修復屋さん、始めました:奴隷と契約しました

 地下の部屋は、奴隷契約をしている獣人一人ずつ収監されている檻が、上段下段に分かれて並んでいる。

 薄暗くてよく分からなかったけど、その一部が扉になっていて、鍵がつけられていた。


「未契約の者はここで生活してるんですよ。奥に寝室とトイレがあって、お風呂は三日くらいに一度の割合で洗わせてますがね」


 鍵を外しながら、クローキーさんは彼らの日常を聞かせてくれた。


「ずっとここに閉じ込めてるんですか?」

「嫌なら契約を解除したらいいんです。向こうは強制ですが、ここにいる者達は自由契約ですからね。もっとも彼女のように、解放された後の居場所がなくて、性格にかなり難ありだと、解放はちょっと難しいですね」


 この檻は、周囲に危害を加えようとする者を抑える役目でもある、ということなんだな。


 でも、僕だって周りの人達が抑えてくれなかったら、周りの人達に痛い思いをさせてたかもしれない。

 自分でそんな意思をもっていようが、強制的にそんな行動をとらされることになろうが、周りの人達は不安を感じてしまうことには違いない。

 そういう意味では、その獣人と立場は変わらなかった、はずだ。


 ガチャリ、という金属音に続いて、金属の鉄格子の一部が動く音が聞こえた。


「どうぞ、中へ」


 と、先に檻に入ったクローキーさんに招かれて、僕の背丈くらいの高さの入り口を通る。

 檻の外からじゃ誰かがいることも分からなかったけど、その奥に膝を抱えて座っている何者かがいるのが分かった。


「狼の獣人、マールです。マール、立ちなさい」


 狼、と聞いてたじろいでしまった。

 本物の狼なら、人を襲うこともある動物のはず。

 檻の中に一緒にいたら、と恐怖が真っ先に湧き上がる。

 でもクローキーさんの落ち着いた雰囲気は全然崩れない。

 僕には丁寧な態度、そしてその人物にはそれとは正反対の冷たそうな命令口調で、その座ったままの人物に声を投げかけた。


 奴隷契約をしている者にはそんな風に声をかけないといけないんだろうか、とちょっと不安になる。

 そこにいた人物は一呼吸遅れて、だらだらとした動きでゆっくりと立ちあがった。


 無気力。


 その動きを見て、そんな言葉が頭に浮かんだ。

 両腕は力なくだらんと下がっている。

 ゆらゆらと動く上体。

 力なく下を向いている首は、ゆっくりと前を向いた。


 人の顔からやや狼に寄った顔のパーツ。

 人よりはやや多い毛は白。

 頭髪……と思われる毛は、顔から生えてる毛と、ちょっと違う感じ。

 見た目、顔から伸びている毛は柔らかそうな……。


 でもその表情は、かなり怖い。

 鼻の上にしわを寄せて僕を睨んでいる。

 わずかに上下に開いた唇の間から見える数々の牙は、明らかに人間のものじゃない。

 その憎々しげに僕を睨む表情からも、獣人と分かる。


 けど、その背丈は僕より低い。

 着ている服は、上半身は下着のシャツっぽい。

 下半身は半ズボン、と思う。

 よく分からないのは、薄暗くてよく見えないけどどちらも薄汚れている感じで、あちこちが破けているから。


 けれど、その首には首輪らしき物がはめられていて、それだけが見栄えがいいのがちょっと気になる。

 それと、顔の表情と同じくらい気になったのが……。


「あ、あの、この人、喋れないんですか?」


 喋るどころか、怒ってるなら唸り声くらい出すんじゃない?

 なのに、何の声も出してない。


「声を出す気が起きない、ということでしょうね。感情を露わにするくらいの元気はあるようですが。あ、食事は全員に三食出してます。質量ともに満足してくれてるかどうか分かりませんがね」


 そう言えば、手足は細い。

 筋肉があまりなさそうな気がする。

 貧相と思えるのはそこか。

 けど、体には汚れはあまりなさそう。

 毎日じゃないけどお風呂に入れてるって言ってたし、それなりに面倒は見てもらえてるのか。


「ご安心ください。奴隷の紋章が刻まれているので襲いはしません。私と私に関わる者には害をくわえないように制御する条件も込められてますのでね。……で、先程はこの子を雇うとおっしゃられましたが、どうなさいます。本人を前にして急に変更するお客様もいらっしゃいます。こちらへの気遣いは無用です。いかがなさいますか?」


