学舎と寄宿舎生活:明らかになった王冠の紋章の効果と、消えない苦悩

 僕の頭の痣の色、その位置が変わってるという。

 痛みも何もないから気にしてなかった。

 けど今は、僕らのパーティに起きた異常な事態がなぜ起きたかを知りたいんだけど……。


「あ、あの……僕のレベルの……」

「その件にも触れる。まぁ話を聞きなさい。……あぁ、そうか。長くなるかもしれん、そこのソファに掛けようか」


 学長がそう言いながら立ち上がり、ベナス先生とメロウ先生にも座るように勧めた。

 ただ座って話を聞くだけと思ってたら、学長自らお茶を淹れて、先生達ばかりじゃなく僕にも出してくれたのにはびっくりした。


「さて、ベナス先生。ここは私より、普段から生徒達と接しているベナス先生が話をされる方がいいでしょう。続きを」

「恐縮です。では……」


 学長は週一回の集会以外、あまり見ることはない。

 廊下で時々すれ違うことはあるし、その時には普通に挨拶するけど、僕らから話しかけることはほとんどない。

 話題がないもんね。

 だから、どこかの偉い人って感じはするから、学長から話されても質問もしづらい。

 ベナス先生から話をしてもらった方が、余計な緊張もせずに済みそう。

 紋章のことを気にかけてくれたこともあったし。


「魔術、魔法とは、物理の力では起こり得ない現象を引き起こすものだ。何もない所から火を出したり水を出したり。あるいは薬草などを使わずに病気や怪我を治したりな」


 まぁ、そう言われればそうかも。


「つまり、物事の道理から外れる現象を起こすのが魔術、とも言える。そして、君らの……厳密にいえば、ルスター君とカーク君の身にあり得ないことが起きている」

「レベルのこと、ですか?」

「うむ」


 ようやくレベルの話が出てきた。


「カーク君の異常なまでの上昇は、まだ納得できる。実践に出て行動を起こせば経験になる。その経験によってレベルが上がる。程度の上下に差はあろうともな。だが、下がるということは有り得ない。生まれたばかりの赤ん坊が二本足で歩き出す。歩くことができるようになった赤ん坊が、歩き方を忘れてまたハイハイしだす、という話は聞いたことがない。怪我や病気で歩けなくなることはあったとしてもな」


 成長の話、だよね。

 冒険者レベルが下がるってのは成長じゃなくて……退化?

 でも、技術レベル……僕の場合は魔術のレベルだけど、それは上がってた。

 だから成長とは言えるんだろうけど……。


「そしてみんなが揃っていた時に見せてくれた再現なんだが、改めて、君はどんな思いをもって動いていたか聞かせてもらえるかな?」

「え?」


 さっきの再現では、どんな感情を持っていたかという説明はしなかった。

 というか、させてもらえなかった。

 思い込みが現実を捻じ曲げて記憶させることがあるから、とか言ってた。

 けど、僕にも何かの思い込みがあるかもしれないし……。


「メロウ先生の証言もあるし、六人全員で再現したことで、大体の事実は把握できている。けど、怪我をして治療を受けている女の子の所に行って手をかざした。それは何の意味があったのか。また、有効な攻撃手段のない君が、イワガメと戦闘中のカーク君とレイン君のところに駆けつけて何をするつもりだったのか。それを聞かせてもらいたいだけだよ」


 それなら、みんなからも同じような話を聞くべきと思うんだけど……。


「レベルに異常を来たしているのは君だけだからね。他の人からの話はあまり重要さはないように思えたから、あとは君の話を聞くだけ、と思ったからね」


 そう言うことなら……。

 僕は覚えてる限りの、あの時の感情がどう動いたかを説明した。


 ※※※※※ ※※※※※


「回復魔術を用いて怪我は治ったが痛みは取れぬ、と」

「無痛の紋章って言われたので、その魔術のレベルが上がってたら、他の人にも効き目はあるんじゃないか、と」


 僕の隣に座っているメロウ先生は腕組みをしながら聞いていた。

 目を閉じてそのときの現場を思い出してるようで、僕の話を聞いてかすかに何度か頷いている。


「……確かに痛みは残っていたようだったな。だがルスター君の言う通り、手をかざした途端……。手をかざした直後、というべきか。痛みを感じてたのは嘘のような、咄嗟の動きを見せていたな」


