勇者達と僕:冒険者になるための適性試験
冒険者養成学舎の入学試験の日を迎えるまでの間も、あの衝動は僕を苦しめた。
暴れたくなる衝動は相変わらず数えきれないほどあったし、勉強は必要ないとは言われたけど、心配だから勉強をする。
けどその衝動が僕を何度も邪魔してきた。
でも、勇者の人達と一緒に生活できたのは有り難かった。
その衝動が来るたびに、勇者の人達は何の苦労もなく僕を抑えてくれた。
家にいた時は、ありったけのロープとかでぐるぐる巻きにされて、さらに重しとかで押さえつけられてたから、衝動が軽くなると窮屈で仕方がなかった。
それが、僕の力に応じて抑えてくれてたから、そこんとこは楽だった。
けど、入学試験の日は不安で仕方がなかった。
受験中、また暴れたくなったらどうしよう、って。
「心配ないわよ。日程は、まず適性から始めるの。そこで、闘士学部と術士学部に振り分けられるわ」
「君の場合は間違いなく術士学部だね。で、振り分けられた後、紋章刻印の儀に入る。魔力の量次第では刻印されないこともある。その者は、受験前に不合格となる。ま、これだけの魔力の量があるなら弾かれることはまずないな」
「刻印が刻まれる、ということは、魔力を放射しやすくなるってことだ。その衝動も相当抑えられると思う。分かってると思うが、入試合格が目的じゃない。刻印してもらうことが目的だからね」
「ま、君にその気があるなら、魔術師になるっていうのもありよね。冒険者としては人並み以上の術師になれると思うわよ?」
※※※※※ ※※※※※
そんなこんなで、試験日がやってきた。
勇者のみんなに付き添われ、入試会場に向かう。
会場はその街の……ルーベンス王国の首都、サンミア。
けど、その会場は、首都の北端にそびえる山脈のふもとを背にした国立第一冒険者養成学舎。
王宮に近い、サンミアのほぼ真ん中にある勇者さん達の拠点からかなり離れている。
僕の村ほどではないけど、田舎と呼んでもおかしくない。
そんな地域でも、会場に近づくにつれ、華やかな馬車の数が目につくようになる。
貴族が所有する馬車、とのことだった。
馬車から降りる大人と子供は、誰もがみんな、その馬車に乗るにふさわしい格好をしている。
「どうした? ……ひょっとして、また衝動か?」
「具合が悪くなったらすぐに俺達に言うんだぞ?」
「あ……ううん。違うんだ……」
「体調が悪くないなら、会場に早く入って、休めるところ探さないとね」
体調はとても気になるところだけど、同じくらいに気になったのは、受験を受けに来た人達の服装。
入試案内には、普段着のままお越しください、と書かれてた。
なのに、誰もがみんな、綺麗に着飾っている。
勇者のみんなから買ってもらった服は、それなりに立派だったけど、どうしても気後れしてしまう。
「……あぁ……普段着で来いってのは、こういう装備を付けてこなくていいってことだ」
「そうね。それに、服装で合否を判定するわけじゃないから、心配しなくていいわよ?」
と言われても、自分だけが見劣りするような……と言ったら、僕を世話してくれた勇者の人達に失礼だよね。
門をくぐって中に入る。
その場にいる人達は僕をじろじろと見て、眉をひそめた。
「みっともない格好」
「こんな奴が試験を受けるの?」
「目ざわりよね」
「あんな奴と一緒になりたくない」
方々からそんな声が聞こえる。
年齢を下回るようなひ弱な体型は、誰の目からも不気味に見えるんだろう。
それと、過去の記憶……おそらく前世だと思う。
前世の嫌な記憶で吐き気を催した。
そして現実の感情がごちゃ混ぜになったことで衝動が更に強くなる。
「まともに食事を摂れない事情がある。それを知らない者の言葉なんて聞かなくていい」
「そうそう。何の責任も持ってない奴の文句など気にするな」
「まずは受付に行かなきゃね」
僕に付き添う勇者達はきっと、僕が中の様子を見て戸惑っていると勘違いしている。
前世の過去を覚えてる、なんて説明を、衝動を堪えながらするのも面倒。
ただでさえ、これまでずっと世話をしてもらって、うれしかったし有り難かった。
更に、前世の記憶でそんな出来事があった、なんて伝えても、勇者達は困るだけだ。
できれば自分で克服したかった、問題を抱えた過去の僕。
でも今では解決のしようもないし、それどころじゃない。
