修復屋さん、始めました:奴隷さん、変身?

 僕の身長は、多分百二十センチくらい。

 マールさんの身長は、多分僕より十センチくらいは低かった。

 それが……僕より多分、三十センチは高い。


 貧相な体型も、勇者の女の人の普段見慣れてる格好をしているメディさんやマジックさんと比べても明らかに大きい。


 顔もずいぶん大人びている。

 別人に見えなかったのは、それでも見覚えのある顔だったし、声もほとんど変わらなかったから。

 けれど、流石に大人びた体型は……。


 前世の記憶には、感情の記憶も残ってる。

 周りからあんな目に遭っても、それでも人並みに興味があるものには興味はあった。

 けど、理性の方が強すぎた。

 その理性の強さは、今の僕にも残っているようで……。

 いや、そんなことより、今の僕には刺激が強すぎた。

 無理やり引っ剥がされた毛布を無造作に鷲掴みにして、なるべくマールさんの姿を見ないように目を覆う。


「あ、あの、マールさん……何か、着てください……」

「あるわけねぇだろ! 寝間着は破けてたし、あの服を切れる体のサイズじゃねぇことくらい分からねえか?! あたしに何かしたんだろ! 何しやがった!」

「な、なら、何かタオル……」

「風呂場で一式全部借りて、使った後そのまま返したろ!」

「タ、タオルケット、あるじゃないですか……」

「大きすぎるわっ! それより、何でこんな大きくなってんだよ! お前、何かしたろ!」


 マールさんは思いっきり取り乱している。

 落ち着いてもらわないことには、話が進まないんだけど。


 ……紋章の術は、バレてはいないはずだ。

 学舎を出てから、その中身については誰にも話をしてないから。

 とりあえず、レベル譲渡だけは言わないでおこう。


「な、何にもしてない、です……。何で僕を……」

「何で、じゃねぇよ! 今まであたしを雇った連中がしないことをしてくれた! クローキーんとこで飯を食わせてくれたこともそうだし、服と寝間着、それに風呂! 何より布団で寝かせてくれたことだ! 今までなかったことづくめだ! お前が何かやったとしか思えねぇだろ!」


 自分の視界のほとんどが、マールさんの口から見える無数の牙ばかりになる。

 怖い。

 怖いんですけどっ!


「そ、そんなに怒らなくても……」

「お前なぁ! 目が覚めてこれだぞ?! あたしの体に何をしたって言いたくなるだろうが!」


 怒ってる……ってわけでもないのかな?


「えっと……その……何か、しました……」


 言っといた方がいいだろう。

 内緒にしといて、何も知らないまま僕のことを信じてほしいっていうのは、都合が良すぎる気がする。

 だってそう言うことをした人達のことを、僕はたくさん知っているから。

 前世の記憶の中だけだけど。


「……何をやった」


 マールさんは、一瞬ポカンとした顔になった。

 けどすぐそのあと、怖い牙が見える口を閉じた。

 僕の言い分を聞いてくれそうで、ちょっと安心した。


「えっと実は……」

「待て」

「え?」


 話そうとした出ばなをくじかれた。

 何か警戒してるのかな? と思ったんだけど……。


「流石に寒くなってきた。毛布貸せ」


 あ、はい……。


 結局、身の上話をすることになった。


 ドラゴンに襲われた。

 しかも希少種。

 こんな話、信じてもらえるとかどうか。

 ましてや、牙が頭に刺さって、それが頭蓋骨に溶け込んで、なんてことも。


 そして学舎入試で紋章が刻まれ、三つの魔術を使えるようになったこと。


 マールさんは孤児と聞いた。

 それに比べたら、僕の家族はまだどこかで健在。

 そこんとこで、マールさんはいじけたりしないかと思ったけど、包み隠さず全部話した。


 そしてクローキーさんのとこでの話もした。

 奴隷ではなくお手伝いしてくれる人を雇うつもりでいたことと、普通のお手伝いさんよりもマールさんを奴隷として雇う方が安上がりだったが、奴隷として扱う気はないことも。


 もちろん前世の記憶のことは、ここでは無関係だから触れなかった。


「……お前も苦労してんだな。あたしよりも年下なのにな。……で、レベルが上がったからそれなりに力が上がって、こんな風に急成長したって訳か。まぁ店の警備も適任っぽい体になったし、レベルが下がることがねぇんなら何の心配もないな」

