学舎と寄宿舎生活:三つの紋章の一つを鑑定してもらったけども、結局よく分かんない
ベナス先生の話によれば、紋章は魔力の出入り口で、出入り口ができたことで力がそこから外に出ることができる、ということだよね。
僕は、多分魔力ゼロの量で普通に生活できた。
けど、ドラゴンの歯が刺さって、それが骨に同化したことで、余計な力が体内で行ったり来たりしてたんだろう。
サクラさんの話によれば、普通のドラゴンじゃなくて魔法生物みたいなことを言ってたから、魔力でできた物体が自分の中に入ったってこと。
その悪影響が、暴れたくなるってことだったんだな。
その出入り口ができたことで、余計な力が溜まらずに済んだ。
でも魔力の出し方とか、どこかに向けて出してるつもりもないから、そこら辺どうなってるんだろ?
頭に同化した歯の魔力の量も気になるし。
魔力が尽きたら、普通の人と変わらない生活をすることになるのかな。
……普通の人に戻れるのかなぁ……。
いや、このまま術士の生活になったあとで、魔力が尽きちゃったら、普通に暮らしていけるのかどうか、不安になってきた。
※※※※※ ※※※※※
次の授業は、魔術の属性別のクラス。
新入生の術士学部は六十人。
そこから攻撃魔術と回復魔術、それに補助魔術の三つに分かれるんだけど、僕の適性である補助魔術の授業には、僕も含めて十三人が出席。
平均の人数よりも少ない。
けど、レイン君とサクラさんの二人と、初めて別行動してるんじゃないだろうか?
なんか、すごく心細い。
……いつも誰かに守ってもらってたから、かなぁ……。
こんなんじゃ、学舎を出た後、まともな生活できそうにないよね。
しっかりしないと。
「はい、この授業が終わったら、新入生の一年は今日の学舎の授業は終わりになります。お昼ご飯はここでもいいし寄宿舎のを使っても、どっちでもいいからね」
ベナス先生を見た後だからか、若そうに見える先生が入ってきて授業が始まった。
「使ってみたい魔術の種類は、必ずしもみんな使えるわけじゃない。魔術では攻撃の人気が高かったんだけど、素養、素質は別にある、という者の方がここには多いんだな。もちろん補助魔術に興味、関心があるって生徒もいるけども」
先生はおもむろに話を始めた。
何というか、あまり厳しくなさそうな……というか、緊張感があまり感じられない先生だ。
「で、補助魔術、と一言で言える種類なんだけど、内容は様々。攻撃魔術と回復魔術以外の魔術がこれに当たる。も少し詳しく言うと……」
魔物とかを攻撃するための魔術が、攻撃魔術とか攻撃魔法と呼ばれるもの。
回復系は、怪我、病気を治療するものとか、毒や体調不良を治すもの。
これ以外の魔術、魔法を補助と呼ぶらしい。
だから……。
「魔法や武器による攻撃から身を守るのも補助だし、仲間の能力を一時的に伸ばすのもそう。魔術師の魔力の効果を高めるのもそうだし、魔物や探し物を探知するのもそう」
何というか……大雑把な種類なんだなぁ。
僕のは一体なんだろう?
というか、術士学部の新入生は、みんな、どんな術に向いてるかとか、まだ分かんないんだね。
「ちなみに……この学舎関係者で、一番強い補助魔術士は誰だと思う?」
いきなりクイズ。
分かるわけないよ。
すると、生徒の誰かが手を挙げた。
「はい、どうぞ」
「多分みんな、分かりません。昨日入学式で紹介された先生は、学長と、一年の担当の先生達くらいなので……」
ベナス先生も一年担当の術士全体の担当で紹介された。
だから紹介されてない先生は一人も知らない。
「まぁそうだろうな。でもその中にいるよ? 学舎内で……学舎の生徒として生活する中で、一番すごい補助魔術士は誰か? ……って言い換えても分からんか」
「学長、ですか?」
まぁ……学者の一番偉い立場の先生が、一番強そうな気がするけども。
「残念、外れ。答えは、まぁどっちでもいいんだけど、寄宿舎の監督の、シュース先生とラミー先生。学舎から出たら力関係は変わるけど、この学舎内という範囲限定なら、あの二人はとんでもないぞ?」
教室内がざわつく。
あの二人の先生、そんなに強いの?
先生としては、シュース先生は厳しめな感じがするけど……。
「補助魔術士では、この場所限定でならこの国ではトップだと思う。何か悪さをしても、どこにいてもそれを見つけられる。だからあの人達にとって、証拠なんて必要ないんだよね」
でも誰かにそれを伝えるには、証拠は必要なんだろうけど……。
……それにしても……なんですか、それは。
二人で四階建ての寄宿舎を全て見通せる、と?
