学舎と寄宿舎生活:お風呂の後、そして翌日の授業は紋章について

「……すると今日のお前はカークに対して、言われたことだけをした、ということだな?」


 そういう言われ方をすると、カーク君の言いなりって感じにならない?

 先生……もうちょっと言い方を何とか、こう……。


「はい。でも、自分でも紋章の存在とか気になってましたので、頭を剃るのはカーク君に言われたから、というだけではないです」

「……するとお前の、その体の痣は……」

「これは、僕が……三年くらい前から、ずっとついてましたので、今回のこととは関係ないです」


 そんなことをシュース先生に伝えると、「そうか」と言って先生はすぐに浴場を出て行った。

 言ってることがほんとかウソか分かるんだろうか?


 湯船に浸かってると、レイン君が隣に座って話しかけてきた。


「……その痣、その……家族から……」

「え? いや、違うよ? 僕がしたんだよ」

「え? ルスター君が自分で……? こんな……昨日や今日できたんじゃないよね?」


 信じてもらえる自信はないけど、レイン君からすれば、その理由を聞かないと落ち着かないんだろうな。


「ドラゴンの歯が、刺さってからなんだよね……」

「……ひょっとして長くなる? ここで話せることじゃないよね?」


 まぁ、そりゃそう……だね。

 あの苦しみがなくなった後だから、もうどうでもいいことなんだけど。


「長くなるなら、部屋で聞かせてもらっていい? カーク君達がいたら、また何だかんだとうるさいだろうけど」


 また変に絡まれて、面倒なことが起きなきゃいいけど……。


 ※※※※※ ※※※※※


 部屋に戻ると、カーク君はまだいなくて、女子三人は揃ってた。

 雰囲気は険悪って程じゃないけど、互いに干渉しない感じ。


「あ、お帰り。湯冷めしないようにね」

「うん。ありがと、サクラさん。ところで、も一つ聞かなきゃならない話があるみたいなんだ」

「え? 何の話?」


 ちょっと、レイン君?

 君にだけ話せばいい話じゃないの?

 何だかなぁ……。


「……簡単に説明すると……」


 途中でカーク君が部屋に戻ってきたら、また何か言いがかりをつけられる。

 ドラゴンの歯のことからその衝動、そして治し方を尋ねるために勇者の所に行ったこと、そして入試の際に紋章を刻印されたことで、その衝動が収まったことをかいつまんで説明した。


