勇者達と僕:僕の村が襲われて、ドラゴンの歯は僕の頭に刺さった

 僕の村がドラゴンに襲われた。

 その頃の記憶は曖昧だけど、このことははっきりと覚えてる。


 村の人達が村の外に向かって走っていた。

 思い返せば、みんな、村の外に避難するところだったんだと思う。

 家族も同じように村の外に行こうとしてた。


 けど、人ごみの中だったからだろう。

 僕の手を掴んでいた母さんの手からするっと抜けた。

 母さんの背にはいろんな荷物があったから、三才の僕を背負えなかった。

 怖くなった僕は、その場で大声で泣いた。

 でも母さんや家族は僕を探しに来なかった。


 いや。

 探しに来れなかった、というのが正しいと思う。


 人の流れに逆らって、避難する人の邪魔になっただろうし。

 それに、村人達の悲鳴や怒鳴り声、足音、そして何よりドラゴンの叫喚で、僕を探すどころじゃなかったと思う。


 やがて、その避難する人の流れが次第に穏やかになり、消えていった。


 そこには僕一人だけが残っていた。


 避難する大勢がいなくなって、ようやく見慣れた町並みが目に入った。


 一軒一軒の間は、全て建物一件分以上の間が空いている道路沿い。

 一階建ての木造の店や家が並び、時々石でできた二階建ての建物も見える。

 道路の真ん中は、平らな石が敷き詰められてるけど、建物の前、道路の端は土や砂利。

 いつも見る風景……ばかりじゃなかった。


 その見慣れた町には人一人いない。

 まるで別世界に一人だけ迷い込んだよう。


 僕は泣き疲れてとぼとぼと歩き出した。

 もちろんどこに行けばいいか、なんて分かりはしない。

 時折感じる地響きとドラゴンの叫び声、そして大きな何かが倒れたり壊れたりする音が、それを感じるたびに僕に近づいてきた。


 想像力豊かな大人なら、誰だって全速力でそこから逃げ出すだろう。

 でも僕は、まだそんな知能はない子供。

 僕を覆う影を見た。

 その姿に体を向けたのは、恐怖も何も知らないから。


 そして、頭に浮かんだその出来事が、なぜか、いつか僕が体験したことだって思えた。


 その時だった。


「アロー! 撃てっ!」

「よしっ! 刺さったぜ! ツルギっ! 決めろ!」

「おおっ……って、おいっ! 足元に幼児! 誰か確保!」

「間に合わないっ! 切り落とす方が早い!」


 どこからか、誰かのそんな怒鳴り声が聞こえてきた。

 そして気付くと、ドラゴンの首が僕に向かって落ちてきた。

 ドラゴンの首だけが、僕の頭に落ちてきた。

 そして頭に、何かが刺さるような、そしてとんでもない力がこもった何かに叩かれたような衝撃と痛みが走った。


 いつか、どこかで、僕は大勢にいじめられて苦しんだ。

 そして今、おっきいドラゴンに噛まれて、とても痛くて苦しい思いをしている。


 僕は、どうして生まれてきたんだろう?


 どうしようもないやるせなさを感じる中で、僕の意識はそこで途切れた。


 ※※※※※ ※※※※※


 そのあと僕は助けられた。

 頭痛は消えて、健康状態にも問題はなかった。


 けど、ままならない日常生活を送ることになってしまった。


 収まる時は時々あるんだけど、暴れたくなる衝動が四六時中起きている。。

 その原因は、ドラゴンの頭が僕に落ちた時らしい。


 後から聞いた話なんだけど、勇者と呼ばれる冒険者達のパーティによって、そのドラゴンは打ち倒された。

 その際に、ドラゴンの首を切り落としたらしい。

 ところがドラゴンの口が開いたまま落下して、その中に僕はすっぽりと入ってしまった。


 それだけ聞くと、幸運なことこの上ない話なんだけど、ドラゴンの歯の何本かが、僕の頭に深く刺さったとか。

 即座にドラゴンの頭を除けた勇者達は僕を治療してくれたらしいんだけど、頭に刺さった歯はどうにも抜けず、そのまま僕の頭の骨に同化したらしい。


 いつもイライラするっていうか、黙ってじっとしていられないというか。

 日に日にひどくなり、その衝動が抑えられるのはトイレに行きたくなるときくらい。

 ご飯も碌に食べられないし、眠ってる間もイライラで悪夢を見てしまう。

 だからいつも眠い感じ。

 なのに眠れない。


 同じ年の子と比べても、背は低いし痩せてるし。

 当然体力も低い。


 それでも、実は我慢してた。

 いつも暴れたい衝動に振り回されてた。

 ところが時々、更に力いっぱい暴れたくなる時があって、いくらその気持ちを抑えようとしても抑えきれない時もあった。


 療養所の先生に相談しても、異常なしの診断しかもらえなかった。


 この苦しみを分かってほしい人に分かってもらえない苦しみやくやしさが、僕の昔の記憶をまた呼び起こし、(どうして僕だけこんな目に)という、行き場のない腹立たしさが強くなる。

