学舎と寄宿舎生活:注目を浴びる そして説明会
勇者のみんなを見送って部屋に戻ると入り口の手前で大人達とすれ違う。
その時、その大人達にじろりと睨みつけられたけど、心当たりはない。
通りづらくして気を悪くされたのかな、くらいにしか思わなかったけど……。
部屋を出た時には誰もいなかったけど、男子二人、女子三人の新入生がいた。
見送っている間、自分の横を通り過ぎて行った人が何人もいたから、その中にいたんだろう。
「お前が六人目かよ。……こいつも貧乏人か」
「カーク、いくら正しいことでも、初対面の子にいきなりそんなことは言わない方がいいよ?」
「あぁ? ラーフ。お前、人を見る目を鍛えた方がいいと思うぞ? それと、友達は選ばねぇと将来に響くぞ?」
いきなり言いがかりをつけられた。
でも、貧乏人呼ばわりされたのは僕だけじゃなさそうだ。
「……さて、そろそろ集会場に行かないと、時間に遅れるかな。何も持って行かなくてもいいみたいだよ。
話を聞くだけっぽいから、このまま集会場にいこう?」
と僕に話しかけてきた男子も、他の女子三人も、僕には初対面の生徒。
僕に何か話しかけようとしてるみたいだけど、その男子に背中を押される感じで、一足先に部屋から出た。
初対面の人に話しかけるどころか、人に声をかけることすら今までほとんどしてこなかった。
話しかけられた記憶もあいまいなんだけど、だから、この同室の子から自己紹介もなしに近しい感じで話しかけられたものだから、ちょっと戸惑っている。
けど、その子にすれば、僕のことは見知らぬ相手とは思ってないらしくて。
「君、結構有名だよね」
「え?」
歩きながらの会話はそのまま始まった。
けど、思いがけないことを言われて、ますますどう答えたらいいか困る。
「受験の時、五人の勇者の人達に来てもらってたよね? 今日もだったよね」
「あ……うん……」
なんか、怖い。
会話するのが怖い。
おかしい。
普通の会話のはずなのに。
こんな怖さは、前世の記憶にもなかった。
「それに、なんか妙に汗をかいてなかったかい? あ……えーっと……」
一方的な話がここで止まった。
何かと思ったら……。
「あ、ごめん。そっか。まだ名前も教え合ってなかったもんね。僕はレイン・ターツ。術士学部なんだ。君の名前、教えてくれる?」
「え? あ、うん。ルスター・ロージー、だよ」
「よろしくね、ルスター君」
自分の名前を自分の口で誰かに教えたのも初めてのような気がする。
さっきまで感じてた怖さも消えた。
「それにしても、部屋にいた子、貴族の子っぽいけど、何というか、住む世界が違うって感じがするよね」
「え? 貴族の子なの?」
レインは笑顔のまま、眉の間にしわを寄せた。
「あの口ぶりだとそうじゃないかなと思っただけ。僕も貧乏人って言われたもん」
確かあの子、僕のことも貧乏人と言っていた。
他の誰かにもそう思ってるんだろうな、と思ってたけど、レイン君のことだったのか。
「まぁ……僕も貴族とは縁のない生活してたから……裕福じゃないのは確かだね」
「え? 勇者の誰かがルスター君の家族じゃないの?」
「あ……んー……まぁ……そこら辺は……」
説明するのは、まだつらい。
父さんも母さんも、兄さん姉さん達も、どこかに行っちゃったからな。
それに、ドラゴンの歯が頭に刺さったまま、だなんて誰が信じるんだろう。
「僕はさ、家族から、頭がとてもいいんじゃないか? なんて言われてさ。で、ある日病気になって回復術師の所に診てもらったんだ。そしたら魔力に影響を受けやすいって診断されてさ」
部屋にいた時は机の前に座って、黙って何かをしていた。
ノートとか教科書とかの整理をしてたんだと思う。
その姿からは、こんなに話好きっぽい感じはしなかった。
※※※※※ ※※※※※
レイン君に色々話しかけられても、会話の経験も碌になかったから口ごもったりどもったりしてばかり。
勇者の人達とお話しできたのは、自分のことを受け容れてくれたから。
でもこの寄宿舎では初めて見る人達ばかりだから、自分の話を分かってもらえるかどうか、つい心配してしまう。
だから集会場に着くまで、レイン君の話を聞く一方だった。
でも、僕が話を聞いてくれてることがうれしかったのか、レイン君の笑顔が絶えない。
僕の事情を知らない人が、僕に笑顔を見せてくれることも初めてだった。
「……て言うことなんだけど……あ、ここが集会場だね」
扉を開けて中に入る。
部屋の奥になるにつれ、床がせり上がっている講堂とは違って、いくつもの長テーブルが置かれ、椅子が何脚かずつ並べられている。
教室というより……食堂かな?