……どういうふうに見えてるんだろう……?
「じゃあトイレでおしっこしてる姿も見られてるんですか?」
うん。
その可能性は高い。
「あはは。あの二人の先生に言わせると、注意を向けなければならないことと、どうでもいいことの二つに分けられるんだって。どうでもいいことってのの中には、見られたくないこととか誰にも話してもらいたくないこととかもあるって言ってたし、人に言えない心配事とかなら、それとなく聞いてきてくれるから、ほんとに頼りになるよ、あの先生達」
すんごく気になるけど……心配してくれる、というのは……勇者のあの人達みたいでありがたいな。
「逆に、生徒の間で迷惑行為が行われてたりとかすればすぐすっ飛んでくるからね。ひょっとして予知能力とかもあるのかもね。それと、権力を傘にしていろいろ悪だくみする大人達もたくさんいるんだけど……」
なんか、いきなりちょっと怖い話になりそうなんですが。
「そういうのも、この領域に足を踏み入れた時点ですべてお見通しらしいんだよね。あの先生達のおかげで守られてるのは、生徒達だけじゃなく、僕ら教師陣もなんだよね。あ、もちろん学長も、普段からもいろんな人にあの先生達に感謝の言葉口にしてるんだよね。直接言えばいいのにねぇ」
学舎の勇者、って感じがする。
すごい先生達なんだなあ……。
「だから、この教室の人数は平均より下なんだけど、だからと言って期待されてないとかつまらないとか思ってしょげるのは、あんまり意味がないんだよね。活躍できる場が多くなれば、それだけ頼りになって、それだけ忙しくなって、その分疲れが溜まって……あれ?」
いや、あれ? じゃないでしょーに。
思わず笑ってしまったけど、逆に引っ張りだこになり過ぎちゃわないかな、って心配になってきた。
「それと、補助魔術使いに特徴的なことは、紋章は一人一つとは限らないってことだね。二つ以上紋章がついてる人、あるいはそう言われた人、手を挙げてみて」
え?
そうなの?
僕のは三つあるって言われてたけど……。
そっか。
サクラさんもレイン君も一つだけしかなかったから、僕みたいなのは珍しいと思ってた。
ちょっとびっくり。
「やっぱりね。みんな二つ以上あるんだね。手を下げていいよ。……活躍するところがほとんど見られない補助魔術士なんだけど、いくつかの魔法を同時に使える術士ってのは貴重だ。それと……術を発動する方法の説明は聞いたかな?」
え?
えっと……。
あれ?
聞いてないような気がする。
教室内がざわつき始めた。
その声をよく聞くと、僕が思ったことそのままの言葉が飛び交ってる。
「いきなり長時間お話を聞くのは、みんな集中が切れちゃうから、そこまでお話し進められなかったのかもね。ちょっとかいつまんで説明しようか」
先生の説明によれば、魔術、魔法によって魔力が放出されるそのきっかけは……
呪文や詠唱など、言葉によって発動するもの。
杖などの道具を使って発動するもの。
思念によって発動するもの。
「……パッと思いつくことと言ったらそれくらいだね。……例外として、状況によって自動で発動するものがある。これには二通りあって、自分の意思とは無関係に発動するものと、意思……意識しなくても思う通りの効果を発する術が発動するものがある」
一人の生徒が手を挙げた。
「はいどうぞ」
「えっと、もうちょっと分かりやすい例を挙げてほしいんですけど」
うん。
僕もそう思う。
「ふむ。例えば回復術士が、魔物との戦闘中に仲間が怪我をした。急いで治さなきゃならない時に、長ったらしい詠唱を唱える時間もない。熟練の術士なら道具や手を患部にかざすだけで……不完全だけれども応急手当てが瞬時にできる、とかかな。これは術士の意思によるものだね」
「じゃあ無関係に発動するものと無意識に発動するものって何ですか?」
「無関係なら、それこそシュース先生達の監視かなぁ。そんなことを言ってた。だからその術による情報を遮断する方が魔力を多く使うって言ってたな」
何というか……。
寄宿舎の先生するのって、大変そう……。
「無意識の術は、実際やってみようか。ついでに、紋章と術の種類の話もしよう。例えば先生の紋章の一つは肘の先にある。だから僕には直接見ることはできないんだけど、こうやって手を当てて……」
先生は袖を腕までたくし上げて左ひじを曲げて、その関節に右の手の平を当てた。
遠目だからよく分からなかったけど、手がちょっと光った気がする。
「ほら、見てごらん。僕の手の平と肘、何がある?」
最前列の生徒に見せると、その生徒は驚きの声を上げた。
「お、おんなじ紋章が……ありますっ」
「でしょ? 歪んだ紙が二枚重なってるような形してるよね? 隣の君も見る? ほら」
生徒の何人かがそれを見ている。
みんなが同じようなことを言っている。
その反応を見て、先生は満足そうだ。
「うん。この紋章とその効果を、僕は『複写』と呼んでる。で、これって、冒険者としては何の役に立つと思う? あ、ちなみに僕も、ここの先生をする前は冒険者やってたんだよね」
自分の手の平に、手を当てた物がそのまま写る、ってことだよね。
……魔物退治に役立つことって……あるの?
