修復屋さん、始めました:お手伝いさんは必要と思うけど、雑用より冒険者業の方が……
床屋さんの上から足音が聞こえてきた。
「メイちゃん、いる―? お買い物お願いしたいんだけど……って、あ、お客様いたのね。ごめんなさいね」
「おいおい、人の気配を感じなくても、いるかもしれないつもりでいろよ」
「あ、はい。奥様。何のお買い物でしょうか」
奥様……ってことは、このムナルさんの奥さんってことかな?
「これ、今晩のご飯の食材のメモ。よろしくね」
「はい。行ってきます」
たったった、という足音に続いて、木の扉が開く音とベルが聞こえた。
メルさんが出ていったってことかな。
「あら、初めて見る子ね。いらっしゃい。珍しい綺麗な色してるのね」
頭を剃られてるので、顔も動かすことはできない。
「あ、はい。初めましてです」
と返事をするのが精一杯。
「ナイム、途中で声をかけるんじゃない。挨拶なら終わった後でもいいだろう」
「あ、それもそうね。じゃ、上にいるわね」
店長さん、助かります……。
「悪かったな。嫌な思いさせちまって」
「嫌な思い?」
何のこと?
「いや……、家内が坊主の痣のことだよ。あ、でも気にしてたら頭を剃るなんてこと、しないか?」
あぁ、このカラフルな三つの模様か。
「あ、平気です。大丈夫です。……てことは、店長さんは三人家族なんですか?」
「ん? あぁ、あー……確かに三人家族だな」
ん?
どういうこと?
「娘が一人いてな。だから家族は三人なんだが、今買い物に出たメイも同居してるんだ」
あ、なるほど。
家族は三人。
家族同然が一人、てことか。
「娘が冒険者になってな。あぁ、坊主みたいに学舎には入らずに、どっかの冒険者の弟子入りしてなったんだ。時々帰ってくるけど、いないことの方が多いな。だから三人で生活してるってこった。あぁ、住まいはここじゃなく、繁華街から出たとこだ。ここで店をやってるもんは大概そこに住んでる」
ちょっと違った。
そういうことね。
「娘にはこの店の後を継いでもらいたかったんだがよ、あいつにゃその気がなくてなぁ。で、雑用係とかが欲しくて求人出そうとしてな。そしたら、獣人を雇う方が安く済むって聞いてな。で、さっき言った、業務紹介所ってとこに相談しに行ったら、あの子を紹介してもらってな」
さっき言ってた、この大通りの一本南側の通り沿いの店のことなんだな。
「いい子が来てくれて助かった。一人で仕事をこなせるなら必要ないだろうが、坊主も手伝いが欲しけりゃそこに行くといい。俺から紹介されたって言っていいぞ」
なるほどなー。
でも、ただの手伝いよりも、やっぱ冒険者業にも対応できる人がいいな。
「よし、終わったぞ。早速行くなら連絡しといてやるよ。もらった名刺もやるよ。裏に地図があるだろ? ここは……ここだから、こう行ってこうだ。分かりやすいが一応な」
「あ、ありがとうございます。これから行ってみます」
何の繋がりもなく飛び込みで店に入っても、まともに相手をしてもらえるかどうか分からない。
こんな風に顔見知りの人同士での紹介があると安心する。
ここに来てまだ一日も経ってないのにいろいろと話が進むと、ちょっと勇み足な気がしなくもないけど、魔物を倒すとアイテムとか拾えたりするらしいから、それを売れば生活費の足しになるだろうし、長い目で見たら損はしないよね、うん。
※※※※※ ※※※※※
ムナルさんからもらったその名刺には「クローキー求人職業照会所」と書かれてあった。
地図を見ると、その道のりは確かに単純。
地図なしでも迷わず行ける。
でも、この名刺をもらったことでも、誰かから紹介された、という証明にはなるから、親身になって話を聞いてくれそうな気がした。
入り口はムナルさんの床屋さんと同じ木製で、中から外を見れる覗き窓はあるけど、外からじゃ中の様子は分からない。
そっと扉を開けるのも相手を驚かしそうだし、いきなり力を入れて開けるのもそうだ。
ドアベルがついていたらその音が目立つくらいには、静かに開けてみる。
奥行きは結構ある。
それ以上に左右に広い……寄宿舎の玄関から入ってすぐにあるロビー以上に広い。
いろんな白がある、そんな内側。
その奥にはカウンターらしいものがあって、礼服っぽいのを着てる男の人と、その隣には召使いっぽい感じの女性の二人がいた。
「いらっしゃいませ。あぁ、ムナルさんのところからいらした方ですね。ようこそおいでくださいました。店長のクローキー・ミッツと申します」
ドアベルが鳴って、キョロキョロ中を見渡す僕に声をかけてきたのは、その礼服の男の人。
店内の白の中で、礼服の黒はかなり目立つ。
しかも長身で、おまけに清潔感抜群の黒髪で長髪。
低めの声が耳に心地よかった。
こっちの通り沿いの店には挨拶には来てないので初対面。
話はいろいろ聞いてるだろうけど、普通に自己紹介をする。
