学舎と寄宿舎生活:いよいよ実践 でもその前に、覚えておかなきゃならないことが
冒険者としての活動の実践が授業で行われる。
その前に説明会が開かれた。
いくら、元冒険者やあるいは兼業冒険者の先生達がついてきてくれるといっても、実戦に出るとなれば、不安は増してくる。
模擬戦の授業は、緊張感はあるといっても結局同じ学校の生徒同士。
途中で止めてほしくなれば止めてくれる。
参りました、の一言で模擬戦は終わらせてもらえる。
けど実戦は、こっちの身を案じてくれることがない魔物が相手だから。
軽傷を負うのは当たり前。
大怪我、油断すれば重体、ひょっとしたら命を落としかねない、なんて話をされたら、ねぇ。
「相手を気遣う必要がない魔物が相手。だから模擬戦では手加減してる者もいると思う。だがそんな遠慮は無用なのは気が楽だろう?」
説明会では、そんなことを言う先生もいる。
そりゃ間違っちゃいないけどさ……。
「そんなに心配することはない。学舎の裏口は山脈の洞窟と繋がっている。だが、冒険者達が普通に仕事で活動する洞窟に合流する道のりだ。当然そこに現われる魔物はほとんどいないし、奥深く進むとそんな場所と合流することになるから、しょっちゅうそんな冒険者とも出会う。油断すると命をおとす、とは言ったが、我々教師陣も付き添うから、そんな事態になることは滅多にない」
と言われましても……。
そう語る先生が立つ教壇の両脇に、ずらっと先生達が並んでいる壮観な光景を見ると、僕達に最後の言葉を先生一人一人から贈る、みたいな感じで、なんかちょっと怖いんですけど?
なんせ、学長もその中にいるし……。
「なお、最後になるが、授業の一環とは言え、その中で魔物を討伐できたのならば、それは授業の成績に留まらない。魔物を恐れ、魔物に怯えるこの国の人達に救いの手を差し伸べることと同じである。ほんのわずかな功績であっても、決して無意味な事ではない。肝に銘じておくように」
そんな重大なこと、僕らに任せていいのかなあ……。
まぁ受けなきゃならない授業の一つだから、それに従うまでだけど。
そんなこんなで説明会は終わった。
実戦の授業は明日から行われる。
この後の授業は、そのための支給された装備品や持ち物の点検の時間。
使う教室は、二年生全員が集まっているこの教室。
休み時間にトイレに行こうと、ほとんどの二年が教室を出る。
明日のことなのに今から緊張が始まったような気がする。
ということで、僕もトイレに行こうと教室を出ようとしたらば……。
「最近はどんな調子かな? ルスター君」
教室の出入り口の手前で呼び止められた。
僕を呼び止めた人は……。
「あ、ベナス先生。えっと、もう今から緊張してます」
その顔は、なぜかにこやかだ。
「そうか。まぁ命の危険はそうは起きないから心配しなくてもいい。フーロー先生のあの説明を聞いたら、確かに身のすくむ思いをするだろうがな」
僕らを脅すようなことばかり言って実戦の説明をしてたそのフーロー先生は、闘士学部の先生と聞いた。
僕ら術士学部の授業で教鞭をとったことはないから、今回あの先生が教壇に立つのは初めて見た。
いつもあんな感じなのかなぁ。
「まぁあの先生は戦闘の指導が得意だから、その方面ではいろんなことにまで気が回る。あながち間違いではないし、慎重の上に慎重を期して臨んでほしいからあんな言い方になるんだろうなぁ」
なるんだろうなぁ、ってそんな気が緩みそうな言い方……。
「それより、ルスター君には特別に伝えておきたい事がある」
「僕に……ですか」
「うむ。……ローマン先生に頼まれて君の紋章を鑑定した時のことを覚えているかな?」
「もちろんです。……王冠の紋章の効果は、未だに分かんないままですけど」
覚えてなきゃ失礼ってもんだよ。
紋章の形はどれも、全然魔術の効果のイメージを全く連想させてくれないものばかりだもん。
なのに、これはこうだよって教えてくれた。
他の先生だって鑑定できなかった紋章だよ?
