学舎と寄宿舎生活:カーク君達を見くびるな。あの三人は、前世で僕を責める彼らとは違う
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「おい、ちょっとツラ貸せや」
僕と似たような服を着た人から、すごんだ声で迫られた。
似たような服、と言うか、同じ上着か。
ただ、彼らのその服装は乱れていた。
その声を聞くだけで体が震えた。
何人もの男に引っ張られ連れ出された。
その行き先は、何かの建物の外にくっついている階段。
地面は遥かに離れている。
目に入る景色のほとんどは青い空。
腹を蹴られる。
顔を殴られる。
何度も続き、その後、お金をほぼ全額取られた。
そして僕は、そこに放置された。
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カーク君、リーチェさん、ラーファさんから何を言われても、不快に思うことはあるけど怖いと思ったことはなかった。
なぜだろう? と自分でも不思議に思えた。
自分の感情なのに、他人事のように感じるのも不思議だ。
理由は分かったのは、冒険者パーティとして実践の授業が行われる前の段階の授業。
部屋ごとに対抗戦のような模擬戦が行われる。
その日の朝、僕は寒気に襲われた。
「え? まずいんじゃない?」
とレイン君は心配してくれた。
あの三人からは「臆病風に吹かれたか」だの、「そんなに怖いなら冒険者目指すのやめなさいよ」なんてことも言われた。
「……ちょっと風邪がひどいだけみたいね。術かけたげるね。……人に力を注ぎ込めし存在に希(こいねが)う。その意に背きしものがこの者の体の中に入りし故、その力を……」
サクラさんが何やら呪文を唱えながら、僕の額に手をかざす。
その手がぼんやりと光るのが見えた。
熱にうなされてるせいで見えるのか? と思ったが、他の四人もその手が光ってることを指摘してた。
実は僕らは、サクラさんの回復術を見たのはこの時が初めてだった。
「……病気を治す術じゃなくて、病気への抵抗力を高める術なの。だから午前中はゆっくり眠って休んでてね。模擬戦は午後からだよね。お昼ご飯普通にしっかり食べられるようになれたら、多分参加できると思うから」
その手から光が消えた。
すると、感じてた悪寒も次第に和らいで来て、体が温かく感じ始めた。
「う……うん。ありがと……」
「ずっと頭剃ってたから……じゃないか。風邪ひくのなんて、今日でなくてもよさそうだし」
あの時以来、頭はずっと剃ったまま。
逆に紋章が人に見えるかどうかの方が心配だったりする。
「先生達には伝えとくから」
「ま、出席できなくなっても、休むことは大事だからね。模擬戦は今日一回限りじゃないんだし」
サクラさんとレイン君からは温かい言葉をもらった。
「出席なのか欠席なのははっきりしろってんだ!」
「サクラさんもひどいことするよね。術かけてもらわなかったら、ずっと休めたのにね」
「いてもいなくても変わらない人に出席されてもなぁ」
カーク君達からはこんなことを言われた。
部屋ごとの対抗戦に臨む前に、この温度差を問題にしないのか、とも思う。
けど、とりあえず、午前中はお言葉に甘えて布団の中でゆっくり眠ることにした。
※※※※※ ※※※※※
寝室のノックの音で目が覚めた。
部屋のドアには鍵がない。
だから部屋には誰でも自由に出入りできる。
部屋の中にある、それぞれの寝室は鍵がついてて、貴重品や無くしたら困る物は全部寝室に置けるようになっている。
「んぁ……うわ。汗がびっしょりで気持ち悪い……って、あ、お昼の時間か」
時計を確認しながら、かなり軽く感じる体を起こし、寝間着を脱ぐ。
タオルで汗を拭きながら、ドアを開ける。
「ん? どうやら治ったみたいだな。一応お粥を持ってきたんだ。体調が戻ってこれで物足りなきゃ、食堂に行けばいい。授業に出られるなら、昼ご飯を食べてから行きなさい」
シュース先生が僕のために、お盆に三つほどの器を乗せて持ってきてくれた。
もちろん、僕の容態が悪いままという予測をした上で、らしい。
ラミー先生と比べて厳しい人なんだけど、こういうところは優しいんだよなー。
でも表情は柔らかくないんだけど。
「ありがとうございます。おかわりが欲しくなったら食堂に行きます。模擬戦の授業には、この感じだと出席できます」
自分でも驚くほど元気な声が出た。
それを聞いた先生は、「水分補給忘れるなよ」と言い、僕にお盆を預けて部屋を出ていった。
体も軽くなり、先生の最後の一言のおかげで心の中も暖かく感じる。
これで元気になれないはずがないっ。
噛む必要のない温かいお粥を、猛烈な勢いで口の中に掻き込んだ。
※※※※※ ※※※※※
食事の量はやはり足りない。
ということで、寄宿舎の食堂に、食器を戻すこともあって足を運んでみた。
新一年生が結構いる。
僕の時と同様、午前中で授業が終わってお昼ご飯をここに食べに来た子達だ。
数える程度だが、多分僕よりも上の学年もいる。
思ったより賑やかなことに驚いた。
一年以上ここで過ごしたことになるけど、授業がある平日のお昼ご飯でここを利用したのは初めてだ。
「おや。珍しいねぇ。お昼はいつも学舎の方で食べてたでしょ」
「あ、ちょっと風邪ひいちゃって。でももう大丈夫みたい」
「あぁ、シュース先生がお粥のメニュー一人分注文してたっけ。まさかルスター君のとは思わなかった。あぁ、その食器は引き渡し口に置いといて。で、お代わりに来たのかい?」
「うん。お代わりはここで食べるよ。んー……うどんがいいな。揚げ物乗せたのがいいな」
「はいよ。はい、引き換えの番号ね」
包丁を直しにくるようになってから、このおばちゃんにもずいぶん可愛がってもらえてる、ような気がする。
いかん。
ご飯食べ終わったら、模擬戦の授業だ。
気持ちを引き締めとかないと、カーク君達からまた何か言われる。
一年経っても、美味しく感じるご飯は一日の楽しみの一つ。
でも浮かれるわけには行かないかない。
引き換えの番号札と交換して受け取った料理を、空席のテーブルの上に置く。
これを食べて気を引き締めて、お代わりのいただきますの挨拶をして一口目を食べようとしたその時。
「痛いっ!」
「うるせぇ! 俺と同じテーブルに座るんじゃねぇ!」
「や、止めてよ!」
食堂内のどこからか、そんな大声が聞こえてきた。
声が聞こえてくるその方向を目をやると、僕からそんなに遠くない場所で何人か人が集まっていた。
一見、僕より上の学年か? と思えるくらいの大きな体格の子が、入学当時の僕よりもひ弱そうな男の子の髪の毛を引っ張り上げている。
こんな場所でそんなことを、こんなにたくさんの人がいる前でするのか。
驚きのあまり瞼にも力が入り、目を大きく見開いているのが自分でも分かる。
この距離でも胸の紋章が見えた。
どちらも一年生だ。
髪の毛を引っ張られている子の苦し気な表情は見た覚えがある。
(お金を取られる前に殴られ、蹴られていたあの時の……)
途端に瞼から余分な力が抜けた。
力が抜けたのは瞼ばかりじゃなく、箸を持つ手、指からも抜ける。
その代わり、後ろに重心をかけて椅子に座っていたその腰、そして足に力がこもる。
自分でも驚くくらいに、重心が前後左右どこにもぐらつくことなく、すっと立ち上がった。
そして、一歩一歩ゆっくり歩いて、その集団に近づいていく。
しかし、もう一人の僕が頭の中にいるみたい。
そこに行って、何を言っても誰をどうするつもりなんだ? と自分に問い詰める。
けれどその答えはどこからも何も出てこない。
けど、動かずにはいられなかった。
「お前ら! 何をしている!」
食堂に入るなり怒鳴って、その集団目がけて駆け込んだのはシュース先生だった。
体格の大きい子を無理やり引きはがし後ろから拘束した。
いくら一年にしては体格が大きいからと言っても、大人のシュース先生とは体格も力も比べ物にならない。
シュース先生の後に続いて食堂に飛び込んできたのはラミー先生。
ラミー先生はひ弱そうな子を守るように抱え込んだ。
結局その大柄な子はシュース先生に食堂から引きずり出され、ラミー先生はひ弱な子を抱え込んで動かないまま。
先生は何やら話しかけているようだったが、その子の様子はよく見えない。
雰囲気の異様さもようやく消え、僕も頭に上った血が下がる。
軽くため息をついて、昼ご飯の続きをしようとテーブルに戻る途中で気が付いた。
「……カーク君は……カーク君達は、僕らに……あんな風に手を出したこと、なかったな……」
前世の記憶か、殴るけるをしてくる者とシュース先生に引きずられて食堂から去った子の印象が重なった。
けど、今まで何度もそんな記憶が再現されても、そんな彼らとカーク君とは重なることはなかったし、無理やり重ねようとしても、無理だった。
考えてみれば、カーク君達の言う貧乏人とは、ある意味表現的には正確だ。
彼の家柄は土地もあるし財もあり、人も使っている。
そんな暮らしと比べたら、確かに生活は豊かではない。
貧乏人だからできないことはたくさんある。
カーク君はそう決め付けてくる。
それも正しいか間違ってるかは分からないが、ある意味正確ではある。
頭ごなしに決め付けてくるのは、前世のあの人達と同じだ。
だがだからといって、それを理由にカーク君達は何かをしようとはしてこなかった。
せいぜい嫌味を言ってくるだけだ。
「そうか。だから……」
だから、カーク君達のことを好きになるのは難しいけど、一緒の部屋で生活するくらいには大丈夫なんだ。
ご飯を食べたら模擬戦が待っている。
紋章の力を存分に発動させて、カーク君達にその思い込みは間違っていることを伝えられたら……。
うん。
何の問題もない。
まずは……。
「お代わりは、この一回きりにしとかないとな。でないと、模擬戦の授業に遅刻しちゃうから」
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