 それが、さらにその衝動を強くする。


 けど、苦しい思いをする人は僕だけじゃなかった。

 父さんも母さんも、兄さん達も姉さん達も、苦しむ僕を見て悲しそうな顔をする。

 そのうち、僕は丈夫なひもで縛られることが多くなった。

 暴れる僕を押さえるのもつらいから、だって。


 それでも、日に日にやせ細る僕を見て、何とかしなきゃ、って家族は頭を悩ませてくれた。

 でも、家族も次第に疲れてきた。

 それもそうだ。


 父さんは外に出て仕事に。

 兄さん達はその手伝い。

 母さんは家で洗濯とか掃除。

 姉さん達はその手伝い。


 そんな毎日の中で、僕が暴れる。

 それを押さえ込まなきゃならないから。


 そして思いついた。


 あの人達なら、自分達が知らない知識とかを持ってるに違いない。

 田舎の治療師よりも頼りになるはずって。


 確かにうちは、貧乏とまではいかないけど、生活に余裕がある方じゃない。

 診てもらっても効果が現れない治療師の所に、何度も通っていられない。


 でも僕の異常は、家族みんなその一件が原因と考えていたから、あの人達にどうにかしてもらおうということになった。


 もちろん解決できるとは限らないことも分かってた。

 けど、他に頼れる当てがない。


 父さんは、片道だけでも馬車で二日はかかる遠い、大きい町に拠点を置いている、という話は聞いていた。

 解決できなければ、それはそれで仕方がない。

 でも解決できるのであれば、大きな出費はこの一回で終わる。

 そんな覚悟を決めた父さんは貯金を切り崩して、家族みんなで、まだ解散していなかったその勇者パーティの拠点を訪れた。


 大きな町、と言われても、どこにあるのか考える余裕もなかった。

 御者の話によれば、その街のほぼ真ん中にある、とのこと。


 僕の事情を外せば、無事にその拠点に到着できた。

 突然の訪問だったけど、歓迎してもらえた。


 案内されたその部屋に勇者全員が揃った。

 男の人が三人、女の人が二人の計五人。


 僕のことは、ずっと気がかりだったらしい。

 そして、何年かぶりに僕を見た五人はとても驚いていた。

 あの頃とほとんど変わらないどころか、やつれていたのだから。

 六才の子供が。


 でも、突然訪れた僕たちを歓迎してくれて、僕の姿を見て、みんなが僕を抱きしめてくれた。


「息子は一見元気そうなのですが、あの時以来みんなが……本人も苦しんでおります」

「え? どういうことでしょう?」


 父さんは僕の症状の詳しいことについて説明した。


「……ということなのです。お前からも何か言うことないか?」


 父さんに促されて、勇者の人達に伝えた。


 ひどいときは、とにかく何かを壊したくなる。

 でも家の中の物を壊したらみんなが困るし悲しむから、こうして自分の体を叩いてる。

 止めたいけどどうしようもない。

 今では何もしなくても、叩いたところ全部痛い。


 僕は、途切れ途切れだったけど今の状態を説明した。


「そっか……。間に合わなくてごめんね」


 女の人から謝られた。

 僕はただ、ありのままを伝えただけのつもりだったけど、その人はまるで僕と同じ苦しさを感じてるような、そんなつらそうな顔をしていた。



「申し訳ありません。私達がもう少し、村の安全の確保に気を配っていたら……」

「謝罪を求めに来たのではありませんし、金品の要求に来たわけでもありません。この子を正常に戻してほしいだけなんです。できなかったとしても、その方法を知りたいだけなんです。私ら家族が持つその手掛かりは、みなさん以外にいないんです」


 家族が勇者達にそんな説明をしている間にも、また暴れたくなる衝動が激しくなった。

 その衝動を何とか誤魔化そうと、太ももを力いっぱい何度も殴った。

 それを見た父さんが説明を続ける。


「その障害により、食事も睡眠もままなりません。暴れたくなるのを無理やり抑え、悶絶のあまりに気を失います。睡眠はその気絶のついでに辛うじてとれる状態です。この子の足や肩、そこを中心に青い痣が広がってます。周りの人を傷つけず、周りの物を壊さないように、この子なりに配慮して、必死に戦っているんです。この苦しみから救ってあげたいのです」


