学舎と寄宿舎生活:王冠の紋章以外は教わったけど、王冠の紋章のことを知るのはまだ早いって

 それから部屋に戻ってからは……。


「ワクワクしすぎて勉強が手につかないっ!」


 と、レイン君が声を張り上げた。

 それに続いてサクラさんも


「あたしもっ!」


 と机を両手で叩いて宙を仰ぐ。


 僕よりも気にしてどーするんだろう。

 とは言え、僕もそわそわしてる。

 だってあのクラスで、紋章の形の意味が分からなくて、知りたがってる子は僕も入れて十四人。

 そして、見てもらってない紋章は、僕を除いて少なくとも十三はある。

 僕だって見てもらってないのは二つ。

 見てもらった一つは、あの時には判明できなかったし。

 だから一番目に見てもらいたい。

 けどみんなもおんなじ気持ちだろうなぁ。

 けど、放課後の時間はもうすぐだ。


 ※※※※※ ※※※※※


「行ってきますっ!」


 待ちに待った放課後の時間。

 元気に先生に挨拶して、玄関から飛び出した。


「お、おう……。朝より元気に出かけるって……」


 そんなことをシュース先生がぼやいてたような気がしたけど、そんなこと気にしない気にしない。


「お、おい。ルスターっ。お前、そんなに足、早いんだっけ?」

「ルスター君、あなたが一番楽しみにしてるんじゃないっ!」


 廊下は走るな、と言われてる。

 けど、外でも走っちゃいけないとは言われてないしー。

 って言うか、楽しみにしてるよりも、他の子に先越されたくないだけだよっ。


 それでも中に入ったら、周りにぶつからないように……というか、周りに迷惑をかけないように、普通に歩いて職員室に向かう。

 けど、後ろからあの授業を受けていた子に追い越されそうな想像をしてしまい、次第に足早になっていく。


「ルスターっ! それ、もう走ってるのと同じだよっ!」


 レイン君の声が後ろから聞こえる。

 けどもう遅い。

 職員室は目の前だ。

 コンコン、とドアをノックして「失礼しますっ」と頭を下げながら、それなりに大きな声で挨拶をする。

 職員室は廊下が伸びる方向に沿った、長めの部屋。

 机は教室にある長机ではなく、寄宿舎の部屋にあるように、個々の机を二つ向き合うようにくっつけて、それが、やはり廊下と同じ方向に伸びるように何組かごとに区切りられて並べられている。

 先生達はその席の半分くらいいて、その中に目指す先生はいた。


 シュース先生があの先生の名前言ってたけど覚えてない。でも顔は覚えてる。

 机に向かって何かを書いている。

 今なら見てもらえそうかもしれない。

 真剣な顔をしている所を見ると、どうやら僕が一番乗りみたいだ。


「失礼しますっ。先生っ。紋章見てもらいに来ましたっ」

「……ん? 一年か。あぁ。紋章の鑑定の話したっけな。じゃあちょっと見せて?」


 仕事の邪魔したかな、とちょっと思ったけど、先生はすぐにそのペンの動きを止めて僕の方を見てくれた。

 けどすぐに、僕から視線を外す。


「ん? 後ろの子は……」

「あ、僕たちはルスター君の付き添いですっ」

「寄宿舎で同部屋なんです。あたし達もルスター君の紋章の意味、知りたくて……」


 忘れてた。

 そりゃこの先生、授業中にあんなことを言ってたんだから、次から次へと見てもらいたい生徒がやってくるのは簡単に予想がつく。

 先生は、僕の次に見てもらいたいのかな、と思ったに違いない。

 けど、授業にはいなかった生徒達だから、何の用件があるのか不思議に思ったんだろう。


「あぁ、なるほど。補助魔術の紋章って、統一感ないもんね。そりゃ興味も湧くか。さて……」


 と言いながら、先生は再び下げた僕の頭のてっぺんを見る。

 けどすぐ僕の上体を起こした。

 当然紋章は見えなくなる。

 ということは鑑定が終わった、ってこと?


