勇者達と僕:勇者達との別れ そして初めて知った家族との別れ
国立第一冒険者養成学舎で行われた入学試験の合格者一覧が張り出された。
僕が受験した術士学部には、六十三人が受験。
六十人の受験番号が、その合格者一覧に書かれていた。
僕の受験番号もその中にあったけど、僕の頭の中はいろんなことが渦巻いていた。
「本日はお疲れさまでした。合格者はこの学舎の新入生となります。受験票は大切に保持していただき、明後日の朝九時まで、本日受験票をお渡しした場所に集まってください。受験票はそこで回収します。時間までに集まった合格者を確認した後、講堂にて入学式を行います。新入生一人で来ても、付き添いと一緒に来ても構いませんが、式の後の案内は、新入生のみとなりますので、付き添いの方はそこで解散となります。九時過ぎになりますと……」
検査官の一人が何やら大きな声を張り上げている。
けど、僕はそれどころじゃなかった。
「ルスター君、確認できた?」
「検査官の案内聞いてたか? 俺達とも、いよいよお別れになるからな?」
その言葉で僕の意識は現実に戻った。
勇者のみんなに受験番号をまだ教えていなかったから、知りたがるのも当たり前か。
合格して当然、と言わんばかりだったから、そんなに気にかかってると思っても見なかった。
けど、僕がなかなか答えないから、次第に心配そうな声で聞いてきた。
「結果はどうだった?」
「まさか、落ちたのか?!」
「あの……三十二番……ありました」
「おぉ! やったか!」
「おめでとう! ルスター君!」
勇者達みんなは喜んでくれた。
「案内は聞いてたよね? 明後日の九時まで校門に集合だって。……さて、これからはお昼ご飯をどこかで食べて、夕方まで入学の準備のための買い物をして、そして今夜は祝賀会ね」
けど僕は、それを上の空で聞いていた。
僕に聞かせたかった話かもしれなかったし、僕が知るべき話だったかもしれない。
聞きたくても耳を傾けられる状態じゃなかったのも分かってる。
それでも、聞かせてもらえなかった不満を言うのは、僕の我がままなんだろうな。
「あの……今まで、いろいろ面倒見てもらって……ありがとうございました」
「はは、これから学舎に通う子供が、そんな気を遣うなっての」
「そうそう。これからは、寄宿舎で一人暮らしが始まるんだし、甘えられるときは思いっきり甘えちゃえばいいの」
優しい笑顔でそんなことを言ってくれることも、とてもうれしい。
けど、やっぱりちょっと気にかかる。
「それで、あの……さっきの話……」
何度も同じ話をさせるのも心苦しい。
でも、聞かなきゃならない話を聞けなかった僕が悪い。
叱られても、怒られても聞かなきゃならないことなら……。
「さっきの? あぁ、俺らの話か」
「何度か話したんだけどね。やっぱり聞くどころじゃなかったか」
「じゃあ今なら、しっかり聞いてくれるわね?」
ほっとした。
何回も話してやったのに、何にも聞いてなかったのか?!
みたいに怒られることがなかったから。
※※※※※ ※※※※※
短期間で大量の魔物退治ができる、と思われる人が、勇者に任命されるんだって。
だから、勇者ってのは役職みたいなものらしい。
だから、加齢、疾病などで能力が落ちたらその役職から外される。
でも、外してから次の勇者を探すまでには時間がかかったらまずいから、勇者の任期を決めて、それに合わせて次の勇者を探す。
もちろん継続して勇者を続ける人もいる、とか。
僕が世話になった五人の勇者たちは、あと半年も経たないうちにやめるんだって。
ツルギさんは冒険者に。
シールドさんはこの国の軍人なんだって。
アローさんは武器屋さん。
武器屋さんも武器や道具を上手に扱えないと、いい武器屋になれないって。
メディさんは診療所の回復師。
マジックさんは攻撃魔法の教師に、それぞれ戻るって言ってた。
名前も、本名……ツルギさんは通称の冒険者名に戻るっていってた。
冒険者も本名はあるらしいんだけど。
誰も勇者を継続する気はないから解散するんだって。
「ルスター君のおかげで、俺らが勇者をするには力不足ってことに気付かせてもらった。ルスター君が俺らの前に現われなきゃ、魔物に襲われた後の住民達のことを知ることはできなかったからな」
「俺達は、自分の力を自惚れてたんだな。俺たちはまだまだ未熟だった」
「でも、ルスター君は、これからのことは心配しなくていいよ。さっき言った通り、入学のための費用や授業料、必要な物を取り揃えるための資金はちゃんと用意してるから」
「私達は二十年以上も生きてきた。勇者をやって来て、苦しい思いもしてきた。でもうれしい思いもあったし、楽しいこともあった。でもルスター君。あなたはまだ六年しか生きてない。けどそのほとんどは苦しい思いばかりで、楽しいこともあったかもしれないけど、全然思い出せないんじゃない? 私達の解散も、ひょっとして『僕のせいで』とか思ってるんじゃない?」
「ツルギの言う通り、ルスター君のおかげで、俺達は、いくらか心苦しい思いを和らげることができた。そして、ここの合格を心から喜んでる。何も思い悩むことはないし、何の心配もいらない」
思いやってもらえてるのは分かる。
けど、僕は、やっぱり……。
「ほらほら、湿っぽい顔しない。入学手続きに手落ちがあったら、それこそいろいろと無駄になる。このプリント通りに、まず、準備できるものを準備しないとな」
僕を助けてくれたこの人達と一緒に生活できたことは、とても有り難かったし、苦しいことの連続だったけど大切な思い出になった。
でも、いつかはさよならしなきゃいけないことまでは分からなかった。
体調もようやく戻り、普通の人と同じ生活を送ることができる。
なのに、この先のその時間には、僕の傍にこの人達はいない。
避けて通れない別れの時が近づいてきてるのが分かる。
涙がまた流れてくる。
みんなが、気を取り直そうと慰めてくれる。
いつの間にか、会場は僕たちだけしかいなくなってた。
※※※※※ ※※※※※
その日の夕方、僕のために、みんなが合格のお祝いの会を開いてくれた。
三人ずつ向かい合って座るテーブルには、隙間なくおいしそうな料理がたくさん並べられてる。
何度か見た光景だけど、こんなにじっくりとおいしそうな料理を見ることができたのは何年ぶりだろう?
