学舎と寄宿舎生活:新入生から僕のことを聞かれてばかり

 寄宿舎で同部屋になった六人のうち、術士学部に所属した僕とレイン君とサクラさんの三人は、その学部での説明会でも隣同士の席に座ることができた。


 といっても、部屋ごとに座るようになってたらしい。

 会場に遅く着いたから分からなかった。、


 術士学部の新入生は六十人。

 でもこの部屋は百人くらい普通に座れるくらいの広さがある。

 全学年の学部の生徒が集まれる教室らしいから、実際はもっと人数が入るみたいだ。

 魔術、魔法の一般的知識を勉強する教室、とのことだった。


 一人一人自己紹介でもするのかと思ったら、人数が多すぎるからそれはしないとのこと。

 その代わり、新入生全員の名簿と寄宿舎の部屋割りが印刷されたプリントが配られた。


「……最後になりますが、皆さんの将来の志望を一通りチェックしています。ほとんどの者達は冒険者志望のようですが、そうであるならば、まずは新入生同士、仲良くするように。特に同部屋の人達とは学部の垣根を越えて交流を深めるように。実践の授業では同部屋でパーティを組んで活動することになります。毎年身分の違いなどで派閥ができたりします。それによって仲違いすることで、授業の一環でありながら、命を落としかねないことが毎年何度も起こっています」


 僕たち、まだ六才で、しかも保護者はついて来ない。

 それで命の危険って……ちょっと怖い。


「もちろん実践には、私達先生達もついて行きますが、それでも仲間同士で仲が悪ければ、皆さんの安全を確実に守ることが難しいのです。それによって退学させられる生徒もいます。そうしたら、抜けた分を埋めなければならなくなります。パーティの戦力のバランスが崩れることもあります。自分の身を護るためにも、身分の違いを乗り越えて、お互い理解し合うようにしましょう」


 先生達もついて来てくれる、ってことらしい。

 それなら安心だけど……。


「そして、寄宿舎では皆さんのお兄さんお姉さん達……先輩達も一緒に生活しています。この学舎でも、学年の枠を超えて受ける授業がいくつもあります。身分ばかりではなく年代も超えて、親しい関係を築いてください」


 そうか。

 何か忘れてるような気がしたのは、上の学年の人達の話があんまり出てこなかったからだ。

 みんな仲良く、かぁ。

 僕だけ仲良くしたいと思ってても、相手からはそうは思われないことの方が多いよね。


 ……冒険者にならなくても、父さん、母さん達と仲良く暮らしたかったなぁ……。

 あんまり楽しい思い出がなかったから、楽しい思い出をこれから作りたかったなぁ……。

 でも……家族とも仲良く生活してた記憶もなくなりそうなのに、初めて会う人ばかりで、そんな風に生活できるんだろうか……。


 って……今は説明を聞かないと。


 その後も先生達からの説明があって、お昼前に今日の予定は終わった。


「ここの食堂ならお金必要ないって言ってたから、せっかくだからここで食べようよ」

「そうだね。身分の違いを乗り越えて、仲良くするようにって言われたしね。ルスター君も行こうよ」


 誘われないと、どうしていいか分からないところだった。

 レイン君が誘ってくれて助かった。


 ……いや、助かったというより、うれしかった。


「うん。三人で一緒に……」

「ちょっと待てよ」


 前に座ってた子達から呼び止められた。

 でも、なんでそんな、言うことを無理やり聞かせるような言い方をするんだろう?


「お前さ、受験の時、勇者の人達に一緒に来てもらってた奴だよな。何であんな人達と一緒に来てんだよ」

「え? えっと……」


 どう答えたらいいか分からない。

 答えていいものかどうかも分からない。


「寄宿舎でもここでも、説明する人達は自分の名前を言ってたよ? 君達、誰?」

「まずは同じ部屋同士で仲良くしたいと思ってるんだけど。あなた達はどういうつもりで声をかけてきたの?」


 レイン君とサクラさんが僕を守ってくれるような話し方で間に入ってきてくれた。

 同い年の子に守ってもらう、ていうのも心苦しいような気がするけど、自分よりも優れた力を持ってる人を頼るのは、間違いじゃないよね。


「あぁ? ……もちろん仲良くなろうっていう気持ちはあるぜ? 何か文句でもあるのかよ」

「相手を怖がらせちゃ、とても仲のいい関係になれるとは思えないけどね」

「それに、ここの食堂は時間が決められてるの。お昼ご飯を食べる時間がなくしたくないの。先生達、言ってたでしょ? ここを利用するのはあたし達だけじゃなく、先輩達もって。座る席がなくなったら、空席が出るまで待たなきゃいけないんだけど、待ってる間にお昼の時間終わったらどうしてくれるの?」