「……大変だったのね……」

「そう言うことも、あるんだね……」


 サクラさんとレイン君は真摯に聞いてくれた。

 けど、女子二人は……。


「自分で自分の体を傷つけるなんて、変人じゃないの!」

「その紋章が消えたら、また暴れ出すっていうことよね? そんな危ない奴を、よく入学させたわね」


 難癖つけられた。


 その時、ガチャッと部屋のドアが開いて……。


「あ、カーク君」

「遅かったわね、何してたの?」

「あぁ?!」


 ラーファさんとリーチェさんがカーク君を心配したけど、本人はそれを突っぱねた。

 そしてその怖い顔のまま、つかつかと僕の席に近寄ってきたけど……。


「お前……」


 立ち止まって僕に向かって一言そう言うと、舌打ちをしてすぐに背を向けた。


「もう寝るわ!」

「え?」

「カーク君、どうしたの?」


 先生に何を言われたんだろう。

 心配する二人を振り切って、寝室に入っていった。


「……明日から授業も始まるし、僕らも寝ようか」

「うん、そうね……」


 レイン君もサクラさんも、ちょっと様子が変わったカーク君のことが気にかかる。

 でも、こっちから詳しい話を聞きに行くくらい仲がいいわけじゃないし、夜寝る時間が遅くなったら寝坊してしまうかもしれないし。

 僕も、とりあえず寝ることにした。


 ※※※※※ ※※※※※


 翌朝もカーク君は、僕を見ると舌打ちする程度で、一々突っかかることはなくなった。

 ただ、僕に何か嫌がらせをしたくてもできずに我慢しているのなら、そのたまった思いがいつか爆発しないだろうか、と心配してしまう。

 気の回し過ぎかもしれないけど……。


「そんなに気にしなくてもいいんじゃない? 彼には、ラーファさんとリーチェさんが付き添ってるんだし」

「そうよ。昨夜程邪険にはしてなかったんだし。それより早く食べないと遅れるわよ?」


 寄宿舎の食堂で、三人でご飯を食べてる。

 食べ終わったら一旦部屋に戻って、忘れ物がないか鞄の中身をチェックして、それから登校の予定なんだけど……。


「だって……ご飯が……」

「あー、またなんか、泣きそうになってる。泣いてもいいからご飯早く食べようよ」

「でも、それだけ今までなんの余裕もなかったってことなんだよな。僕らには想像もつかないよ」


 みんなが普通に食べてるご飯が、同じご飯なのに美味しくて……。


「でもそれだけうれしいと、ご飯作ってくれる人達もうれしいんじゃない?」

「そうだねぇ。でも残念ながら、時間がどんどん減ってくんだよねぇ」

「……んっ……。うん、昨日の晩ご飯みたいにお代わりしないから大丈夫」

「いや、その心配はしてないけど……」


 食べ終わるまで時間はかかるだろう、というのは予測で来てたから、盛り付けてもらう時に、人より少なめにお願いしてた。

 だから、二人が心配するほど食べる時間は長くならずに済んだ。

 でも……。


「僕の半分くらいだよね? お昼までお腹空かない?」

「うん、大丈夫。空腹なんて、そんなに苦しいことじゃないし」

「……昨日の夜の話を聞いたら、返事に困るんだけど……」


 そんな顔されても……。

 二人が気にすることじゃないのにね。


 ※※※※※ ※※※※※


 ご飯を無事に済ませ、学舎に行く準備を整えて初登校。

 玄関でシュース先生とラミー先生に、三人で行ってきますの挨拶をして学舎に向かった。


 学舎での最初の授業は、新入生全員が参加する、冒険者としての心得の話のようなものだった。

 学年主任の先生が教壇に立ち、話を始めた。


「この学舎での生徒でいる限りは、常にしっかり覚えておいていただきます。ここの生徒のこの後の進路は、まず退学と卒業の二通りに分かれます。どっちになるとしても、その先は、冒険者とそれ以外の仕事の二通りになります。これだけで数えるなら、四通りの道を進むことになります。けれども、別の道に進むことになっても、どこかでいつかまた顔を合わせることになります。ここでの関係は、ここから出たら終わり、ではありません。ここで知り合うことができなかった人達とともに、それを活かせるか活かせないかは別として、その繋がりは続いていきます。それだけは忘れないように」


 あんまりぴんと来ない話だった。

 四十分間の授業が終わって、次の授業は術士に関しての授業。

 学部別の授業になるから、別の教室に移動した。

 使える魔術は別種だけど、学部全体の授業だから、やっぱりここでも三人一緒の席に座る。


「あれ? そう言えば」

「どうしたの? レイン君」


 三人並んで着席してから、何かに気付いたのか、レイン君が両隣に座った僕らに話しかけた。


「さっきもだし今もだし……寄宿舎の今朝の食堂でもだったけど」

「うん」

「ルスター君に近寄る子、いなかったね」

「……言われてみれば、そうだった」

「頭の模様、かなり目立つけど……まぁ害がなければきにすることでもないのかな」


 急に周りの態度が変わるってのいうのは、ちょっと不気味。

 だけど、何日も、何か月も、何年もそんなことが続いたわけでもないから、そのことに気付く方が気にしすぎ、って気がする。


「あ、先生来たよ」


 学長と同じくらい年を取ってそうな……いや、ちょっとは若そうかな。

 よぼよぼとしてはいない、白髪で白ひげを蓄えた人が入ってきた。

 他の先生達と同じ、先生としての制服を着ているけど、その上からマントを羽織ってる。

 片手で杖を持って、その上の方はいくつもの宝石が埋め込まれてるのが、実に魔術師の所有物って感じがする。

 もう片方の手には、何やら白い大きめの袋。

 その脇には何かを抱えてるけど……。


 起立、礼、着席の号令に続いて授業が始まった。

 先生は、その号令の後、脇に抱えた物と白い袋を教壇の上に置いた。

 授業に使う道具だったのか。


「術士の総合授業を担当するベナス、といいます。まずは皆さん、入学おめでとう。では、この授業、術士についての話ということで……」


 先生はお祝いの言葉を言うと同時に軽く頭をさげ、授業が始まった。


 術士全体の授業の最初の話は、紋章についてだった。

 僕の衝動がそのおかげで消えたことと、光の柱の中で会話が聞こえたことに試験官の先生たちみんなが驚いてたから、その話はとにかく早く聞きたかったから、とても待ち遠しかった。


「皆さん全員、入試の時に光の柱を通過して、紋章を身に宿しているはずです。ない、という生徒もいるでしょうが、本人からは見えにくい体の部位に刻印されてることもあります。心配無用」


 僕の頭とか、だね。


「この世に存在する物、現象、全てのものに魔力は宿っています。魔力がない、と思われる物もありますが、ゼロという量の魔力を持っている、と考えてください」


 ものの考え方にも、いろいろあるんだなぁ。


「紋章は、魔力の出口。人や魔物によっては出入り口の役目を果たします。もちろん紋章のない人でも魔物でも、魔術を使うことができます。ですが、紋章のある者が魔術を使えない、ということは絶対にありません。あ、魔術と魔法の違いは、皆さんにおいては違いはほとんどないものとしてもかまいません」


 いずれは、どこかでその違いを覚える必要はあるのか。

 でも、それ以上に大切な話があるってことかな。


「紋章が魔力の出口となりますが、どこに向けて出発するのかは、おそらく想像しやすいでしょう。怪我人を治療する場合なら、その気がした場所に向けて出ていきますし、魔物退治に出かけた先なら、攻撃の手段としてその相手の魔物に向かっていきます」