「この店で契約する方は決して多くはないんですよ。なので副業も兼ねて、喫茶店めいたこともしております。そちらの方もお気軽にご利用ください。……で、何か御用がおありのようで。そちらの方におかけください。お話しはそこで伺います」
入り口の奥の真正面にカウンターがある。
そこを中心にして、左側はなるほど喫茶店さながらのテーブル席がいくつか並んでいる。
勧められるままに席に座り、クローキーさんは、テーブルをはさんで僕と向かい合うように座った。
「今回は無料のサービスをさせていただきますので、何かお飲み物飲まれますか?」
まだ九才の僕に丁寧な言葉遣いを続けるクローキーさん。
何か心苦しい気がする。
「じゃあ……えっと……何か、果物のジュース頂けますか?」
「承りました。リーネさん、フルーツジュースを。私には紅茶をお願いします」
クローキーさんはカウンターにいる女性に呼びかけて、再び僕に顔を向けた。
「こうして腰を落ち着けて話をする方が、気が楽になりますでしょう?」
えっと……話し方がとても堅苦しくて、どうにも緊張感が抜けません。
って、ムナルさんが気さくだっただけになおさら……。
「で、話によれば、今日こちらにお出でになったとか」
お出でになるというよりも……。
「えっと、今日からここの一角に住みついて、仕事を始めるつもりなんです。で、その前に髪の毛を剃らないと、って……ちょっと伸びてきたんですが、長さがまちまちだったので、整えたいな、と」
「そこでムナルさんの所に行かれたんですね? ということは……メイさんの話を聞かれたんですね?」
下調べしたのか覚えてるのか。
斡旋して照会した人を覚えてるなんて、気遣いもすごいなぁ。
僕は気疲れも起こしそうだけど……。
「はい。で、初めてムナルさんの所に行って挨拶も兼ねていろいろお話ししたら、ここのことも……名刺までいただきまして」
「それはそれは。ムナルさんの計らいに感謝ですねぇ」
……何というか、照会して紹介して、当人同士で話がついたらそれっきり、と思ってた。
店の手を離れても、店長さんはこうして覚えてるってことは……。
こうして人の縁って繋がっていくんだなぁ。
「で、名刺までいただいたのでこっちにも足を運んでみようかなって。これから店を開くんですが、忙しくなってからここに来るよりも、こうして会話にも出てくるくらいだからすぐに行ってみた方がいいなって」
そこでカウンターの女の人がトレイに飲み物を乗せて持ってきてくれた。
「それはそれは。ありがとうございます。あ、飲み物、どうぞ」
出されたジュースを一口飲む。
今まで飲んだことのない美味しさだった。
格段に違うわけじゃないけど、ようやく美味しい物を美味しいと感じられるようになってからは、様々な味に飽きることはなかった。
幸せって、こういうことなのかもなー……。
「お気に召されたようで何よりです」
あ。
美味しさに浸り過ぎてた。
クローキーさんがにこにこしてこっちを見てる。
なんか、恥ずかしい……。
「で、ルスター様はお一人で何やらお店を開くとか。ムナルさんの紹介ということでこちらにこられたとのことですが、お忙しくなった時に来られるよりも、その時にすぐに対応できるように、予めおいでになられたのでしょう? 先見の明、ですな」
持ち上げられてしまった。
そんな大層な物じゃないんだけど……。
「お一人暮らし、とのことですが、となれば家事雑用の類を業務内容となされるのですかな?」
「あ、いえ、えっと、そればかりじゃなくて……」
冒険者の仕事もこなせる人材はいないか、と質問してみた。
もちろん王冠の紋章のことは言わないでおく。
修復の紋章でさえ、あれだけ仕事が殺到したんだ。
レベルを望むがままにあげてくれる、なんて噂が立ったら、僕はどうなるか想像もつかないほどボロボロになってしまうだろうから。
ところがクローキーさんはその質問を聞いて、ニコニコ顔から困った顔に変わってしまった。
「ふーむ……。あぁ、そうでしたね。ルスター様は学舎で勉強されてたんでしたよね。で、補助適性の判定をもらった、と……」
「はい、そうです」
クローキーさんは腕を組んで宙を見る。
そのまま目を閉じて、何やら考え事を始めた。
「あの……何か、問題でも……?」
自分のレベルを誰かにあげることで収入を得られるのではないだろうか、という発想は、まず誰もしないだろう。
まぁ雇う獣人の冒険者レベルを上げて、拾ったアイテムを売って生計を立てる、というのも悪くはないけど、毎回いい物を拾えるとは限らない。
けど、あらゆる意味で、力はあった方が生活しやすいはずだ。
「……普通のお仕事のお手伝いなら問題ないんですよ。……ご存じと思いますが、私共が、求人のお客様に紹介する人材は獣人なのですが……」
「はい、ムナルさんから聞いてます。とても頼りになるそうですね。体の能力が人より高いって」
「そこまでご存じであれば話は早いですな。……雇われる側も、こんな仕事とは思わなかった、話が違う、という意見もあったりするんですよ」
え。
そんなこと、あるの?
