修復屋さん、始めました:身の上話の中に、奴隷を雇う理由がありました
「ど……奴隷?」
クローキーさんの言葉をオウム返しするのが精一杯だった。
その言葉は、前世の記憶の中にもあったから。
それは、確か、特定の人種をわけもなく、同じ人間がその身分を押し付けて、それで……。
「はい。……メイさんは、ムナルさんのお店で普通に働いております。彼女は、将来ムナルさんのように、理容師の資格を身に付けるために勉強しながら実践で経験を積みながら働いてるんですね。ですが奴隷となると、強制的に仕事をさせられる身分になります。辞めたくても、雇う側が十分と思わない限り辞めることが許されず……使い潰されたり使い捨てられることも多い、という話は……学舎の授業では習いませんでしたか?」
「え? えっと……」
習ってない。
そう言えば、この国の風習とかはよく分からない。
というか、あの衝動のせいで、授業で教わってないことのほとんどがよく分かってないかもしれない。
「もちろん奴隷の契約とはいえ、報酬の取り決めも必要です。もっとも奴隷に報酬を支払う雇い主はほとんどいませんがね。それでも奴隷となることを自ら希望する者達……獣人族が主ですが、そんな者達はいるんです」
焦る。
だって、前世の記憶は知識だけじゃなく、体験したことを覚えているそのほとんどがそんな感じだったから。
「もちろん獣人達もそのことは見越しています。だから雇い主は、契約する時点で破格の契約金を支払わねばなりません」
「は、破格……」
僕はクローキーさんの印象に残った言葉をオウム返しすることしかできなかっただけ。
けどおそらくクローキーさんは、その言葉に関心を持ったと勘違いしたんだろう。
「はい。……普通に仕事のお手伝いを希望される場合にも契約金はお支払いいただきます。その中に私共の仲介料も含まれております。どんなお仕事でも一律で銀弊二枚。で、そのお仕事の内容次第ですが、日当の最高額は銀弊一枚です。普通ではないかなりの重労働でも銀弊二枚。どんな仕事でもそれを越えることはありません」
銀弊……は、一万円だったな。
てことは、契約金は二万円。
で、日当は二万円を超えることはない、ってことか。
奴隷、という言葉からやや離れた話題には、いくらか冷静さを取り戻すことができたっぽい。
金銭の換算は何とかできるくらいには。
「奴隷の場合は、その獣人の状態にもよります。冒険者レベルが高低、能力の高低、健康状態などですね」
「健康状態?」
「えぇ。怪我や病気を持ってたり、あるいは、人より能力が優れているはずが人より劣っている獣人、などですね」
……前世の記憶で、もう一つ思い出したことがある。
「お前、俺らの奴隷じゃん」
誰かからそう言われた覚えがある。
胸が苦しい。
「大体の契約金は、銀弊五枚から金貨一枚ですね」
けどその苦しい思いを無理やり押さえ込み、平然としているふりをする。
だからクローキーさんは、僕のそんな心中には気付くはずもない。
次第にクローキーさんの声が遠ざかるような気がした。
「あの……」
「ということで……はい? どうかなされましたか?」
いじめが起きる理由はいじめられる方にも原因がある、なんて暴論を前世で聞いたことがある。
理由があるかどうかは分からない。
けれど、確かめたい事が出てきた。
「その、奴隷となる獣人達は、どんな理由で奴隷になることを希望されたんでしょう?」
顔を上げる気力がない。
俯きながらクローキーさんに質問をした。
しばらくの間が空き、クローキーさんは咳払いの後、僕の質問に答えてくれた。
「獣人社会で犯罪を犯した者、普通の仕事では手にすることができない大金を、どうしてもすぐに必要とする者など、ですね」
犯罪者……罪を犯した罰、というなら、まぁそれは致し方がない。
謂れのないことで行動を束縛される、理不尽なことではないだろうから。
けど、大金をどうしても必要とする……って、どういうことだろう?
「……ルスター様、大丈夫ですか?」
唐突にそんなことを言われた。
大丈夫、って何が?