言われるがままに勇者達に促されて受付に行く。
そこでも白い目で見られた。
彼らにとっては貧乏くさい格好、ということもあるんだろうけど、何かに堪えている険しい顔をずっと続けているせいもあるんだろうな。
「……え? この人達……」
「ひょっとして……勇者達?」
「こんな人達が、なんであんな変な子供に?」
戸惑いの声も聞こえてくる。
けどこっちはそれどころじゃない。
どうして前世の記憶からも苦しい思いをしなきゃならないんだ。
ここでも衝動がもっと強くなる。
「はい、では次の方……はい、お名前をどうぞ」
ようやく僕の番だ。
「は、はい……。ロ、ルスター・ロージー……です……」
「ルスター・ロージー君ね。ロージー……ロージー……あ、これね。ルスター・ロージー、六才。はい、では受験票をどうぞ。これを持って、まずは判別所に向かってください。付添人の方々もご一緒にどうぞ」
付き添いを見た周りの人達の反応とは違って、受付の人は勇者のみんなには目もくれず、淡々と説明してくれた。
一刻も早くこの衝動を何とかしてほしい僕には、手短な案内は有り難かった。
「あたし達も試験官に術士学部志望って伝えて、すぐに適性テストを受けられたらいいんだけど……」
「ほんの数分だ。十分くらい経ったら、もうすっかり落ち着いて筆記試験に臨んでるさ」
「馬鹿言わないでよ、アロー。苦しむ時間は一分一秒でも少ない方がいいでしょ。ただでさえ、これまでずっと……」
その言葉を聞いた僕は、この苦しみから解放される時は、もう目の前だ、と知った。
それならば、僕を抑えてくれる人もそばにいてくれるし、我慢でき……る。
「もう少しだからな? 頑張れよ?」
学舎に入ると、玄関からまっすぐ奥に伸びる廊下がある。
廊下の十字路の手前にゲートがあって、そこにも学舎の人がいた。
「どうぞお通りください」
その指示に従いゲートをくぐる。
即座にゲート全体が黄色く輝いた。
「術師適性が判明しましたので、左に曲がって最初の部屋にお入りください。それでも闘士希望なら真っ直ぐお進みください」
その衝動がさらに強くなる。
体を震わせながらそれに堪えるのが精一杯で、学舎の人に返事ができない。
代わりに勇者のメディさんが答えてくれた。
「分かりました。ありがとうございます」
その一言ですら、声に出せない。
「そうか。志望と適性が食い違うこともあるんだな」
「だろうね。闘士適性は反対方向かな? どのみち適性が志望と違う時は真っ直ぐ進むってことか」
何かに気を取られていればその衝動も薄らぐだろう、という、僕の気を紛らわすための会話だと思う。
けど、その細工は徒労に終わる。
指示された部屋までの廊下には、その横幅目いっぱい並んでいる受験生の列。
僕が入室できるまで、どれくらいかかるか分からない。
「シールドさん……僕を……」
最後まで言い終わる前に、優しく僕を抑えてくれた。
そんな勇者の腕の中でもがく僕。
他の受験に来た子と付き添いの大人達は、多分不快そうな顔で僕たちを見てたに違いない。
でも僕には、そんなみんなのことを考える余裕はなかった。
けどその衝動はいつまでも強いままじゃない。
その衝動が軽くなっていくと同時に、僕はいつものように気を失った。
※※※※※ ※※※※※
「お、起きたか。もう大丈夫だ。もうじきだ」
気が付くと、その部屋の順番待ちは次になっていた。
「辛抱した甲斐があったな。もうすぐだぞ」
ツルギさんがそう言ったすぐ後に、試験官からの呼び出しがあった。
「ルスター・ロージーさん、中にどうぞ」
案内に従って部屋に入ると、右側に長テーブルが一脚。
そこに三人の試験官が座っている。
それ以外は何もない部屋。
だががらんどうではなく、その真ん中には天井まで届いている、太い光の柱が立っていた。
「えぇと、ルスター・ロージー君だね? ……具合が悪そうだが、大丈夫かね?」
「お気遣いは結構です。……その光の柱に入るんですよね?」
「え? あ、あぁ……って、君たち……いや、あなた達は!」
試験官達は僕に付き添ってくれてる勇者さん達をようやく認識したみたい。
けど僕にはそれどころじゃなくて、みんなもそのことを分かってくれてて……。
「私も入試の前に、その光の柱の中に入りました。でも、懐かしがってる場合ではなくて。同じように入らせていいんですよね?」
