学舎と寄宿舎生活:僕を擁護する声も減っていく

 学舎でも、寄宿舎でも逆風が吹き始めた。

 そんな気がした。


 前世でもそうだった。

 でもそれは僕にも原因があった。

 人に不快さを与える前に対処していれば問題なかった。


 けど現世では、人のためのつもりで行ったことが原因だった。

 サクラさんにレベルを譲渡していなければ、彼女はきっと退学を希望していただろう。

 もしくはサクラさんが壊されていたかもしれない。

 周囲からの回復術の依頼の多さを捌き切れずに。

 それが今ではパーティのみならず、学年全体から頼れる存在の一人となった。

 その評価は、意外にもカーク君よりも高い。


 そのサクラさんからも疑いの目で見られ、その目からは嫌悪感が感じられた。

 ベナス先生の言葉が自然と浮かぶ。

 他人にしてあげた見返りを期待するな、ということを。

 けど、僕は、既に見返りは受け取っている。

 ほったらかしにしてたらサクラさんは倒れていたかもしれない。

 学舎を退学していたかもしれない。

 そんな未来ではなく、健康を取り戻し、第一線で活躍するサクラさんが、今ここに現実に存在している。


 ……それだけで、十分うれしい。

 自己満足かもしれないけど。

 他の同学年にも言える。

 ほったらかしにしていたら、武器も防具も壊れてたかもしれない。

 壊れずに済んでいるのは、嫌がられても修復の術をかけたから。

 それらにひびが入ったというのが僕の思い込みであったとしても。


 洞窟から教室に戻った後、先生から呼び出しを伝えられた。


「放課後、学長室に行くように。学長が君を呼んでる。ベナス先生も待ってるそうだ」


 二人揃ってお話しがある、ということは、王冠の紋章の件について、だろうな。


「はい、分かりました」


 返事をした自分に刺さる視線が冷たく感じる。

 今回一緒に行動したパーティメンバーから、ばかりじゃないようだ。

 これまで行動を共にしたことのあるパーティからも。

 おそらく今回一緒に行動したパーティメンバーが、他のパーティに自分の行動について愚痴をこぼしたんだろう。

 その愚痴を聞いた何人かが、心当たりがある、ということで自分を睨みつけてきた、といったところか。


 ※※※※※ ※※※※※


 ということで、やって来ました学長室のドアの前。

 ノックをして名前を名乗ると「入りたまえ」と室内からの反応。


 学長室に入ると、学長席に学長が、手前のソファにベナス先生が座っていた。


「ルスター君、よく来てくれたね。今日の授業、お疲れ様。さ、そこに座りなさい」


 学長はそう言いながら立ち上がり、ベナス先生の向かいのソファに座った。

 てっきりベナス先生の隣に座るのかと思ったら、その反対側に座ったもんだから、座りづらくなって困ってしまった。


「ワシの隣に座りなさい」


 とベナス先生が言ってくれたので、ちょっと安心した。

 身の置き所がなくなると、ほんとに困る。


「実は、ちょっと困った問題が起きている」


 座るや否や、学長から話を切り出された。

 でも、困ったこと、を話されても。

 相談事なんだろうか?


「ルスター君。君は、周りの子達のレベルを上げているそうだね。あぁ、責めているのではない。冒険者のレベルが上がると体力や魔力があがり、やる気も出てくる。健康維持に一役買っているのは素晴らしいことだ」

「あ、いえ……」


 久しぶりに褒められた気がする。

 あ、いや。

 寄宿舎ではシュース先生とラミー先生から、修復の件でしょっちゅう礼は言われてるな。

 言われ慣れるのは、あんまり良くないかもなぁ。


「……ところで、君らの上級生たちの冒険者レベルの平均はいくつくらいか、考えたことはあるかね?」


 ……はい?

 えーと……上級生って言われても……。

 確か、十一年生までいるんだよね。

 今、僕らは三年生。

 四年生から十一年生までの……平均レベル?


「想像つかないだろうね。二年から実践の授業が開始される。その時のレベルは3か4。5以上の者はいない。三年になる頃には10を超える者は稀にいるな。最低でも8くらい、かな」

「二年生が三年生になるまで、レベルは7か8くらい上がる。じゃあ四年生になるまで、そこからレベルはいくつくらい上がると思うかな?」


 授業で聞いた話では、低レベルは上限を簡単に超えられるからレベルアップはしやすい、と聞いた。

 とすれば、だ。


「レベルは5くらい上がるんじゃないでしょうか? だから、高くてもレベルは17くらいでしょうか」

「うむ。レベル19はいなかったはずだ。ベナス先生、確かそうだったかな」

「四年生に進級時点でレベル18もいませんでした。ルスター君の答えは正解ですな」

「そうだったか。ルスター君、正解おめでとう」


 いや、ここで祝われても反応に困るんですが。


「じゃあ五年生、六年生、六年生卒業時まで当ててみるか?」


 何でうれしそうな顔してるんですか。学長。

 まぁいいや。

 レベルの上り幅は当然少なくなる、はず。


「となれば、五年生になったらレベルは20くらいじゃないでしょうか。六年生になったら22……となれば、卒業は23くらいかな……」


 独り言のつもりだったんだけど、答えにさせられちゃった。


「残念。授業で行動を許せる範囲は決まっている。だから現れる魔物の戦闘レベルにも上限がある。だから六年生より上は、一年間ではレベルアップはほとんど見られない。六年生で卒業する者達はレベル20。21はたまに見るが、22はまだ現れない」


「十一年生で卒業する者は流石に22はおるがな」


 そうなのか。

 考えてみれば、卒業する頃にはどれくらい成長しているかって話は聞いたことがなかった。

 ……ってことは、みんなも聞いてないんじゃないか?