「ぐ……」


 今日はこの後自由だから、もちろん町に出て外食もできる。

 けど、そんなお金も持ってない。

 教科書とか、必要な物を用意するためのお金なら、あの人達にもう出してもらった。

 僕の都合で出せるお金もほしい、なんて言えなかった。


 でも、余計なことでお金を出したくないのは他のみんなも同じみたいだ。

 みんな食堂に向かうつもりだったみたい。


 廊下は横に広がって歩くな、という説明もあった。

 そのせいか、食堂までの移動中も、二人が僕の両側に並んだおかげで、他の子達に絡まれずに済んだ。


 ※※※※※ ※※※※※


 最短での卒業までは、六年間らしい。

 ということは、七年、八年……それ以上長い間通っている生徒もいるってことだ。

 退学者が出てるらしいけど、新たに入ってくる生徒はいない。

 ということは、人数は、学年が上になればなるほど減っていくってことだよね。


 学食の席、空いてるかな? と心配してたけど、五階建てのこの学舎、各階に食堂があるらしい。

 生徒なら、どの階を利用しても問題ないらしい。

 おまけに食堂内にも階段があるから、空席を探すのにもそんなに手間はかからないみたい。

 道理で空席が多いと思った。

 最初から空席が多いと分かってたら、絡んできた生徒達から解放されるのは難しかったな。


「また変な子に絡まれるのは嫌だから、こっち側は真ん中の席にあたし。そっちには二人が、間一つ空けて座ったらどうかな? 他の部屋の子が入りづらいと思うよ」


 サクラさんが提案してきたけど、その空席がすぐに埋まってしまった。


「ふん。この後は自由らしいから、昼飯の時間くらいは同室のメンバーと一緒に過ごすように、って説明があったからよ」

「あ……えっと……」


 部屋で僕に絡んできた男子が、レイン君との間の席にどっかりと座った。

 ……近くに知った人がいないと、なんか、すごく不安だ……。

 しかもこの子、相変わらず不機嫌そうな顔してるし……。

 対面のサクラさんの両脇も、女子が座った。


「あなた達が私達の顔をよく知らないんじゃ、実践の時に危なくなっても助けてあげられないからね」

「助ける価値があるかどうか分からないけどね。ところで……」


 サクラさんは貴族の生まれって言ってた。

 それ以上に、私服では着飾っているこの三人は、僕らを目の仇……というほどではないにしても、気に食わなそうな感じ。

 身分の壁って、同じ貴族同士にもあるみたい。

 この三人、僕とレイン君にばかり噛みついて来て、サクラさんには関心を持ってない感じ。


「……本当なら名前も教える気もないんだがな。カーク・クラフトだ」

「ラーファ・セレスト」


 僕とレイン君の間に座った男子に続いて、サクラさんの右側の女の子がそう名乗った。


「リーチェ・ヌイックよ」


 女の子たちの方は、できるならあまり交流を持ちたくない、といった感じ。

 それでも、僕ら三人の中では僕に興味が湧いてるようだ。


「で、お前、何で勇者達に付き添ってもらってたんだ? 家族はいないのか」


 カーク君が聞いてきた。

 さっきの教室でも、同じことを聞かれた。


「う……うん……。家族は、今どこにいるのか分からない……」

「何? 家族から見捨てられたの? そんな子、いるのねぇ」

「ぷぷ。そんな事言ったら可哀想よ、リーチェ」


 サクラさんの両側の女子が、僕の返事を聞いて笑ってる。


「俺はお前の家族なんかに興味ないよ。貧乏人の家族が一つ減ったところで、国が亡ぶわけじゃなし」


 家族を馬鹿にしてるつもりなのか。

 でも……その言葉になぜか腹は立たなかった。

 実際、父さんはどんな仕事をしてたのか分からない。

 他の人と同じように、朝ご飯を食べたらどこかに働きに出て、夕方には帰ってきてたことくらいしか……。


「何で貧乏人が、勇者に付き添いさせてたんだよ」

「それは……ぼくの村が……魔物に……ドラゴンに襲われて……」

「何だそれ? 村がドラゴンに襲われた? んじゃ村人全滅じゃねぇの? ま、こんな貧乏人しかいない村なんか、ない方がせいせいするよ。で、俺が聞きたいのは、何でお前如きが勇者に付き添われてたんだって話だよ!」