「うん。僕よりもベナス先生に見てもらおう」

「え……」

「心配するな。僕よりも正確に鑑定してもらえるから大丈夫。なんせ年齢は僕の大体二倍。冒険者生活の濃密さなら、四倍も五倍もあるよ、きっと」


 なんかたらい回しにされるような気がしたけど、そういうことなら……。


「失礼します、ベナス先生。この子が自分の紋章の鑑定をお願いしたい、ということで僕に依頼しに来たんですが、僕にはちょっと……」


 職員室の正面は、おそらく学長先生が座る席と思われる机がある。

 通路を挟んで机の真ん中の列、その一番近い席にベナス先生がいた。

 何やら本を読んでいたらしい。

 んん? とうなりながらこっちを向き、授業の時には付けていなかった眼鏡を指でずらせて降ろした。


「紋章の鑑定? あぁ、この子ですか。確か名前はルスター君、だったかな?」

「あ、はい」


 つい普通に返事をしたけど、新入生一人一人の顔と名前、憶えてるのかな。



「で、後ろの二人の子も、かね?」

「いえ、この子達は寄宿舎で一緒の部屋の子達らしいです」

「そうか。……ひょっとしたら、ながーい付き合いになるかも分からん。大事にするんだぞ? で紋章は……頭の上か。見せてごらんなさい」


 僕に何を伝えようとしているのかよく分からなかった。

 三つの紋章の意味のことしか考えてなかったから。


「……ローマン先生?」


 しばらく僕の紋章を観察して、ベナス先生がようやく口に出したのは補助魔術の授業を担当した先生の名前だった。


「はい?」

「……ローマン先生は、まとめて解釈しようとしましたね?」

「えっと……まぁ、はい」


 まとめて?

 どういう意味だろう?


「まず一つ一つの紋章の意味を噛み砕かないことには、相手に伝えることは難しいですよ? ……さて、ルスター君。……君にも分かっているでしょうが、君の魔力は魔物による外部からの干渉によって身に付いたものですね。資料によれば、ジュエルロックドラゴン……魔力を有する、大小様々な宝石が結合してできたドラゴン……厳密にいえば、ドラゴンではないのですが、その姿形、大きさなどがそれに似通っているので、そう呼ばれているのですが……」


 やっぱりね、と後ろから小さい声が聞こえる。

 サクラさんは確か、魔法生物みたいなことを言ってたような。

 後ろにいる彼女のドヤ顔が、簡単に頭の中に浮かんできた。


「その一部がルスター君の体内に取り込まれた。その宝石の魔力が尽きたら、おそらくは紋章も消えよう」


 魔術が使えるようになってから、その魔術が使えなくなったらどうなるだろう?

 魔術がある生活に慣れてしまったら、きっと不便極まりない毎日になるんじゃないだろうか。

 そういうことを考えると、ちょっと怖い。


「だが……どんなに頑張っても、その魔力を使い切ることはできないだろうな。あまりにも膨大過ぎる。紋章が刻まれる前の体の負担は相当だったろうに」

「え……あ……はい……」


 ベナス先生は、ドラゴンの歯が同化した僕の体の部分に興味津々みたいだ。

 それはいいんだけど、鑑定の方を先に……。


「だから、だろうな。あまり目にすることのない系統の紋章だの。……まずバツの線の先、四か所に小さな丸がついている紋章だが……勝手に発動する補助魔術だな。ルスター君、君の行動が止まってしまうくらいの苦痛を感じた時に、それを打ち消す効果がある。だが怪我を受けた場合、その痛みは消えるが怪我自体は治らん。そこは注意するように」

