学舎と寄宿舎生活:生徒同士での内情と職種の割合からの問題点

 初めての実践授業は、僕にとっては苦い思い出になった。

 頭に残る三つの痣。

 その痣の中心に刻まれた三つの紋章。

 その効果はすべて明らかになった。

 それは僕にとっては明るいニュース。

 けど、うれしい出来事はそれだけだった。


 自分のレベルを、術をかけた相手に譲り渡す。

 だからその相手は、急激な成長を遂げることができるけど、僕のレベルの成長は……他人から見たら伸び悩んでいるような感じ……だと思う。


 幸い、僕らはみんなのレベルを確認するやり方は習ってない。

 おかげで、実践を体験した生徒としては異常に低いことに気付かれていない。

 一人だけ極端にレベルが低いと、みんなから何を言われるか分かったもんじゃない。


 とりあえず、貴族の三人組はみんなからちやほやされたことで機嫌が直り、寄宿舎の部屋での雰囲気も悪くならずに済んでほっとした。

 あ、サクラさんも貴族の出だけど、あの三人とは違うよね、うん。


 で、その日の夜のこと。


「んー……」


 サクラさんとレイン君と三人で、授業の予習復習をしているときに、隣の机のレイン君が唸り声を出した。

 考え込んで煮詰まった時に出るような声は別に珍しくはないんだけど、そのあとに続いた言葉に慌ててしまった。


「結局、王冠の紋章の効果って、よく分かんないままだよね」


 こっちは勉強に集中してたから、まさかの紋章の話題にすぐに返事ができずに詰まった。


「何? レイン君、今日の分終わったの?」


 と、サクラさんからの助け舟。

 もっともそういうつもりでレイン君に話しかけたわけじゃないんだろうけど。


「あ、いや。つい思い出しちゃって。これからは週に一回くらいのペースで実践に出るって言ってたよね」

「うん。けど次は、今回みたいに慌てることがないように、落ち着いて行動しないとね」

「だね。リーチェさんが攻撃受けた時、流石に慌てた。サクラさん、咄嗟によく動けたね」

「あたしも慌てたわよ。治療しても痛みがとれなかったんだから。でもルスター君のおかげで助かった。無痛の紋章の術でしょ? 先生は、ルスター君自身にしかあの術はかからない、みたいなこと言ってたから、きっとそのつもりで動いてくれたんだろうな、とは思ったけど」

「え? あ、うん、まあ、うん」


 無痛の術なら問題ないか。

 無痛と修復の紋章の術のことなら、先生から話を聞いた時にこの二人も一緒にいたし。


「でも、あの時触りに来た時は、気が動転して、ルスター君、いきなり何やってんの? とか思っちゃって。ごめんね? 学長室で再現した時に、ひょっとしたらと思ったの。で、教室に戻った後でそのことはあの二人には教えてあげといたから」


 道理で僕が教室に戻った時は、僕の所に詰め寄ることもしなかったわけだ。

 もっとも、パーティ全体の著しいレベルアップで一躍注目を浴びたから、かもしれないけども。


「あ、うん、ありがと」


 礼を言うのが精一杯。

 自分が何のためにどんな行動をとったか、それを分かってくれる人がいると知っただけで、言葉に詰まるほどうれしいもんなんだな。


「でもさ……特にカーク君、なんであんなにレベルアップできたんだろ」

「一生懸命武器を何度も振るって戦ったからじゃないかな」


 当たり障りのない答えを言ってみる。

 事実、ラーファさんは矢を一度しか放っていない。

 攻撃回数なら、カーク君が一番多い。

 経験がレベルに反映される理屈を通せば、誰だって納得してもらえるはず。


「それはそうなんだけど……。でもルスター君のレベルが下がるってのはおかしくない?」

「鑑定の見間違いなんじゃないの? だって、技術レベルは結構あったじゃない。学舎でもすることあるけど、寄宿舎じゃ先生達から壁とか床の修繕とかしょっちゅう頼まれてたでしょ?」


