修復屋さん、始めました:奴隷をお世話 余計なお世話?

 向かいに座ったマールさんは、椅子の背にもたれながら腕組みをしている。

 僕よりも背は低いのに、なぜか僕は見下ろされてるような気がした。


 僕は上目遣いにマールさんの様子を伺う。

 地下にいた時より、かなり表情は和らいでる。

 むしろ、満足そうな顔。

 ちょっと安心した。


 とりあえず、マールさんを鑑定してみる。


 分かるのは、名前と冒険者レベルと技術レベル。

 もっとも、得意とする技術は何なのかは不明だけど。


 名前は、マルギータ・リーブル・ライラット・バーネム、って……。


 長っ!


 それでマール、か。


 で、冒険者レベルは……7。

 技術レベルは……8~3……て……


 解釈に苦しむ……。


 僕のレベルは15と53。

 後者は僕の三つの紋章のレベルを合わせたもの。


 だから、レベルは20くらいまであげてやれるかな。


「……で……これからどうすんだよ」


 言葉尻に力がない分、気が立ってるような感じじゃないのも分かった。

 けど、この人の心中を探ってる場合じゃない。


 この人には僕の名前以外まだ何も伝えてなかった。


「……まぁ、せっかく飯を食わせてくれるっつーから食わせてもらったけどよ……。人の食うもん食わせてもらったから、見返りに何をしてほしいのかまだ聞かされてねぇんだがな」


 ……女の人、だよね?

 今までお話ししたことがある女の人、こんな話し方するの見たことない。

 多分わざとだと思うんだけど、低めの声がちょっと怖い。

 けど、体格は僕より細いし小さいし……。

 いうなれば……小さくても簡単に人に傷をつける刃物のような怖さ、かな。


「……まぁうめぇ飯、腹いっぱい食わせてもらったからよ。無理じゃねぇ簡単な事なら、一つか2つくらい聞いてやってもいいか、くらいは思ってんだけどな」


 えっと……契約の話、してもいいのかな……。

 なんか怖いけど……奴隷の主の紋章の効果ももらえた、はずだから……。


 ……痛い目に遭っても、無痛の紋章があるから平気、かな……?


「あ、あの、お店をこれから開くんですけど、雑用とか警備みたいなお仕事をしてほしい……と……思って……ます……」


 獣人、て、見慣れてないし、初対面は睨まれたから、やっぱりちょっと怖い。

 襲われたら抵抗しようがないんだよね。

 でも、奴隷主の紋章があるなら大丈夫、とは思うけど……。


「……びくびくすんじゃねぇよ。うめぇ飯食わせてくれた奴の手を噛むなんてこたぁしねぇよ。食わせてくれた分の働きはしてやるよ。その後のこたぁ知らんけど」


 ……ってことは、僕の思った通りのことをすれば、特に問題は起きない……ってことでいいよね?