「それって……」


 思い当たる節がある。

 カーク君に浴場で熱湯をかけられた時だ。

 いや、熱湯を浴びた感覚は……ない。


 その時の様子をベナス先生に伝えてみた。


「なっ……! カーク君にそんなことされたの?!」


 後ろから、サクラさんが声を張り上げた。

 忘れてた。

 隣にいたレイン君は当然あの件のことは知ってたけど、サクラさんには何も言ってなかったもんな。

 それに火傷の後もなかったし。


「……それが初めての発動なら……紋章は光らなかったか?」

「光ってました。頭全体が」


 その自覚はない。

 けど、レイン君は間近で見たんだった。


 でも、頭が光った、って言い方はちょっと……。


「全体……。他の二つも反応したかもしれんな。で、水玉三つが円の内側に沿って並んでいる紋章だが、破損、欠損した物を修復する効果があるようだ。だが増強ではない。そこら辺は気をつけんとな。問題は……王冠だな……。これは……むぅ……」


 えっと……ローマン先生、だっけ?

 授業中に見てもらったけど、あの時は詳しくは分からないって言ってた。

 ベナス先生も口を濁している。

 僕は下を向いて、ベナス先生に頭のてっぺんを見せている。

 だから先生は今どんな顔をしているのか分からない。

 でも、そのうめくような声を聞くと、何となく困ってそうな感じはする。

 何かあるのかな……。


「今は……君に……君達にこのことを伝えるのは難しい」


 少し待って、ようやく出てきたベナス先生の回答の一言目はこれだった。

 どんな効果があって、どんな条件で発動するか。

 明確なその答えを待っていた僕はそれを聞いて、今までワクワクして待ってた時間を返せ! と絶叫したくなる。

 先生に何とかして答えてもらいたい思いのあまり、下げてた頭をあげて目を合わせた。

 けど、ベナス先生は全く動じなかった。


「……本来の効果の副産物として、回復に似た効果がある。ただし術をかける相手にも条件は必要だ。誰にでも、どんな時にでも回復の効果が現れるとは限らない。それと……ルスター君自身にかけることはできん。むしろ、術の多用……むやみに術をかけるのは控えた方がいい」


 回数が限定されるってこと?


「術の発動条件だが、先に説明した二つの紋章のうちの一つ、バツの先に丸がついている紋章、これは自動で発動する。制御の必要はない。魔力の消費も心配ない。ルスター君自身にのみ有効だから、君の人生においては無尽蔵の魔力ゆえに、発動して損することはない。気を付けるべきは、体の不健康に気付かないかもしれんことくらいか。まぁそれはおいといて」


 それ、さっきも聞きました。


「もう一つの紋章……修復の紋章とでも言うかな。その発動条件に、声や言葉は無用。思念だけで元に戻すことができるのだが、王冠の紋章の発動条件も同じだ」


 呪文とか詠唱とかの必要はない、ということだよね。

 思うだけで効果が現れる……。

 ということは、早速発動させることができる……?

 でも、王冠の紋章の効果は教えてくれない……。


「効果や用途が判明したら、ルスター君はひょっとしたらどんどん使いたがるかもしれん。魔力の消費量は王冠も修復の紋章も、無痛の紋章同様微々たるものだろう。ただ、無痛の紋章と比べると、王冠の紋章の方がはるかに多い」


 いや、魔力の消費量よりも……。

 いや、消費量のことも気になるか。

 でも使い切ることはないって言ってたから、突然魔術が使えなくなる、ということはないよね。


「ひょっとしたら、何も教えずともこの先、自らその効果を知ることがあるかもしれん。その術については授業で習う時が来る。だが王冠の紋章の効果がそれだ、と知るのはそのずっと後かもしれん」

「てことは……いつになっても教えてくれないってことですか?」


 僕の、紋章からずれた質問にも返答に困っている。

 なんかこう……厄介な紋章が刻まれたもんだなぁ……。


「魔術の発動を教えると、興味半分で発動させる生徒が多いのだよ。自らの身を守り、仲間を守り、弱きものを守るための手段を面白半分で発動されることがな。軽々しく扱ってほしくはない、ということだ。とりわけ君の紋章の場合は……。君の紋章の効果を誰かに知られるのも然り。君の人生が、その術の効果を求める者達に振り回されたり踏みにじられたりする可能性も高い」


 可能性が高い?

