学舎と寄宿舎生活:家族、勇者パーティに続いて、学舎、寄宿舎に三回目のさようならを

 不思議に思ったことがある。

 魔力は無尽蔵のはずなのに、なんであんなに疲れが溜まっていたのか。


 技術レベルってのは、魔術の威力とか効果とかに関係するものであり、冒険者レベルってのは、本人の体力や魔力、気力をはじめとする身体能力に影響される。


 で、技術レベルは稀に下がることもある。

 けど冒険者レベルは、年相応に上下する。

 老化が激しければ冒険者レベルも下がる。


 でも僕の場合は、冒険者レベルは自由に上げ下げできる。

 つまり、技術レベルが上がってるけど、僕の場合は冒険者レベルとは無関係に存在する魔力を自由に使える。

 けど体力気力がそれに伴わない。

 で、疲れが溜まると。


 思い返せばサクラさんもそうだったんだな。

 他の人の治療を請け負う。

 けど、その期待にレベルが応えられなかった。

 だから疲れてた。

 そこで、レベルを上げることで回復できた。


 僕の場合は、実践に出ればレベルは上がると思う。

 けどパーティで活動し、誰かの治療で回復術では間に合わない場合はレベルを上げることで回復できる。

 上がった分を誰かにあげたら、自分のレベルが上がらない。

 単独で活動できれば上げ放題。

 だけど、単独行動を学舎が許してくれるはずもない。


 僕を勇者パーティに預けた僕の家族は、きっとどこかで生活してるんだろう。

 僕がいなくても生活できる。

 ならばここでも、僕がいなくなった後もみんなは学舎生活、寄宿舎生活を卒業まで過ごすことはできるはずだ。

 だって、僕がいなくても何の変哲もなく授業をこなすことができたんだから。


 ※※※※※ ※※※※※


 レベルアップ譲渡の魔術は、ほとんど実践の授業の時に使う。

 だから、学長とベナス先生に相談しに行った。


「……退学を希望する、か」

「諍いをなくすには有効な手段。だが……」


 僕の能力が多くの生徒の心を乱す、とのこと。

 だから僕がいなくなることは、この二人には歓迎すべきことなんじゃないか? とか思ってたんだけど、渋い顔をされるとは思わなかった。


「何か、問題でもありますか?」

「……自分がいなくなれば、事は円満に解決される、と思ってはいないか、とな」


 いや、あんな事言われたら、そう思っちゃうでしょ。

 使わずに越したことはないけど、使わなかったら技術レベルは上がらないし、何より決して無意味じゃないし。


「ルスター君自身のことは解決できたのか、ということだな」

「え? 僕?」


 僕のこと?

 ……無駄に術を酷使することはなくなるし……悪いことはないと思うけど……。


「退学した後、君はどこに住み、何をするつもりかね?」

「え……? あ……」


 ……考えたこと、なかった。

 勇者の誰かの世話になるわけにはいかないか。

 相談しに来い、とか言われたけど……。

 あれからもう三年以上経ったもんなぁ。

 みんな、別の場所にいるんじゃないかなぁ。


「確か君は、家族の所在が不明だったね? ……十才になった仕事ができる。十歳以下の子供は仕事をすることはできないが、学舎を後見人とすれば、特例でできるようになる」

「バツに丸、王冠の紋章は活かす機会は少なくなるかもしれん。だが、修復の紋章を使って修理屋とかを開けば、生活費は入ってくるのではないかな?」


 え?

 あ。

 あぁ……。

 僕のこれからのことを考えないと、だね。


「えっと……はい……」


 退学になった後のことを考えてくれるのはうれしい。

 考えてみれば、身寄り、ないんだよな。

 そんな生徒をよく合格させたもんだ。


「ならば……実践の授業は今後は免除、という形にしようか」

「え?」


 いや、ちょっと待って。

 実践ではパーティで活動してたよ?

 そのパーティの組み分けは……。


「寄宿舎での同部屋のメンバーから何言われるか……」


 なぜ授業に出ないんだ、と責め立てられて、針の筵状態になるのは目に見えている。

 どうすんだこれ。


「シュース先生に部屋の編成をお願いしておこう。君は先生方の部屋から通いなさい。そうすれば、実戦の授業に出なくても、誰からも責められることはないだろう」


 な……なるほど……。


「それも……そうですね……」

「あぁ、それと、実践の授業なんだが、退学の日の前の授業には参加して、冒険者レベルはできるだけ上げて起きなさい。退学後、冒険者レベルを上げる機会は少なくなるだろうからね。上げるだけ上げといて損はないだろうし」