「それに、年下から気に食わねぇ命令されたって気にならねぇよ。無視すりゃいいんだから」

「と、年下?」


 この人の言うことが本当なら、両眼を閉じてるその顔は、多分余裕を見せている表情ってこと、かな。

 腕組みしている両腕も、一度もびくりとしないまま。咄嗟のことが起きてもそれでも平然と対応できる、という余裕の態度、にも見える。


「お前、どう見ても十才越えてねえだろ? あたしは十七……あ、十八か。だから八つは上だな」

「九才ですっ。……約十才も年上……だったんだ……」

「はは、かわいいなあ。ま、そっちが契約を守るってんならこっちだって守ってやるよ。……で、どんな契約すんだ?」


 契約の詳しい説明もまだだった。

 でもその前にしなきゃならないことがある。

 マールさんの機嫌は良くなったみたいで、いくらか話しやすくなったのは助かった。


「えっと、ここでお話しししておきたいことがあるんです」

「ほう?」

「もうじきどの店も終わる時間なので、急いで服と寝間着……パジャマ買いに行きましょう」

「へ?」


 マールさんの顔から思いっきり気が抜けた、ような気がした。


「布団は二人分ありました。いろいろと揃えたい道具とかありますが、閉店前までの短い時間に買い揃えられる物はそれくらいでいいでしょう」

「あー……っと……」

「朝ご飯は、近くに食堂があるのでそれで間に合わせましょう。本格的に説明するのは明日でも大丈夫かと」

「お、お前……」


 マールさんはどっかりと座ったまま。

 日はすっかり沈みそう。

 早くしないと、この汚れた服のままで寝なきゃいけない。

 それはちょっとかわいそうだ。


「早く行きましょうっ。クローキーさんっ。服屋さん、この近くにありますかー?」


 マールさんの腕を引っ張って立ち上がらせる。

 確かに年上なだけあって、いくら僕より体は小さくても、力はありそうだ。

 思いっきり引っ張っても動かない。

 急ぐ僕の気持ちを分かってくれたのか、ようやく腰を上げてくれた。


「え? えぇ。二軒隣が服屋さんです。ここを出て左手の並びですよ」

「ありがとうございます! ほら、早く行きましょう!」


 急いで店を出る僕に、後ろからクローキーさんが声をかけてくれた。


「あと二十分くらいですから、そこまで急がなくても大丈夫かと。またのお越しをーっ」


 品選びに時間がかかったら、二十分なんてあっという間ですって。


 ※※※※※ ※※※※※


「とりあえず、今夜着る寝間着一着。明日、あちこち店を回って、ゆっくり品選びしましょう」


 クローキーさんが説明してくれた服屋さんにはすぐについた。

 建物は二階建てだけど売り場は一階のみなので、目当ての物はすぐに目についた。


「あ、あのさ……」

「色とか柄は、今はいいですよ。サイズさえ合えば。お気に入りの物が欲しいなら、明日にしましょう」

「ちょ、ちょっと……」

「男性用、女性用ってあるけど、寝間着なら家の中でしか着ないしね。これは合いそうですね。あとは明日買い物に出かける時に着る服。それもサイズが合えばいいや。……その服がお気に入りならしまっておく方がいいでしょう。どこか新しく破けたら、だんだん着れなくなっちゃいますからね」

「い、いや、気に入ってるわけじゃねぇけど……」

「じゃあ新しいの買ったら、今着てるの、捨ててもらっても大丈夫?」

「まぁ……それでもいいけどよ」

「作業着も兼ねられるなら、下はズボンの方がいいかなー。あ……靴も買った方がいいのかな?」


 獣人とは言え、手足の爪は思ったほど長くも細くもなさそう。

 それでも人間離れしてることには違いないけど。


 試しにちょっと触ってみる。


「あ、固いな。普通の靴じゃ爪が突き出しそう。まぁ足全体の大きさが合えばいいか」

「ちょっ。おまっ」

「あ、すいません。エチケットとかあるんでしょうか? でも閉店まで時間がないので我慢していただけたら。お話しなら買い物終わった後で聞きますから」

「ぐ……い、いいけどよ……」


 マールさんの表情が、クローキーさんの店にいた時とは全然違って、慌てふためいてるような感じ。

 何かあったんだろうか?


 そうこうして、普段着……着る物一式と寝間着、靴一足を選んで会計を頼んだ。

 銀貨五枚と銅弊五枚。

 マールさんが着ていた服のすべてを処分してもらい、買った普段着に着替えて退店。

 帰る前に……お風呂に行かないと。


「あ、タオルとか買い忘れた。浴場で売ってるかなぁ」

「……多分売ってると思うけど……その前に、お前の店とやらはどこなんだよ」

「え? お風呂から上がった後でもいいよね? 先に浴場に行こうよ」

「は?」

「え?」


 どうも、こう……意思が噛み合わないというか……。


「一緒にお風呂に行こうよ。全身の毛が、せっかくきれいな白で揃ってるんだもん」

「え……あ、あぁ、まぁ……」


 あ、ひょっとして、浴場って人間だけしか入れないのか?

