学舎と寄宿舎生活:退学者と進級で再編成も、僕らは一年と同じ顔

 寄宿舎内……って限定するのは意味はないね。

 学舎に通う生徒全員が寄宿舎で生活してるから。


 その寄宿舎内では、生まれた家柄が違うことで壁を感じるときがある。

 その壁は、学年が上になればなるほど感じられなくなる。

 まあ当たり前のことなんだけど。


 というのは。


 六才で学舎の入試を受けられる。

 六年間そこで勉強して、成績の成長がそれなりに見られたら卒業できるんだけど、希望する生徒は更にここで勉強し続けることができる。

 一番若い卒業生は十二才ってことになるんだけど、十三才以降は、その後に行われる卒業式にいつでも卒業できる。


 でもいつまでもここで生活できるわけじゃない。

 十七才になる年の、年末に行われる卒業式には強制出席。

 要するに、十七才になったら卒業しなければならないってこと。

 だから、十一年生までいられる。

 ちなみに落第とかはなさそう。

 みんな、それなりの素養、素質があるから。


 そういうことだから、七年生から上の、学年ごとの人数は急に減る。

 だから、同じ学年同士の冒険者パーティの数も減るばかりではなく、貴族出身のグループの人数も減るし、一般家庭出身のグループも減る。

 そうなると、そんな派閥の勢いも減るし、学舎での役割のせいで、派閥争いどころじゃなくなる。


 というのも、七年以上の学年の人達だってそれなりに実力が伸びてくる。

 そうなると、同じ学年のパーティで活動するばかりではなく、未熟な下級生達のパーティを個別で護衛する役目も持ったりすることもある。

 同じ生徒同士で守ったり守られたり、ということに不安な意見もあるけど、そんな上級生達は能力によっては、卒業するやいなや実力のあるパーティから即戦力として勧誘を受けることもあるっていうから、そのことで問題が起きたことはないらしい。

 その上級生達の配役を選ぶのが、何でもお見通しのシュース先生とラミー先生だから、なおのこと安心。


 けど、人というのは、話が通じる相手と仲良くなりやすく、話が通じない相手とは接点を持つことが難しくなりがち。

 先生と生徒が仲がいいのは、先生が生徒の話に合わせてくれるから。

 けど、先生同士の話に生徒が入り込めることはほとんどない。

 生徒は先生の話に合わせられないからね。


 貴族の子と一般の子も同様。

 貴族の生活ぶりを知らない一般の子は、彼らの話に合わせることができないし、仮に一般の子が貴族の子の生活を知ったところで、卒業後にその知識が役に立つこともほとんどない。

 知識の一つにはなるんだろうけど。


 で、貴族の子達は一般の子に、世の中の何も知らないくせに、みたいなことを言う。

 一般の子達は貴族の子に、実力よりも経済力で通学してるくせに、と言う。

 だから貴族同士、一般の子同士でグループができやすくなるんだけど……。


「あんな奴と一緒にすんな!」


 集会が終わって部屋に戻った僕たちは、カーク君の怒鳴り声に顔をしかめた。

 退学処分になった子のことは知ってるらしい。

 けど、僕らはその子について聞く気はなかった。

 カーク君もだけど、リーチェさんもラーファさんも何も喋る気はなく、その日は僕らも特に何の言葉も交わさずに一日が終わった。


 ※※※※※ ※※※※※

 ※※※※※ ※※※※※


 寄宿舎での生活では、あれほどの大事件はほとんどない。

 誰かが退所……退学することがあると、僕らには事件のように感じるけど、中には仕方なく学舎を後にする子もいる。


 新たな将来の道を見つけたとか、冒険者業をやめて家業の跡を継ぐ、などの前向きな姿勢で出ていく子もいれば、その都度支払う授業料や生活費の額が追いつかず、やむを得ず退学という悲しい事情を持つ子もいる。


 二年生に進級する直前まで、退学者はあのあと三人出て六十一人になった。

 僕らは二年に進級すると、六人グループは六組、五人グループが五組に部屋分けになった。

 僕らは全く変化なし。

 でもカーク君達との壁は依然として存在してる。


「二年から、冒険者の実践の活動授業があるんだよね?」

「このままで大丈夫かなぁ」


 レイン君とサクラさんの心配ももっともだ。

 けど、僕は、その授業で術の効果を見せつければ、きっと頼りにしてくれる、と思ってた。

 一年生の時は、学部別の授業では術の発動をするだけの繰り返し。

 それだけでも経験になり、レベルも上がるんだそうだ。


「それにしても、今思うと、ルスター君の修復の術……」

「ん?」

「いや、最初に、シュース先生の前で封筒の封を元に戻すってのやったでしょ?」

「うん、何となく魔力が働いたと思ったんだけど……」


 あの後、先生達から知らされた。

 糊の粘着力で、再びくっついただけだった、と。

 僕にはそんなに自覚はなかったから半信半疑だったんだけど、僕の術の効果だ、とはしゃいでいた二人はもうね。

 顔から火が出るってやつ?


