学舎と寄宿舎生活:僕を擁護する声がちょっと増えた
消灯までの時間の間は、カーク君達が持ち込んだ装備品の数々の修復作業に当てた。
呪文なし術をかける時のエフェクトなし。
だから、僕の作業を傍から見る人には、ただ装備品を手で撫でてるようにしか見えない、と思う。
けど、手で撫でた部分は、心なしか明るく輝いてるように見える。
だから修復し忘れた箇所があればすぐ分かる。
ゆえに、手抜きは有り得ない作業になる。
「あの……、カーク君……」
部屋の雰囲気はかなり悪い。
作業中は集中してたから気付かなかったけど、どんな事にも終わりというものはやってくる。
その終わりとは、時間の終わり。
間もなく消灯時間になる頃。
流石に真っ暗な中で作業をするにはかなり神経が疲れるし、何より眠くなって仕事にならない。
「何だよ」
仏頂面を向けられて、つっけんどんな物言いをされる。
けど、修復作業を当てにしてくれてる使用者の期待は裏切れない。
カーク君の態度が怖いのは……我慢しなきゃならない。
「今日のところはそろそろ終わるんだけど、これだけの量はこの時間じゃ終わりそうにない……」
「で?」
「えっと、多分、十人分くらいは終わった……」
「……はあ?!」
いや、流石にさぁ……。
術は使えるけど、一瞬ですべての仕事を終わらせるってのは無理な話だよ。
「今夜中に終わらせなきゃならなかったのか? そんな事言ってなかっ……」
「ほんとに終わってんだろうな!」
どう言われても、確実に仕事ができたんだから、返事も変えようがない。
「う、うん。シートの上に置かれてるのが、修復済みの装備品……」
「……いつまでできる?」
「いつまで……」
「全部終わらせるまでいつまでかかるかって聞いてんだよ!」
何でそんなにイライラしているのか。
まぁ一々僕がカーク君の怒声で腰が引けるから、かもしれないけど。
でも、いきなり大きな声で怒鳴られたら、少なくともびっくりはするだろ?
普通の声で喋れないのかなぁ?
「……明日学校に出るまでは、四、五人分は確実にできるかな。明後日には完璧に終わるね」
「明日の授業が始まる前まで終わらせろよ」
何で消灯前にそんなことを言うのか。
何の見返りも……。
見返り……。
でも、修復の紋章の魔術は、カーク君達も理解してるってことだよな?
なら、その分の見返りを期待するくらいならいいと思うんだけど……。
「明日、模擬戦の授業があるの分かってるよな?」
「……あ……」
「お前、自分の立場分かってんのか? 戦闘中じゃなきゃ修復できない、なんて言い訳、通用しなくなってんだぞ?」
「だからって、そんな切羽詰まった……」
「戦闘中の短い時間でも修復できんだろうが! なんで寄宿舎にいる時間の方が長いのに、それが出来ねぇんだよ!」
言ってることがめちゃくちゃだ。
戦闘中の修復は、見えた傷を直してるだけだ。
装備品をじっくり見れば、そりゃ見つけられるさ。
でも、戦闘中は見える傷しか直せないってのに。
って言うか、すぐに直すべきところ以外の傷まで手が回らないってのに!
「……戦闘中なのをいいことに、女子の体に触りたい趣味でもあったのか?」
サクラさんからの視線が痛い。
「あ、あるわけないだろ!」
即答はするけど、相変わらずの嫌悪感の視線はつらい。
……だいたい、たとえそんな趣味を持つ人がいたとしても、自分の命と引き換えにそんなことをしようとする人はいないだろ!
「……明日は模擬戦なんだ。修復が完全にできたら、その授業で壊れる所なんてあるはずないよな? お前の潔白を証明する機会を作ってやったんだ。感謝してほしいくらいだ。きちんと直しとけよ」
……身の潔白か。
でもそれが見返りと思えば……。
……どうなんだろうな。
それで信頼してもらえるものかどうか……。
……どうでもいいや。
消灯時間を過ぎても手探りで魔術使って、明日の朝点検すればいいや。
全部終わるまで一時間もかからないだろ。
※※※※※ ※※※※※
「……そこで何やってんのよ」
「……へ……?」
と思ってた昨夜。
決めた通りに一通り修復完了。
けど、寝室に入って寝間着に着替えて、というが面倒くさくなってそのままソファで寝たんだった。
サクラさんの声で起こされたはいいが、そのことを思い出すまでちょっと時間がかかった。
「……おはよお……」
「はぁ……」
ため息を一ついたサクラさんは自分の席に着いた。
今日の授業の準備だな。
えーと。
あぁ、そうだ。
「忘れるところだった。確認しないとな」
点検しないと。
昨日の修復で手落ちがあったらまずいからな。
いそいそと立ち上がって自分の席の手前に置きっぱなしにしていた装備品をチェックする。
「……うん、曇りはないな。全部完璧に終わった。あとはカーク君に伝えて朝ご飯かな」
独り言のつもりだったけど、サクラさんからジロリと睨まれた。
二年までとは全然違う僕への態度。
そんなに王冠の紋章を発動させるために触ったことが気に障ったのか。
……これからは、むやみやたらに触るのはやめとこうか。
とは言っても、触らなきゃいけない状況を作らなきゃ、回復の手助けはできないしなぁ。
まぁ今のサクラさんには、もう不要なのかもしれないな。
「ふあぁ……おはよう……って、ルスター、起きてたのか。で、今日の何時ごろまでできるんだ? 模擬戦前には全部終わらせ……」
カーク君が起きてきた。
頼む方は気楽でいいなぁ。
「もうできてるよ。完璧」
「は? ……はぁ?!」
