学舎と寄宿舎生活:模擬戦よりも実戦派
「何だよ。結局来たのかよ」
「足引っ張るんじゃないわよ」
「何の役に立つんだか」
体調も完全に戻った僕は、午後からの授業である、部屋対抗の模擬戦に参加。
けど、いきなりこんな辛辣な言葉を食らった。
でも平気。
そんなのは想定通りだ。
「治って良かったわね」
「頼りにしてるぞ」
期待の言葉に胸が躍る。
けど現実は甘くなかった。
※※※※※ ※※※※※
「人数が同じになっただけ、だったな」
「カーク君の言う通り、役立たずだったじゃない」
「……あんたって、いらないんじゃない?」
三人とも、僕にそう言える働きはしていた。
結果を言うと、カーク君達が言う通り、役に立てなかった。
ちなみに勝敗はつかず。
試合時間十分を、誰も倒れることなく最後まで戦いきった。
三つある紋章のうち、実践では唯一有力と思われる修復の紋章の魔術は、出る幕がなかった。
理由はただ一つ。
これはあくまでも模擬戦で、実践で使う武器は使われなかったから。
使った武器は、刀剣の類は、その武器の長さと同じくらいの薄くて幅の狭い木の板を組んで、内側に空洞がある棒。
矢は、先が粘土が付けられた物。
だから当たっても、その衝撃はほとんどない。
当然痛みもなかったし、攻撃が当たった防具に破損はないから修復の必要もなし。
ちなみに対戦形式は、格闘試合のようなものではなく、相手を互いに魔物の集団と見立てた、実戦に近い戦闘形式。
けど、実戦でないと僕の術は活かせない。
しかも、魔物との力の差が天地ほどあると、それもまたほぼ無意味。
もちろん魔物の方が上の場合。
我ながら、何とも中途半端な現時点でのレベル。
「で、でも、体力回復の薬とかの使用のタイミングなんか、結構よかったよね。あ、あたしの回復は、呪文唱えないと効果高くならないし……」
「そ、そうだよ。相手の気を散らす動きとかもしてくれたみたいだし……」
と、二人からはかばってはもらった。
けど役に立たないなら、それなりにみんなの助けになるような立ち回りをしなきゃ、とは思ってた。
それがみんなの意に適うかどうかは分からなかったけど……。
「それでもカーク君の負担が減るわけじゃないでしょう?! 確かにサクラさんの呪文は長いけど、それでも早口で唱えて、少しでも発動を早めようとしてくれてたし、レイン君は目くらましで相手の攻撃を遅くしたり止めてたりしてたけどさ!」
「カーク君、全身と言っていいくらいの防具を身に付けて、しかもいつもより大きくて丈夫な盾を持って、みんなを守ってくれてたじゃない! それに報いようとは思わなかったの?!」
スケールが大きくなったら、勇者のシールドさんのような感じ。
体はそんなに大きくないカーク君が、そんな装備をするとは思わなかった。
術か何かで装備を軽くしているようだったけど、それでもカーク君は肩で息をしてた。
ラーファさんは前線のカーク君から後方にちょっと離れて弓攻撃。
リーチェさんは軽装備で細身の剣を、カーク君のすぐ後ろに隠れ、相手の隙を見ては前に立ち、無理せずにチクチクと攻撃。そしてカーク君の後ろに隠れる。
そんな技術を身に付けてるってことだな。
「……ま、次も似たようなもんだろ。次回からは今とは全く別人のような活躍ができるわけでもないだろうし」
カーク君はそんな嫌味を言うが、事実でもある。
「で、でも、僕らだって日常の中で術を使うことで、成長できたりしてるんだし……」
「そ、そうよ。ルスター君にだけそんな……」
レイン君とサクラさんはなおもかばってくれる。
気持ちは有り難い。
けれども。
「あ、あのさ」
冒険者になったら、成長のための努力より成長した結果を求められる。
努力を評価してもらえるのはうれしい。
けど、結果も出さないと、みんなに合わせる顔がない。
それに、とんでもない出来事を見てしまったその後のこの授業だ。
「……僕らのパーティ、そんなに仲は悪くないと思うんだ」
「はぁ?」
その出来事は僕しか見てないし、見た上で体験したこの模擬戦。そして結果だ。
だからあれを見てないみんなは、僕がいきなり何を言い出すのか理解できないだろう。
だからこそ、みんなに伝えるべき大切な事だと思う。
「僕達の学年も、一年の時退学者が出ただろ? その部屋のみんなの仲はどうだったんだろうなって。カーク君、リーチェさん、ラーファさんは僕を責めるけど、模擬戦の間は後衛の僕らを守り続けてくれた。もちろん成り行き上だろうけど。勝敗に響くような働きをしてない僕にいろいろ言うけど、それは当たり前だし、反省して改善すべき点だと思うんだ」
不愉快そうな顔をしている三人は、その表情は変わらない。
けど、僕の話を邪魔するようなことはしてこない。
「それに……授業が始まってから今の時間まで、今現在まで、僕らに『貧乏人』って一言も言ってない」
その三人がその不愉快そうな表情から、僕の正気を疑うような顔に変わった。
突然何言い出すんだ、とでも思ってるんだろう。
……勇者のみんなだって感情はある。
沢山の人達を救ってきた、と思う。
その中には、たぶん自分が気に入らないって思う人もいたんじゃなかろうか。
それでもあの人達は、勇者としての仕事をやり続けてきた。
そんな姿勢は、今のカーク君達にも当てはまる。
カーク君達こそ、そういう意味では評価すべき対象だと思う。
けど、僕に称賛されても、カーク君達にとってはその価値はほとんどないだろうなぁ。