「ルスター・ロージーの、国立第一冒険者養成学舎入試合格と、新たな人生の門出を祝して、かんぱーい!」
「カンパーイ!」
こんな楽しい、うれしい時間を過ごすのはいつ以来だろう?
「おいおい、ルスター君。そんなにがっつくと、すぐにお腹いっぱいになるぜ?」
「そうそう。じっくり味わって食べて。寄宿舎じゃ、こんな豪勢な料理、あんまり口にできないからね」
美味しいのは料理だけじゃない。
時々飲む水だって、こんなにおいしいものだったのかと驚くばかり。
「何から何まで感激して喜んでもらえるなんて、用意した甲斐があったってものよねー」
そんな風に見えるのかな。
素直に、美味しいものを美味しいと表現してるだけなのに。
「でも一緒にいられるのは明日一日だけになるんだな」
「ちょっと! アロー! そんな無神経な事言わないの!」
「あ、お、おぅ、悪ぃ……」
うん。分かってる。
というか、そういうことは、受験の時に気付かされた。
辛いことは、いつかは途切れる。
でも、いいことも、決して長くは続かない。
「まぁまぁ、落ち着け、マジック。けど、現実は早く知っとく方が、ある意味人生においては優位になれる、と思う。辛い目に遭ってきた人生は、その後は必ずそれ以上のいいことが起きる、とは限らない」
「ちょっと! ツルギも何言ってんのよ!」
「落ち着けよ。辛い目に遭い続けてきたからこそ、日常の何気ないいいことには、普通の人にはそれすらも気付かない。けど、人並み以上にそこに喜びを感じ取ることができるのも確かだ。そんな気付きは、とても大切だと思う」
ツルギさんの言うことは、今実感してる。
一緒に生活した期間は長くなかったけど、それでも今のような充実した時間は過ごした実感はなかった。
「そんなことで喜んでいるのか、そんなことがうれしいのか、って馬鹿にされることもあるかもしれんな。だが、そんな繊細な感性が、これからの人生の選んだ先には必要な場合もある。馬鹿にする奴がいたら、そいつらとは縁を切った方がいい。そいつらがいなくても、工夫次第ではよりよい人生を送れる」
「シールド、こんな子供にそんな人生論語ったって、難しくて理解できないわよ。ね、ルスター?」
と言われても……、どう反応したらいいか分かんないよ。
「えーと……このスープも美味しいよ?」
「メディの言うことも難しかったらしいな。ガハハ」
楽しい時間が過ぎていく。
その時間も決して長くない。
でも、その楽しい時間の中にいるのなら、その楽しさもじっくり味わわないと損って感じはする。
けど、そこでまた一つ悲しいことがあることを知った。
「父さん、母さん達にも知らせたいな。冒険者養成学舎に入学できたこと」
みんなが互いに見合わせている。
何か変なことを言っただろうか?
