学舎と寄宿舎生活:学舎生活はこんな感じで そんな中、事件は突然訪れ、突然終わる
「でもさ、三つとも効果は分からなかったんだ。二つも、しかも発動条件も分かったんだから、良かったじゃないか」
「無痛、って実践でどんな時に効果がいいのか分かんないけど、修復って便利そうよね」
職員室を出てからは、レイン君もサクラさんも表情は明るい。
もちろん二人の言う通り、僕も気分はちょっと晴れやかだ。
けど、一番気になる王冠の紋章の効果は聞けずじまい。
なのにベナス先生は、使用を控えるように何度も念を押してくる。
その紋章の術がどんな物か気になってしょうがない。
でも、自分にのみ効く、苦痛を止めるバツの線の先の丸の紋章と、思っただけで壊れた物を直せるらしい円の内側に沿った水滴三つの紋章の、二つの効果と発動条件が分かっただけでもよしとしようか。
「でも、修復の魔術なんてすごくない?」
「壊れた物を一発で直せるってことだよね! 無痛とかってのは、他の人や物にはかけられる物じゃなさそうだから、それはおいといて、王冠の魔術も楽しみだよね!」
本人以外が盛り上がっている。
「でも、レベルとかもあるんだろうから、いきなり壊れた武器とか鎧とかを直すのは難しいかもね」
「あ、そっかあ。……ベナス先生の話だと、改良とかもできなさそうだったわよね」
いや、だから……。
こっちのことはまあいいからさ。
「二人の術はどうなの? 回復系と光系? って分かったんでしょ? 発動させたの?」
「え? 僕らより、補助系の魔術の話の方が面白そうなのに……」
なんか、このまま二人の会話を黙って聞いてたら、僕の力を玩具にしそうな感じ……。
「でも僕、君たち二人の魔術見てないもん。見たいなー」
僕の紋章の鑑定は、この二人も立ち会った。
けどこの二人の紋章の鑑定には、僕は立ち会ってない。
不公平だろー。
「だってあたしは、今のところは怪我を治すだけよ? 授業でちょっとだけ使ってみたけど、枝毛を治すのが精一杯だった」
……えっと……怪我って、どんなんだったっけ……。
「僕は手のひらから光を出すだけだね。……停電が起きても役に立たないくらいの明るさだけど」
物理的な光系なのな。
「二人とも、互いに術は見せたの?」
「まだだね」
「食堂の入り口で合流する前は、別々の教室だったし、一緒になってからはルスター君もずっと一緒だったでしょ?」
まぁ、それもそうなんだけども。
「でもルスター君の魔術はいろいろできそうじゃない。どんなことができるか楽しみよねー」
「でもさあ、部屋の中の何かを壊しちゃっても、ルスター君がしたことでないなら、その力を借りるようなことはしないようにしないとね」
「あ……うん……。それもそうね」
そういうことを言ってくれるのはありがたいな。
だって……。
前世の記憶に、そんな感じの行動、あるもん。
その記憶も、辿っていくと辛い思いが強くなってくる。
いや、今はそんなことに思い耽るよりも……。
まずは寄宿舎に戻ること。うん。
「ただいま戻りましたー」
「遅かったな。晩ご飯の時間はもう始まってるぞ」
玄関の横に小部屋がある。
学業の時間は、寄宿舎の先生二人のうちどちらかがそこにいるらしい。
郵便物の受け取りとか、不審者の侵入を防ぐため、とか言ってた。
どこにいても寄宿舎、学舎のことを見渡せても、何かが起きた時に瞬時にそこに移動できるわけではないから、なんだって。
僕らが戻ってきた時には、その部屋にはシュース先生がいた。
「お前達はまだ部活とか入ってないから、早いうちに晩ご飯済ませるように。遅くなると上級生たちも来るから、結構混むぞ」
食堂の席は、どんなに混んでても全席が埋まるということはないらしいけど、注文の受け取り口が混むのとはまた別の話。
「はーい。……あれ? お手紙?」
「ん? 寄宿舎宛だ。お前達には直接関係ない」
「……これだぁ!」