黒板はないし、配膳……というか、料理を作る所っぽいのが正面の壁の向こう側にあって、その境目が何かの受け渡しのような感じになってる。
そして、集会場の中にいるのは僕らと同じ、新入生ばかり。
全員はいなさそうだけど、新入生の四分の三くらい集まってると思う。
友達同士と思われるグループがいくつかできてて、それぞれお喋りをしてるんだけど、どのグループも扉からかなり離れてるのに扉の音を聞いた人達がこっちを向いた。
すると、そのほとんどの人達が僕の所に近寄ってきた。
全員で二十人くらいかな。
僕に何か用事がありそうな人というと、世話になった勇者五人しか思い当たらない。
だからレイン君に用事があると思うんだけど……。
「……レイン君、こんなにたくさん知り合いいたんだね」
「ん? 僕にも新入生の知り合いはいないよ? 君に用事があるんだと思うよ? ルスター君」
「え?」
「言ったでしょ? ルスター君、結構有名人だって」
「え?」
有名になりたいとは思ってないし、そんなことをした覚えもない。
そろそろ全員集まるから、みんなこれからトイレにでも行くのかな? とか思ったりしたけど……。
「おい、お前!」
一番近くまで寄ってきた大きめな体をした男子が、さらに一歩詰め寄ってきた。
僕の身長よりも、頭一つ分背が高い。
体の幅、太さはもう、一回りも二回りも違う。
ほんとに同い年かと何度も見てしまう。
「えっと……僕?」
「他に誰がいるんだよ!」
その子が僕の目の前に顔を近づけてきた。
その表情は、レイン君が初めて僕に近寄ってきた時の親し気な顔とは正反対。
機嫌が悪そうな顔が、かなり怖い。
「ごめん。どいてくれないかな? これから説明会が始まるんだよね。席に座りたいんだけど」
「レイン君……」
レイン君が無表情で割り込んできてくれた。
勇者の人達と同じくらいに頼りになりそう。
「何だよ、お前は!」
その怖い顔を、今度はレイン君に向けている。
一体どうなるんだよ、これ。
「こら、君達。何を騒いでる。さっさと席に着きなさい」
集会場に入ってくるなり厳しい口調で注意したのは、入学式の時には姿を見せてなかった人だ。
その後ろには、入学式で紹介された先生達がいる。
とりあえず僕らは席に着く。
僕に近づいてきた生徒達は、渋々ながら席に着いたけど、騒ぎになる前に来てくれて安心した。
みんなが席に着いた跡もざわついた感じはするけど、この場所も広いから音が響きやすいんだな。
だから静まり返らなくても、先生達はあんまり気にしてないようだった。
壇上の中央に立ったのは、男の人と女の人の二人。
どちらも入学式にはいなかった人だ。
先生達は、その二人の後ろの両側に、控えるように立った。
男の人が話し始めた。
「まずは入学おめでとう。これからみんなには、卒業するまでこの寄宿舎で生活してもらう。ほとんどの生徒は望まないが、学舎の退学が決まった時点でも、ここから出て行かなきゃならない。当たり前のことだがな」
ざわつきが更に大きくなったような気がする。
ものの言い方が、先生達と違って命令口調みたいな感じだったし、おめでとうと言いながらも歓迎するふうでもないから、かな。
歓迎されるのは当然、とか、貴族の子供になんて口の利き方だ、とか思ってんじゃないかなぁ。
新入生全員の半分以上は貴族の生まれって聞いたし。
……まぁ、貴族の中でも、一般人とほぼ変わらない生活をしてる、なんて立ち話してるのも聞いたし、みんながみんなそう思ってるわけでもなさそうだけど。
「言い忘れてたが、私は30年以上この寄宿舎の管理並びに監督をしているシュース・オーリーだ。その経験上のことを予め教えておくが、学舎を退学になる者で、学業などの成績が悪い理由はその一割もいない。ほとんどの者が、素行不良……生活態度があまりにも悪い。ここの生徒の態度が悪い、という評判が町中に流れると、学舎の功績にも傷がつく。当たり前の生活をしていれば何の問題もないが、出身や学者所属を鼻にかける者も多い。生活の規律は、学舎の規則以上に厳守するように。ではこれから寮生活の説明を、ここにいる同じく監督のラミー・ストラトからしてもらうのできちんと聞くように」