「持ち主に届けないとね。僕も行くから。運ぶ途中で誰かがぶつかってきてもすぐ直せるし。依頼人には満足してもらわないと、直した僕も気持ちが落ち着かないから」
「お……おう……」
狼狽えるカーク君は珍しいな。
ま、そんな事よりさっさと持ち主に渡さないと、授業に間に合わないぞ。
「どこから預かってきたのか僕は分かんないから案内してよ。預かってきたカーク君にも付き添ってもらわないと」
「ぎゃ、逆だろ! 俺がお前にそれを運ばせるんだ!」
「何でもいいから、今ならみんなまだ部屋だろうし、行くなら早く行こ?」
カーク君は何やら騒いでるけど、それを聞いてる間にも時間はどんどん減っていく。
みんな朝ご飯を食べに食堂に行くはずだから、その前に渡しとかないと。
でも、どこから預かってきたのか僕には分からない。
カーク君に連れられて、頼まれた人の部屋全てを尋ねることになった。
僕は修理を依頼した人の名前と品物を控えておくことにした。
修復の術をかけた物か、そうでない物かの区別をつけるため。
修復を依頼した人数は二十四人。
とても名前を覚えてられないし、誰が何を依頼したのかも分からないままになっちゃうから。
「今から模擬戦までの間に衝撃が加わって、どっかにひびがあったとしても、今日に限って、頼まれない限り修復はしないことにするよ。それに、装備品は本来は自分の身を守る物って授業でも習ったからね。そんな物なら大切に扱うべきだと思うしね」
一人一人に手渡すとき、そんな念押しをした。
術をかけて丈夫にしたのに、わざと壊して術の信頼を失わせる人もいないとは限らない。
模擬戦は刃物とかは使わない。
だから、修復した武器は使用できない。
使われる武器は、当たっても衝撃が弱い得物。
となれば、完全に修復した防具は、今日一日でどこかで破損することはないはず。
もしそんなことがあれば、防具の扱い方に問題がある。
魔術師が身に纏う衣類もあったが、魔力が付随しているから強度は闘士の防具並みにある。
「分かってるよ、うるせぇなぁ」
なんて文句を言い返してくる人もいた。
けど、手渡す装備品すべて、自分で満足できる仕上げがされている。
何を言われても気にしない。
そうして全員に、それぞれの装備品を無事に手渡しできた。
「ふん」
とカーク君は不満そうに鼻息を荒くした。
けど、言われたことはしたわけだし、文句の言われようはない。
こうしてこの日は気分よく、今日も美味しい朝ご飯をたべることができたのだった。
※※※※※ ※※※※※
模擬戦の授業が終わった。
修復した装備品の評判は概ね良かった。
僕を陥れるようなことをする人がいるんじゃないか、と内心びくびくしていた。
それどころか……。
「防具が軽くなったような気がする。けど丈夫さは変わらない……いや、ちょっとタフになったかな?」
「動きやすくなったしな。この後も修復、頼んでいいか?」
技術レベルは上がるから、それはうれしい申し出なんだけど……勉強時間減っちゃうかなぁ……。
それはともかく、思いっきり不満な顔を見せているのはカーク君とリーチェさんとラーファさんだ。
こんなことなら、自分達も修復を頼めばよかった、みたいなことを愚痴ている。
けど、あの三人、プライド高そうなんだよな。
だから聞かないふりをした。
レイン君は、授業が終わってすぐに僕に言い寄ってきた。
「僕の装備品も修復してもらえる?」
そんな評判を授業中に聞いたのが、授業が終わると同時に急いで寄ってきたから、順番が後回しになってはたまらない、とか思ってたのかな。
ところがそんなレイン君に水を差してくる人たちがいた。
「ルスター。こないだは変なことを疑って悪かった。すまなかった」
前回の実践授業が終わった後、女子に触りたがってるんじゃないか、と言い出した一人だった。
まぁきちんと謝ってくれるなら、それは別にもういいけど。
「それと、依頼したい事があるんだが……。俺らのパーティ、何人か修復頼んだらしいんだ。だから、他のみんなの分も頼みたいんだけど。でないとほら、パーティ内での集団行動に微妙な差が生まれちゃってさ」
パーティ内で不和が生じたら、解散の危機を迎えないとも限らない。
ましてやそれが実践の授業で起きたなら。
「……レイン君、ごめんね。後回しになる」
「そんなぁ……」
項垂れるレイン君。
けど、別のパーティが僕らの所にやってきた。
用件は……。
「うちの闘士のみんなが、防具の修復を頼んだって聞いてさ」
同じだった。
「こないだ、お前にひどいことを言っといてすまなかった。謝ってすぐこんなことを頼むのは、我ながら調子がいいと思ってるんだけど……」
謝るのは言葉だけ、かもしれない。
けど、これだってそうだよね。
見返りを求めないってこと。
もっとも、謝る言葉をもらえただけでも十分だよね。
それさえも報われないことだってあるかもしれないんだし。
それはそうと、レイン君は更に順番待ちをさせられる、ということで落ち込んでいる。
パーティ内で不和が起きたら、僕が原因って言われるかもしれないからね。
「レイン君。昨日のこともあるし、部屋単位で依頼してくる人達を先に請け負うから……ごめんね?」
「とほほ」
そんなレイン君との会話を、サクラさんは馬鹿にするように一瞥して闘技場から出ていった。
誤解、解いた方がいいのかなあ……。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます