学舎と寄宿舎生活:人知れず、人にレベルを
「カーク、お前らのパーティ、すごいらしいじゃねぇか」
「はは。まぁな。ま、前衛の俺達がミスなくしっかりやってるからよ」
「部屋代えなしで丸二年って、ちょっと珍しくねぇか?」
「まぁそれぞれの役割を果たしてれば、普通はそうなんじゃない?」
「でも、レベルアップの成長度が普通じゃないわよね? あたし達の倍じゃない」
「いや、伸び悩んでる奴もいるから、三倍くらい違うこともあるぞ?」
僕らは三年になった。
二年時のパーティ数は十組あったけど、退学者もかなり出たため六人パーティは六組、七人パーティが二組の五十人まで減ってしまっていた。
それでも僕の部屋の顔ぶれは、幸か不幸か変わらなかった。
はっきり言って、僕はみんなに余計なことをしてしまったんじゃないだろうか? と後悔することがある。
理由はただ一つ。レベルのことだ。
技術レベルは差があって、日常の訓練を怠けていればそのレベルは低く、暇を惜しんで訓練すればそれなりに伸びてくる。
そして実践の授業がある。
決して回数は多くない、というところがミソ。
少ない回数だからこそ無駄にしたくない、という準備に勤しむ姿勢もレベルの伸びにつながるようだ。
同じ学年の生徒達は、冒険者レベルは9が最高値。
ところが僕らのパーティでは、冒険者レベルと技術レベルの順で言うと
カーク君は22と30
ラーファさんは19と28
リーチェさんは20と29
レイン君は19と32
サクラさんは25と41
異常と思われても仕方がない。
が、先生達はそのカラクリを知っている。
だから僕らを褒めこそすれ、疑ったり他のパーティに気合を入れるようなこともしない。
こんなレベルは、六年生くらいになればそれなりに現場の場数を踏むようになるので、到達できる……かもしれない。
技術レベルでは、術士学部の人達の中には僕らと同じくらいに成長してる人はいるけども。
で、先生達からは、僕らは4年生以上が踏み入れる区域に行かせてもいいんじゃないか、という声もあるそうで。
実践の授業は、学舎裏とくっついている、山脈の裾の壁の洞窟。
その範囲は、その通路と交差する、冒険者達がやってくる広い通路との交差点まで。
高くてもレベル3の強さの魔物しか出現しない区域。
レベルや能力によっては、三年生の間もその辺りで戦闘訓練などが行われる。
けど、格段に上のレベルのパーティは、その冒険者の通路を横切ったさらに奥にまで進むことが許される。
もちろん監督の先生同伴で。
僕らのレベルはそれくらい高いが、実践が始まってまだ一年目。
難度をいきなり高くするのも問題だろう、ということで、他のパーティと同じく、そのまま二年生が活動する区域で活動していた。
レベル3の強さの魔物相手に戦って、どうやってレベル20近くまで上げられるんだ? という話。
その秘密を知りたがる同学年の子は日に日に増えていき、そうして三年になった。
ちなみに僕のレベルは、冒険者レベルは9。技術レベルは53。
レベルが最低限になるまで誰かにレベルを譲るのは流石に避けたい。
何度実践を重ねても冒険者レベルが1のままってのは、絶対に怪しむ人も出てくるだろうし、こんな時のためにも必要だから。
それは、進級する前の、つい最近のことだった。
▽▼▽▼▽ ▽▼▽▼▽
冒険者の実践の授業が無事に終わったその日の夕方。
部屋で自分の椅子に座るサクラさんは机に肘をつき、ふぅ、とため息をついたその顔は青い。
「今回もお疲れ、サクラさん。もう時間になるから、晩ご飯食べに行こうよ」
「んー……二人とも、先に行っていいわよ。あたしは後で行くから」
レイン君がサクラさんを誘うけど、サクラさんはあまり乗り気じゃない。
というか、元気がない。
