学舎と寄宿舎生活:力は少しづつ成長してる、はず
一年生のときは、寄宿舎内で魔術は絶対に使わないように、と厳しく注意された。
術の使い方を初めて知り、それが面白くて夢中になると、知らないうちに誰かに怪我をさせたり物を壊したりするから。
ところが二年になると、寄宿舎内で魔術を使えるものもあり、それについては、必要に応じて、しかもなるべくその機会をたくさん見つけるように、と先生達に促された。
理由は、術は、使えば使うほどレベルは高くなり、質も高まり、効果も長く続き、高度なものに昇華していきやすいから。
けど、攻撃魔術は相変わらず厳禁。
補助系も、移動速度を速めたり、筋力を高めたりするものなどは発動禁止。
本人が思った以上に早く動けるため人と人がぶつかりやすくなったり、思ったよりも力が入って物を壊すこともあるから。
推奨されたのは回復系。
欠席しなきゃならないほどの病気もすぐに治まれば、勉強も捗り、成長も止めずに済む。
些細な怪我しか治せなかった術士学部の生徒だって、何度も発動させたら経験値も上がり、やがては難病もたちどころに治せるくらいにまで効能は高まるらしいし。
事実、サクラさんも軽傷なら火傷もその跡もすぐその場で治せるようになった。
二年にもなると、同じ学部や術ごとのクラスの、違う部屋の子と知り合いが増える。
その中の何人かが爪の付け根にいつもささくれができてて、そんな子の治療をしてあげたようだった。
その子達は、いつも肌がつるつるになって気にせずに済むようになった、と喜んでた。
レイン君は光系の魔術だけど攻撃の効果もあって、その術は使用禁止。
だけど、光そのものの術なら目が眩むような光量は出せないため、先生達の暗い所での作業には重宝するらしい。
水道管が故障したとか、屋上の床にひびが入って雨漏りするため下の階の天井から修理する、なんて時には、先生達からかなりアテにされるようになった。
さて、僕はと言うと……。
「ルスター、いつもすまんな。また頼む」
シュース先生が掲示板に貼られた張り紙をはがしたあと、テープが張られた後を指で軽く叩いた。
張り紙はテープで張り付けられることもあるし、画びょうで留められていることもある。
いずれ、掲示板のボードが傷むことに違いはない。
「はーい」
と軽く返事をして、その跡に手を当てる。
魔力が減る感覚がある。
ゆっくりと手を掲示板から離す。
テープによって何本か剥がされ、また、テープの圧力や粘着力によって板に沿って倒れている短い毛先は、そこだけまるで新品のように立っている。
画鋲で刺された跡も、その穴を塞ぐどころか、刺した形跡がないように復元される。
円の内側に沿う三つの水玉の紋章の、修復の効果。
最初の発動のときの、封筒の封を元通りにする、のように、魔力なしでもそれに近い状態にできることもある。
けど、抜けた毛が元に戻ったり、細かい穴が完全に塞がるのは、人の力じゃ何ともならない。
僕の術も、確実に成長してるんだなぁ、と実感できる。
「あぁ、忘れてた。寄宿舎の食堂の厨房のおばさん達が、また包丁の研磨頼みたいって言われてたんだった。行って来てくれるか?」
「あ、はい、分かりました」
寄宿舎の食堂の厨房は一階だけ。
そこで十一年生までの全生徒と職員のお腹を満たす分の食事をそこで作っている。
一年生も百二十人くらい入ってきたから、生徒数は大体七百五十人くらいかな?
それに先生二人に、もちろん厨房の人達も人数に入る。
掃除をしてくれる職員もいるから全員で八百人くらいかな。
注文するメニューだって、厨房の人達は完璧に予測できるはずもないから、一食につき、人数より多めの料理を作ってるみたいなんだけど、そこら辺はよく分からない。
いずれ、振るう包丁の本数も、一本につき振るう回数も相当な物。
一週間もしないうちに、あっという間に切れ味が鈍くなるらしい。
「こんにちはー。おばちゃん。包丁直しに来たよー」
「あら、助かるわー。ありがとね。四本はもう研がないとダメ。ほかのはまだしばらく持ちそうなんだけど……」
「大したことがないなら、ついでに見ますよ?」
切れ味が悪くなればなるほど魔力も使うし直るまで時間がかかる。
でも、そんなに悪くなければ少ない魔力の消費量で短時間のうちに直せる。
その方が労力をあまり必要としない感じがするから楽だ。
「えぇ? いいの? 二十本くらいあるんだけど……」
直さなきゃいけないほど見た目にもひどいのが、おばちゃんの言う通り四本。
けど、ほかは思った以上に悪くない。
これなら問題はない。
「平気平気。その四本はちょっと時間かかるけど、あとはすぐに終わりますよ。でもこの四本は……。新しいの買う方がいいんじゃないかなぁ?」
新品同様に直せる。
けど、新製品の、より質がいい品と同じくらいになるわけじゃない。
そこら辺がね。
妙に期待されてるんじゃないかと思ってしまう。