鑑定してもらえてうれしいに決まってるじゃないか。
そんな出来事を忘れるなんてあり得ない。
「ふむ。……あの時ワシが君に話をしたことも覚えているかな?」
「え? えっと……」
えーと……何だっけ……。
よく分かんないことを言われた、という記憶はあるけど……。
「ははは。あの時の君には難しいことだったかもしれなかったからな。忘れても当然だと思う。だからもう一度念を押そうと思って声をかけたのだよ」
念押し、ですか……。
あ、そう言えばベナス先生と個別で話をしたのは、あの時以来だな……。
「……君の紋章の術をかける時はいずれも、あらゆる見返りを求めてはならない。その術を誰かにかけても、その誰かは、その術のおかげと思ってくれないことが多いはずだからだ。それどころか、何の役にも立たないと誤解されることが多くなるはず。間違いなく君の術のおかげ、君のおかげではあるだろう。しかし誰からもそんな風に思われたとしても、くじけたりせぬまま、その現実を受け入れるように」
……みんながピンチに陥って、僕が起死回生の手を打ったとしても、誰からも褒めてもらえない、ってこと?
……なんかそれって……。
「そうあり続けるのであれば、君から遠ざかった者達は、必ず君の価値を正当に評価し、誰もが君を、かけがえのない存在として認めてくれる。しかし変にいじけたり、ひねくれることになったら、立ち直ろうとした時にはほとんどの者は君を支えようとはせず、さらなる困難が待ち受ける」
……いつも誰かがそばにいてくれた。
学舎生活もいずれは終わる。
その後もそんな人達がそばにいてくれる、と言うのなら……。
自分のしたことを評価してくれないのは辛くて悲しいことかもしれない。
でも、あの衝動に比べたら、そんなの大した問題じゃない。
と、思う、うん。
「いくら授業でも実戦だ。必ずみんな無事に戻ってこれる、とは言い切れん。戻ってこれることは決して当たり前のことじゃあない。それは冒険者なら誰でも心得ていることだ。生徒はみんな、学舎に守られていると思っているかもしれんが、そうではない。そんな当たり前と思われていることが、自分の成し遂げた報いである、と受け止めることだ」
「何か……地味、ですね……。でも、分かりました」
模擬戦を何度か経験したけど、カーク君達から評価されたことはない。
仕方がない。
できるだけのことをするしかない。
ただ今回は、模擬戦が実戦に変わる。
……今度は、ベナス先生のこの言葉は絶対に忘れないようにしなきゃな。
「引き留めて悪かったな。先生達には、君はちょっと授業に遅れるかもしれないことを言っておこう」
「え?」
「トイレに行くんだろう? ほら、急いで行ってきなさい。引き留めたワシが言うのもおかしな話だが」
「あ、はいっ」
トイレに行こうとしてたのも忘れていた。
急がなきゃ。
※※※※※ ※※※※※
カーク君達からは、術士としての信頼は完全に消えている。
ただ、レイン君やサクラさんのように、術を使う時に杖などを必要としないから手ぶら。
その分、必要な道具を用意して持ち運ぶ役目は果たせる。
革製のカバンを背負って、回復薬などをたくさん持ち歩けるから、他のみんなの必要な物もその中に入れたりする。
だから、二年生パーティの中で先頭の前線に立つ人達が一番身軽なのは僕達かもしれない。
「……術士としたらポンコツなんだから、それくらいやって当たり前だろ」
カーク君は僕に、そんなことを吐き捨てるように言う。
レイン君とサクラさんはかばってくれるけど、『当たり前』と言う言葉を聞くと、ベナス先生が話してくれた内容を思い出す。
「あぁ。もちろん。数も種類も効果も把握してる。任せてくれ」
「……術士志望のくせに、アイテム使い? そんなの学舎に入学しなくてもできるでしょうに」
「何勘違いしてるのやら」
ラーファさん、リーチェさんもそんなことを言ってくる。
だが気にしない。
気になるのは、そのかばんを背負って走ったりできるかどうかくらいだ。
魔物が突然現れて逃げるしかない時に、荷物を置いて逃げるわけにはいかないから。
地図は必要ないそうだ。
壁に、冒険者の往来が多い通路への矢印が刻まれているから。
帰りたければその逆を進めばいい。
その通路には、両側の壁の上の方に照明が一定の間隔で常に灯されているから、それが目印になる。