 どんな風貌であろうとも、あんな生い立ちを聞いて決めた心は揺るがない。

 決めたことを変えるつもりは全然ない。


「もちろん雇いたいと思います。でもその前に……上で食事とかできます?」

「は? 食事、ですか?」


 クローキーさんは、ちょっと気の抜けた顔に変わった。

 契約の話を進めるつもりが、話を逸らされてきょとんとしてる、ってとこかな。


「あー……軽食程度なら……あ、晩ご飯の時間、ということですか? ならばご用意しますが……」


 それは良かった。

 契約よりも先にしたい事がある。

 それはもちろん、クローキーさんが言う通り晩ご飯っ。

 食堂のように外食の宣伝はしてなさそうだった。

 なのにメニューはあるというなら、きっと隠れ家的な美味しいメニューに違いないっ。


「じゃあ料金はこちらから出しますので、三人分お願いできます? えっと、僕とマールさんとクローキーさんの三人分、ということで」

「は、はぁ……」


 クローキーさんは戸惑ってるように見える。

 一緒にご飯を食べるってことはしないんだろうか?

 すると、「え?」という声が聞こえた。

 鼻の上のしわがいつの間にか消えてたマールの声だった。


 ※※※※※ ※※※※※


 クローキーさんと向かい合って座ってお話を聞いてた喫茶店のエリアで、今度はマールと向き合い、クローキーさんとは並んで晩ご飯を食べてる。

 仲良く、かどうかは分からない。

 メニューは決して多くない中選んだスパゲッティを、僕はゆっくりじっくり味わいながら食べてたし、マールは一心不乱に二回目のお代わり、三皿目を食べている。

 けどこのままだと三皿目どころか、四皿目もすぐに平らげそうだ。。

 勢いがすごい。

 食いっぷりがすごい。


 口の周りと鼻先にミートソースがついてるのも気にしない。

 というか気が付いていないのか。

 不器用に使うフォークを掴む右手と、皿を抑えてる左手にもミートソースがついている。

 しかし一向に気にすることなく、ほっぺたを限界まで膨らませて、口の中にスパゲッティを押し込んでいる。

 そんな彼女を見て驚いたのか、クローキーさんは一口目で動きが止まったまま。

 ずっと平静だったクローキーさんの心の乱れが見て取れるようだ。

 一緒に食事することはなかったんだろうか?


 でも僕も心配になってきた。

 同じ物ばっかり食べて、栄養が偏りはしないだろうか?

 いや、その前に……付け合わせのスープはあるとはいえ、よく喉につっかえないものだ。


「あの、クローキーさん。他にもメニューありましたよね? えっと、マール……さん。他のも食べていいから……」


 と言ってみたけど、マールさんは三度目のお代わりを頼むと、再び一心不乱に皿の上の残ったスパゲッティを掻き込み始めた。


「えっと、マールさん、でいいんだよね? 食べながらでもいいから聞いてもらえるかな? 僕、ルスター・ロージーって言います。奴隷契約を結びたいんですが、仕事の内容は……僕がこれから始めるお店の掃除とかの雑用のほかに、冒険者としての活動とか、店の警護とかもお願いすると思うんですが……」


 自己紹介をまだしてなかったのを思い出した。

 でも、食べながら、って言ったのは間違いだった。

 聞いてくれてるかどうか分かんない。

 マールさんはとにかく食べることに夢中で、四皿目を運んでもらってテーブルの上に置かれた途端、即座にそれを手にして持ち上げ、口元に持っていった。


「……クローキーさん……」

「……何でしょう?」

「……この人達、普段はどんな食事を……?」


 まぁ……答えを聞かなくても大体想像はつく。

 いや、責めるつもりじゃなくて、どんな環境で生活したらこんなにたくさん食べられるのか、という好奇心もあるんだけど……。


 結局スパゲッティを六皿平らげて、ようやく落ち着いたようだった。

 そこでちょっと声をかけてみる。

 けど、この人との距離感がまだつかめない。


「あ、あの……おしぼり、あるので……」

「あぁ? ……食えるわけないだろうが。馬鹿にしてんのか?」


 奴隷契約、にしてるんだよね?