「はい。……黙っててすいませんでした」


 何も知らされずにこのまま成り行きに任せて、あとになってマールさんに気付かれたら、騙された、なんて思われてたかもしれない。

 でも、悪意がないことを分かってもらえただけでもうれしい。


「ところでよ」

「あ、はい」

「服、どうすんだ? 着る物、何もねぇんだけどよ」

「買いに行かなきゃ、ですね」

「どうやって?」

「そりゃ……あ……」

「全身毛で覆われてるからって恥ずかしくないわけじゃねぇんだぞ? 素っ裸で何かしろ、なんて命令は、流石に今まで誰からもされなかったしな」


 そこでハッと気づいた。


「あ、あの」

「何だよ」

「マールさんの下着……僕が、買いに、行かなきゃ、ならないんでしょう……か……?」


 おずおずとマールさんを見る。

 すると、マールさんの顔が目に入る。

 白い体毛に、みるみる赤みを帯びてきた。

 顔の毛は体毛よりも薄いみたい。

 つまり……赤面してる?


「バカッ!」


 頭をはたかれた。


 ※※※※※ ※※※※※


 着る物も必要だけど、朝ご飯も必要。

 朝ご飯は外食にするつもりだった。


 食堂はもう開店営業している。

 でもマールさんは素っ裸。

 素っ裸で外を歩かせる……って、どんだけ鬼畜なんだってことでね。


 朝ご飯は食堂のメニューの持ち帰りにした。

 体が大きくなったから、それなりに食べる量も増えたかな? と思って多めに持ち帰り。

 その予想は当たって、ちょっと物足りなさそうだったけど、まぁ昨晩のご飯の時と同じくらい満足げな顔してくれた。

 でも食堂の人からは驚かれた。

 朝から肉料理? って。

 注文したメニューは肉だけじゃなかったけどね。


 そして、服屋さんの開店を待って、まずはコートと靴を買いに行く。

 どっちも大きめの物を買えばそれでいい。

 マールさんが外に出歩ける格好さえできればいいんだから。

 家に戻ってからマールさんに羽織らせて、二人であらためて買い物に。

 昨日買ってきれなくなった服を下取りして、新たな服を買う。

 着れなくなった服をそのまま保管しても、何の意味もないしね。


 で、買い物はできたけど、無事に終わらなかった。


「いてっ」

「だ、大丈夫ですか? 気を付けないと……」

「気を付けてるよっ! ……て、すまん」


 マールさんの体が急に大きくなったから、頭に何かがぶつかったり、ドアが開いた入り口のどこかに肩をぶつけたりして、自分の体の変化についていけてなかったっぽい。


 レベルを引き上げたことで、おそらくマールさんは、種族の年齢上の標準体型になったんだろう。

 自分の体なんだし、レベルが下がることはないだろうから、そのうち慣れるとは思うけど……。


 それでも買い物を済ませてその場で着替えて、お昼前に帰宅。

 ようやく人心地ついた。


「……今朝はいきなり怒鳴って悪かったな。こんな風に世話してもらえたの、初めて……だったと思う。だから、今まで以上に何か……騙されるような気がしてよ」


 確かにあれは偉い剣幕だったから、こっちも怖かった。


「あ、いえ。今朝も言った通り、仕事を始めることは考えてましたけど、お金が不安で。それに町の人から聞いて、店を守ってくれる人も必要だって……」


 先立つ物はあるけど、僕の思うように増えてくれるとは限らない。

 仕事をお願いできる人なら誰だってよかった。

 それらの条件を満たしてくれた人が、マールさんというだけのこと。


「それにしちゃ、ちょっと何というか……。この格好も落ち着かねぇな。新品の服着たのなんて……店で買ったばかりの物を着るってのは初めてだし……」


 買った普段着には派手さは全くないが、それでもマールさんは割と激しく戸惑っている。

 それだけ虐げられてきたってことなんだろう。

 奴隷の身分……じゃないな。

 奴隷生活の習慣から早く解放してあげたい、とは思う。


「……まさか三着くらい買ってもらえるなんて思いもしなかった」


 そりゃそうだ。

 汚れたら洗濯しないといけないし、その間に着る服がなかったら困るもん。


「それくらいは必要でしょう。それ以上に下着の枚す……いたっ」

「それはもういいっ」


 はたかれた。


「いてて……。でも、必要な分は揃えないと、でしょ。それと、警備の仕事をしてほしいんですけど、この店の経営が上手くいくかどうか分からないんです。まだ開店してないし、開店したとしてもお客さんがたくさん来るかどうか分からないし」