「あ、あぁ、うむ。」
試験官からの反応が来たか来ないかのうちに手を引っ張られ、光の柱の前に連れてこられた。
「ほら、入りなさいっ」
とん、と背中を押され、僕は光の中に入っていった。
※※※※※ ※※※※※
明るい黄色い光に包まれた。
衝動が次第に消えていく。
そして、誰かの会話が聞こえてきた。
『へえぇ。面白い子が入ってきたよ?』
『魔力の元を取りこんじゃったんだねぇ』
『不運としか言いようがないね』
『適応できたんだから、まるっきり不運とは言えないよ』
『しかも、尽きることのない魔力だよ。種類は何かなぁ』
『五大元素じゃないのは確かだね。回復でもなさそう』
『でも面白いよ? 紋章刻んであげたら、何の呪文なしでも魔法使えそうだもん』
『僕らの助けもいらなそうだよね』
『ま、この子には紋章刻んであげたら、僕らも少しは楽できると思うよ?』
『魔力の元に入れたら面倒は少ないと思うよ?
『それがいいね。じゃみんな、いくよー……。えいっ!』
そこにいるのが何者なのか。
この光は何なのか。
何も分からないうちに背中とお尻を突き飛ばされて、この光の中から追い出された。
「うわあっ!」
一体何が何やら分からない。
ただ一つ分かったのは、周りに関心を持つことができるくらい、心に余裕ができたこと。
光の柱から追い出された僕は、床に四つん這いになって、柱にお尻を向けていた。
「あの……えっと……」
ゆっくり立ち上がって後ろを振り向く。
勇者のみんなと試験官から、一体何があったのかというような目で、きょとんとした顔で見られていた。
「今のは……一体……」
「む……あー、ちょっと見せてもらえるかな?」
試験官の一人が僕に近寄ってきた。
何を見るというんだろう?
「あ、刻印された紋章ね? それがないと受験自体できないものね」
「え?」
あ……。
そう言えば、そんな事言ってたっけ。
でも……どこに刻まれてるんだろう?
試験官は僕の袖やズボンの裾をめくったりして探しているけど、見つけられないみたい。
「刻印がないようですね。不合格……」
「あ、ひょっとして、頭かな」
「頭?」
僕は、頭に衝撃を受けたことや光の柱の中でのことを試験官に伝えた。
途端に試験官全員と勇者のみんなが驚いた。
「会話……聞こえたの?」
「しかも、呪文や詠唱なし……と?」
何か変な事言っちゃったんだろうか?
というか、そっちがこっちに聞きたいことはあるんだろうけど、こっちもそっちに聞きたいこともあるんだけど。
部屋の中にいた試験官三人が僕に近寄ってきた。
近づかれても、僕が体験したことに変化はないんだけど。
「なら、紋章は、ここ……?」
検査官の一人が僕の髪の毛をかき分ける。
もちろんあの痛みは消えてるから平気なんだけど……。
「えっと、その会話してた人達、何者なの? 姿が全く見えなかったんだけど」
「我々は、精霊、と呼んでる者達だ。言葉を聞き取れた者はいないのだが……」
検査官の中で、一番偉い感じの人が口ごもる。
すると、僕の頭の上から驚きの声が上がった。
「あります。一度にすべては見えませんけど、紋章の刻印、確かにあります! ……あ、ごめんなさい」
大声に耐えられなくて耳を塞いだ僕に謝ってくれたけど……うん、ちょっとうるさかった。
と同時に、勇者のみんなは喜んで僕の傍に駆け寄ってきた。
そして僕を抱きしめる。
「良かった……良かったっ」
「ようやく治ったのね!」
「俺の思った通りだったろ?」
「調子のいいこと言ってんじゃねぇよ! なんにせよ、目出度い!」
「こんなミッション達成もいいもんだよなぁ!」
我慢せずに普通に立っていられる。
これを最後にできたのは、何年前だったんだろう。
余計な力を入れずに普通に立っていられる。
それができなくなったのは何年前からだっただろう。
知らず知らずのうちに涙が流れてくる。
今まで、何度も何度も抑えてくれてありがとう。
自分達の仕事があるのに、いつも誰かが付き添ってくれてありがとう。
尽きることのない感謝の気持ちが、次から次へと湧き上がってくる。
勇者のみんなも涙を流している。
みんなも、僕のことをずっと気に病んでいたんだ。
もう、大丈夫だよ。
これからは……。
これからは……あ……。
あれ……?