玄関に面するその小部屋の窓が開いている。
レイン君はその窓越しにそれを見つけると、すぐにはしゃぎだした。
「先生っ! その封筒だけ、ちょっと触らせてください!」
「おい、こら……って……触る? 封筒だけ? 何する気だ」
他所宛の手紙を見るのはよろしくない。
でも、外側の封筒だけというなら、人に見られても別に問題はないはず。
けど、差出人とかが書かれてるから、そこが汚れたり切り取られたりしたらまずいよね。
先生もそれで困惑してるみたいなんだけど……。
「開けた封にそれを使ったら、未開封になるんじゃない?」
「あ、なるほどねー。紙だし、ある意味破損してるんだもんね。レイン君、あったまいーっ」
「お前ら、何をいたずらしようとしてるんだっ。やめなさい」
「いたずらじゃなくて、この封を元に戻してみようって思って。破いたりすることはないので大丈夫です。な? ルスター君!」
僕にいろんな何やらを丸投げしないでよ……。
「未開封の状態にする? できるわけないだろう、そんなこと」
「先生、やってみなきゃ分かりませんよ。ほらほら、ルスター君、急がないと晩ご飯食べられなくなるぞ?」
ご飯が僕の手綱に聞こえるから、そういう言い方は止めてほしいな……。
「んじゃ、封筒の蓋を折り返して……」
糊付けされていたと思われる、開けられた封を股閉じて、端から端へと上から指でなぞっていく。
「んー……っ」
次第に指にも力がこもる。
僕の両隣から、レイン君とサクラさんの緊張してる息遣いを感じる。
やがて僕の指は、反対側の端に到着。
ゆっくり指を離して封筒をつまみ上げてみる。
両脇から、それをしたから覗き上げる二人が口を開く。
「……封が開かない……」
「ってことは、紙くらいなら直せるってこと? ルスター君すごいっ!」
両側から、力いっぱい抱きつかれた。
成功した、と見ていいんだろうか?
「あ、シュース先生、封筒のご協力、ありがとうございましたっ!」
と、レイン君は先生への挨拶も忘れない。
それはいいんだけどさ……。
直した、という手ごたえも何もないんだけど……?
「お……おう……。とにかくお前たち、晩ご飯さっさと食べに行けよ? 時間厳守だからな?」
「はーいっ!」
僕は二人に無理やり手を引っ張られて部屋に向かう。
「ちょっ、ちょっと待って。言っとくけど、まだ人に言えるレベルじゃないからね? その程度じゃ何の役にも立たないんだからね?」
「分かってる分かってる!」
「わざわざ人に言うようなことしないよ! あたしだってそんなレベルだしね」
▽▽▽▽ ▽▽▽▽
ルスター、レイン、サクラが立ち去った後の、その小部屋にて。
「シュース先生、晩ご飯に行かれます? 行かれるならここ、交代しますよ? ……って、その封筒、どうしたんです?」
「あ、あぁ、ラミー先生。これね……まぁ届いて封を開けて、中身を読んだ後なんですがね」
「え? えぇ。それが?」
「開いた封筒に、なんか元に戻す魔術をかける、とか言ってね。それらしいことをしたようなんですがね」
「生徒が、ですか。それで?」
「元に戻した、元に戻せた、とはしゃぎながら部屋に帰ってったんですがね」
「はぁ」
「糊で封されてたんですよ、これ。で私は、その蓋をなるべく切ることのないように、剥がして開けたんですよ」
「それで?」
「つまり、糊の粘着力はそんなに落ちてないんですよ」
「なるほど」
「それをまた彼らは折り返して、力を込めながら指で押しながらこう……」
「えっと、それって……」
「剥がして開けた封筒を、また力を入れて封をした。わずかに魔力は働いたようなんですが、それよりもその圧力によって蓋が封筒にくっついただけのことなんですよ」
「……何というか……その子らにはぬか喜び、ということですか?」
「えぇ。……最初に開けた時と違ってほら……簡単に開けられる。確かにくっついてはいましたがね」