「……ルスター君。気付かんかな?」

「……はい?」


 何を?


「報告は受けておる。君の学年の最高レベルは、君のパーティメンバーのサクラさんの27。それに次ぐのが24のカーク君」


 あ……。


「他のメンバーも、11年生のレベルと同格のようだな」


 そう……なるね……。

 今日の実践が終わった時点で、みんなにレベルを一つずつ分けてたんだった。


「あれ? ということは……」


 最高学年のレベルを越えてる人が、僕らの学年にいるってことだよね?

 すると……。


「そう。学舎の生徒の中で、レベルではトップクラスということになる」

「そればかりではなく、学年としては冒険者レベルがはるかに高い、という者も何人かおるな」


 あ、そういう目立ち方もあるか。

 でもまぁ、それくらいの能力の伸びがあるなら、術を発動した甲斐もあるというもの……。


「ところが、そんなレベルの会話を聞いた上級生がいたようでな」

「君等の学年のレベルの高さに嫉妬する上級生が出てきたそうだ」


 ……えぇっと……。


「その気持ちが努力する力に向けられるならいいんだが、いくら頑張っても君らに追いつくはずがない。理由は分かるね?」


 えっと……はい……。


「僕の……王冠の紋章……」


「うむ。ところが……そういう気持ちを持つ上級生ばかりなら、さほど問題じゃないんだよ」

「えっと、それは……どういう……」


 まさか、僕らの誰かと戦闘してレベルアップを図る?

 ……いや、それは、ありえなくは……。

 いや、ちょっと怖いんですけど。

 難癖付けられて絡まれて?

 前世でもそんなことはあったけど。

 その前世の記憶からじゃ、何の対策も思い浮かばない。


 と思ったけど。

 学長の話はそれとは全く逆だった。


「どんなに努力しても思ったようにレベルアップできない。なのになん学年も年下の者達のレベルは、自分を越え、自分と並んでいる」

「やる気を失って退学を希望する者が例年になく増えていてな」

「あ……」


 同じ部屋のメンバーを守り、同じ学年の人を守るつもりだった。

 というか、それしか考えてなかった。

 まさか、他の学年にも影響を及ぼすとは思わなかった。


「じゃ、じゃあ他の学年と合同……」

「年下なのにレベルは上のパーティと組ませられた上級生達の感情を考えるとな」

「それに今まで、異なる学年との合同訓練は、今までしたことはないのだよ」


 僕が他の学年の人のレベルを上げられたら、そんなトラブルは減るんじゃないかと思ったけども。

 かと言って、日常でちょっとした接触できそうな時にレベルの譲渡を発動する、とか……。


 ……いや、それもよくない。

 上級生だって、実践の前後でレベルの確認はしてるはず。

 前回の実践の終わった後と比べた時に、レベルが一致してなきゃそれこそいろいろと怪しまれそうだ。


「……しばらくは、王冠の紋章の力、使うわけにはいかなくなった……ってことですか……ね……」


「紋章の術の力を隠しているのであれば……まぁ大丈夫だろう」

「もしみんなに報せておったのなら……退学も考えねばならんところだったの」

「え?!」


 そ……そこまでの話だったの?!


「覚えていると思うが……感謝されることを望むのは……」

「はい……分かってます」

「……なら、いい」


学長たちからの話が終わり、退室して寄宿舎に戻った。

戻ったはいいんだけど……。


※※※※※ ※※※※※


「ただいま」


と言いながら部屋に入る。

返ってきた「おかえり」の返事は、レイン君のみ。

サクラさんはむっとした顔で机に向かって勉強している。

帰宅を受け入れる声があっただけ、まだましかも。


「……遅かったね」

「あ、うん。学長とベナス先生から話があってさ」


レイン君が話を切り出してくれたことに安心した。

この部屋に僕の居場所がまだあるような気がして。

するとそこに部屋に入ってきた人達がいた。


「お、ルスター、戻ってたか。ほら、今のうちにやっとけ」


カーク君とリーチェさんとラーファさんだ。

カーク君は手押し車を押しながら部屋に入ってくるなり僕にそう告げる。

大きな箱が乗せられていて、僕の前に着き出されたその中身は、見覚えのある防具や衣類だった。


「えっと……これ……」

「あんた、実践でいつも『修復の術だから』とか言って女の子の体触ったりしてたじゃん」


いや、もうちょっと言い方を何とかしてくれない?

間違っちゃいないけど。


「だったら、終わった後点検すれば、次の実践では装備品は万全な状態で準備できてるってことなんでしょ?」

「あ、うん。そうなるね」

「だったら実践中の修復の回数も減るってことじゃないの?」


それには気付かなかった。

言われてみれば確かにその通りだ。


「う、うん。じゃ、早速取り掛かるよ!」


食堂のおばちゃんからの調理道具の修復の依頼もあるけど、都合のいいときでいいって言われたし。

何より同学年に頼りにされるって、ちょっとうれしかったし。

それに、腰を据えて装備品のチェックができるなら、ほぼ完璧に修復できるはず。

というか、チェックしなくてもいいんじゃないかな?

装備品すべてに傷がついている、という前提で修復したら、傷を探すは必要なないし傷を探す時間も省略利できる。

何せ、こっちの魔力は無尽蔵だしな!


でも、できれば、ただの修復じゃなく、強化も出来たらいいんだけどなぁ……。


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