 ちょっとした便利屋扱いされてるような気がしないでもなかった。

 でも、経験がレベルアップになる。

 それは事実だし、そう思うと、手伝いさせてもらえてありがたかった気持ちもある。


「そう言われればそうだね。技術レベルはルスター君が飛びぬけてた……って、確かに戦闘には混ざらなかったから冒険者レベルは上がらなかった、とも言えるかもね」

「うんうん。だから鑑定の見間違いなのよ、きっと」


 どうやら王冠の紋章の術については、分からない、と言い張るだけで誤魔化せられそうだ。


 ちなみにこの後、あの三人は訓練場かどこかで戦闘の訓練をしてきたようで、汗だくだくで帰ってきた。

 こっちも勉強は一通り終わったので、仲良く、とまではいかないけど、一緒に浴場に向かった。

 壁を感じられた僕らの部屋は、このレベルアップの件で若干薄くなったようだ。

 場外でも効果がある感じ。


 なお、僕とあの三人の壁はこれまで通りだった。


 ※※※※※ ※※※※※


 この学舎の入試、合格率は五割に届くかどうか、らしい。

 つまり、五人中三人は落ちるぽい。

 目立った能力がなければ、かなりの狭き門。

 本人に特徴がなくても、名家や資産が相当ある家とかなら、いくらかはその門の狭さは緩くなる……とか何とか。


 まぁ僕みたいな珍しい境遇からの、絶対的に存在する力が体内にある者は、別枠みたいな扱いらしい。

 でもそれは、あくまでも入試の合否の時点での話。


 入学したら、同じ屋根の下で大勢が生活する。

 同学年ばかりじゃなく、上級生達とも。

 でも意外と上級生との交流する機会は少ない。

 一般人にとっては、それはある程度有り難いことと思うけど、それは置いといて。


 何でいきなり入試の話をしたかというと、退学処分や自主退学する生徒も少なくなかったりする。

 どの年代でも一年の時は、まずは身分の高低を決めつける。

 いじめのきっかけになって、加害者が強制退学させられるケースが一年の時には多い。


 次のピークは二年の期末。

 初の実践による、冒険者レベルの高低差から。

 レベルが低い役立たず、などのいじめが発生。

 一年時同様、加害者が強制退学。

 前にも言った通り、冒険者というのは、いろんな意味で住民達を守る仕事。

 守るべき人達に差を付けたら、冒険者全体への信頼が壊れてしまう。


 その説明も毎年、入学時にはするらしいけど、どうしても身分の差やレベルの高低に拘る子は何人かいるんだって。

 みんな、何かを誇りたい。

 けれど自分に誇りとなるものがない。

 だからそういうものの違いを見せつけたがる、とか何とか。


 じゃあ、見識を広めると退学者は減るかというと、そうではないらしい。

 在学生を、貴族と一般人とを比率にすると、六対四くらい。

 もっともその貴族の分類は、サクラさんのような家柄も含まれるけど。

 で、素養があるならそれに従うと、冒険者として大成しやすいんだけど、そう望まない生徒も多い。

 素養に目立つ者がない生徒の場合は、戦闘を中心とした闘士学部に入ることを望む人が多い。

 また、術士学部も、攻撃魔術の人気が高い。というか、人気が偏ってる。

 低いのが補助魔術と回復魔術。


 回復魔術を選ぶ人は、もちろんそっちの素養がある人も選ぶんだけど、他の技術が向いてないから、という後ろ向きな理由の人も多い。

 ということは……。


「冒険者になりたいけど、やりたい職種は無理って言われたから、やりたくないけどそれを選ばざるを得なくて……」


 と、しょんぼりする人が多い。

 途中で職種変更に成功する人もいるけど、逆に、やりたくない職種に変更せざるを得ない人もいる。

 それでも使命感に燃えてる人ならば、やりたくない職種でもその道に進もうとする決意は固い。


 そんな、学舎では人気がない回復魔術士、補助魔術士は、冒険者パーティにとっては意外と重要。

 いや、かなり重要。

 その質が高ければ、全員瀕死の状態でも、行動開始くらいの気力体力まで戻すことができるから。

 パーティの活動続行のカギになる重要な立ち位置。


 ところが、実践経験が少なく、浅い僕ら生徒にとっては、その重要さを理解しづらい。

 しかも取り組む姿勢が後ろ向き。

 おまけに、人気が高い職種を選ぶ生徒が多い。

 どういうことかと言うと、回復魔術担当の比率が少なくなる、ということだ。


 僕らのように、闘士三人と、魔術師は回復、攻撃、補助の三人。

 三対一対一対一 という比率。

 ところが学年全体、学舎全体だと、その比率は崩れる。

 それはどういう事態になるかというと、回復魔術を使える者がいないパーティが出てくる、ということにもなる。


 そこに、退学処分に関した問題も絡んでくる。

 人気がないからぞんざいに扱われる回復魔術専攻の生徒。

 それが一般人だと、さらにいじめられやすくなる。

 退学処分でいなくなる加害者。

 学舎に残る被害者。


 それで一件落着、とはならない。

 成長しづらいと、回復魔術担当にさせられたこと自体、部屋、もしくはパーティ内で問題視される。


「成長しないならいなくてもいいんじゃないか?」


 という理論がまかり通る。

 自信を失った回復魔術専攻の生徒は、自主退学を選ぶ。

 三対一対一対ゼロ という比率になり、部屋ごとの活動なら回復薬に頼って事なきを得ることはできる。

 ところが、三年からは、パーティの成長を見ながら、いくつかのパーティの合同活動が行われる。


 下手をすれば、回復魔術士一人で十一人の回復を担当しなければならない。

 が、合同で活動するパーティ数が、三つも四つも編隊を組んでおこなうならば、回復役がいない二つ以上のパーティの回復を、自分のパーティもまとめて面倒を見なければならなくなる。


 その負担はかなりのもの。

 その負担に負けた生徒も退学を志望する。

 回復魔術士を育てる施設もあるそうで、そっちに転校する生徒もいる。


 シュース先生とラミー先生は、そんな生徒達に親身になって相談に乗ってはいるようだけど……。


「……最近、同種の魔術の生徒、少なくなってるのよね。まぁ新入生たちはそれ相応にいるみたいだから、回復魔術士がいなくなる心配はないとは思うんだけど……」


 魔術ごとの教室では、習う生徒の数がゆっくりと減っていってるらしい。

 重要な役職は、もっと丁重に扱うべき、とは思うんだけど、目立つ活躍をする闘士学部の方が偉い、とか言う単純な発想をする生徒が多く、しかも親の社会的立場が強い者も多い。

 確かに前線で戦う職種なしでは仕事は成り立たないのは分かるけども。


 けど、学年が上がるにつれ、そういう良識を持てるようにも成長してもらいたいもんだなぁ、とか思ったりする。




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