けどレイン君はそれに気付いてなさそうだ。
「そう? んじゃ、先に行ってくるよ」
「うん、行ってらっしゃい」
この時はちょっと気になってたけど、レイン君に強引に引っ張られていったから、サクラさんに声をかけられなかった。
晩ご飯を食べ終わって部屋に戻ると、サクラさんは無気力な感じで勉強していた。
「ルスター君、風呂、行く?」
「ちょっと早すぎない?!」
「ルスター君が食べ過ぎるんだよ」
しょうがないじゃないか。
美味しいんだもん。
「まったく……。じゃ、先に風呂入ってくるよ」
「うん、行ってらっしゃい」
食休みはしたい。
けど、サクラさんが気になったこともあった。
「……サクラさん、ひょっとして、疲れてるの?」
「え? ……分かる?」
分かるも何も、体勢もそうだし、何より顔色が、食堂に行く前よりも目に見えて悪い。
「理想を言えば、消化のいいものを食べて、ゆっくり休むといいんだろうけど……」
最近、サクラさん……ばかりじゃないんだけど、回復術士の負担が大きい。
退学する人の半分くらいが回復術士。
回復手段が少ないパーティの回復に出向くことも多くなった。
だから、文字通り、休む間もなく回復術士の役目を果たしている。
技術レベルが高いのはそのせいだ。
「体を休めるのが一番いいと思うんだけど」
同じことを、つい何度も言ってしまう。
サクラさんは、諦めたような薄笑いを浮かべた。
「……ありがと。……そう言ってくれるのは、ルスター君だけよ」
「え?」
こんな疲れたような顔をしてる人を、誰も労わってくれないのか?
人として、それってどうなんだろう?
「あぁ、先生方は、休めって言ってくれるけどね……」
まぁ、そりゃあ先生は人を指導する立場だし、生徒の生活を守る役目だし、そりゃ異変に気付くよなぁ。
それに、こうしろああしろって助言くらいは誰にだってできるだろうに。
疲れた体験なんて誰にだってあるはずだもん。
誰も体験したことのない苦しみを受けたときには、助言すら意味がないときもある。
そんな経験は、僕はしてきた。
だから、こんな気遣いは、気遣いだけだとしても、それにだって意味はあるはずなのに。
「……回復術で回復したらいいだろう? やればいいじゃないか、って言うのよ」
「……無責任って感じがする言葉だね」
「……確かに回復はできるんだけど、休みたいのよ。休むことで、役目や立場、時間の区切りやけじめがつけられる。けどそれができてないのね……」
その苦しみは、いや、その苦しみも、誰にも理解してもらえないものなんだろう。
だから、先生達だけは理解してくれてたんだ。
「……いつか僕にしてくれたように、お粥持ってきてあげようか。何も食べないと、それこそ病気になっちゃうし」
「……お願い、できる?」
今にも泣きそうな顔を向けられた。
誰かに頼ろうにも、そんな風に言われてはお願いしづらいんだろうな。
けど、僕の頭の中には、その疲労を回復できるかもしれない方法が浮かんでいた。
※※※※※ ※※※※※
「お粥、持ってきたよ。他にもいくつかおかずも。栄養も摂る必要、あるしね」
「ありがと……。寝室で食べるから、持ってきてくれる?」
サクラさんの具合は本当に悪そうだ。
医務室に行けばいいのに、と思うけど……。
「……ルスター君がお粥を持ってきてくれるまでの間にもね、他の部屋の子が別々で二人来て、その子達の回復術かけてたの」
労わるどころか、酷使の追い打ち。
既に退学した回復術専攻の子も、そんな風にさせられたんだろうか。
「自然治癒で治すように、とか言われたでしょ? あれで医務室に行かずに、先生達には内緒で回復術専攻の子達に頼りがちになってるのよね」
シュース先生達はそのことに気付いてるんだろうか?