 この授業は、術士の授業。

 だから先生のその話は、その先に分かれた、回復術士とか攻撃魔術士ってことだよね。


「ではどこから出発するのか、と考えることになるでしょう。例えばこの杖。杖はあくまで手段。何の手段かというと、その先にあるたくさんの宝石。これらが持つ魔力を、別々に使ったり、混ぜ合わせて使ったりできます。もし杖がなければ、こんな風に……」


 白い袋からいくつもの宝石を取り出した。

 いろんな色がキラキラと輝いている。


「この杖についている宝石と同じ数を持つとすると……これくらいか」


 片手で教壇の上に散らばった、数多い大きめの宝石をなるべく多く鷲掴みにして持ち上げてこっちに見せた。


「一々こうやって持ち運んだり、袋に持ち歩くと選んで取り出さなきゃならなくなる。闘士が使う武器にすると、武器自体とても重くて、長い時間の移動が難しくなる。術士の中にはそれをできる者もいなくはないのだが……よいしょっと」


 確かにいろいろと面倒そうだ。

 選ぶにも、まるで僕が心行くまでご飯を味わうくらい……いや、それ以上に時間がかかりそうだ。


「ぷっ。何言ってるのよ、ルスター君」


 隣でサクラさんが吹き出して、こそっと僕に言う。

 口に出てしまってたっぽい。

 けど、最前列に座っている僕の声は先生には聞こえてなかったようで、安心した。


 で、先生の場合は杖に宝石を埋め込んでいる。

 軽くて丈夫で持ちやすい物に、一目でどこにどんな効力がある魔力の宝石があるかをすぐに見られるようにするため、だそうだ。

 剣や斧にもそうする人がいるそうだけど、魔術を使える闘士にはそれが適してるらしい。


「その物を有しているのであるならば、紋章の位置がどこであろうとも魔力は発動する。が、紋章に直にくっつけるとより効果は強いらしい。だがワシにはそれは無理。手の甲に紋章があるのだが、いくつもの宝石を同時に触るのは、ちぃっとな」


 先生は手のグローブを外して紋章を見せた後、手の甲にいくつか宝石を乗せてみせた。


「五、六個ほど同時に発動させることもあるんだが……ほれ、二個くらいしか乗せられんしちょこっとでも動けば全部落ちる」


 先生がその様子をおどけて見せると、みんなが笑った。

 魔物が目の前にいるのにそんな風に慌ててたら、どこか滑稽に見える。

 レイン君もサクラさんも笑ってたけど、宝石を落として無くしちゃわないか、と僕はちょっと心配になった。

 まぁ落ちたところで教壇の上からは落ちることはなかったんだけど。


「で、ワシの場合は宝石が中心だが、神秘的な物ならその魔力は高い。珍しい金属も魔力の量は多い。さて……」


 先生はグローブを再び嵌めて、そのおかしさが漂う雰囲気を改めた。


「で、使える魔術も人によって向き不向きがある。それを決めるのはそれぞれの体質なんじゃろうが、ワシは精霊と呼んでおるんじゃが、みんな、入試の時に光の柱に入っただろう? 精霊の声らしいものが聞こえたはずじゃが、聞こえた者は手をあげてみなさい」


 みんなが手を挙げた。

 僕ももちろん手を挙げたけど、僕の場合は声そのもの……というか、会話だったな。


「うん、下ろしていいぞ。みんな聞こえたようだな。その精霊がそれぞれの体質を見て決めておるようだ。その魔術の種類から、その人が連想してしまう何かの形が紋章になる。基本的には火、水、五角形以上の角ばった形……それは石と呼んでおるがの。縦横に尖った形とか、まぁいろいろだな」


 教室中、隣の席同士で、紋章を確認してる。

 ざわつき始めるけど、先生は特にそれを注意せず、話を続ける。

 この教室も広いし響くのに、先生の声はおそらく後ろにまで届いてる。

 とても聞きやすい。


「適応する魔術の種類はみんな知らされてると思う。だが、まだどんな魔術を使えるか分からないはずだ。紋章の形でおおよその見当はつけられると思う。それについてはこの後の、魔術の属性別の授業で詳しい話を聞くことができるはずだ。今回の授業はここまでにしようか」


 先生の最後の言葉で授業の終わりの挨拶のあと、先生は教室を出た。


「今まで知らなかったことの話って、聞いててワクワクするね」


 先生がいなくなったあとにすぐ、レイン君は興奮して僕らに話しかけてきた。


「どんなことができるか、すごーく楽しみっ」


 サクラさんも同じくらいうれしそうにしてたけど……。


「……ルスター君、そうでもなかった?」

「んと、僕もすごく楽しみだよ……」

「そ、そう?」

「ご飯食べてるときよりは、なんか沈んだ感じがするから……」


 二人には、関心がないと思われてるっぽい。

 とんでもない!

 感情のままにしてたら多分、思いっきりおかしい人、と思われるくらいはしゃぐに違いなかったから。

 だからそれを我慢してただけ。


 さて、次は、属性別の術士の授業。

 僕ら三人はみんな別の属性だから、同部屋の人と一緒ではない初めての授業。

 僕らはそれぞれの教室に向かった。

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