これから、どうしよう……。
「何があったか分かりませんが、どうやら光の柱の審判は無事に通過できたようなので、試験会場に案内したいのですが?」
あ……。
えっと……。
「そ、そうだったな。忘れてた」
「そ、そうね。筆記試験、これからだもんね」
……試験、受けていいの?
だって、ここに来たのは……僕の……心の……。
……思い切って、口に出してみた。
「あの……一応目的は達成したよね……」
と、試験官には聞かれないように小さい声で聞いてみた。
「え? でも受験するよね?」
みんなは僕の言葉に驚いて抱きしめた腕を緩め、それを確認するように僕の目を見る。
でも、みんなは、僕が元に戻ることを願っていた。
そして僕は元に戻った。
だからみんなは、僕の面倒を見る必要はなくなったはず……なのに……。
「入学して、魔術師になれよ」
「そうよ。魔力の量がかなり多いだけでも、仕事を見つけやすくなるし生活も楽になる」
「何より、こんな人材を失うのはもったいないもの」
目の前の一日を無事に乗り切ることで精いっぱいだった。
今までこんな風に期待されたことなんてなかった。
それがこんなにうれしいことだなんて知らなかった。
「何やら事情があったようですが、後がつかえてるので、部屋を出てからにしていただけませんか?」
「し、失礼しました……」
※※※※※ ※※※※※
ルスターと勇者達五人が退室した後の、光の柱の部屋の話。
「会話が聞こえた……って……ほんとですかね?」
「それを証明する方法はないのだが……」
「ですが、頭に刻印があった、というのも聞いて、その通りにあったのですから……」
三人は困惑している。
というのも……。
「貴族の子女を一人減らす必要がありますね……」
「……貴族たちは騒ぎ立てることはしないでしょうが……」
「しかしあの子を逃す手はありません。魔力の質量は確認できましたか?」
「それはもちろん。上級冒険者のリーダーに立つ魔術師に匹敵します。ただ、その術がどのようなものであるかは未知数ですし……」
「直に術をかけるとなると、指導する者も……」
同じやり方で魔法をかける者でなければ師弟関係を結ぶのは難しい。
ましてや、ルスターの言によればその術法は、教師陣や学舎卒業生でもほぼ前例がない。
故に、素晴らしい人材を見つけても、それなりの育成技術を持った者が指導側には存在しないため、卒業を迎えても、彼の成長を保証するのも難しい。
かと言って、その人材を手放すと、人を見る目がないということで学舎の名声も下がってしまう。
「仕方ありませんね。彼を合格にしましょう。筆記で驚くほど低い点数を取っても構いません」
「い……いいんですか? それこそ貴族たちが……」
「この学舎の目的は、国民に不安をもたらす魔物の討伐や、国民の生活に平穏をもたらす人材の育成。資金援助が減るなら、減ったなりに工夫を凝らして、そんな人材を育て、活躍させること。貴族の機嫌伺いなどではありません」
「しかし……中には途中で退学する者も……」
議論が交わされる中、一番年老いた一人がゆっくりと立ちあがり、物静かだが力のこもった声を出した。
「それは、我々の力不足。指導者側の人材不足であり、生徒の責任ではありません。そして、合格させた人事の責任でもありません。それに合格者の人数に制限はないので、誰からも怪しまれることはないでしょう」
この一言は、まさに鶴の一声。
一人の検査官がため息を一つ付いた後、重々しく口を開いた。
「……受験生ルスター・ロージーは、筆記試験の成績の如何を問わず、合格、ということですね? 学長」
学長と呼ばれたその老人は、頷く表情にも力を入れる。
斯くして、受験生の中では数少ない一般人の一人、ルスター・ロージ―は、筆記試験と術士適性試験が始まる前に合格を確定となったのである。
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