男なら腹決めろ!」
それより重要なことを忘れちゃいけない。
「でも、一緒に中に入って、一緒に魔物退治して、僕の冒険者レベルも上げないと……。マールさんのレベルも上がらないんだけど……」
「しょうがねぇだろ。お前が先にくたばりそうなくらい傷を負ったら、それこそ手詰まりじゃねぇか」
「う……」
マールさんの言う通りだ。
思い返せば、学舎での実践授業は、支給された防具に身を包んでいた。
その防具が、今は何一つ揃えていない。
大したことのない魔物の力だったとしても、今の僕ならどれだけ深手を負うことになるのか想像もつかない。
「いい加減聞き入れろよ。今はまず、目先の金、収入が必要だろうが。それでお前の防具を買うまでは、あたしと同行するのは禁止な」
仕方がない。
マールさんに言われた通り、腹を決めよう。
でも……大事なことを忘れてた。
「値段、いくらにするか、考えてなかった……」
「……お前なぁ……」
マールさんにとっての僕は、だんだん呆れキャラになっていってるんだろうか……。
※※※※※ ※※※※※
店に来てほしいなら、ここは出張店として、店舗よりも価格は低くすべき。
出張した分手間がかかる、という理由を優先するなら、店舗の方を安くすべき。
マールさんからそんな提案をされて、なるほどなぁ、と納得。
店舗に来てもらうと、他のお店にも足を運んでもらえるかもしれない。
ということで、店舗ではどんな品物でも一点千円。
この場では二千円、ということにした。
ということは……。
「どんな品物でもどんな傷でも、一つにつき、銀貨二枚で完全修復。お店では銀貨一枚、ということにしよう」
「いいんじゃねえか? 術を使って手間も疲労もないならね一律の値段も悪くない、と思う。んじゃ行ってくるからな」
マールさんの首輪は奴隷の紋章が刻まれている。
だから、むやみやたらに喧嘩を吹っ掛けられるってことはないと思う。
それは、その主にも難癖をつけてくるも同然だから。
それに、問題が起きそうになったら即座に逃げるようにも言っておいてる。
逃げ足だって普通の人間には敵わない速さ……って聞いてるし……。
うん、大丈夫、だと思う。
問題はこっち。
何もない所でどうやって、修復屋やってます、って宣伝するのか。
ここよりももっと洞窟の入り口に近い場所では、商人たちは荷車や馬車を使ってお店を開いている。
だから、それらが店の目印になる。
僕には、店の目印になるような物は何も持ってない。
「看板も何もないんだけど……って……」
意気揚々としたマールさんの後ろ姿が遠ざかる。
呼び止めて相談するのも気が引ける。
しょうがない。
一人で何とかするしかない。
……何とか、じゃダメなんだな。
だって、おそらくマールさんは、収入になりそうなアイテムとか拾ってこれないと思う。
そんなアイテムを所有する魔物や、何かの物作りに必要な素材になる体の魔獣と出逢うには、結構奥に進まなければならないから。
危険が伴うそんな場所に行ってほしくないし、自分でもその判断はできると思う。
となれば……。
「ここで稼ぐしかないかなぁ」
いつまでも、あの洞窟から遠いここにいてもしょうがない。
とりあえず、冒険者達が密集しそうな洞窟の入り口の手前の広場に移動してみるか。
※※※※※ ※※※※※
商人が密集している洞窟の入り口前の広場。
そんな中に新たに行商人が入り込んで商売を始めようとすると、洞窟への通路ばかりじゃなく、他の店への通路の邪魔をすることになる。
そうなると迷惑極まりないけれど、手ぶらの体一つで来たものだから、そんなに狭くない場所でも地べたにどっかりと座って作業ができる。
「ん? 子供一人、こんなとこに座って何してんだ?」
と、一人の冒険者が聞いてきた。
僕はそれに答えず、ひざ元の地面に指をさす。
そこらから拾ってきた木の枝や落穂を地面に並べて文字を作り、それを看板にしたから。
「修復屋? 壊れた武器とか直してくれるってのか?」
「はい。どんなに壊れても、一品銀弊二枚で。僕の店でなら銀弊一枚で引き受けますが」
その値段は適正なのか、耳を疑うほど安値なのか、目が飛び出るほどの高値なのか、よく分からない。
他の店ではどんな値段をつけるだろう?