「えっとね……。落ち着いて聞いてね?」
「ん?」
「……君の家族は、別の村に引っ越したそうだ」
「え……」
僕が突然いなくなったことで、村の人達から責め立てられたんだそうだ。
その理由は、勇者のみんなにも分からないらしい。
「推測はできるけどさ……。良くない想像しちゃいそうでな」
「でも、私達の名前も教えたし」
「この拠点は使われなくなるしツルギは住所不定になるけど、俺達の本名忘れちゃっても役場に行けばすぐ分かるさ」
「そうそう。他の四人はちゃんと住まいもあるんだし」
「そういう言い方をされるとさ、まるで俺が風来坊にしか聞こえないんだが?」
ツルギさんがぼやいたら、みんなは大笑いしてた。
つられて笑っちゃったけど、家族とはもう会えなくなったのは、かなり悲しい。
「でもまぁ今は、俺らが保護者みたいなもんだからな。解散してここから立ち去ったって、俺らの住まいは、役場に聞きゃ分かるから大丈夫。 勇者の登録記録は残ってるんだからな」
「勇者の名前も同名はいないし、紛らわしい名前もないから問題ないぞ」
心配ない、というのは分かってるんだけど、それもやっぱり悲しい。
けど思えば、悲しいって感覚も、今まで感じたことはなかった気がする。
苦しい思いしかしてこなかったから。
ただ、これからは楽しいことばかりが待ってると思ってた。
いつか、この人達に何かしてあげられる恩返しができると思ってた。
そんな機会は、やってくるんだろうか。
「ま、これからは明るい未来が待ってる。卒業して、仕事して、みんなに慕われる姿を見せてくれりゃ、それで十分だよ」
「あ……うん……」
それだけでもいいんだろうか。
でも、そう言うなら……甘えちゃおうかな。
こうしてこの楽しいお祝いの晩ご飯の時間と、勇者達と一緒に過ごす最後の一日であるその翌日も何事もなく過ぎてゆき、いよいよ冒険者養成学舎の入学式の日を迎えた。
※※※※※ ※※※※※
「闘士学部六十二名、術士学部六十名の新入生のみなさん。入学おめでとうございます。これからみなさんは、最短で六年間の、卒業までの寄宿舎生活ならびに学舎生活を送ることとなりますが……」
入学式の式場になっている講堂はすごく広かった。
新入生全員、付き添いと一緒だったけど、その全員が入ってもまだ空席がある。
でも最短で六年間って言ってたから、先輩達は五学年あるってことだから……。
いや、でも全生徒が集まっても、まだ席が余りそう。
「……以上で私からの挨拶を終わります」
学長の挨拶が終わったあとは、担任の先生の挨拶。
術士学部は一クラス二十人ずつに分かれ、どのクラスになるのかは、受付の受験票と引き換えに渡された式典次第に載っていた。
続いて寄宿舎の寮長先生の挨拶の後に、国王からの、新入生への手紙が拝読されて、式が終了。
その後は寄宿舎に移動して、部屋の割り当てを確認して荷物の整理。
寄宿舎の部屋は……部屋の中に部屋があるって感じ。
六人部屋で、部屋の中央に六人分の机が向かい合うようにくっついて、壁際に寝室用の個室がある。
奇妙な作りの部屋のような気がするけど、気にするほどのことでもない。
これからの僕の部屋。
だけど僕以外の新入生はまだいない。
誰かと一緒に生活することになるなら、今僕はこの部屋に一番乗りで入ったってことだ。
この部屋に僕の荷物を広げて整理する。
そして、いよいよ勇者達のみんなと、本当に別れの時がきた。
「お別れ、なんて言葉使うなよ。すべてがすべてじゃないが、どうしても悲しいイメージしか出てこない」
「え? じゃあ何て言えばいいの?」
言い出しっぺのアローさんが返答に困り、首をひねっている。
「巣立ち、かなぁ」
「自立、とも違うか」
「卒業……とも違うわよね」
言葉遊びっぽくなってきた。
確かに別れは悲しいんだけど、学舎と寄宿舎の中に入ったら、別の感情が生まれてきた。
「出発、かな。もうルスター君を苦しめてきたものはなくなったんだ。これからは、未来を希望に満ち溢れるようにするための準備期間に入るんだ。そう思うとワクワクしてこないか?」
あぁ。
この心の中の何かは、きっとそれなんだな。
楽しみの思いが強くなってくる。
「俺達も、いくらかは君への償いができたと思ってるよ。頑張れよ」
償いなんてそんな……。
ツルギさん、沢山お世話になりました。
「けど、楽しいことばかりじゃない。苦しいこともたくさんあると思う。けど、今までの苦しみと比べたら、そんな大したことじゃない。君なら笑顔で、きっと乗り越えられると思う」
シールドさんには、僕を一番多く、長く抑えてもらってました。
おかげで、迷惑をかけて、そして、迷惑をかけずに済みました。
ありがとうございました。
「シールドの言う通りだな。ま、困ったことがあったら、一昨日も喋ったように、元の職場に戻るんだ。いつでも相談の連絡してくれて構わんぜ?」
アローさんは、いつも僕の苦しい思いを紛らわそうとしてくれてました。
それくらいなら、僕は覚えてます。
お世話になりました。
「ここ、中には退学させられる子もいるのよね。でも最低でも、魔術の使い方は覚えなさいね。そしたらお手伝い位はしてもらえるかな」
メディさんも、少しでも苦しい思いを和らげる魔術とかかけてくれて、うれしかったです。
「そんな事言ったら、ルスター君の気持ちが緩むでしょうに。……苦しいことがあっても振り向かず、前を見ながら私達を頼りなさい。どんな道を進もうとも、前を見続けている限り、私達はあなたを応援するから」
マジックさんも、お風呂とか洗濯とか掃除とか、僕の身の回りの世話をしてくれて、ありがとうございました。
みんなを見送るために、一旦部屋を出る。
自室に向かう他の新入生と付き添いの人からじろじろ見られながら、廊下の角を曲がるまで、僕はみんなの後ろ姿を目に焼き付けた。
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