 可能性がある、じゃなくて、高い?

 一体どんな効果があるんだ?


「よくよく言っておこう。君の身を守ってくれる人を助ける手段の一つとなりうる。が、その術をかけた相手は、必ずしも君を守ってくれるとは限らない。見返りを求めてその術を発動させると、その目論見が外れた時、その相手を恨む気持ちが生まれるだろう。その相手はその後君と出会うことがないかもしれない。しかし君は、常にそんな相手と出会うことになる。その恨みはどんどん積もり、決して消えることのない思いとなる」


 いや、なんか怖いんですけど。

 僕、魔王か何かみたいになっちゃうの?


「努々忘れないように。王冠の紋章の効果が分かったならば、それを使う時は決して見返りを求めてはならない。術をかけた後は、相手の判断に全て委ねること」


「あの……ベナス先生」


 後ろからサクラさんがおずおずと声を出した。

 サクラさんも、何となく僕を恐れてるような感じがする。


「術の効果ってまだ教わってないんですが、もしルスター君が、その術をかけた相手を恨むようなことがあったら……」

「そんなことがないように、常に温かく見守ることができる者達こそが、友達、親友、仲間、というものではないかね?」


 さっきまでの眉をひそめた顔が一転、にこやかな顔を僕らに向けた。


 そうだ。

 今まで何度も言われてきたことだ。

 同部屋の人達と、まず仲良くしなさい。

 身分の隔たりなどを考えず、仲良しを増やしなさい。

 学舎から出た後もその縁は続くかもしれないから仲良くしなさい。


 それらは、このことにも当てはまるんだな、きっと。


「は……はいっ」

「分かりました」


「うん、いい子達だね」


 後ろの二人からの力のある返事を聞いて、先生は安心したようだ。

 ちなみにローマン先生はいつの間にかここから離れていた。

 僕らのように、自分の紋章について見てもらう子がきたみたいだった。

 ローマン先生は自分の席に戻り、そっちにつきっきりになっている。


「でもベナス先生、それならその王冠の紋章って、回復系の術じゃないんですか?」


 サクラさんの疑問ももっともだ。

 それに、もし回復系魔術と見なされたら、これから術の授業もサクラさんと一緒になるってことだから……一緒に勉強できる仲間が増えることに期待してるのかな。


「さっきも言った通り、本来の目的の効果の副産物……おまけのようなものだ。しかもその効果が発揮されない相手もいるかも分からん。それに他の二つの紋章のこともある。もちろん他の属性の術について勉強するということもいいことだ。だがその前に、自分に刻まれた紋章について勉強することが先かな」


 確かに、術をかけた相手が得して喜んでくれたら、多分僕もうれしく思う。

 でも、術をかけてくれてありがとう、という気持ちを知ることができれば、だね。

 なのに、術をかけてもらって当たり前、と思われちゃったら、あんまりうれしくないと思う。

 うーん……なかなか難しそう。


「結局ベナス先生は、ルスター君の王冠の紋章については何も教えてくれないんですね」


 レイン君も相当楽しみにしてたよね。

 僕も、いろいろと教わるかもしれないと思って楽しみにしてたんだけど、いつかは知ることになる、と思えたら……。

 誰も教えてくれなくて意地悪されてる、と思ったとしても、その辛さは、紋章が刻印されるまでの苦しみと比べたら可愛いもんだよ。


「それにしても……ローマン先生には困ったもんだな」

「え? 何かあったんですか?」


 この王冠のことについて真っ先に見てくれたから、かな?

 ローマン先生は、ひょっとしたら、どんなに時間をかけても王冠の紋章のことは分からなかったんじゃないかなぁ?


 と、思ったら……。


「寄宿舎のシュース先生とラミー先生から苦情が来たんだよ。ローマン先生のお喋り、どうにかならないか、とね。……用事がすんだらたっぷりとお話聞かせてもらわんとなぁ」


 あ……そっちのことね。

 ……僕ら、しーらないっ。

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