 クローキーさんの話では、素行が乱暴って感じだったけど、言葉遣いまで乱暴とは思わなかった。


「いえ、そうではなく、口とか鼻とか、あと手とかも拭いたらどうか、と……」

「あ? ……あ、あぁ……」


 けど、話に聞いた通りの素行の悪さはどこにもなく、僕の言われたままにおしぼりで顔と手のあちこちにについたソースを拭った。

 悪いのは口だけで、人の話を素直に受け入れる人、って感じだけど……。


「で、クローキーさん。契約の話、進めたいんですが」

「あ、は、はい。って、気が変わられてはいないのですか?」

「はい。僕はもう決めたので。あとは契約の話を詰めるだけです」


 クローキーさんは、どうも彼女との契約は結ばないことを勧めたいようだ。

 けど、店の警護は必要だし、何より僕の決心は揺るぎがない。


「なら、お支払いを先にお願いします。その後に契約の間にて、奴隷主の紋章の委嘱を。……本当に契約してよろしいのですね?」


 やけに引き留めようとする。

 不審に思った僕はクローキーさんにそのことを伝えてみたら、何のことはない。

 契約後、すぐ撤回する人もいるんだそうだ。

 最初から契約しなければよかったのに、と思ったことは数知れず。

 契約金も無駄になるだろうし、僕の所持金も限りがあって、まだ収入がないということを心配してのことだったらしい。


 でも契約金が銀弊じゃなく、銀貨五枚なら、仕事が軌道に乗るまで残りのお金で何とか生活できるはず。

 軌道に乗らなくても、冒険者業でアイテムを拾って売りに出せば、いくらかでも収入は得られるはずだし。


「じゃあ銀貨五枚ですね。よろしくお願いします」


 何のためらいもなくクローキーさんに渡す。

 そこでようやくクローキーさんは話を進めてくれた。


「まぁ、そういうことならもう引き留めはしませんがね。では……奴隷主の紋章を普通は刻印するんですが、ルスター様は既に三つの紋章をお持ちで。そのいずれかに託す儀式だけで契約完了になります。では契約の間へどうぞ」


 椅子から立ち上がって移動する先は、今度はカウンターの左側。

 その後ろの白い壁。

 そこには隠し扉があって、その中は暗い部屋。

 床には魔法陣が描かれていて、そこから光が出ている。


「ルスター様、その魔方陣の中にお立ちください。マールも」


 驚いたことに、クローキーさんも術士なんだそう。

 術士らしさが全然なかったからびっくりした。


 魔法陣の中に立つと、そこから光が天井に向かって放たれた。

 学舎の入試でも同じことがあったけど、同じく光の柱の中にいたマールさんの姿は見えてたしあの時の眩しさ程ではなかった。


 やがてその光が鎮まって、入室した時と同じくらいの灯りになった。


 奴隷の紋章がどうとか言われてたけど、特に体調の変化も感じられない。

 まぁあの時は、極端に最悪な状況だったし、あの時とは比べようもないんだけど。

 で、マールさんはというと、白い毛の上から嵌められた首輪の色が虹色のようなカラフルな模様に変わっている。

 黒い首輪も、着ている服の汚れ方と比べたら違和感があったけど、こんな色合いだとますます目立つ。


「ルスター様、儀式は終了しました。首輪の色は、ルスター様の紋章に纏われるその痣の色と同じに変わりました。これで奴隷と奴隷主の紋章の効果が追加され……あ……」


 ん?

 なんかここにきて、クローキーさんの表情がコロコロ変わる。

 驚いた顔をしていた。


「……ルスター様……あぁ……何か、事故にでも遭われましたか?」

「事故?」

「紋章……あ、いえ。出すぎたことを申しました」


 ……そうか。

 紋章にどうこうできるってことは、術士としては学舎の先生達と同格なんだな。

 てことは、自分の頭の、この痣のことも……。


 まぁ今はどうでもいいか。


 契約の間を出てクローキーさんにお礼を言った。


「まぁ、あとは、そちらで手に負えなければこちらに相談にお出で下さい。どんな些細な事でもお受けしますよ」

「ありがとうございます」


 つくづく僕は周りに恵まれている。

 でも、後の面倒まで見てくれる人の下で契約していたこの獣人はクローキーさんには……。


 客と奴隷とでは、接する態度が違って当たり前、なのかな……。


 とりあえず、マールさんに詳しい事情を聞いてもらう必要がある。

 重要な話になるかもしれないから、落ち着いて話ができるところと言ったら……さっきのとこしかないか。

 何かあってもクローキーさんに助けを求めることもできるし。


 ということでクローキーさんに、聞いてみる。


「もちろん構いませんよ。ご自由にお使いください」


 今度はマールさんと二人きりで、さっきの喫茶店のエリアに戻り、向かい合わせになって座った。

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