「さっき、ご説明申し上げたんですが……体調がすぐれないのですか?」
……前世の記憶に気を取られるあまり、説明を聞いていられなかったのか。
「す、すいません。そこんとこ、もう一度確認したくて……」
「……まぁ奴隷と聞いて、気分がすこぶるよくなる人はあまりいませんからね。いい印象を持たれないお客様の方が多いですし」
正確にはそうじゃないけど、まぁそう思われる分には問題ないか。
「後者の方ですが、例えば住んでいる地域……村が借金を抱え、村人みんなで出稼ぎなどをして、返済に奮闘する。その出稼ぎの仕事の一つ、ということですね」
「でも、報酬は支払われないこともある、って……」
クローキーさんは、まるで僕に安心してもらうため、と思えるような笑顔になった。
「まぁこの場合は、まともに扱われることは多いですよ? ですが、誰だって、自ら進んで奴隷の身分になる者はいませんね。そこで、えー……例えばその家族の中で、普通の仕事で稼ぐ者は普段通りに働きに出て、ほとんど稼げない獣人が奴隷として働きに出る、といったところです」
「ほとんど稼げない……って……」
クローキーさんはのどを潤すためか、紅茶を一口飲んで、説明を続けた。
「先程申しましたように、健康上に問題がある者、ということですね」
再び僕の頭の中に、前世の記憶が再現される。
周りから一方的に、こいつはこういう奴だ、と決めつけられて、弱い立場に立たされで振り回される。
前者とは全く立場が違う。
抵抗したくてもそれを許されず、周りの言いなりになる以外の言動を認められない。
病気か何かだったら、治せる自信はない。
けど、単に体が弱いということならば……。
「あの、クローキーさん」
「はい? なんでしょう」
「その、借金で困ってるって獣人の方々を……参考までに、どんな獣人かちょっと見てみたいのですが……」
「えぇ、構いませんよ。契約しないことを前提でご覧になられるお客様も多いんです。お気になさらず、ごゆっくりと見分していただけたら、と思います」
どうぞこちらへ、と言いながら、クローキーさんは席を立ち、ゆっくりと歩き始めた。
※※※※※ ※※※※※
助けられるかもしれない、と思った。
解放してあげられるかもしれない、と思った。
主従の関係になる。
けど、こっちにその気がなければ、仲良しになれると思った。
クローキーさんはきっと、今僕がそう思っているなんて想像もしてないだろう。
そのクローキーさんの後をついていく。
喫茶店のような区域を出てカウンターを横切り、反対側に進んでいく。
ドアが二つあって、クローキーさんは店の出入り口側のドアを開けた。
そこは小部屋。
窓も何もない、天井には薄明かり程度の照明が一つだけ。
クローキーさんはその部屋の中央にしゃがんで何やらごそごそしている。
「こちらへどうぞ」
というと同時に床が起き上がった。
よくよく見たら、床が扉になっていて、地下への階段が床下にあった。
「ドアが二つあったでしょう? もう片方が、奴隷の説明で申し上げました通り、ここと同じく、地下に犯罪者達の独房が並んでいるんですよ。同じ奴隷と言っても別の区分ですから、そこら辺は分けておかないと、いろいろと問題が起きるんですよ。……ではどうぞ」
階段を降りて地下一階に到着。
クローキーさんは下りた先の扉を開けて僕を中に招き入れた。
部屋の中も薄暗い照明が灯されている。
一見細い通路のように見えたが、天井はかなり高い。
右側は壁で、ずっと奥まで続いてる。
左側も壁だと思ってたら、鉄格子だった。
右側と同じく、それが置くまで並んでいた。
その鉄格子の向こう側には、壁が適当な間隔で仕切られていて、床と天井のちょうど中間くらいの位置で、鉄格子の向こうの天井として仕切られてるようだった。
「ご覧の通り、二段の檻になってましてね。上の檻にいる獣人をご覧になりたいときは、壁側の階段を上っていただいて、そこから見ていただくことになります。柵はありますがこのように暗いので、足元におきをつけていただきますが」
道理で廊下……というか、通路か。通路の天井が高すぎると思った。
檻とは言え、多分僕が中でジャンプしても天井には届かないくらい高い。
「ここには四十人ほど待機しております。他にも登録を希望する獣人はいますが、この織が空室になる順番待ちの状態ですね」
彼らは、一体どんな理不尽を押し付けられているんだろうか。
心苦しさがさらに増す。
契約金の話を聞いた。
雇えるのはおそらく一人が限度。
しかも格安にされた者限定。
一人しか解放してあげられない。
しかも、ただ解放するだけじゃだめだ。
毎日健全な生活を送られるように面倒を見てあげる必要がある。
家族、勇者パーティ、そして学舎の先生方。
たくさん面倒を見てもらった。
たくさん助けてもらった。
ありがたいと思った。
うれしかった。
目の前の檻の中にいる彼らは、今どんな思いをしてるんだろう?