「嫌なら辞めてしまえばいいんです。もちろん契約上いろいろあるでしょうし、私共にもその責任の一端を担う必要もありますのでその相談を聞いたりしますがね」
雇った後も面倒見てくれるんだ。
親切なお店だな。
「再契約に条件はいろいろありますが、まぁ比較的穏やかに話は進められるんです。ところが冒険者業の手伝いとなるとですね……」
クローキーさんの顔はさらに渋くなった。
「辞めたくても即座に辞められない状況になる時があるんですよ。想定外の強い魔物が急に目の前に現れた、とか、過酷な環境の地域に行かされた、とか」
それはもちろんあり得なくはない。
授業でもそんな話を何度も聞いた。
「雇われる獣人だって、命あっての物種です。その場を放棄して逃げ出す、ということもあるんです。雇い人の安全の確保を目的とした契約を結んでいたとしても、です。つまり、雇った側を見捨てて、一目散に逃げる、とかね」
それは……ちょっとまずいんじゃない?
「あるいは、雇ってくれた、守るべき人を逆に襲う、ということもあります」
「え?」
……ちょっと、それは考えたこともなかった。
料金をもらった上に襲っちゃうの?
……なんか、怖いんですけど?
「ですので、冒険者業もこなせる獣人を雇う、というのは……普通はお勧めしません。ましてやルスター様は、伺った話から推測するに、商人として店を構えるようですので……。商人が魔物が生息する地域に足を踏み入れる、というのは、普通は考えられないんですよ。自分の身を守る術がない限り、ね」
身を守る術がない限り……。
って、僕には修復の紋章があるじゃないか。
それに無痛の紋章も。
痛みを感じなければ、怪我をしても普通に動ける。
もっとも治療を受けるのを忘れちゃダメだけど。
「ですが、たまに商人も冒険者業を兼業される方もいらっしゃいます。そのほとんどが獣人を雇っていますけど」
「え?」
商人が兼業でってことは、商品も運搬しながら冒険者業もしてるってこと?
それって、損害がさらに大きくなるんじゃないの?
「見捨てるどころか、商品を持ち去られることもあるんじゃないですか?」
「……そうならないような契約を結ぶんです。それで何事もなく契約は実行されます」
「契約だって、破られることがあるって……」
「そうならない契約もある、ということです。ただし紹介料は格段に上がりますがね」
なんか、それっておかしくない?
破られない契約がある、というなら、全部その契約の仕方にしたらいいんじゃないの?
「……二種類あるんですよ。雇う側の命の危険が必ずある求人と、嫌なら辞めてもいい求人。後者の場合、獣人は逃げようと思えば逃げ切れるんですよ。本気で逃げられたら、人間は追いつけませんのでね」
ムナルさんもそんな事言ってたっけ。
「仕事を請け負って、その途中で辞めたくなる獣人も結構います。そんな時にもここを利用できます。そうすると、話の進み具合によっては、その仕事を続行することもできるし、きれいに辞めることもできる。きれいに辞めることができれば、またここで求人を待つこともできます」
まぁ、そりゃそうだよねえ。
「ですが、ここを利用することなく雇い人から逃げきってしまうと、私どものような店からは信頼を得られなくなり、仕事もなくなり、逃げた獣人も困る、というわけです」
契約違反したら罰が与えられる、
その罰はどんなに受けても、元に戻ることはない、と。
「逃げる方が大損するんです。まぁ大損どころじゃすまない目に遭いますがね。なので、普通のお仕事にはそんな契約が中心となります。ですがルスター様の希望を聞きますというと、命の危険が常に隣り合わせ、という感じもしなくもありません」
そこまで殺伐にするつもりはないんですけど……。
「冒険者兼業何ですよね? 学舎では実践の授業も受けられてますよね?」
「はい、何度もあの洞窟の中に入ってます。冒険者の通りを横切って、さらに奥まで進んでます」
「それで、冒険者専業ではない、ということは、お店をやってる間、雇った獣人はどうされるつもりですか?」
どうされる?
どう、と言われても……。
「お店の警備とか……一緒にいるつもりですけど……」
「なら、仕事内容に常に不満を持たれた場合、ルスター様が常に襲われるおそれがありますね」
「え? でも……」
「襲った獣人のその後の行く末よりも、雇ったルスター様はどうなるのか、という心配をしているんですよ。それでも要望通りの仕事をしてもらいたい必要がある、という場合には……そのもう一つの契約を結ぶことをお勧めしているのですが」
お仕事ができない体になるのは、かなり怖い。
……でももう一つの契約って言うのは、知識として知りたい、ってのはあるかな。
「その、もう一つの契約、って……何ですか?」
クローキーさんは一息ついて紅茶を飲んだ。
そして体をやや前に乗り出して、僕にだけ聞こえるような声を出す。
「奴隷、ですよ」
その言葉は耳に入ったけど、頭の中を素通りしていった。
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