あとで調べて見なきゃ。
「おいおい、やめとけよ。そんな安い値段じゃ、ろくな修理をしてもらえねぇよ」
「そうそう。修理って、炉も何もねぇじゃねぇか」
その人の仲間と思しき人達が四人、ガシャガシャという金属音と共に近寄ってきた。
その音の元は、もちろん彼らの装備品。
この人達からも依頼が来るかな? という期待もしてしまう。
もちろん必ずしも、誰もがお客さんになるとは限らないことも知ってるけど。
「術を使って修復するので、炉は必要ないんです」
という僕の説明を、初対面なのにそのまま信じてくれたのはうれしい。
「たまーにそんな店あったりするからな。……で、店では銀弊一枚? ここの方が高いのか」
「ここから西の繁華街のとこか。ふーん……」
「半額って言葉に目がくらみそうになるが、ここでも普通の修理業よりは安いからな」
「それに、俺らはこれから魔物討伐しに行くんだ。今からそっちに行くわけにもいかねぇ」
半額にしたのは正解みたいだけど、ここでの値をもっと上げるべきだったかなあ?
「俺の予備の両手剣なら、銀弊二枚で直してくれるってんなら儲けもんかな。……ほら、銀弊二枚だ。やってくれ」
これがルスター修復店の仕事初め、だな。
でも相場って、どれくらいなんだろうなぁ。
「はい。お任せくださいっ」
と張り切ったはいいけど、その人が背中に背負っている大きい刀の刀身は、僕の身長の半分くらいある。
刃は入っていないが見た目通りとても重そうで、僕一人では持ち上げられそうにもない。
まぁそんなことをしなくても直せるけども。
いつものように、まずは破損してると思われる部分に手を当てる。
そこからゆっくりと撫でまわす。
「おい、欠けた部分が戻ってるぞ」
「あぁ、俺も見てるから分かってるよ。……買ったばかりの新品みてぇになってきてやがる」
刀身ばかりじゃなく、一応柄も修復を試みる。
片面の修復が終わり、柄を持ち上げて肩に乗せる。
下面もそのまま手を当てて、柄を乗せた肩を少しずつ刀身に近づけるように移動しながら手を当てていく。
完全に修復できたものの、復元させる修復なので、この大剣は切断するというより叩き潰す、刃が入ってないタイプのようだ。
「……大したもんだ。ま、修復できたように見えただけかもしれんが、そうだとしても銀弊二枚ぐれぇならホイホイと出せる金額だ。それに主力の刀は研いでもらったばかりだからな。お前らも何か頼んでみたらどうだ?」
僕の一人目の客はそう言いながら、片手でその大剣を持ち上げて、ひょいと背中の納刀部に戻した。
どんな鍛え方をしたら、そんな力持ちになれるんだろう?
僕と同い年の頃から、桁外れな体格だったに違いない。
「まぁ予備の装備なら構やしねぇか」
「んじゃちょいと頼んでみるかな?」
おそらくは同じパーティなんだろう。
他の四人からも予備の武器の修復を依頼された。
※※※※※ ※※※※※
魔物退治、アイテム探しでこんな場所に来る人達の時間帯って、特に区切りとかはないんだな。
改めてそう思った。
学舎時代は、授業で決められた時間に突入し、退却する時も何かの節目があった時にしてたから。
あの頃は、一コマ一時間くらいだったかな。
マールさんが洞窟に突入してから一時間は軽く過ぎた。
ちょっと心配になってくる。
制限時間、決めときゃ良かった。
こんな状況になるなんて思いもしなかったからなぁ。
……社会勉強って、必要だよね。
まともに卒業してたら、そういう知恵も身につけられたんだろうか。
それに収入のこともある。
修復を頼みにきたお客さんはあの五人だけだった。
収入だけ考えると、今日、この時間だけで一万円……銀千十枚の収入。
今日と明日の朝のご飯代は問題ないけど、ぼんやりとずっとここにいるってのもちょっとつらい。
マールさんのレベルを上げでアイテム探しの効率を上げることを考えてたから、僕の防具を買い揃えるまでは、しばらくはじり貧な生活を送ることになるかもなぁ。
あの五人から、相場を聞くの忘れちゃったし……。
でも値段を高くすると、やりくりが厳しい冒険者達はいつまで経っても修復するのは無理だろうしなぁ。
なんて思ってたら……。
「おー、そこにいたかあー」
行商人と、そこで買い物をする冒険者達の賑わう声の中から、マールさんの声が洞窟の中から聞こえてきた。
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