 まぁ、それもそうか。


 でも食堂とかで顔を合わせることになったら……。

 ……部屋から出た時点で、別のパーティと見られるから、向こうから話しかけられることはなくなるか。


「ではシュース先生達にこちらから伝えておくが、君からも直接話をしておきなさい」

「はい、分かりました」


 どうやらこれで、学舎のしがらみから抜け出せそうだ。

 修復の仕事かぁ。

 休日も自分で決められるから、体力的にも問題ないよな。


「それにしても、退学後の世話もするのは久しぶりだの」

「え?」


 ということは、他にも身寄りのない生徒とかいたのかな。


「たまにな、素質が高い子が入学することがあるのだよ。ほとんどが君のように途中で退学している。周りの生徒達からのやっかみがひどくてな」


 それはまた……。

 でもそんな先輩達のその後は気になるな。


「まぁそれなりに活躍してるんじゃないかな。彼らもいつまでも学舎の世話になりっぱなしというのは心苦しく感じておったようだからの」

「ルスター君も、もし仕事を無事に始められて軌道に乗ったら、きっとそうなるだろうな」


 どうなるんだろう……。

 今は見当もつかない先の話だ。


 ※※※※※ ※※※※※


 その日のうちにシュース先生とラミー先生に退学を希望することと、学長とベナス先生の二人に相談したことを報告した。


「そうか……。学長達からは連絡が来ていたが、本人の口から直接聞く方が、こっちの気持ちは落ち着くな。まぁその先のことを見据えてるってことは、ここから逃げるということではないだろうから、まあ大丈夫だろう」


 大丈夫……って……何が?


「ここから離れる、という選択肢は、みんなにとっても、あなたにとってもいいと思う。……最近のルスター君は、助けすぎ、って気がしたから」


 助けすぎ?

 何だそれ?


「そうだな。……冒険者達というのは、仕事中も休み中も、基本助け合いの精神を常に持たなければならない。助け合い……助けることもそうだが、助けられることもな」


 助けられることが必要?

 わざとピンチになれ、ということなんだろうか?


「助けてもらいっぱなし、というのが問題なのよ。誰かがいろんな人を助けてばかりになると、『あの人なら助けに行く必要はない』とか『誰かが助けに行かなくても一人で何とかできるやつだ』って思い込みが生まれるから」


 ……そういうことか。

 ……回復魔術をかけてもらったことは……風邪ひいた時一回きり……だった気がする。

 まぁ後衛だし補助担当だし……。

 それに比べて、自分が誰かにしてあげたことは……。

 言わずもがな、レベルアップと修復。

 けど、自分の装備に破損はほとんどないし、レベルアップ関連は譲渡以外になく、吸収できるわけもない。

 僕の魔術は、自分に活用したことがほとんどなかったんだな。


「みんなはもう十分あなたからの恩恵を受けた。でもみんなはあなたに『助け合う』の気持ちを形に表してない。もちろんあなたはそれを期待してはいけない。けど、みんなはそれに気付き、そうすべきだった。……でもそのように伝えると、言葉通りにしか受け取ってくれないのよね。……難しい課題だわ。……って、あなたに言うことじゃないか」


 ……うん。

 そう、ですね。


 ※※※※※ ※※※※※


 この日の夜、僕らの学年の集会が食堂で行われ、部屋の再編成が行われた。

 その説明をシュース先生がしてくれたんだども……。


「みんなは知ってるかどうかは知らんが、この学年だけがレベルが突出している」


 うん。

 僕のやらかしですね分かります分かってます。


「しかしレベルの上下の差が激しい。なので平均になるようなパーティの再編成が必要と思われ、そのための部屋替えも必須ということで、部屋の再編成も行うことにした」


 その説明には何の不自然さもない。

 どの部屋も現状からの解散となり、僕らの部屋のメンバーもばらばらになった。


 僕の部屋からは、僕から離れることを残念がる人はいなかった。

 次からはどんなメンバーになるのか楽しみにする声の方が強かったけど、ラーファさんとリーチェさんは、カーク君と離れるのが辛そうだった。

 まぁ殆どずっと一緒に行動してたからなぁ。


 名前が一人ずつ呼ばられ、部屋番号を通告されていく。

 一人ずつ食堂から出ていき、最後の一人は僕になった。


「学長達からの提案もあった。先生達の部屋にも、中に個室があるから特に問題はあるまい」

「はい。……最後までお世話になります」

「うん」


 こうして誰からも怪しまれることなく、僕は部屋の引っ越しをさせてもらえた。


 その後の僕は、他の生徒と接触することはほとんどなくなった。

 これまで装備品修復の依頼を受けていたけど、その窓口になってたカーク君とも、当然だけど別の部屋同士になったわけだから、窓口は続けられたとしても僕に持ち込んでくることはなくなった。

 基本的に、貧乏人などと嫌味を言ってくるほど嫌ってたから、そうまでして装備品を僕のところに持ってきたがることもなかったし、修復の依頼もいつしかなくなってしまってたようだった。


 実践の授業も欠席。

 だから、闘士学部の生徒達とは完全に接触がなくなった。

 術士学部も、種別で異なる生徒とも関係が薄くなっていった。

 同種でも、あまり友達作る気もなかったから……。

 ……あれ?

 僕って……友達、いなかったのか?

 まぁいいけど。


 そうこうして十才になる年を迎えた。

 そんな僕だから、退学する時の見送りは、寄宿舎の先生だけだった。

 学長やベナス先生が見送りに来ると、逆に注目を浴びるから、ということで。

 次の行き先は、既に下見をしてある。


 ここ、首都サンミアの一番賑やかな商業地の中で、賑やかさから遠い片隅。

 そして学舎から一番遠い場所でもある。

 しばらくは学舎から支援してもらえることになってるけど、早くひとり立ちしないとね。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る