勇者達と僕:筆記試験と結果発表待ち
光の柱を通過した僕は、紋章の刻印を確認してもらった。
筆記試験の案内を受けたってことは、適性検定では合格、ということっぽい。
でも、合格の喜びはほとんどない。
それよりも、あの衝動がいつ強くなるか、つよくなったらどうなるか、そんな恐怖と不安におびえ、衝動に耐えるためにいつも全身に力を入れていた。
そんな辛い思いから解放された喜びの方が大きかった。
けど、周りの人達の様子を見ると、自分に向ける目はすべて、奇異な物を見るような目をしている。
それは……まぁ仕方がないと思う。
下にいた間は、常に気張っていたりしかめっ面をしていたり、時には脂汗までかいていたし。
それが今ではすっかり落ち着いたから、僕のことを全然知らない人達は、おかしな人とか思ってるのかもしれない。
「そろそろ時間です。隣の教室が保護者の控室になっておりますので、付き添いの皆さんはそちらに移動願います」
試験官の人が入ってくるなりそう告げた。
付き添いの人達はぞろぞろと教室から出ていって、その試験官と受験生だけが残った。
その人数は大体五十人くらい。
それでも教室は横にも縦にも広く、付き添いの人達の人数も多かったから、隣の人との間が前後左右すべてかなり空いてるから、何となくがらんとした感じ。
いよいよ筆記試験が始まるけど、緊張はあまりない。
勇者のみんなからさんざん「数を数えられれば問題ないよ」「会話ができればそれで十分」などと言われたから。
「これから筆記試験を始めます。科目は算数、国語、社会の三つ。各二十分ずつで、合間に十分の休憩が入ります」
問題用紙と解答用紙が配られ、試験が始まった。
※※※※※ ※※※※※
筆記試験が終わった。
国語と算数は確かに簡単だった。
国語は、朝昼晩夜の挨拶の仕方とか、会話の一例をあげるような問題。
算数は、数を数えられるかどうかと足し算引き算。
社会は難しかった。
国の名前は分かってたけど、場所がどこだか分らなかった。
町の名前もよく分からなかった。
そんなことを覚えるよりも、あの衝動を堪えることの方が大事だったから。
そして、問題がもう一つ。
とんでもないことをやってしまった。
だから、合格の自信がない。
名前はしっかり書いた。
受験番号も、三十二番、と間違いなく書いた。
でも……。
「……どうしたの? 苦しいのはなくなったんでしょ?」
「うん……。でも……その代わり……眠くなって……」
世界地図や国の地図の中に空欄があり、地名を書け、という問題があった。
知らないことが多かったから、考えても答えが出てくるわけがない。
おまけに、辛さから解放されたものだから、だんだんまぶたが重くなっちゃった。
二十問中、書けたのは七問。
正しく書けた答えは一つだけ。
考え込んでいるうちに、とうとう力尽きて、眠ってしまった。
「無理もないわよ。今までは眠たかったのに眠れなかったんだから」
分かってもらえるのはうれしいんだけど……。
いや……。
うれしい、と言い切らないと。
だって、前世の記憶では、分かってもらえることはなかったから。
努力した。
結果も出した。
でも、誰も、結果も努力も見てくれなかった。
そんな奴らが僕を責め立てた。
すっかり過去になったことをいつまでも。
それに比べたら……。
「おい、泣くほどじゃないさ。大丈夫大丈夫」
「何も書けなかったわけじゃないんだろ? 正解が一つでもあれば十分さ」
「他の科目は書けたんだろ?」
「不合格はほとんど考えられないけどね」
他の二科目だって、全問正解の自信はない。
もちろん問題全部の答えは書いたけど。
その時教室の扉が開いて、検査官が一人入ってきた。
「あ、そのままお聞きください。今ここにいる受験生は、術士……魔術師に適した者達としてここにおられますが、これから行います判定では、戦闘、回復、補助の三つの属性の判別並びにその結果に従ったクラス分けも行います。合否の結果は全員の判別が終わった後にここで通知いたしますので、判別が終わった後、またここに戻って合否の結果をお待ちください」
検査官は説明をして会場を出るものと思ってた。
ところが。
「では、判別の会場に案内します。受験番号が小さい順に呼び出します。えーと……三番、七番、九番、十二番の受験生の方、付き添いの方も一緒について来て下さい」
いきなり始まった。
落ち込む暇もない。
「そっか。受験票受け取ったのは、ここの入り口だったもんな。そこから闘士と術士に振り分けられたから、呼ばれない番号はみんな闘士学部志望ってことか」
「シールドってば……それくらい誰だって分かるでしょうに」
「一々目くじら立てるもんじゃないだろうに」
勇者のみんなのやりとりが、ようやく楽しく見ていられるようになれたのはうれしい。
でも、衝動をなくすという課題が消えたら楽になると思ってたのは間違いだってことも知った。
気に掛かることが解決すると、また別の問題が生まれるもんなんだな。
衝動に悩みがなくなったと思ったら、今度は前世の記憶に苦しめられる。
その時の僕の名前なんかは出てこないけど、見たくない他人との絡みがいろいろと頭に浮かぶ。
「どうした? ルスター」
「……ううん。何でもない」
何でもない、としか答えようがない。
きっかけはドラゴンが村に襲い掛かってきたからだけど、それが原因って言えないわけだし。
そうこうしているうちに、また検査官が入室して、受験番号を読み上げる。
これが何度か繰り返されて、他の番号と共に僕の番号も呼び出された。
※※※※※ ※※※※※
判別が行われる場所は、同じく二階の、筆記試験会場からちょっと離れた教室。
またも廊下で待たされたけど、一階の時みたいに廊下中に受験生が並んで順番を待たせられてはいなかったし、あの衝動がないから落ち着いていられた。
でも一緒に並んで待っている他の受験生は僕のその様子を見てたらしく、怪しげな目で僕を見ていた。
「三十二番、入ってください」
僕の番号が呼ばれ、勇者のみんなと一緒に部屋に入った。
中は一階の判定の部屋と同じくらいの広さ。
けど、光の柱とかはなく、長い白髭をはやした年配っぽい人と他に四人の検査官の人がテーブルの席に座っていた。
間を離して椅子がいくつか並べられていて、その真ん中に座るように言われた。
間は離れてるけど、向き合うようにみんなが座ると、その白髭の検査官がゆったりとした話し方で声をかけてきた。
「三十二番……ルスター、ロージー君、だね」
名前を呼ぶなら、番号は何のためにあるんだろう?