 まさか平手打ちを食らうとは思わなかったから、避けようもなかった。


「はい。ほんとに、痛がってたのは嘘だったのか? と思うくらいに元気に……」

「一撃を食らってたな」


 メロウ先生は目を閉じながら、ちょっと苦笑いしている。

 笑い事じゃないんですが……。

 まぁその平手打ちされたあとも、無痛の紋章のおかげですぐさま動くことができたんだけども。


「イワガメにかね?」

「いいえ。ルスター君に手をかざしてもらって治った……と思われるその女の子からです」


 ちょっ!

 そこ、深く掘り下げるところじゃないですよっ!


「ってちょっと待た。ルスター君。あの時君場魔術をかけていたのか?」

「え? そうですよ?」


 メロウ先生は閉じていた瞼を突然開けて僕の方を向いた。

 その顔といいその口調といい、初めて知って驚いたとしか思えない様子。

 その現場、メロウ先生、見てたでしょうに。


「……ただ手をかざしたり彼女に触れただけ……だったんじゃなかったのか?」

「いえ。サクラさんの手伝いをする感じで、無痛の術をかけてたんですが……というか、かけてたつもりだったんですが……」

「……ルスター君が彼女に触れて、タイミングよくサクラさんの手当てが効いたのか、と……」


 ということは、僕がしたことはメロウ先生には、ただ無駄な行為をしてたとしか見えてなかった?

 ひょっとしたら、苦しんでたリーチェさんも、そんな僕の行動をただのおふざけにしか見えなかった?

 となれば……。

 ラーファさんが襲われそうになってそれを助けて、自分はどこか怪我をして痛くて苦しんで、サクラさんがその治療をしてくれてた。

 そんな三人のそばにいて、何の意味もないことをしてると思ったら……まぁ……腹が立つ、のかな。


「……それで、そのあとは……カーク君達の所に向かおうとしてたんだったね?」


 あ、そうだ。

 話、戻さないと。


「え、えっと、二人の持ってる物とか装備してる物に傷がついたら、そこから壊れていくだろうから、目に見えなくても直さないと、って」

「二人……カーク君とレイン君のことだね?」

「はい。で、頭に急に熱を感じて……」


 さっきの再現では、誰が何をどうしたか、という説明が中心で、自分が何を感じたかという話はしていないし、現場でも仲間にはもちろん伝えてないし、介入はなるべくしないように心掛けているメロウ先生も知らないことだ。


「頭に熱? ルスター君、君、体調が悪かったのか?」


 パーティの不仲は実践禁止。

 健康不良も言わずもがな。

 もっともそれは回復魔術で回避できる非常事態。

 けどその申告を、実践中に先生にはおろか、仲間にもしないというのは……まぁこれも有り得ない出来事の類には違いない。

 だからメロウ先生が驚くのは無理もないことだろうけど。


「あ、いえ、そうじゃなくて。なんかこう……」


 説明しづらい。

 けど……そうだ。

 あの衝動と同じだ。

 何かをせずにはいられない感じ。

 でもあの頃の、力任せに暴れたいという衝動ではなく、おそらく魔力を何かに向けて発動してほしい、という欲求のような……。


「説明しづらいことなら、そこは飛ばしていいから。それで?」

「あ、はい。えっと……そうだ。カーク君が僕に向かって飛んできてぶつかってきたんだっけ。その時に……装備が壊れてたら、とか思って修復の術を発動させたら、とか思ったんですが……」


 そうだ。

 もう一つ思いついたんだった。


「修復なら、人にその術をかけたら回復になるかなって思って……」

「さっきの再現の説明では、ルスター君の頭にカーク君の体の一部が当たった、のはそのあとか」

「はい。で、ぶつかった直後に頭の熱がなくなりました」

「そうか……。メロウ先生。さっきの再現では、カーク君とレイン君の二人はイワガメに苦戦していたような感じだったね。ルスター君の今の証言だと、その熱が消えた後、カーク君はこれまでの苦戦が嘘のように一刀両断、と」

