僕の人生、さよならだらけ ~頭にドラゴンの牙が刺さって取れないままなんですが~
網野 ホウ
プロローグ:僕の前世はこんなんだったらしい
現実逃避は、人の成長を妨げる。
見たくない現実を見て、改めるべきところは改める。
そうして人は成長するものだ、と思う。
そして、僕も成長したい、と思っている。
思ってはいるけど、改めようという気持ちが生まれない。
きっかけは、体質だった。
「お前のわき、なんかくせぇんだよな」
「腋臭ってやつか? 俺ら、まだ中学二年だぜ?」
「今からお前、親父臭くなってんの?」
そこからいじめが始まった。
不快な思いをさせるのは良くない、と自分も思う。
だから父さんと母さんにそのことを相談して、病院に連れて行ってもらった。
改善は進んだけど、クラスメイト達から貼られたレッテルは簡単には取れない。
すっかり治っても、ワキガと渾名を付けられていじめられた。
学生服に足跡がつかない日はなかった。
先生に相談しても、自分達で解決しなさい、と突き放された。
両親も、病院通いから解放されて仕事に復帰したその後だから、相談しづらかった。
理不尽ないじめに耐えられなくなって、中学二年の二学期から引きこもりの生活が始まった。
もちろんこのままじゃだめなことも分かってる。
物事の道理を考えると、両親が先に死ぬ。
そのあと自分はどうなるか。
そのことを考えただけでも、あのトラウマを克服して成長しなきゃ、と思う。
そんな思いが一日の中で何度も何度も繰り返され、そんな一日が何度も過ぎていった。
気が付けは、いつの間にか成人式を迎える年も過ぎてしまった。
「このままじゃ……やっぱり駄目だよな……」
お腹が減ったら床を思いっきり踏む。
その音と振動を聞いた母さんが、ご飯を部屋の前まで持ってきてドアをノックする。
母さんが下に降りるのを察知して、ご飯を部屋に運び込んで食べる。
食べたら部屋の外に置いておく。
父さんは仕事で夜遅く帰ってくる。
すっかり無関心になったようだ。
部屋の外に出るのはトイレと、家族が寝静まった深夜に入る風呂のときだけ。
けど、こうして毎日生活できるのは、生活費を稼いでくる父さんと、ご飯を作って持ってきてくれる母さんのおかげ、ってことは分かってる。
だからこそ、このままじゃダメと思ってるんだけど。
窓から見えるコンビニに、欲しい食べ物と飲み物を買いに行ってみよう。
それは、今まで何度も思って、挑戦しようとして、椅子から立ち上がる前に諦めてたこと。
親も年老いているのが分かる。
母さんが階段を上り下りするその足音が、次第にゆっくりになってきた。
父さんが帰ってきた時の、ドアが開けた時の一連の音。
このままでは本当に一人きりで生活しなきゃいけなくなる。
そうなる前に、自分一人でできることを一つでも多く増やさなければならない。
現在の時刻は午前十時。
両親は勤務時間。
外を出歩く人もほとんどいない。
人目にあまり触れずに買い物して戻ってくる時間帯は、今。
ごくり、と生唾を飲む。
静かにドアに近づいて、耳を当てて外の音を探る。
平日の日中に誰かがやってくることはこの七年間全くないから、そんなことをしても意味はないのだが。
音をなるべく出さないようにドアを開ける。
忍び足で玄関まで出る。
覗き穴から外を見る。
外から聞こえる音は、時折家の前を通り過ぎる車。
そして自転車が駆け抜ける車輪の音。
意を決して家のドアを開けて外に出る。
家の前の道路を右に曲がる。
そっちの五メートルくらい先に横断歩道があるから。
横断歩道を渡ったあと、二メートルくらい戻ったところにコンビニがある。
店員の「いらっしゃいませー」の声に驚く。
店内に客は俺一人。
幸い、俺の名前は呼ばれなかったから、それだけで済んだ。
名前を呼ばれたらどうなるか?
多分……泣きそうになる。
怖くて。
とにかく、カップ麺やら菓子パン、スナック菓子を適当にかごに入れ、レジに持っていく。
会計を済ませ急いで店に出る。
その時だった。
右側から学生服を着た三人の男子が、何やら談笑しながらこっちに向かって歩いてきた。
俺は想像してしまった。
俺をいじめるために、そいつらが俺に向かって駆けだすところを。
なぜなら、俺をいじめた奴らも、同じ制服を着ていたから。
そいつらとの間は、まだ三十メートルくらいある。
だが、そいつらが走り出せばそんな距離はあっという間にゼロになる。
逃げ出せ!
今すぐ、ここから逃げ出せ!
そして、家に逃げ込め!
家は目と鼻の先だ!
俺は握っていた袋を手放した。
そしてガードレールを飛び越えて車道を横切ろうとした。
制限速度を守って走っている車に気付かずに。
車に当たった強烈な衝撃が走った。
当然激しい痛みもあった。
少し間があって、今度は後頭部にも同じくらい衝撃と痛みが走り、そこから先は真っ暗闇の中だった。
※※※※※ ※※※※※
……僕の頭の中にそんな出来事が浮かんだのは、ドラゴンがとても高いところから僕を睨んだ時だった。
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