管理人さん……寮長、なのかな。
続いて女の人が前に立ち、食事や入浴などの日常生活の時間割や設備などの説明を始めた。
※※※※※ ※※※※※
一通り説明が終わった後、一人ずつプリントが配られた。
説明したことが書かれてあるから、忘れてもそれを読み返せば問題ないみたいだ。
管理人……監督か。
僕らはこの後、監督の指示によって順番に退室させられたから、退室したあとも他の生徒に絡まれることなく部屋に戻ることができた。
けど、戻る途中もかなり注目を浴びてたような気がする。
一緒に動いてくれたレイン君は、周りを全く気にすることもなく、来る時と変わらず僕にいろいろと話しかけてくれた。
この日……入学式の日は休日扱いらしい。
けど、一旦部屋に戻った後はまた学舎の方に出向くように指示された。
今度はクラスごとに集まるらしい。
「行ったり来たりって、なんか面倒だねー」
なんて愚痴を聞くけど、レイン君のその顔は朗らかなもんだから、返事に困る。
部屋に着くなり、僕に向かって文句を言ってきた子が舌打ちをして、他の女子二人と一緒にすれ違うように部屋を出て行った。
「あれ? あの三人は……」
「闘士学部だから、教室は別になるわね。あたしは術士学部。あなた達も、かな」
部屋に残っていた女子から声をかけられた。
あの二人と比べてその服装はそんなに派手じゃないけど、貴族っぽい感じはする。
ネックレスとか髪飾りとかつけてるし。
「とりあえず、学舎に行こうよ。時間に遅れちゃうよ?」
「あ、それもそうなんだけど、支給された制服を着なきゃ」
「あ、そんなことも言ってたな」
制服と言っても、上着だけ。
私服の上に重ね着するだけでいいタイプ。
その胸の左の紋章で学舎の生徒と分かり、右側の紋章で、学年と所属が分かるようになっている。
僕らは、簡単な自己紹介をしながら移動した。
「あたしはサクラ・ミンカ。よろしくね」
「えっと、ルスター、です」
「うん。僕はレイン。……でも、教室は別になるかも、だよね?」
三人の右の学年の紋章は当然同じ。
だけど三人とも色違い。
外枠の色が同じなのは、同じ学年だから、なんだろう。
「あたしは回復術士を目指してるけど、あなた達は?」
「僕は攻撃魔法向きだって判定された。てことは、ルスターは補助魔法かな?」
「うん。あ、でもこれから向かう教室って、学部ごとの教室みたいだから同じ教室かな?」
「……そうね。でもプリントには、学部ごとの説明が終わったら、今日の予定は自由になるみたい」
最初に向かう教室は、筆記試験会場だった。
教室に入るとほとんど集合していて、僕らが到着した時間は、説明が始まる五分くらい前だった。
試験の時は、付き添いの人達もいて賑やかな感じがしたけど、新入生だけしかいない教室の様子は、あの時とはちょっと違う。
それどころか、また僕の方に視線が集まってる気がする。
「どうしたの? 入ったら?」
サクラさんに後ろから声をかけられた。
でも、体が思うように動いてくれない。
自分の姿だけじゃなく、動きの一つ一つにも注目されてる気がして、それを意識すると、普通の歩き方すらも忘れてしまいそうになった。
「ほら、何をしてるの? さっさと入ろう?」
後ろにいたレイン君が前に出て、手を引っ張ってくれた。
おかげで教室の中に入れたけど、歩き方が何かぎこちない。
壁際の中段の当たりの列の席に、三人揃って座ることができた。
けど、前に座っている人達が振り向いて僕の方を見る。
一体僕が何をしたって言うんだ。
「はい、みんな揃ってますね? それでは学部の説明を行います。よそ見をせずに話を聞くように」
間を置かず先生達が教室に入ってきたおかげでみんなは正面にある教壇の方を向き、僕は余計な気を張らずに済んだ。
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