 困惑する勇者達。

 勇者達に縋りたい思いの強さのあまり、涙を流す両親と兄弟姉妹。

 僕は変わらず、衝動を堪えるために太ももを叩き続ける。


 勇者のみんなはそれを止めようと僕を抱きしめてくれた。


「……抑えてあげるから、暴れたくなったら暴れていいぞ。それで少しでも苦しみが和らぐならな」


 体が大きくて、重そうな鎧をつけた男の人が、僕に優しく話しかけてくれた。


「……あのドラゴン、ジュエルロックドラゴンだったわよね」

「あぁ。それが?」

「あれって、ジュエル……体を構成する宝石一つ一つが魔力によって結合されてるのよね」

「動力源でもあるようだな」

「その歯が刺さったまま、なのよね? 健康状態に問題がないのなら、尽きない魔力が体内に無理やり注ぎ込まれて……と思うのよ」

「なら放出させれば……」

「所かまわず? それは周りに迷惑を及ぼすことになるわね。この子は元に戻ると思う。でもそれじゃ周りも、家族も、そして本人も不幸になるだけよ」


 勇者の人達の議論はそこで止まった。

 どんな結論が出るのか不安だったけど、今の僕はそれどころじゃない。

 少しでも早く、この衝動が収まってほしいと願う以外に考えられなかった。


「何とか……何とかしてあげられないんでしょうか……。また家族みんなで楽しく暮らせるようになりたいのです。けど……家族と離れなければ無理、というのであれば……それも受け入れましょう。なので、どうか……どうか……っ」


 父さんの言ってることはよく理解できなかった。

 でも、勇者達はその言葉を聞いて口を開いた。


「……ないこともないんですがね、お父さん」

「え?」


 勇者の一人の言葉に耳を疑ったのは父さんだけじゃない。

 僕も、こんな状態を抜け出せるなら、どんなことでも知りたいし、今すぐにでも言われた通りのことをしたい。


「ツルギ、どこにそんな方法があるのよ」

「冒険者養成学舎ならどうだ? 寄宿舎生活で、できれば帰省なしの者を優先的に入所させるって言うしな」

「なるほどな。この子の場合は当然魔術学舎になるだろうが……。魔術学舎でいいんだよな?」

「うん。魔力は異常なほどだし、問題ないと思うわ。けど、問題は外野にあるのよねぇ」


 まだ問題がある?

 でも、なんでも我慢するっ。

 前世の苦しみ、そして今この苦しみから抜け出せるなら、なんでも我慢できるっ。


「外野……とは……?」

「卒業後、冒険者として即戦力になりそうな人材を優先して入学を許可してるのよ。でも、そんな人材って滅多に出てこないのよね。そこで……」

「身分、特に裕福で高貴な貴族の出身を優先して入学させるようにした。経営にも金が必要になるからね。入学させる代わりに義援金を、というわけだ」


 家族はみんな、何も言えなくなった。


 だって僕らは、当たり前だけど貴族でもないし、貯金を半分以上切り崩さなければこの都会にいる勇者のパーティの拠点に来ることができない、裕福とは縁のない田舎の村人だから。

 けど、その方法を実行するには、いろんな面で力が足りなさすぎる。


 打つ手なし。

 なす術なし。


 水を打つ静けさは、不安な気持ちをさらにかき乱すような感じがする。

 その不安感も、衝動を強くさせる。

 でも今は、一番体が大きい勇者に抑えられてるから、ちょっと安心できる。


「……でも……責任は感じてるんだよな」

「ツルギ……」

「ドラゴンの首を切断した後、蹴りの一つでも入れときゃ、この子はそこまで苦しまずに済んだろうに、ってな」

「……俺も、まぁ気がかりってば気がかりだったな。あの村が復興したって聞いた時は胸をなでおろした。けど、なぁ……」

「シールド……。まぁ……あたしもだったけどね」


 勇者達は口々に、後悔の言葉を口にする。

 そんな言葉は、僕たちは望んでいない。

 でも、その後の勇者の言葉は、僕にかすかな希望の光を与えてくれた。


「……俺達が身元引受人、後見人になって、学舎に入学推薦を申し出たらあるいは……」

「ちょっとアロー! そうなったら、この子の入学試験の出来次第になるのよ? 入学の確約は保証できないわよ?!」

「マジック、落ち着いて。筆記試験は誰でも分かる問題しか出ないし、そもそも保護者同伴は許可されてるわ。面接だって付き添いはあげたら大丈夫でしょ」

「それは……まぁ……メディの言う通りだけど……」


 再び静かな時間が流れる。

 けど、それは一瞬だった。


「今は……六才だっけ? なら最年少で受験できるな。入試まで二月くらいか。その間はここで生活してもらって、試験で合格したら寄宿舎生活。ということでどうだ? みんな」


 子供の僕でも、この言葉のおかげで家族みんなが安心したのは分かった。

 そして、僕はこの時、僕を治療してくれる人がいて、僕はいつかは治るんだと思ってた。

 そうしてまた家族と一緒の生活に戻れる、と。


 でも、そんなことを思ってたのは、僕一人だけだった。

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