「そんなんで大丈夫なのか……?」


 大丈夫。

 問題ない。


 多分。


「で、この後なんですけど、また買い物に行こうかと」

「何だよ。ついでに一緒に買い物すりゃよかったじゃねぇか。あたしに遠慮したのか?」

「いえ。まずはこの町中で歩いてもおかしくない格好の服だけを買おうって。あれもこれも買うと、途中で欲しい物と買った物がごちゃごちゃになるから」


 メモすればいいんだろうけど、チェックするのがちょっとね。

 買えば買うほど荷物も増えるし、増えた荷物を抱えながらそういう作業すると、どっちも重要だからさらにややこしくなる。


「それで、お昼ご飯食べた後、武器屋とか防具屋に買い物に行きましょう。警備にも必要でしょうけど、魔物討伐でより多くの賞金貰うのと、珍しいアイテムを手に入れやすくするため。それで収入を増やして、本業が軌道に乗るまでそれで凌ごうかなって」

「一時しのぎか。まぁ魔物退治も、相手がそんなに強くなけりゃ何とかなる。武器、防具もそれなりに揃えてくれるんならそれなりに金になる魔物も倒せるしな。……あ、あぁ。そうか。冒険者レベルを上げたとか言ってたのはそのためか」

「はい」


 マールさんは満足げな顔をしている。


「けど今朝みたいに体が急に大きくなったりしたら、せっかく買った防具が壊れちまうぞ?」

「あ、それは大丈夫です。修復した後、それを下取りに出して別の物を買えばいいので」

「なるほど」


 破いた寝間着も修復してもいいんだけど、切れ端があちこちに散らばってるからなぁ。

 下取りしてもらっても大した額にはならないだろうし。


「じゃあそろそろお昼ごはんに行きましょうか」

「お、おう。でもよ」

「はい?」


 何か問題、あるのかな?


「毎回外食してたら、それこそ金が吹っ飛ばねぇか? 料理の方が安上がりになると思うが?」

「……マールさんはできます?」

「……野宿とかじゃ、そこらにいる動物とか魔獣を適当に狩って、火に炙ればそれだけで食えたからなぁ」


 あ、味付けとかは考えなしなんだな。


「……しばらくは外食にしましょう……」

「お、おう……」


 せっかく心配してもらったけど、今のところ、打つ手なし。

 生活に必要な技術、ほとんど身に付いてなかったんだな……。


 ※※※※※ ※※※※※


 午前の買い物は服が中心。

 マールさんは満足してくれた。

 けど、午後の武器と防具の買い物にはやや不満そう。

 それも気に入った物を買ってあげたかったんだけど、衣類と違って値段がハンパない。

 買えなくはなかったけど、今晩からご飯の心配が出てきそうだったから。


「まぁないよりはましだ。無理させなきゃ長持ちするだろ」

「壊れても直せますから問題ないはずです」

「あ……そうか。そんな話もしてたっけな」


 いや、思い出すまでもないと思うんですけど?


「僕の店、修復屋さんにする予定なんですよ。本業ですよ? 忘れられたら、ちょっと悲しいです」

「お、おぉ、そうだったか。つか、これも壊れたら直せるのか?」

「もちろん!」


 その作業は、もうかなり場数を踏んでる。

 その力も失われることはない。

 自惚れるつもりはないけど、自信はある。


「そ、そうか。ならこれで十分か。冒険者業を本業とするなら不安なところもあるが、踏み込むようなことはしない限り、まぁこれで十分だ。あまり贅沢を言ったら、残りのお金がどんどん減っちまうしな」


 兜、胸当て、肩当て、腰当て、太ももと脛とブーツ。

 上腕に長めの籠手。

 そしてメイス。

 この一式を買って、手持ちのお金は銀弊二枚。

 前世の記憶から換算すると、二万円か。

 十万円の選別をもらって、昨日と今日とで八万円の出費。

 必要経費だから問題ないけど、どんどん減るのは気になる。


「明日から、金になりそうな魔物退治といくか」


 と、マールさんは乗り気。

 それでも、自分で選んだ武器と防具は気に入ったようだった。


「どれくらい収入になるのか気になりますけどね」

「なぁに、買ってもらった分は、そんなに時間かけずに返してやるさ」


 マールさんは明るい顔で、握り拳で自分の胸を叩いた。


 見てるだけで頼りになる。


 僕は、本当に、周りの人に恵まれ続けてるなぁ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る