「は……はい。そう、なります」


 メロウ先生は狼狽えていた。

 それもそうだ。

 僕にしか分からない、僕の体の変化を今初めて知ったから。

 それが、事態の異常と関連してるかもしれないからだ。

 でもだからといって、メロウ先生に落ち度はないんだけど……。


「……よく分かった。……ルスター君。君に二度同じ話をしたが、覚えてるかね? 二度目の時に、一度目の話を覚えてるかどうか聞いたが、覚えてなさそうだったから同じ話をしたんだが……」

「はい。覚えてます。えっと、見返りを求めるな、とか、誰かのためにしたことが、必ず報われるわけじゃないから、そんな扱いをされてもくじけないように、みたいな……」


 覚えてる。

 後々役に立ってくれそうな話だったから、忘れちゃならない、と思ってた。

 ……あれ?

 それって、リーチェさんに無痛の術をかけた時のことが当てはまらない?


「うむ。それと……紋章の鑑定の時の話はどうかな? 王冠の形の紋章の説明をしたときのことだが……」


 え?

 えっと……確か……。


「具体的なことは教わってないですよね……。あ、そうだ。ローマン先生からは、他人の能力に、一時的ではなく、干渉できる力があるって言われました。あと……ベナス先生からは、この紋章が僕の人生を振り回すことがあるかもしれない、みたいなことを言われた記憶があります」

「ふむ。そうか……。知らないまま学舎生活を送る、というのも、酷、というものかのぉ……」

「ベナス先生。伝えるべきでしょう。このままでは何の自覚もなく、カーク君のみならず関わる冒険者達すべてに影響を及ぼします。その能力に自覚がなければ、責任を負うことも難しく、控えることも難しい。それにいつのまにか大問題に巻き込まれる可能性もあります。……人の欲は尽きないものですからね……」


 ベナス先生のその独り言に、学長が応えた。

 学長も、僕の紋章については何か知ってるらしい。

 僕は次第に不安になってくる。

 まだ知らされていないその術の持ち主の僕は、それを制することができるんだろうか、と。


「……カーク君とぶつかった時に君の身に起きたその現象は、王冠の紋章によるものだろう。その効果は……」

「……効果は?」


 学長からの進言があったものの、それでもベナス先生はためらっているみたいだ。

 でも僕には、次の言葉を待つしかない。

 ベナス先生はお茶を一口飲んで、一息ついて、意を決したように言葉を続けた。


「……冒険者レベルを強制的に上げる効果をもたらす紋章、だ」

「はい?」


 誰かの……術をかけたい相手を決めて術をかけたら、その人の冒険者レベルが上がる?

 えっと…‥一時的な効果じゃない、とも言ってたよね。

 えっと……ということは……。

 成長させたい相手を、自由に成長させてあげられる……?


「えっと……その気になったら……ベナス先生や学長のレベルも……」

「条件が揃えば、可能だろう」


 それ……えっと……。

 だめだ。

 頭がついていけない。


「実践に出なくても、冒険者レベル上げられる……?」

「うむ」


 じゃあ……。


「僕のレベルも……」

「いや、本人以外のレベルを、だ。ルスター君本人には効果はないと思われる」


 あぅ……。

 えっと……。

 なんかこう、考えがまとまらないんですけど。


「だが今言ったように条件が必要だ。それは、君の冒険者レベルと引き換えになる。つまり、君の冒険者レベルを相手に譲る、ということだな。その代り、君の冒険者レベルは他の人とは違って、上がりやすい。それも王冠の紋章のおかげだな」

「付け加えるならば、技術レベルに基づいて冒険者レベルも上がる。今は冒険者レベルは1だが、弱い魔物と一戦交えれば、元と同じくらいとまではいかんがレベルは戻るはずだ」


 とは言っても、僕一人で魔物退治というのは……。

 道具以外に攻撃手段はない。

 武器を手にしても、それをきちんと扱えるかどうかも分からないし……。


「ベナス先生、学長、ちょっとお待ちください」


 慌てたようにメロウ先生が口を挟んできた。

 僕の代わりにいろいろと質問してくれるとありがたいんだけど。


「冒険者のレベルが上がるたびに、体力や魔力はやや回復されます。彼と一緒に行動することで、それらが尽きるのを防止できるのではないですか?」


 え?