「分かりません。思いつきません」
誰かが答えたけど、何も答えが思い浮かばないのは僕も同じだ。
でも、そんなみんなを見て、先生は実に楽しそうだ。
「例えば、迷路のようなダンジョンで迷った時、入り口から現在地までの道のりを、この能力を使って、壁とか地面、あるいは板状の物に記すことができる」
え?
それは……すごいんじゃない?
迷うことが全くないってことだよね!
「魔物を倒す力はないけど、仲間を助けることができるってことだね。重要な地点も、僕の記憶になくてもどこかに書き記すこともできるところが、意識しなくても術が発動できるってこと。でもさすがにその実績をこの力でみんなに見せることは難しいけどね。あははは」
いや、実績がなかったとしても、そういうことができるのは……。
その力を必要とする人達には、喉から手が出るほど欲しい人材だよね。
「もちろん複写の力で記したものは消すこともできる。これは自分の意思でもできるし自然に消えることもある。それと、手のひらよりも大きいものを複写する時も、手で広く撫でると……ほら」
長い机の上に手を滑らせてたようで、その辺り一帯に、何やら地図っぽいのが描かれてた。
「学舎の一階の案内図だよ。こんな風にいろいろと使い道はある。けどその使い道は、能力の持ち主の発想でしか見つけられないけどね」
みんな、「えー?」って戸惑ったような声を出してる。
僕も、先生が見つけてくれると思ってたのに。
「で、紋章の形だけど、僕が見たこの肘の紋章の形は、真っ先にそれが思い浮かんだんだ。見た目の第一印象が効果になってる場合が多い。回復魔術を使う人達の紋章の形は、ほとんど水とか水滴をイメージできるものが多いのは……その説明は別の授業で習うから省略するか。ま、水には回復のイメージを持つ者が多いってことだね。問題は、本人すらもイメージが湧かない形の紋章だね。……まだ時間があるし、十四人か。一人一つにつき鑑定してみようかな。自分で見えない人、どう解釈していいか分からない人から見てみよう」
前の列の子から順番に、紋章一つずつ見てもらっている。
見てもらった子は、首を傾げたりはしゃいだり、その反応は様々だ。
「さて、君は……あぁ、ルスター君か。君は三つあるんだね。両側の二つの鑑定が難しそうだ」
真ん中が丸の中の水玉三つ。
左がバツ印の先が丸。
右が王冠。
先生の話によれば、水玉は回復関係かもしれないけど……。
「王冠かぁ……。他人の能力に干渉するようなタイプだね。しかも、一時的に能力を増強させるよりも格上の……んー……そんな感じかな。じゃ、次の子は……」
バツ印の方は見てくれなかった。
一人一つずつって言ってたからしょうがないか。
でも、ほんと、どんな意味があるんだろうなぁ。
あれ?
でも、この先生、僕の頭の模様については全く気にするふうでもなかった。
まぁ……ただの痣だと思えば気にすることでもないのかな。
「……とまぁ、全員一つずつ紋章の解釈をしてみたわけだけど……ちょうど時間になったね。最後に一つ。紋章の数と同じ種類を同時に使うこともできるのも補助の特徴の一つ。例えば仲間全体に防御の魔法をかけながら、誰かの能力を高めたりとか。けど、紋章は一つしかないから一種類の魔法しか使えない、というわけでもない。攻撃魔法の火に例えると、周りを明るく照らす効果もあれば、温度を上げる目的にも使えるし、魔物を燃やし尽くすほどの火炎をだしたりする、といった具合」
……ほんとにいろいろ使い道はあるんだなあ。
でも、僕の紋章は、ほんと、どんな意味があるんだろう……。
イメージが全く湧かない。
「じゃ、今日の授業はここまで。他の紋章も見てもらいたい人は職員室にお出で。あ、でもみんなはもう下校の時間になるけど、上級生と先生は午後も授業があるから、それが終わった後ならいいよ。で……ここのクラスの当番とか決まってるの? あ、決まってないか。初めてだもんね。んじゃ君でいいや。あはは。突然でごめんね。挨拶の号令お願い」
みんなで起立、礼をして、今日の時間割は終わった。
でもこの先生の時間、何となくくだけた感じがして好きだなー。
……でもあの先生、自己紹介してなかったんじゃない?
くだけ過ぎも、ちょっと困るかな……。
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