 それはまずいかな……。

 考えてること、先走り過ぎてるな。


「浴場の場所は分かってるんだ。店を用意してくれた学舎からの説明で、お風呂はついてないから浴場をりようするようにって」

「そ……そう、なのか……」


 マールさん、どうしたんだろ。

 店を出てから狼狽え気味なんだけど。

 まぁいっか。


 ※※※※※ ※※※※※


 それから約二時間後。


「獣人の人達も入れる浴場でよかったですね」

「あ、あぁ……」


 クローキーさんの店を出てからずっと、マールさんの口数が急に減ったまま。

 ひょっとして……。


「晩ご飯、物足りませんでしたか?」

「あ? あ、いや、お腹一杯食わせてもらった」

「じゃあ……食べ過ぎで具合が悪いとか?」

「な、何でそうなる。体調は普通……いや、いい方だぞ」

「クローキーさんの店を出てから、ちょっと様子がおかしいので……。何か気に障ったのかな、と」


 マールさんは黙り込んでしまった。

 大人しくなっただけ、とも思えない。

 店に戻るまでの間、ずっと俯きがちになってたから。


 そして店に到着。

 先に入ってマールさんを招き入れた。


「まだ看板も何も用意してないけど、今日からここに住むんです。もちろんマールさんも一緒ですよ?」

「え? あ、あぁ……」

「……どうしたんです? さっきから。……さっきからじゃなかったけど。服を買いに行った時から、ですよね?」


 入り口で立ち尽くすマールさんは、クローキーさんの地下にいた時とは明らかに様子が違う。

 ちょっと不安。

 まぁ初対面から今までの様子を見て、それでこの人のすべてを知ったわけじゃないけども。


「……うまい話にゃ裏がある、ってよく言うからな」

「え?」

「いきなりクローキーんとこで飯食わせてもらって、それくらいのいい目を見せてくれるのは当然だろうと思ってた。けど、服や風呂、挙句靴や寝間着までだぜ? 何か裏があるんじゃねぇか、くらい思われても不思議じゃねぇぞ? 何を企んでんだろうな、てな」

「えっと……あの……」

「この先、想像がつかねぇとなりゃ、いろいろと勘繰るもんだ。まぁ何も考えてないならないでいいんだけどよ」


 すいません。

 考えてます。

 でも、それは何なのかは、今は……これからもどうかは分かりませんが、言えません。


「と、とりあえず今日はもう休みましょう。細かい話は明日しますから。あ……」


 忘れてた。


「……やっぱり何か企んでるんだろう」

「あの……布団、まだ敷いてなかった」

「は?」

「……手伝ってくれます?」


 マールさんは呆れた顔を僕に向けた。


 ※※※※※ ※※※※※


 布団で寝るのは子供のころ以来らしい。

 クローキーさんの店に入ってからは、普通の布団に入って寝るのは初めてとか。

 奴隷を雇うのは初めて、と伝えたら、それならグダグダ言うのはやめとくか、ということで、僕が用意した環境を受け入れてくれた。

 けど、部屋の内装はまだ殺風景。

 ベッドも二階と三階に一つずつしかなかったから、三階のベッドに僕が、二階のはマールさんにあてがうことにした。

 落ち着いたら仕切りの壁とか取り付けてもらって、部屋分けとかも考えないとなー。


 とりあえず今夜すべきことは……。


 マールさんが熟睡している間に、僕のレベルをマールさんに移譲すること。

 起きてる間にそういうことをして、その話が他の誰かに漏れるのはまずいから。


 今までは学舎内のことだったから、漏れたって学舎から外へは広まることはない。

 でも学舎を出た以上、そんなことから自分の身を守るには、自分で用心しないといけない。


 足音を忍ばせて、こっそりとマールさんが眠っているベッドに近づく。

 魔術を発動する際に、ほとんどの魔術は、主に術者の手、あるいは術を発生させる道具が発光する。

 けれど、僕の術はすべて、そのような現象が出ないのは幸いした。

 マールさんに気付かれないように近づくことができれば、あとはすぐに終わる術。

 眠っているマールさんに近づくと、軽い寝息が聞こえてきた。

 もこもこした掛け布団は、呼吸に合わせてわずかに上下している。


 手をそっとマールさんの額に当てて、マールさんのレベルを20まで上げる。

 僕の冒険者レベルは一気に2まで下がった。

 冒険者業をメインにするつもりはないし、僕のレベルの変動に気付く人もいないだろうから、その変化にも特に問題は起きないはずだ。


 マールさんは気付いていない。


 こっそりと三回に戻って、布団にもぐる。

 あとは明日の朝までゆっくり眠る。


 今日はいろいろあったなぁ……。


 ※※※※※ ※※※※※


 翌朝。


「何だこりゃあああ!!」


 僕は絶叫によって起こされた。

 もう少し眠りたかったけど、マールさんはけたたましい足音を立てて三階の僕のベッドにやってきた。


「おい! 何だこりゃ!」


 と無理やり布団を引っ剥がされた。

 眠いのに無理やり起こされたら、いくら僕でも少しは機嫌は悪くなる。


「何なんです? マールさ……な……」


 そこに立っていたマールさんを見て、僕も大きな驚きの声を上げてしまった。


「何で……何で裸になってんですかっ!」


 体型はほぼ人間と変わらない。

 ただ、体毛が人間よりもやや多め。

 とは言え、素っ裸の女性をまともに見てしまったら、やっぱりすぐに目を覆うもんだよね。

 見ちゃいけない物を見た、というか、こっちが恥ずかしくなる、というか。


「問題はそこじゃねぇだろ! 何であたしの体、一晩でこんなに大きくなってんだよ! お前、あたしに何かしただろ?!」


 僕よりも低かったマールさんの身長は、マールさんと同年代の人間よりやや背が高くなっていた。

 やせ細っていたその体格も、女性らしさに加えての逞しく見える筋肉も全身に均等についていた。

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