学舎からの通路は、片方の壁にしか照明はつけられてないからその違いも分かる。
冒険者の使う通路まではほぼ一本道。
途中で二か所枝分かれになっているけど、ただの回り道になっている上、やはり矢印がある。
だから方向感覚が狂っても、矢印を頼りに進めばいずれはどこにいるか分かるし、曲がる外側の壁伝いに行けば同じ所を何度もぐるぐる回ることもない。
学舎の裏口から冒険者の通路までは一キロあるかどうか。
気を付けるべきは、途中でその通り道がやや曲がって、その先がその場では見通せない地点がいくつかある所。
だが慎重に進めばそんなに危険はないという。
先の話だが、六年以上になると、冒険者が使う通路も通るらしい。
危険度は急激に上がる。
もちろん深く進入することはないが、その危険な雰囲気に触れることも必要なんだとか。
「万が一のための非常食まで持ったよ。念のため、一人につき二人分……二食分か。持ってるし、重傷を負っても即効性のある薬も十分に持ってる。抜かりはないよ」
「……はん」
カーク君は鼻息一つ吐いてそっぽを向く。
その様子を見た引率の先生が苦笑い。
「しょうがないな。ま、でもお前らはまだまともな方だな」
「まとも?」
「どういうことなんですか? メロウ先生」
この長身長髪の男の先生は、確か、メロウ・マーグっていう名前の先生で、闘士学部担当だったな。
だからカーク君達にはなじみの先生らしい。
頭はカーク君達のようなヘルメットタイプの装備じゃなく、鉄製のハチマキで、同じ鉄の帯のようなのが額の真ん中から頭のてっぺんと、左右の斜め方向目がけて伸びて後ろの方に繋がっている。
まるで帽子の骨って感じだ。
胴体は、全身鎧のお腹がむき出しって感じ。
背中に幅の広い剣が二本装着されてる。
首の部分は、シャツの襟を立ててる感じで、ちょっとカッコよく見える。
腕と脚の防具は、関節はむき出しで上と下に分かれている。
カーク君は全身を包むような鎧。
彼に比べれば、無駄な部分を省いた装備って感じがする。
装備した格好もかっこいいけど、装備を外した姿もカッコよかった。
こんな風になりたいなぁ、とは思うけど、入学して一年経っても、体の幅はあんまり変わってないような気がする。
背丈は伸びたけど、一年にしては背が高い方って言われる程度。
人よりも倍以上にご飯食べてるのになぁ。
「いくら安全なところだとしても、魔物がいつ現れるか分からない場所に行くんだ。メンバー同士が険悪なままでは出発はさせられない。出発する前に、出発する資格なし、なんて通達されるパーティも、毎年片手くらいあるぞ?」
「……模擬戦では、術を碌に使えない術士の生徒がいるんで。術士としては当てにできない、それだけですよ、メロウ先生」
「術士としては当てにできない。だがこうしてパーティとして同行する、んだよな?」
「そりゃあ……」
「中には、徹底的に同部屋の誰かを拒絶するパーティもある。そんなパーティは、他のパーティも危険に晒すこともある。それに比べたら、かなりましな方だ。洞窟内への行動を許可できるレベルだよ」
カーク君達は、それ以上先生に何かを言うことがなくなったようだ。
メロウ先生は力強く両手を叩く。
「さて、変な雰囲気になったが、この向こうは薄暗い世界で空も見えない。どうしようもない危機に出くわしたら当然先生の出番だ。だが君らだけでその危機を乗り越えられると判断したら、一切手を出さない。だから気を引き締めて進んで行くように。目標地点は、二つ目の枝分かれの道まで」
つまり、回り道になる枝分かれの地点は二か所あって、その二つ目が目的地、ということだ。
「その地点に着いたら、しんどかったら引き返す。力に余裕があるなら、冒険者の通路の合流地点が見えるところまで進む。そこについたら、引き返してここに戻る。それで今日の実地の授業は終わりになる。あぁ、もちろん学舎で待ってる先生達に報告して終わり、だからな?」
「はいっ」
先生がいなかったらどうなっていたか。
カーク君達と僕らの二つに分かれて仲違いしてたかも分からない。
見守ってくれるだけでもありがたい。
そばにそんな大人がいると安心できるね。
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