同じ気持ちになってほしい、と思うのは押し付けかもしれない。
けど、ここにいることが、奴隷でいることがうれしくてたまらない者はいないはずだ。
「怪我持ちはいますが、今のところ秒気持ちはいません。ので、雇い主や周りへの感染の恐れもありません。もっともそんな病気を持ってる者なら、どれほど奴隷になることを望んでても、こちらから断りますがね」
二段の檻の下の段にいる獣人達を一人ずつ見せるように、クローキーさんはゆっくりと僕の先を歩く。
けど、檻の奥にいる獣人達の姿は見えにくい。
「そうそう。それと、普通に仕事をするには相当性格に難がある場合も奴隷として扱うようにしています。獣人族の中には人族を目の仇のように見る者もいますから。それでもお金を手に入れたがる者はいます。人間社会の方が経済的に潤ってますからね」
人を嫌ってまで人間社会に入ろうとする獣人もいるのか。
でもメイさんは親し気に話しかけてきてくれたけど……。
みんながみんな、そうじゃないってことか。
でも……。
誰だって、嫌なことに向かって進みたくはないはずだ。
……けど、僕の手に余るような人……獣人は、ちょっと我慢してもらおう。
「じゃ、じゃあ、怪我もない状態の獣人で、契約金額が一番低いのは、どれくらいの値段になりますか?」
「今のところ、銀弊二枚になりま……あ、いや、まだ低い獣人がいたかな。この部屋の入り口に近い檻にいる者ほど契約金は高くなっておりまして、奥に進むほど額が低くなります。確か銀貨五枚、というのがいましたね」
「え?」
確か、普通のお仕事を望んでいる獣人との契約金は銀弊二枚って言ってなかった?
「……性格に難がある、と先程申し上げました。元々は普通の仕事を希望してたんですが、お客様方からたくさんの苦情が来ましてね。彼女に襲われて大怪我しそうになった、とか、仕事の邪魔どころか、仕事を壊された、なんて声が数多く届きまして」
彼女?
女の子? 女性?
で、苦情が、仕事を壊された?
とんでもない表現もあったもんだ。
普通は、仕事が台無しになった、とか言うもんじゃないか?
台無し、なんてかわいいものじゃなかったってことなんだろうな。
「で、行動を制限させるために奴隷の契約を結んだんですが、暴れる以外の能力に秀でるものはなくて、貧相な見た目も相まって、彼女にとっては牢獄でしょうな」
「借金とか抱えてるんですか? クローキーさんのお店のマイナスになるんじゃ……」
沢山の苦情の元を抱え込んでる状態なら、負債を背負ってるようなもんじゃないか。
「ある意味危険人物なんですよ。登録を解除すると、そんな危険人物を野放しにすることになりますからね。衛兵団に相談しに行きましたらば、市から多少の援助をするから、そのまま引き留めておいてくれ、とのことでしたのでね」
契約金が格安ということで不思議に思って話を聞いたら、とんでもない内情を聞かされていた。
「彼女の故郷が失われたんですよ。魔物に襲われたとかで。村人は散り散りに。家族も消息不明。帰る家なんてもちろんない。そんなことがなければとっくに故郷に返してたんですがね」
「!!」
僕も故郷を失った。
家族は元気らしいが、どこにいるのか全然分からない。
その獣人は……僕だ。
けど、僕には紋章の力がある。
そして、僕を見守ってくれた人達に恵まれた。
その子は貧相な姿をしている、と言っていた。
誰に雇われても、雇い主に噛みつくようなことをしていたってことだよな。
貧相でなかったら、力があったなら、苦情では済まされない大惨事が起きていたはずだ。
同じ立場なら、僕も……。
「あの……クローキーさん」
「はい、何でしょう?」
「……その子を雇いたいのですが……」
「え?」
クローキーさんは驚いたような声を出し、歩く足を止めた。
「銀貨五枚、と言ってましたね。お金ならいくらか余裕はあります。奴隷として契約したら、僕が怪我させられることもないんですよね?」
「あの、ルスター様? とりあえず、彼女をご覧になってからお決めになられてはいかがでしょう?」
クローキーさんが僕を見てやや慌てている。
僕にはそんなつもりは全くなかったけど、クローキーさんにそんな態度をさせるほど、自分が思ってた以上に声に力がこもってた。
「あ、はい、そう、ですね」
品定め、というやつなんだろう。
けど、僕にはそれは無用だ。
力が足りなきゃ、成長させればいいだけのこと。
クローキーさんはやや急ぎ足で再び歩き始めた。
厄介者の契約を急ぎたい気持ちもあるんだろう。
やがて奥の突き当りに到着。
「こちらです」
と、クローキーさんは件の獣人がいる檻を指した。
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