まぁ子供には分からない事情があるんだろうな。
「は、はい、そうです」
「それと……付き添いは……勇者のパーティですか。見たことがある人がいますね。……ユナさん……ではなく、勇者名はメディ、でしたか」
「はい。お久しぶりです、グラン先生。……今は学長、でしたか」
ここを卒業したって話聞いたような。
驚きはしないけど、メディさんって、本名じゃなかったんだ。
でも、昔からの知り合いなら、もう少しうれしそうになるんじゃないの?
「この子の親御さんは? なぜ君たちが?」
「実は……」
なんか、いきなりお話しが始まった。
判別とか判定とかじゃなかったんだっけ?
※※※※※ ※※※※※
「なるほど……。ではルスター君。君の目的は果たせた、と言えるわけだが……君はこの後、どうしたいのかな?」
村に帰りたい、という思いはあまり強くない。
むしろ、合わせる顔がない。
だから……。
「できれば冒険者になってみたいです。できなきゃできないでもいいけど、仕事してたくさんお金を手に入れて、家族に送りたいです。今まで迷惑かけちゃったから……」
家族の力になりたい。
今度は僕が、家族に何かをしてあげたい。
でも何をしていいか分からないけど。
「すると、将来の仕事は冒険者でなくてもいいということかな?」
え……えっと……突然そんなことを言われても……。
それに、魔力がどうのって言われてたから……。
「え……っと……あの……よく分かんないんですけど、僕みたいな魔力の持ち主はいないって何度か言われたことがあるので、それを活かせる仕事に就けたら、とか思うんですけど……」
「あの、先せ……学長。その質問は、彼には酷です」
メディさん、いきなり何を?
「この子は、まだ年端もいかないのに、大人でも耐えられない苦しみにずっと耐えてきました。毎日毎日、目の前の一日を無事にやり過ごせるかどうか。どう乗り越えるか。それしか考えられませんでした。その結論が、ここの受験です。だから、将来の未来像まで考える余裕は当然ありません。ただ、受験する、そして受験するからには合格する。それ以外にこの子が将来について考えられる状況じゃありませんでした」
言われてみれば、そうだった。
それに、今は……お腹が減った。まだ眠い。
「それに、術士としての心構えと技術をここで得ることで、この子もこれまでの人生を取り返せるほど充実したものになるでしょうし、損をする者はどこにもいないでしょう」
学長って人がしばらく考え込んでるみたい。
みんなも黙ってるから部屋の中が静かになった。
「……そうですか。分かりました。……ところで、ルスター君の魔力適性ですが……合格と判定されるなら、とりあえず、補助系としておきましょう。攻撃、回復いずれも該当しません。補助系の方が、その二種よりも適性は高いようですからね」
そう言えば、あの精霊とかってのの会話で、属性が不明、みたいなこと言われた気がする。
……まぁ、分かる人達みんなから魔力があるって言われてるし、その力の使い方さえ教えてもらえれば、なれる職業は何でもいいかな。
※※※※※ ※※※※※
魔力判別が終わり、筆記試験の会場に戻った。
あとは合否の発表を待つだけ。
だけど、さっきの部屋でメディさんの話にびっくりした。
その話相手の検査官の人が学長ってのにもびっくりしたけど。
「……みんなの名前って……本当の名前じゃなかったの?」
「ん? あぁ。勇者としての名前だよ。覚えやすいように、な」
騙そうとしたつもりも、隠そうとしたつもりもなかったんだろうけど……。
何となく、誤魔化されたような気がする。
「能力が高い者が勇者に任命されるんだ。その人数に制限はない」
「え?」
ということは……?
「俺達以外にも勇者のパーティはいる」
「魔物の増殖期だからね。大勢いないと国の平和は守れないのさ」
言われてみれば……。
広い国のあちこちで魔物が発生して、それを五人で退治する、ていうのは……無理……だよね。
「そして、任期ってのもある。人より優れた能力を、いつまでも維持することはできないからな」
「そこで、次の勇者の選考があって、新たな勇者が生まれるって訳」
知らなかった。
というか、説明されても理解できる余裕、なかっただろうし……。
でも、突然すぎるよ。
「私達の勇者の任期は、半月もあるかな……。そしたら、また前に所属してたところに戻るって訳」
「え?」
みんな、ばらばらになるの?
僕はどうなるんだろう……。
「ま、入学金や授業料、必要経費なんぞは、卒業までの分を全部収めておくから心配すんな」
「そうそう。ルスターのお小遣いの分もとっておいてるからよ」
「そんな……僕……」
ここでそんな告白を聞かされるなんて夢にも思わなかった。
「お? 合格発表が張り出されたぞ? ほら、見にいけよ」
言いたいことがあるのに頭の中が何かにかき回されてるようで、言葉が順番に出せない。
なのに、時間は普段と変わらずに流れている。
試験官二人が、合格者の番号一覧が印刷された紙を持ってきて、正面の黒板に張り出した。
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