 一々突っかかってこられて話しづらい。

 おまけに、食事も進まない。


「その時に僕は、ドラゴンに食べられそうになって……。そしたらあの勇者達に助けに来てくれて……」

「はぁ?」

「あんたを助けに来たぁ?」

「誰かを助けるためだけに来るわけないでしょうが!」


 話、最初から聞いてたのかな……。


「村を助けるために、ドラゴン退治に来てくれたんだよ。たまたま僕が襲われるところに出くわした……って……」

「そりゃそうよ。一々誰かが襲われてるから助けに行ってたら、勇者何人いても足りるわけないでしょ?」


 一々僕の言葉に噛みつかれても……。


「で……それ以来僕の体が変になって……」

「まさか、受験の時汗かいて苦しがってたのって、それか?」


 あの苦しむ姿を、カーク君たちも見てたんだな。


「う、うん。で、受験の時に、光の柱に入っていって……」

「あ、術士学部入試希望する人達が通過するあれ、ね」

「僕も光の柱に入るように言われた。魔術が使えるようになるための紋章が刻まれるんだよね」


 レイン君がそう言いながら、左腕の袖をめくって肘の当たりを見せてくれた。


「ふーん……。で、サクラはどうなんだよ」


 自己紹介しなくても名前を知ってるってことは、貴族の生まれ同士で、何らかの交流があったんだろうな。


「あたしは左ひざにあるよ。……ルスター君はどこにあるの?」

「えっと……」


 説明したら、見せろって言われるかな。

 でも……。

 まぁあることはある……らしいし……。


「んと……頭にあるって……」

「頭だぁ?」


 そりゃ驚かれるよね。


「見せてみろよ。ほんとにあんのかよ」

「いや、今は……ほら……ご飯中だから……」

「ちっ」

「何で頭に紋章がついてんのよ」

「頭、おかしいんじゃないの?」


 えらい言われようだけど……。


「部屋に戻ったら見せてみろよ。髪の毛に隠れて、ほんとはなかったりしてたら俺達の身が危ないんだからな」


 それは確かに。

 みんなに見てもらった方が安心してもらえるし、険悪な関係でも、少しでも信用してもらえると思うし、ね。


 それにしても……。

 このテーブルは満席になったから座りに来ようとする人が来ないのは当然だけど、さっき教室から出る時みたいに、誰も近寄ろうとしない。

 ひょっとしたら、カーク君の生まれって、相当裕福な貴族なのかな。


 ※※※※※ ※※※※※


 寄宿舎の部屋に戻った僕たちは、真っ先に僕の紋章の確認をする。

 けど……。


「貧乏人の髪の毛を触る、なんて、そんな汚らしいことできるわけないでしょ?」

「あんたは黙って見せればいいの」


 貴族の女子二人からは文句を言われてばかり。

 学部の説明会の時にはいなかったから、カーク君と同じ、闘士学部だろう。

 戦闘になったら、その気丈さは頼りになりそうだけど、普段はその気の強さを何とかしてほしい。


「……よく見えないな。紋章らしいのは見えるけど、一部しか見えないね」

「髪の毛の下だからしょうがないかな。……適正魔法は何なの?」


 それも、誰からも教わってない。

 何だろ。


「よく分かんない。補助魔法って言われたけど……」

「紋章見たって分かるもんじゃねえよ。……そうだ。頭、剃ってやろうか。そしたら紋章は全部見えるだろうしよ」

「え?」


 いくらなんでも、それはひどくない?

 でも、髪の毛ならすぐ生えてくるだろうし……。


「……うん……いいよ……」

「ちょっと、ルスター君?!」

「そこまでしなくてもいいと思うよ?」


 レイン君とサクラさんがかばってくれた。

 でも、理解してもらおうという行動も、信頼してもらえる理由の一つにもなると思うし……。


「でも、新入生の中の何人かは、頭を剃ってる子、何人かいたよね」

「そりゃ……でも……」


 僕の反応に二人は戸惑ってる。

 けど、その二人を見て、他の二人……ラーファさんとリーチェさんがいら立ってる。


「いい加減にしなさいよ! 本人がいいって言ってんだから好きにさせなさいよ!」

「私達は、そいつの紋章の一部すら見てないんだから。て言うか、そんな変なところに紋章が刻まれるなんて、ちょっとおかしいんじゃないの?!」


 汚らしい物を見るような目で見られるのが、何というか……。

 寝室は個室だからそこにいる間は僕のことを気にすることはないと思うけど、それでも生活しづらくなるんじゃないかなぁ。

 身分の壁って、こっちじゃなく、貴族が作っちゃってないか?

 それはそうと……。


「床屋さんに行った方がいいよね。お風呂場で髪の毛剃ったら、髪の毛捨てるのが面倒だし……」

「グダグダ言ってないで、さっさと術士の紋章を誰にも見られるようにして来いよ」


 余計な文句を言われなくする努力も必要だよね。

 ……前世の僕、と思われる人も、体の嫌な臭いを無くそうと努力してたし。


 でも、お金ないんだよな。

 学舎の学食とか購買とかは、生徒なら無料でできることはたくさんあるけど、床屋さんも学用品以外の店もなかったしなぁ……。


 監督の先生に相談してみようか。


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