「自分の力は実戦向きで、実戦でしか役に立たないかもしれない。けど、実戦に出たら頼りになる、と思ってもらえるようにならなきゃ、とも思う。冒険者達の世界も狭いかもしれない。けど狭いからって、冒険者全員のことを詳しく知ってるわけじゃない。こいつと一緒なら問題ない、と思ってもらえる結果を常に出してるんだよね、きっと。同じようにここでも努力は続けないと。結果が伴うかどうか分からないけど」
サクラさんは、そうだね、と小さな声で同意してくれた。
レイン君は腕組みをして、僕の話を聞いて何かを考え込みながら何度か頷いてた。
「……お前が途中で退学する、というのもありだけどよ」
「実戦でないと役に立たないなんて、実際に実戦に出る時の方が怖いわよ」
「荷物番の役を徹底してやってくれるんなら、ある程度は信頼できるかもね」
それも一理ある。
けど諦めるのは、いろんなことを試して、絶望しか見えてこなかったときでいい。
一番の目安は、カーク君達の、それでも感じられるやる気が消える時だ。
※※※※※ ※※※※※
そんな感じで半年も過ぎた。
だんだん冒険者の仕事に自信を失いかけている。
なぜなら……。
「お、ルスター、いい所に来てくれた」
「あ、シュース先生、ただいまです」
「おう、お帰り」
学舎での授業が終わって寄宿舎に戻ると、シュース先生が玄関先で何かの手入れをしているようだった。
「これ、お前の能力で直してくれないか? 数が多すぎてな。それに新しいのを買うお金も用意するのが難しくてな」
先生は工具箱から、のこぎりやら金づちやらを一つ一つ点検していた。
どれもこれもさびが酷い。
そしてもう一つの小さい箱には、折れ曲がったり頭がつぶれてるのもある釘がたくさん入っていた。
僕の修復の紋章の力を、これらの修繕のために振るってほしい、というわけだ。
使えば使うほど鍛錬になるし、効果が上がり、術の質も向上するなら願ってもない。
普通の子の場合は疲労感が溜まってくるから、そのバランスが難しい。
けど僕はあんまり感じないし、一つ一つにかける時間もそんなに必要ない。
ところがいかんせん数が多い。
けど、先生も喜んでくれるし、寄宿舎の運営、経営の助けになるなら、こっちも腕の振るい甲斐があるというものだ。
「あ、はい、いいですよ」
「あ、待て。学舎の道具を置いて来てからでいいぞ? あ、宿題をやってからでもいいぞ? これ、一度に全部手入れする必要ないしな。何日かにかけても構わないから」
それもそうか、といったん寄宿舎の中に入る。
でもよくよく考えると、授業の模擬戦や稽古などで使う機会より、こっちの方が多いというところが……。
おまけに、厨房の包丁の修繕の回数も次第に増えてきてるような気がするし。
もちろんそっちの役目も、やってて悪い気は全くないんだけども。
ということで、何となく鍛冶屋の見習いにでもなった気分。
冒険者としての実績も増やしたいところなんだけど。
ということで、まずは宿題を。
「ただいまー……っと、先に帰ってたのね」
「お、宿題もう始めてんのか」
取り掛かろうとしたところに、レイン君とサクラさんが戻ってきた。
学部が同じだと、終業時間も大体近い。
闘士学部の子達は放課後も、部活に入ってない子も体育館やグラウンドで鍛錬することが多いから帰りは遅くなる。
「二人ともお帰り。さっさと宿題終わらせて、シュース先生からの頼まれごとに取り掛かるつもりだから」
「雑用増えてるよね。ここの職員さんになれるかも」
就職先が増えるのは……まぁありがたいのかなあ。
紋章の力を有効に使える仕事なら、何でもいいとは思ってるけど。
「ところで、そろそろ実戦の授業も始まるって話聞いた?」
「え?」
実戦。
つまり、冒険者達が足を踏み入れるようなところで、本物の魔物と戦闘を体験する授業。
もちろん先輩や先生達も同行するけど。
「初めて聞いた。それ、ホント?」
「うん。でもルスター君の修復の魔術は相当使えるようになったんじゃない?」
サクラさんの言う通り、金属の小さい破損や変形は完璧に直せるし、へし曲がった釘の修復を何本も頼まれるようになったくらいだ。
魔術の授業でも、誰かの魔法の暴発で学舎の壁が焦げたり壊れたりするのを直すのもお手の物。
わずかな時間で、手や指をあてるだけで直せるようになったのも僕にとっては大収穫だ。
実戦の方なら期待してもらいたい……ところなんだけど、信頼してくれるかどうかは相手によるからなあ。
「さて、僕らも宿題やりますか。……あ、鉛筆削らなきゃ。……ルスター君……」
「いや、それくらいは削ったらどう?」
「デスヨネー」
頼られるのはうれしいけど、それじゃまるで便利屋さんじゃないか。
やれやれ。
と、その時、また部屋のドアが開く。
「ただいま……って、まぁお前らが揃ってるのはいつものことなんだろうがな」
カーク君達、闘士学部の三人が帰ってきた。
普段よりかなり早い。
何かあったんだろうか。
「お前ら、聞いてるか? 冒険者の実戦の授業が始まるんだとよ」
「あんた達、足引っ張んないでよね」
「特にルスター、あんたよ」
そっちの方にもその話は届いてたか。
ま、それもそうか。
実戦に通用する授業をずっと続けてきてたらしいからな。
「うん。みんなの防具、壊れたりしてもすぐ直せるくらいには……」
「言っとくけど、実戦では実戦用の防具や武器を使うから。模擬戦とは違うのよ? 分かってんの?」
もちろん。
これまでの、紋章の発動の経験を存分に生かして、僕もみんなの役に立つってところ、見せてやんなきゃな!
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