「……事実確認を怠らないように、より強い注意をしていく必要がありますね」
「魔術が使えるようになって浮かれたんでしょうね。使えることと、効果が現れることは必ずしも一致しませんからねぇ……」
「ほんとに……」
△△△△ △△△△
※※※※※ ※※※※※
こんな感じで、学舎、そして寄宿舎生活が始まった。
けど、僕とレイン君とサクラさんの三人と、カーク君、リーチェさん、ラーファさんの三人との間にどうしても壁がある。
こっちはどうにか接点を持とうとするけど、カーク君が毛嫌いしてくる。
リーチェさんとラーファさんの家柄は、カーク君の家と親しい関係らしく、カーク君の家に仕事の手伝いに行ってるとか何とか。
それでも日を重ねていくうちに、カーク君達から僕たちに辛辣な言葉を投げつけてくる仕打ちは、他の部屋に比べ些細な方かもしれないと思うようになった。
先生の部屋の前を通る時はいつも、部屋の中は静かそうに思える。
けど、時々かすかな声が聞こえてくるんだけど、魔力によって防音が施されてるらしい。
つまり、防音がなかったらどうなってたか……。
そして、その声の主は……。
シュース先生の怒鳴り声だった。
他の部屋で、何かとんでもないことをやらかした生徒がいたらしい。
次の日、寄宿舎で臨時集会が行われ、シュース先生から報告があった。
「とある部屋の、術士学部同士で事件があった」
一年生の僕らだけでなく、六年目を越える上級生までもが全員集まった中で、事件、なんて言葉が出たもんだから、何事かとみんながざわついた。
「一年の部屋で起きたことだ。被害者生徒は、私達の回復魔術で、怪我の跡までも消すことができた。もちろん健康上に何の問題もない」
という続く報告で、どこからも安どのため息が聞こえた。
けどその次からの報告が酷かった。
「貴族の生まれの生徒が一般の子に向けて、顔面中傷をつけ、耳たぶの一部が裂けたり額の一部の裂傷で骨まで見える怪我を負わせた」
完治して普通に生活できてる、という話を予めされても、その実情を聞いた生徒の中には、気分が悪そうにする生徒が何人かいたみたいだった。
そのあと、先生からもっと詳しく、被害者生徒の生々しい怪我の報告を聞かされた。
「……被害者からの証言では、回復魔術で治せるんだから、これくらい平気だろう、ということで暴力をふるったらしい。同じ回復魔術専攻でありながらだ」
集会では、生徒全員が部屋ごとに横に並んで整列している。
僕は横を向いて、同じ部屋のみんなの様子を伺った。
隣のサクラさんは口を押え、その隣のレイン君の顔は見えないが、ただならぬ様子なのが分かる。
さらにその横に並んでいるカーク君達の、顔も姿も見えづらい。
けれど、体が震えているように見えた。
「加害者生徒は昨日のうちに強制退去とした。基本的には一部屋につき六人乃至七人編成となっている。これは、冒険者としての活動の実践授業でも、そのメンバーで活動、行動してもらう予定だからだ。だが今回のことで欠員が出た。一年だからまだ実践はない。二年になるまでに、いろんな理由で退学、退所する生徒も出ることを見越し、二年になったら新たに編成し直す。が、その変動は大規模にならないようにするつもりだ。通達事項は以上」
「では全員、解散」
カーク君より過激な事をする子もいるもんだ、とは思ったけど、そのカーク君は部屋に戻るなり自分の席に座って机に肘をつき、その両手で頭を包む。
苦悩、そんな感じがした。
「……貧乏人は、とにかく生きることに必死になるんだよ。一攫千金とか、もっと稼ぎのいい仕事はいっぱいあるが、それを探す余裕さえないんだよ。目の前にある仕事に飛びついて、それで生活しとけって話だよ」
うめくような声でそんなことを言い始めた。