いや、この問題も僕達で解決しろ、ということなんだろうか。
「あたしも、もっと体力つけないとなーって思うんだけど……。体力より回復魔力が多くて、術の効能が高いとこうなるらしいってこと、授業で聞いた。運動しないといけないかなぁ……」
サクラさんの話を聞いて、唯一の解決手段を使うことにした。
けど、サクラさんにはそれは言わないし、言えない。
「そっか……。とりあえず、これ、寝室に持っていくよ?」
「うん、ありがと……」
後ろを向いた隙をついて、持ってきた料理がこぼれないように注意しながら、サクラさんの背中を頭で突いてみた。
術の発動の条件は、思念だけでも問題ない、と言われてたから、多分成功すると思う。
「キャッ! ……ちょっと、ルスター君、気を付けてよ」
「ご、ごめん」
不快な思いをさせてしまったのは申し訳ない。
けど、誰にも言うわけにはいかない。
サクラさんは寝室のドアを開け、続いて入った僕は持っていた料理を台になるような物の上に置いた。
「その食器は、明日僕が持っていくから。……さっきはぶつかってごめんね? じゃ、おやすみ」
「うん……。おやすみ」
僕の目論見が当たっていたら、溜まった疲労は一気に減るに違いない。
次の日の朝が楽しみだ。
今のサクラさんの心境を思うと、それを態度に表すわけにはいかないけども。
※※※※※ ※※※※※
翌朝。
「おはよう、サクラさん。……あれ? 昨日の晩ご飯、寝室で食べたの?」
「おはよう、レイン君。んと、うん。まぁ、ね」
「ふーん。まぁいいけど。で、朝ご飯どうする? 一緒に行く?」
「うん、いいよ!」
寝室の中で、レイン君とサクラさんの会話を聞く。
どうやら僕の思いついた対策は、上手くハマってくれたようだった。
僕のレベルをサクラさんにいくつかあげる。
それによって、各能力が上がる。
もちろん僕が思う通りに上がってくれるとは思ってないから、一つや二つじゃそんなに効果はないはず、と。
各能力が上がるんだから、魔力や体力の上限も上がる。
その上、夕食を食べてすぐに休んだのなら、体力は回復されてるはず。
気力も体力も十分、といった声が聞こえてくるはず。
それが聞こえてきたんだから、自分で自分をほめてあげたい。
「やあ……おはよぉ……ふあ……」
「おはよう、ルスター君」
「おはよう。って、今日は寝坊助さん?」
「あ……昨日よりは元気になってる?」
元気なるのが分かってたようなそぶりは見せられない。
見返りを求めないようにする、というのは、とっても簡単な事。
でも、そうなって当然って顔をせず、何も知らないふりをするのはとんでもなく大変だ。
部活で演技を磨くことを教えてくれるとこってあったかなぁ……。
「うん、おかげさまで。お粥もしっかり食べて、ゆっくり休ませてもらえたからね」
「え? 風邪とかひいてたの? 気付かなくてごめん」
レイン君にも僕の力を知られていないようだったけど、サクラさんの不調にも気付かなかったってのは、ちょっとなぁ……。
「あは。でも今は元気だし。さ、みんなでご飯食べに行こ!」
元気になったのはゆっくり休めたおかげ、とサクラさんは思っている。
僕の王冠の紋章の効果は、本人もレイン君も気付かれずに済んだ。
△▲△▲△ △▲△▲△
つまりこんなふうに、日常でも発動できるように、冒険者レベルを最低にするわけにはいかない、ということだ。
けど、レベルの数字が分かりやすいものになったらまずい。
パーティ全員のレベルの一桁の数値が同じとか。
鑑定の間違い、では誤魔化せられないから。
けど初めてその手を打った時は焦った。
次の実践のときに……。
※※※※※ ※※※※※
「……じゃあ次、ルスター君だな。レベルは……7と……」
「7? 前回の実践、終わった時は9じゃなかったか?」
「ん? そうだったかな?」
「先生。鑑定の間違いはなるべくしないでほしいんですが」
「見間違いはほとんどないぞ? 間違いがあったら、みんなの命にかかわることだからな」
「おい、ルスター。お前はどうなんだよ。前回終わった時の鑑定は9って言われてただろ?」
あの時は焦った。
前回の鑑定のレベルから下がってることを指摘されるとは思わなかったから。
レベルが上がらないままで終わることはないように注意はしていたけど、これからは、こっちが勘違いしそうなレベルの数にしとこう、と言い聞かせた。
でもこれで、変に思われない限り、サクラさんが退学するようなことはないと確信した。
※※※※※ ※※※※※
ということが、サクラさんの冒険者レベルがかなり上がった理由。
ただ、頭をぶつける方が手早く術が発動して効果が出るから、ちょくちょく不快な思いをさせるのは、ちょっと申し訳ないんだよなぁ……。
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