修復屋さん、始めました:助っ人は考えたことなかったなぁ

 繁華街にはいろんな店がある。

 食品店、武器屋、防具屋、衣料品店、装飾品店、鍛冶屋、薬屋、療養所、酒場、食堂、浴場などなど。


 買い物客なら堂々と入って、何々はありませんか? なんて聞けるだろうけど「近所に引っ越ししてきました修復屋です」なんて挨拶をしたら、お店によっては商売敵が偵察に来た、などと思われやしないだろうか、なんて考えてしまう。


 だから、まず客として入っていった。

 けど、そんな店は限られている。

 お昼には食堂、夜は酒場でご飯を食べに行き、お風呂は浴場。

 元気が出るように、という言い訳を用意して薬屋と診療所を覗いてみた。


 子供一人で店を開く。

 このことだけでも驚かれた。

 普通の会話の中で、僕の店の場所を聞かれたので答えたら、またも驚かれた。

 あんな狭い所で商売が成立するかどうか心配された。

 むかーしの地主が、余った土地を更地にしたままでは勿体ない、ということで建物を建てたらしい。


 その二階と三階は人が住める環境なのでそこに住むことにする、と言ったらさらに驚かれた。

 繁華街で店を持ってる人達はみんな、自宅は別の所にあるらしい。

 でも、身寄りがないということと学舎からの援助もあると聞いて納得してた。


 まず先にあいさつ回りをする予定のお店には一通り回った。

 そこで気が付いた。


「……髪の毛、生えてきたな。これからは自分のお金で、床屋だけじゃなく食費とかも賄わなきゃなあ」


 先払いしていた学費は、卒業までの二年ほどを残して退学したから、その分の学費は返還される、とのこと。

 その学費は、勇者の人達に出してもらった。

 だから勇者の人達に返すのが筋なんだろうけど、余分に払っておいたから必ず余る。余ったら自由に使っていい、と言われた。

 卒業しても無一文のまま寄宿舎を出されちゃ、いきなり生活に困るだろうから、とのこと。

 返還されるお金は、建物と土地の購入費に割り当てることにした。

 学舎からの提供、ということらしかったけど、学舎は結構前にここをその地主から買い取った、とのこと。


 狭い土地に使い勝手が良くない建物ということで、割安になったとか。

 余った学費でも買い取れる額、ということで、なるべく貸し借りなしでこの生活をスタートしたい、と学長達に強く希望した。


 だから九才にして、一国一城の主となってしまった―。


 ……いや、取り上げたい話題はそこじゃなく。


 要は、この土地と建物を買い取ってもまだ返還される学費があるという。

 細かいお金もあったようだけど、管理が面倒になるので端数は切り捨てにしてもらった。

 返還額は十万円。

 ……じゃなくて、銀弊十枚。

 金貨一枚だと、その一枚をどこかで失くしたら一文無しになる。

 細かすぎても持ち運びが気にかかる。


 で、初めてお金を使ったお店が床屋さん。

 この繁華街では美容院はいくつかあるけど、床屋さんは僕の店を東西の大通りを挟んだ並び、東方向にある。

 どこに行こうか、と迷わずに済むのはありがたい。

 けど、その床屋さんが休みの時はお手上げ。

 もっとも、何日もお店を休む、なんてことはなさそうだから、気にするほどでもないか。

 常に髪の毛を剃らなきゃいけないってわけじゃないし。


 ということで、床屋さんに行ってみた。


 どの建物にも窓はある。

 けど、出入り口のドアはどの建物も木製で、窓はない。

 あっても、中から外を見る覗き窓くらい。


 この床屋さんの入り口もそう。

 でもドアを開けると挿げられたベルが鳴るから、中にいる人は誰かが入ってきたってことがすぐ分かる。

 店の人は、どんな人が来るかは大体分かるんだろうね。

 お客さんか商店街の人か、まぁ誰が来ても驚きはしない。

 でも店の中の様子が全然分からない初見さんは、恐る恐る入ることが多い、と思う。


 僕も、ドアを開けて中を見て驚いた一人だ。


「ごめんくださ……い?」


 真っ先に目に入ったのは一人の女性店員さん。

 でも、頭の上からは動物の耳のようなもの生えてた。


「あ、いらっしゃいませ。えっと、初めて、の……お客様ですね?」