「俺だって、お前らが目障りだよ。うっとおしいわ! けどよ。大怪我させて、それに何の意味があるんだってんだ。少しだけ普通の仕事よりも儲かる仕事をくれてやれば済む話なんだよ。結局金がなきゃ生活できねぇんだからな。……怪我をさせて面白がるやつの気が知れねぇわ!」
加害者のことを知ってるんだろうか。
そう言えば加害者は貴族の子って言ってた。
ひょっとしたら、加害者のことを知ってるのかもしれない。
けど、カーク君の様子を見て……いや、見るまでもない。
加害者に特に何の関心も湧かなかったから。
それよりも、先生のことが気になって、僕は一人で先生達の部屋に訪ねた。
「ん? どうした、ルスター。何か用か?」
先生達は、この学舎の区域のことならすべてお見通しのはずだ。
なのにどうして……。
「先生、集会で話をされた件ですけど」
「……特に誰かに何かを話すつもりはないぞ?」
「加害者と被害者のことじゃないです」
と答えると、先生は不思議そうな顔で僕を見る。
不思議に感じてるのはこっちの方だ。
「報告を聞いて、被害者が可哀想と思いました。……被害が出る前に、どうして先生達は動かなかったのかな、って」
「何だ、そんなことか。……って言わなかったかな?」
「何をです?」
先生は僕をじっと見つめて、しばらくしてから口を開いた。
答え方を思案していたんだろうか。
それとも、僕に理解できるかどうか心配だったんだろうか。
「……未然に防ごうと思えばできた。だが、未然ということは、事件はまだ起きてはいない。悪意があったとしても、その悪意まで見ることができるわけじゃない。事態が酷くなってから動いたのは確かだ。だがそれは、そういう事件が現実に起きたことを、ある程度の人間に見てもらう必要がある」
「でも先生は、事態の一部始終を分かってたんですよね」
「もちろん。だが他の生徒達、関係者達は、私とラミー先生のように、事件のあらましを知る術はない。証拠がないと信じてもらえないということもある」
「でも先生達は、この学舎内では」
「そこまで信頼してもらえるのは有り難いことだ。でも部外者にも自体が存在していた証明を見せる必要がある。いつ、誰が、どこで、何を、どのように、何をしたか、とね」
シュース先生とラミー先生の顔が、何となく悲しげに見えた。
伝えたい事があるのに伝えられない。
そうか。
悲しいんじゃなくて、苦しい思いもあるのかもしれない。
だって、僕もそれをついこないだまで体験してたから。
「被害者には、申し訳ない、とは思ってる。せめて外傷だけでも元に戻してあげなきゃとも思っていた。心のうちまで、事件が起きる前に戻すのは難しいがね」
「けど、少なくとも、その加害者から再び被害を受けることはなくなったし、そんなことはありえない。それに部屋の編成もある。それで何とか堪えてほしいと思ってるんだけどね……」
聞きたい話は聞くことができた。
全てを見通す、思い通りのことができる魔力、魔術を持っている。
けど必ずしも、持ち主を満足させる現実があるとは限らない……。
「……あの……」
「どうした? ルスター」
何かを言ってあげたいんだけど。
感謝の気持ちを伝えたいんだけど。
でも、その言葉は先生の心に伝わるだろうか。
あの衝動の苦しみの中、労わりの声を耳にした。
可哀想、という声を何度も聞いた。
でもその声は、その衝動の前では無力だった。
きっと、先生も……。
そんなことを考え込んでしまった僕の口から、こんな言葉がつい出てしまった。
「いえ……。ありがとうございました」
けどその言葉は先生を驚かせたようで……。
「……こちらこそ、だ。ありがとうな、ルスター」
「うん。こちらこそありがとね、ルスター君」
僕の感謝の言葉は、この場に限らず、何かに当てはまりそうな先生の話に対して。
きっと、僕の何らかの支えになるような気がしたから。
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