「新しいのもいいんだけど、いくら新品同様にしてもらっても、結局それ、使い慣れちゃってるからさ。使い勝手はいいんだよね。だから新しいのを買おうって気にはならないのよ。でも、君が卒業しちゃったら、流石に買い換えないといけないかもねぇ。あははは」
僕のように、修復の魔術を使える生徒は他にいないらしく、僕の能力のことを先生がこのおばちゃんにちょっと漏らしたらしいんだよね。
でも、とても喜んでくれるから、僕も包丁を修復するのに力が入る。
切れ味が落ちた包丁を目の前に置き、その上に手を当てる。
刃物の先端から柄の方に向かって、ゆっくりと手を滑らせるように移動する。
手を当てた刃の部分は新品同様の輝きを見せた。
そして手をまだ当ててない部分は汚れを見せたまま。
その違いは誰の目から見てもはっきりとわかる。
「それにしても大したもんだねぇ。それくらいできるんなら、先生方の持つ武器とか防具とかも直せるんじゃないのかい?」
考えることはみな一緒みたい。
でも、その答えも一緒なんだよねぇ。
「こういう修復や修繕と、活動中の修復とかとはちょっと違うんだよねぇ。慌てたり集中できないと、修復にも時間がかかっちゃうし、魔物とかがいつ襲ってくるか分からないともっと気が散っちゃうから」
「そういうもんかい。それも大変だねぇ。……でも最初の頃より、修復にそんなに時間かけずに済むようになったんじゃないかい? これも成長ってもんかもねぇ」
一番切れ味が悪そうな一本を完全に修復、新品同様にした。
おばちゃんは、自分の顔が綺麗に映っているその包丁をうれしそうに眺めている。
そんな顔を見ると、将来の仕事は冒険者じゃなくても、こんな仕事に就いてもいいかもなぁ、と思ったりもする。
「……はい、これで全部ね。あ、来たついでだから焦げ付いたフライパンとかも見てあげよっか?」
「いやいや、頼むのは刃物だけでいいよ。下手に直されると、逆に困るものもあるからさ。今回は包丁だけだね。またお願いしたくなったら先生に伝えとくから」
「はい、じゃ、失礼しまーす」
修復の方は、こんな風に日常に大いに役に立ってくれてる。
けど、無痛の紋章は自分のみにしか効かないのはあいかわらずだし、王冠の紋章も効果不明のまま。
それでも僕の術は、思ったよりいろんな人から必要とされるのはうれしいもんだ。
でも僕は、この時はまだ気づいていなかった。
レイン君とサクラさんの術と比べて、僕には決定的な違いがあることに。
※※※※※ ※※※※※
「カーク君達はどうなんだろうね」
「どうって?」
「僕らは術のレベルがどうのって気にしてるじゃない? でもカーク君達の……技術? 闘士としてのレベルってどうなってるのかなって」
顔を合わせれば、いつも貧乏人呼ばわりしてくるカーク君とリーチェさんとラーファさん。
けど何というか……僕ら六人が部屋にいるとき、積極的に絡もうとはしない。
僕らの学年で最初に退学になった貴族の子は、事あるごとに決まった相手に、何らかの危害を加えてたらしい。
その子とはなんかこう……僕らに向ける態度が違うんだよなぁ。
だから逆に、闘士学部の子達はどんなことをしてるのか想像がつかない。
「あの三人の話が時々耳に入るんだけど」
サクラさんが話に入ってきた。
「得意とする武器の練習は当然するんだけど、その武器を失った時に魔物とどう対応するか、みたいなこともしてるみたい」
どう対応するか、なんて言われても、なぁ。
「何も武器を持ってない場合とか、不得意な武器しかなかった場合とか……」
「素手で魔物と戦ったりするの?」
レイン君が驚いてサクラさんの話に食いついた。
サクラさんだって、闘士学部の子達の鍛錬の様子は目にしてないだろうけど……。
「同じ術士のクラスの子といろんな話ししてるんだけど、カーク君達って結構闘士としてのレベルは上らしいよ?」
「へぇ?」
そう言えば、僕らは直接カーク君達に聞いてないんだよな。
闘士学部の子からの噂すらも聞こえてこない。
秘密にしてるわけでもないんだろうけど。
「でも話だけだとよく分からないよね」
「具体的にどれくらいの強さなのか、とかを知らないと、パーティとしては不安なところあるよね」
そう言えばカーク君達がする自慢話は、自分の家柄はよく口にしている。
貧乏人、と口を開いたすぐそのあとで、そんな話が続くから。
でも、闘士学部での腕前とかの話はしないから、自慢できるほどじゃないのかな、と思ったりもしてたんだけど……。
でも考えてみれば、回復術にせよ光系の術にせよ、カーク君達にそのことを話したことはない。
自慢話よりも、実践でどれくらい役に立つのかを知ってもらいたいって思いはある。
ひょっとしたら、向こうも同じ思いなのかもしれない。
そういえば、部屋ごとのパーティで実践に出る前にそのパーティでの訓練の時間もあったっけ。
その時までのお楽しみ、ということになるのかな。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます