学舎と寄宿舎生活:学長室の後と、初実践の後で

 先生達からの話を聞き終わり、メロウ先生と一緒に学長室を出た。

 現時刻は、まだ授業の時間。

 行き先は、実践に出る前の準備を行っていた教室。


 修復と無痛の力はみんなに知られている。

 でも、同部屋以外の同学年にはまだ知られてはいないはず。

 冒険者レベルを分け与える能力は、誰にも知られていないはず。

 だから、この能力を黙っているのも広めるのも、僕の意思一つで決まる。


「……先生からは、君の力のことは一切口にするつもりはない。もちろんその力に縋るつもりもない。……ここの生徒でいる限りな。それと、王冠の紋章の件とやらは、相談したいならすればいい。だが相談相手に依存するなよ? 決断するのはお前自身だ」


 メロウ先生が歩きながら僕にそう言ってきた。

 僕は「はい」と口ごもるだけで精いっぱいだった。


 ※※※※※ ※※※※※


 学舎内の廊下を歩く短時間じゃ、知らせるか内緒にするかの決断を下しようもない。

 目の前には教室のドアがある。

 きっとみんな、自分のことを白い目で見るんだろうなぁ……。


 ドアを開けると、ガラッと音が鳴る。

 教室にいるみんなに注目された記憶がよみがえった。

 あれは確か、最初の授業の日だったっけ。

 入試の時に付き添ってもらった勇者との関係を問い詰めようとしてたんだろうな。


 ……けれど、誰も僕の方を見ない。

 ざわついてるけど、教室にいる先生は特に何の注意もしない。

 何というか、初の実践の重圧から解放された雰囲気が、教室の中に満ちている感じ。

 特に盛り上がってるのが……。


「なあなあ、カーク、一体どんなことしてたんだ? マジで教えてくれよ!」

「すげぇよなぁ……」

「イワガメが三体だっけ? それでよくそんなにレベルアップできたな!」

「その前に、よく見つけられたよな。俺ら、カークの前に出たけど、ひょっとして、あれがイワガメだったのかなぁ……」

「それでも、普通はサクラさんみたいにどっちもレベル1増えるだけだろ? 何でカークみたいに5つも上がるんだよ」


 僕らのパーティメンバーがその中心だった。

 その五人みんながご機嫌な顔をしている。

 目標未達成で戻った時とは打って変わったその表情を見て、ちょっと安心した。

 その賑やかな集団の外側の空いてる席に、誰にも知られないように座る。

 まず、この時間だけは目立たないように大人しくしていよう。

 放課になったらすぐに寄宿舎に戻って、予習復習に集中しよう。

 これだけみんながちやほやされてれば、今日一日はみんなご機嫌なままで、僕のことを根掘り葉掘り聞いてくることは多分ない。


 誰かに不快な思いをさせた上何らかの迷惑をかけて、その印象が強くて、こいつはそういう奴だ、と決めつけられて攻め続けられた、前世の記憶。

 改善しようと努力した。

 改善に力を入れた。

 でも待遇は変わらなかった。

 これ以上、何をどうしたらいいか分からなかった。


 それに比べたら今はどうだろう?

 不快な思いはさせたかもしれないけど、何かの被害を出したわけじゃない。

 それどころか、誰にも知らせないまま、結果として誰もがうらやむ成長の手助けができた。

 その「被害」の有無を比べただけでも、前世と比べてかなりましじゃないか。

 でも問題はそのあとだ。


 前世では、やりたくないことや、やらさせるのが嫌なことを命令された。

 やりたいことをする時間がなくなった。

 欲しいものや必要な物、やりたいことを奪われた。

 奪った連中は、それを必要とはしてなかった。

 奪われた僕の泣く姿を見たくなり、嗤うためにしただけだった。

 連中の娯楽として振り回してただけだった。


 僕達のほとんどは冒険者になるために入学した。

 その目標は、冒険者として成長して力を伸ばし、手に入れることが難しいアイテムを採集して欲しい人達の下に届け、たくさんの人々の命を奪おうとする魔物を倒し、大勢の人々が安心して生活できるようにすること。

 僕の王冠の紋章は、みんなが見定めている目標に近づくために、大いに役に立つはずだ。

 けど、その力は自分には対象外。

 そして、その効果が現れた時、僕の術によるものとは必ずしも言い切れない。

 だって、現に今、こうしてみんなが僕らのパーティメンバーに、洞窟内での行動を聞きたがっているから。

 そんな術がある、なんて誰が思ってるだろうか。


 ……だめだだめだ。


「見返りを求めるな、って念を押されたばかりだった」


 ……違う。

 僕のおかげ、という評価や感謝を見返りとして求めてるんじゃない。

 僕の時間を、僕の自由に使わせてほしいだけだ。


「これで全員揃っているな?」


 ドアが開いてベナス先生と何人かの生徒が一緒に入ってきた。

 その生徒を席に着かせ、教壇で話を始めた。


「あぁ、パーティ同士でなくても構わない。近くの空いている席に座りなさい。……今回は全員初実践を体験してもらった。いや、もらいたかった。だが、出発前から仲違いがひどすぎるパーティもあった。残念ながらそのパーティには今回は初実践中止の指示を出した。次回は全パーティが、目的達成未達成を問わず、洞窟内を進んでもらいたい。そのためには……」


 初実践の授業はこれで終わりのようだ。


「……で、しばらくはパーティごとの行動が続きますが、成長速度はみな同じではありませんし、決まった相手とずっと行動を共にできるとも限りません。どのような相手とでも無難に行動することができるような計画も立ててあります。いくつかのパーティと合同で実践の訓練の予定もあります。今年は急ぐ必要がないとは伝えてますが、現在のパーティの解散と再編成も、皆さんが卒業する前には何度か行う予定になっております」


 教室内のざわめきが大きくなった。

 今からそんな先の話をされても、という不安そうな声と、誰かと組みたい、という期待の声が入り混じっている。


「とりあえず今日のこれからの時間は、なるべく体を休ませておくこと。初めてのことではしゃぎたい気持ちも分かります。しかし、自身が気付かないうちに、疲労が溜まっているかもしれませんからね。回復魔術で回復してもらおう、などと考えないこと。回復魔術を使える人は決して多くない上に、術を使うことで負担も大きくなります。自然治癒も偉大な自然の力です。忘れないように」


 ベナス先生の話が終わってすぐ、授業の終わりのチャイムが鳴った。

 授業の終わりの号令のあと、僕らのパーティを中心とした集団が教室を出る。

 殆どが教室を出た後、僕はゆっくりと席を立った。

 教室を出る前に、何も言わずベナス先生に目礼をする。

 先生は、それで僕の意思を分かってくれたようだった。


 しばらくは様子見。

 そして、特に騒ぎや問題が起きなければ、誰にも告げることもないまま卒業することを。


 ※※※※※ ※※※※※


「ただいま戻りました」

「おう、お帰り。ルスター」


 教室を出るのも遅い方なら、寄宿舎に戻るのも遅い方だった。

 玄関の横の小部屋にいるシュース先生に挨拶をして上履きの靴に履き替える。

 特に何の反応もないシュース先生をもう一度見る。

 やはりいつもと変わらない、いつものシュース先生だ。

 ということは。

 シュース先生とラミー先生には、まだ僕の王冠の紋章の話は届いてない、ということだろう。

 それに多分、学舎側は僕の意見を尊重してる、ということなんだろう。


「あの、先生。今日実践がありまして…‥」

「ん? おう。そうらしいな。みんなが興奮していろいろ話を聞かされたよ。……お前は……一番その温度が低そうだな」


 やっぱり、分かるか。


「あの、それでちょっとお話が……」

「ん? ……なんか込み入った話らしいな。入ってきなさい。そこに座れば、外出や帰ってきた子からは見えないから」

「あ、はい。失礼します」


 先生に誘われて、その小部屋にお邪魔することにした。

 小部屋に入ると、確かに先生が勧めてくれた椅子の位置は、玄関とは死角になっている。

 小声で話をするならば、ここにいても誰からも気付かれなさそうだ。


「実は……この頭の紋章なんですが……」


 極力外に漏れないように、それでも先生には聞こえる声で話を始めた。


 ※※※※※ ※※※※※


「そうか……。まるで先生と同じだな」


 話を終えた僕に、先生は笑ってそう言った。


「同じ……? あの、どういう……」

「……あれはいつだったかな? お前が先生に、先生がみんなの前で話をして、その話はどういうことかって部屋に聞きに来たことがあったろ? えーと、何の時だったか……あぁ、お前の学年で、初めて退学者が出た時だったな。暴力があって、加害者が被害者に、お前の回復術で治せぱ問題ない、みたいな暴言を言って……」

「あ、はい。覚えてますっ」


 寄宿舎内のことを全て見渡せる力を持つシュース先生とラミー先生。

 事件が起きる前に止めることはできなかったのか、みたいな話をした。


「うん。……自分の力によって得る情報は、絶対に正確だ。だがその確信、確証は、先生自身にしか分からない。事件の加害者、被害者という証拠を見せろ、と言われても見せることはできない。この力を分かってくれたら、すぐにでも関係者全員は納得できるのに。……そう思ったことは、一回や二回じゃない。それはもう、数えきれないくらいあった」


 あ、その回数までは聞いてなかったような気がする。


「事件の証拠なら、探せば見つかるだろう。けど、先生の能力を誰かに証明して見せる事ってのはとても難しい」

「……そう、だと思います。僕も」

「それは、ルスター。お前の力もそうなんだな」

「え?」

「だってそうだろう? いくら、『僕の術でみんなのレベルが跳ね上がったよ』なんて言っても、その力がほんとにあるのかどうかを証明するのが難しい。攻撃魔法のように、体や持ち物から冷や水が出たりするようなことがあれば、誰の目から見てもすぐ分かる。因果関係ってやつだな。それをみんなに見てもらうことができるんだから」


 そうだ。

 サクラさんの回復魔法だってそうだ。

 レイン君の光系は……当然としても。


「ところが回復系だって、実は怪しいもんかもしれない、と思う奴も中に入る」

「え?」

「怪我をした本人の治癒力が、回復を早めた、と言えないこともないんだから。そのタイミングで、術士の術と思われる光が灯った、なんてことを言う奴も……大きな声で言えないが、社会の中にはいたりする。生徒の中にはいないがな」

「そんな……」


 先生は、ふ、と笑みを浮かべた。


「だから、お前にそんな力がある、と周りに知られても、それを証明するものは誰も用意できない。だが、手のひらを反すような言動をとる者は現れるかもしれないな。そんな力があるなんてインチキだ、と言い張る奴がいざとなったとき、レベルアップしろ、などと命令してくるような、な」


 そんなことを言う人……。

 いない、とは……言い切れない、のかな。


「だから、筋は通しやすくする努力はしておくといい。今までお前はずっと、僕の能力を疑ってきた。なのに都合のいいときだけその力を当てにするのか、と言えるようにな」

「あの、それは、どういう……」

「お前の力を常日頃否定するような奴が出てきたら、そいつがいつどこでどんなことをお前に言ったか、というような記録をつける、とかな。記憶してるだけじゃ、それこそしらを切られて、言った言わないの水掛け論になる。ま、そんな奴が現れたら先生にも伝えるといい。注意人物として見てるから」

「は、はい。ありがとうございます」


 僕の味方になってくれる、ということだよね。

 ちょっとだけ気が楽になった。


「で……先生からのアドバイスはそんな感じだが、ルスターはこれからどうする気だ?」

「どうする、とは……?」

「先生からは、言っても信用されづらいことなら言わない方がいいと思う、と言っただけだ。それでも伝えるべき人には伝えるかどうか、ってことだな。決めかねているならそう言ってくれ」


 伝えるべき人……。

 というか、伝えなきゃならない人って……今のところは……いないよね。

 後々になって、伝えておこうと思える人と判断したときには、今まで黙っててごめん、と一言添えて、そういう事情を伝えれば、何の問題もない、と思う。


「……できれば卒業まで、何も問題なければ言わないでおこうと思います」

「そうか。いずれどういう決断になろうとも、似たような立場だ。ルスターの意思を尊重するよ」


 僕は現世では、周りの大人達に恵まれている。

 こんな運命にすら、感謝したくなる。


「はい。ありがとうございます」


 言っても信じてもらえそうにないことなら、秘密という意識を持つ必要もない。

 必要な事なら話をしなければならないけども、伝える理由がない話なら、無理に話題に出すことじゃない。


 あとは、みんなから役立たず、と思われないように頑張らないと、だな。

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