 えっと……そうだったっけ?


「うむ。メロウ先生の言う通り。回復魔術には適うまいが、回復効果は期待できる」


 あ、そういえば、回復効果は副産物、みたいな話してなかったっけか?

 そのことだったんだ。


「普通は体が鍛えられて技術などのレベルが上がり、そのレベルに基づいて冒険者レベルが定められ、上がっていく。だがルスター君の術は、その力が伴わないうちに冒険者のレベルが上がる。だがその力は、そのレベルに引っ張り上げられて高まる。実経験が伴わないのが難点だな」


 なんか、とんでもない術の紋章だった!

 カーク君のレベルが跳ね上がったのは……そうか。

 紋章が刻まれている頭とぶつかったから。

 ……ひょっとして、リーチェさんのレベルもちょっと高めだったのは、平手打ちを受けたその時に、術が発動した?

 他の三人には、特にそんな接触がなかったから……。


 ……あれ?

 でももし、紋章の術の効果が皆に知れたら……。


「あの、先生……もしもカーク君が、自分のレベルアップの理由に気付いたら……」

「……今のところ、君の王冠の紋章のおかげ、とは思ってないらしいな」


 ということは……。


「君の紋章に、レベルアップさせてくれる効果がある、と知られたら……まともな学舎生活は送れまい。誰も彼も知識や知恵を身に付けるよりも、君に何度も何度もレベルアップしてもらって、圧倒的力を手に入れる方がよほど楽に冒険者業を身に入れることができるだろうからな」

「そして、毎日そうあることが当然のように押し付けられるだろうな。その役目を」


 つまり、休み時間どころが休日も、場合によってはご飯の時間やお風呂の時間だって削り取られる……ってこと?


「もちろんまともな学舎生活を送ることはできる」

「うむ。君にそんな効果がある術なんて使えるわけがない、とな」


 あ、あぁ……そうか。

 僕だって、そんな効果があるなんて思わなかった。

 ましてや他人ならなおのこと。


「つまり、パーティが全滅の危機に陥った時、その能力を発揮して無事に生還できたとしても、誰も君のおかげなどと感謝されることはない、ということでもある」

「え……と……そっちの方が気が楽、かと思うんですけど……」

「気が楽、か……」


 学長は寂しそうに笑った。

 なんか、何も知らない僕をかわいそうな子みたいに見てるような気がして、ちょっとこう……。


「だれにでもできることをしてほしいときに、そんな簡単なこともできない。何もしてくれない。そう思われるようになる、ということだな」


 あ……。


「そうか……。ルスター君がリーチェさんに手をかざした時、ただ触れようとしただけにしか見えなかった。カーク君とぶつかった時も、ただぶつかっただけとしか見えなかった。その瞬間に起死回生の術をかけてたとしても、そうは見えない。下手すれば、足手まといとしか見えない。ルスター君の功労は大きい。だがみんなはそうは見てくれない。だが釈明してそれをみんなが分かってくれたら、それだけでは済まない……」


 メロウ先生の言わんとしてることは理解できた。

 ということは、三つの紋章のうち、みんなに報せていいのは無痛と修復の二つ。

 呪文を唱える必要がない分、発動も早ければ効果も早く表れる。

 だけどそれで誰かが助かったとしても、僕が術をかけたとは誰も気付かない。

 サクラさんやレイン君のように、術をかける時に光が出たりするわけでもないし。


 貧乏人、といつも嫌味を言うあの三人。

 それに役立たずという単語が増えるだけで済むなら我慢できる。

 でも、レイン君やサクラさんからもそう思われるんだろうか。


 自分を全生徒から行動を束縛されても、みんなの役に立っている、と分かってもらえるのがいいか。

 それとも、誰にも知られないまま罵られながらも、みんなの役に立つことをするのがいいのか。


 衝動の苦しみから解放されたのはとてもうれしい。

 けれど、すぐに答えが出そうになく、答えが出た後も不安が消えない問題に悩まされるなんて夢にも思わなかった。

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