「あ……はい……。えっと……床屋さん……ですよね?」


 放棄で床を掃き掃除しながらこっちを向いて声をかけてくれた。

 そのお尻には……尻尾が生えてた。

 顔は人とそんなに変わりがなかったから、その耳は髪飾りか何かと思ってたんだけど、尻尾と同じようにひくひく動く。


「えぇ。そうですよ。どんなご用件でしょうか?」


 僕に最初に声をかけてから、ずっとにこにこ顔を向けてくれてる。

 可愛いなぁ、と思ったんだけど、明らかに僕よりも年上……だよねぇ。


「あ、あの。僕、そこの狭い建物に引っ越してきて、そこに住んでお店することになったので挨拶に……」

「あら、それはご丁寧に。じゃあ店長呼んできますね。てんちょー、ご近所に引っ越してきたって方が挨拶に来られましたー」


 店の奥の扉に近づいて、そこから店長さんとやらを呼び出してくれた。


「おーぅ」


 と奥から声が聞こえた。

 ゆっくりと扉が開いて姿を見せたのは……。


「く……熊?」


 大きな体格でずんぐりむっくりの男の人。

 思わず声に出してしまった。

 その声が聞こえたんだろう。

 その人は太い声で笑った。


「がはは。よく言われるよ。メイも獣人だしなぁ。あ、俺はこの理髪店をしてるムナルだ。坊主は?」

「獣人?」

「ん? おぉ。雑用の手伝いをしてくれるメイだ。って、挨拶してなかったのか? メイ」

「お客さんかなと思って……」

「まぁ、確かに来客みんなに自己紹介って変な話だしなあ」

「えっと、メイ、と言います。キツネの獣人族です」


 やっぱり耳も尻尾も本物だったんだ!

 目を疑った僕もびっくりして自己紹介するのをすっかり忘れてた。

 名前と、住まいの場所と、学舎を退学してきたことを説明した。


「はぁ……十才になるかならないかって年齢で、波乱万丈な人生送ってるんだなぁ。ま、困ったことがあったら相談しにおいで」

「あ、ありがとうございます。で、あの、挨拶しにきただけじゃなくて、頭を剃ってほしくて……」

「お、おう。仕事か。任せろ任せろ。あ、お題は銀貨二枚な」


 銀貨二枚……約二千円か。

 まぁ、そんなもんかな。


 ※※※※※ ※※※※※


「あー、この紋章、学舎でもらった刻印か? 普通に剃っても大丈夫だったな。……でも坊主の様子見たら、ひょっとして獣人って種族見るのは初めてか?」


 頭を剃りながらムナルさんはいろいろと気さくに話しかけてきてくれた。

 ちょっと安心する。

 そのメイさんは、ずっと床の掃き掃除。

 ちなみに十七才だそうだ。


「はい。学舎にはいませんでした」

「そうか。これから店始めるんだろ? 中には人間を嫌う者もいるけど、店の手伝いが欲しいときには獣人を雇うのをお勧めするぜ」

「え?」


 ドキっとした。

 メイさんみたいな獣人さん、可愛いと思ったから。

 その気持ちを見抜かれたのかと思った。


「人間よりも力は強いんだ。いざとなったら動きも素早いしな。だから泥棒とか空き巣に入られても、すぐに捕まえることができるんだよな」


 それは……心強いな。

 でもムナルさんの方が、見た目力強そうな感じがするんだけど……。


「坊主は魔術使えるんだっけか? けど、人の手が足りなくなっても魔術じゃどうしようもねぇこともあるだろ?」

「あ、はい。魔術は何でもできるものとは限らないですし……」

「獣人雇うなら、この繁華街でも紹介してくれる店あるから相談しに行ってみな。俺もそこでメイを紹介してもらったしな」


 ……でも、寝る布団とか……生活用品一式も用意しないとダメだよね。

 ご飯も、僕一人分用意できればいい、とはいかなくなる。

 でも……。


 このまま修復屋をするなら、冒険者レベルはあがらないまま、だよね。

 冒険者レベルはあげときたい。

 だって、せっかく刻んでもらった紋章の力も役に立たせたいし。

 そのためには、冒険者もやれて僕を連れて行ってくれそうな獣人を雇う必要がある。

 それと……。


 メイさんみたいな可愛いモフモフな獣人さんがいたら、きっと毎日ほっこりできると思うし。

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