「サクラさん、なんでわざわざ思い出すかなぁ? 忘れたい思い出なんだけど?」

「ご、ごめーん。で、でもさ、切れた紙を戻すことくらい平気になったじゃない? 活動の現場のダンジョンの地図が裂けても、また元に戻せるって、すごいじゃない!」


 いきなり褒められた。

 けど、レベルアップしたのは僕だけじゃない。


「真っ暗でも、目の高さの光で足元まで照らせるようになったレイン君も頼りになるじゃない。サクラさんだって、手の平くらいの擦り傷ならあんまり時間かけずに治せるようになったし」


 ただ灯りをともすだけだったレイン君に、枝毛の先を戻すしかできなかったサクラさんも、とてつもない上達ぶり。

 ただ、僕の無痛の紋章は僕にしか効果がないのは変わらないし、王冠の紋章はいまだに効果が不明。


「褒めてもらえてうれしいとこなんだけど、二年からは、術士学部も体術とか習わなきゃならないみたいだよ?」

「え? あたし聞いてないよ? 何それ」

「でもまぁ、今までの体育とかの延長だと思うよ?」


 冒険者になることを前提とした学舎だから、自分の身は自分で守らなきゃならない場合もある。

 術を鍛えてばかりで身を守ることができません、では、逆に闘士達の足手まといになりかねないから、なんだとか。

 当然意思疎通も必要だし、情報共有も必要だから、国語に算数などの一般教養の授業もある。

 術の勉強だけしていればいいというものでもない。


 と、先生達から口を揃えて何度も言われた。


「じゃあ闘士学部の人達と一緒に受けるのかな……」

「そこまでは分かんない。でも一緒じゃないと思うよ? 学部の人達の足引っ張っちゃうだろうし」

「いずれ、先生達に守られながらだけど、いよいよ実践だね」

「でもまだ気が早いよ。二年になった最初の日からいきなり始めます、なんて言ってなかったし」

「あ、それもそうね」


 レイン君とサクラさんの会話を聞きながら、僕は僕で、未だに王冠の紋章の謎に思いを巡らしている。


 ※※※※※ ※※※※※


 学舎の建物は五階建て。

 その後ろには首都のそびえる山脈が目の前だ。

 学舎の後ろの一部は、その山脈の崖とくっついている。

 学舎の内側は玄関のようになっていて、洞窟の出入り口になっているらしい。

 その洞窟の奥深くには魔物がいて、この学舎の生徒のパーティでは、そこまで進むこと自体相当体力がいるんだとか。

 けど、そこで出会う魔物も、僕らとほぼ同じくらいの低レベルのものばかり。

 洞窟に住み着いている動物もいるけど、その動物を倒すことでも、闘士、術士としてのレベルはあがる、とのこと。


 でもそこで、生徒に大けがをさせるわけにはいかないから、そんな低レベルの魔物相手でも、経験者である先生達や上級生達も同伴で進入する。

 けど、二年生になったばかりの僕らに、いきなりそんな実践は、予想外の危険があるかも分からない。

 なのでもう少し学舎内でレベルをあげ、術の効果も上げてから実践に出す、ということだった。


「先生、術のレベルが上がったらッて言いますけど、どれくらいになったら行くことになるんですか?」


 授業中に、誰かからこんな質問が挙がった。


「回復術なら、例えば放り投げられた石が当たってできた傷を、瞬間的に完治させるくらいかな。攻撃魔術なら、相手にダメージを与えられるくらいでないと意味がない。紙に火の魔術をかけるとすぐ燃える。だが魔物の体はそうはいかん。補助系は、例えば能力を高める魔術を仲間にかけて、仲間がそれを実感できるくらいかな」


 教室内はしばらくシーンと静まり返った。

 二年になりたての僕らの中に、そこまでのレベルの術を使える生徒はいない。


「……そんなことができるようになる頃って……三年になる直前くらいじゃないですか?」


 僕もそう思う。

 破れた地図を戻す程度じゃ、とてもパーティの力になれそうにもない。

 せめて武器や防具の破損を直すくらいじゃないと。


「そう思うんならそうなんだろうなぁ。……鍛える時間は、何も授業中ばかりじゃないぞ? それぞれ、その時間を見つけて、わずかな時間でも鍛錬することだな。そんな意欲がある奴から、素質は開花していく。意欲がなきゃ行動に移すことも考えられないからな」


 それはそうなんだろうけど……うん、そうなんだな。うん。


「闘士学部は全般的にすごいぞ。ちょっとの時間でも、武器を振るったりトレーニングしたりするからな」


 そう言えば、カーク君達が部屋にいるのをあんまり見たことがない。

 貧乏人、などと憎まれ口を叩かれることはあるけど、ひょっとしたら自分の役目にはすごく真面目に取り組んでいるんじゃないだろうか。

 もしそうなら……。

 その六人でパーティを組む。

 術士三人のレベルが闘士三人のレベルより相当離れてるのだとしたら、それこそ迷惑をかけてしまう。

 相手からどう思われようが、自分がやらなきゃならない務めは、自分が果たさなきゃならないことだ。

 先生に再編成を頼まれようが、その指示が来るまでは、あの三人を逆に引っ張っていくくらいじゃないと……。


 そのためにも、まず現実を見て課題を考える。

 そうだなぁ……。

 開いた封筒を再度完全に封するくらいの術力レベルになりたいな、うん。

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