修復屋さん、始めました:周りに支えられて、いよいよ明日から
クローキーさんから、看板ばかりじゃなく、いろんなお店に必要な物を作る工房がある場所を教えてもらった。
マールさんは早く店を出たいのか、僕の手をを引っ張って先に行こうとする。
歩いてる途中で結構な力で引っ張られるものだから、体のバランスを崩しかけた。
扉を開けようとした時に、クローキーさんから話しかけられた。
「そうそう、申し忘れましたが」
「はい?」
早く出ようというマールさんの意志を、僕を掴む手から何となく感じ取りつつも、僕はそれを堪えてクローキーさんを見る。
「好きな仕事に就く者もいます。嫌いな仕事なのに、しなきゃいけない事情もあります。嫌いな仕事なのに、その素質があるからそれしかできない、という場合もあります。そして、押し付けられる仕事もあります」
「は、はぁ……」
さっきの僕の質問の答えの続きみたいだ。
「生きるため、生活するために仕事をしなければいけません。そのために、仕事を選んでるような場合ではないこともあります」
それは、まあ、そうですね。
「好きで始めた仕事の中にも、やりたくない作業は必ずあるものです。ですが、仕事自体好きであるなら、そんな作業をすることは苦にならないこともありますし、気にならないことだってあります」
そう……なんですかね。
「ですが、しなくてもいい仕事を……やりたくない仕事を押し付けられるのは、それはとても嫌なものです。あなたご自身には必要のない、そしてしたくない仕事でしたでしょうから。それをやらされたのと、したくなければ拒否してもいい依頼の話を聞くのとでは、同じ頼まれるにしても受け止め方が違うのは当然でしょう」
……そのこともあるのかな。
クローキーさんのお願いを聞かされた時は、どんどん話を進めていくは怖かったけど、嫌な気持ちがなかったのは。
「ま、したくない仕事は断ればいいだけのこと。私は従業員や、奴隷の仕入れ先の地域の者達など、いろんな人達から助けられてますから、ときどき私の一存では決められないこともあります。ですがルスターさんは誰かの助力なく店を始めるのでしょう? なら、仕事のすべてのことをご自身で決められる、ということではないですか? 過去に何があったかしるつもりもありませんが、これからは前を向いて、自分の信じる道を進むのがよろしいでしょう」
クローキーさんのお話を聞いて、気持ちが何やら落ち着いた。
誰も知らない昔のことに、ちょっと拘り過ぎてたのかもしれない。
軽く頭を下げて、クローキーさんの店を出た。
そのあとは、クローキーさんから教わった工房を訪れ、看板の注文をお願いして工房を出る。
「どうしたんだよ。何か気味悪ぃな」
それから間もなくして、マールさんからそんなことを言われた。
僕に向かって言った、とはにわかに信じがたかった。
でも、帰り道が気味悪い、というには、その前のどうしたんだよの言葉が意味不明。
ということは、僕が気味悪いってことになる。
心外。
「気味が悪い?」
「何か、底抜けに明るい顔してんぞ、お前」
まぁ、うん。
クローキーさんの店を出る前に聞かせてもらったお話しが、晴れ晴れとした気分にさせてもらったって感じがする。
……あれ?
ってことは……。
「じゃあ……僕、今まで、どんな顔してたんですか」
「何かこう……辛気臭い顔?」
いや、辛気臭いって……。
「あ、でも、飯を食う時は、思いっきり幸せそうな顔してんだよな。見てて気分が良くなるぐれぇにな」
……そりゃ、ご飯、おいしいんだもん。
「ともあれ、新しい防具と武器を買ったんだ。間もなく晩飯って時間でもねぇし、一働きしてみねぇか?」
「え? いいの?」
なんか、あの後デザート、二品くらい追加してたよね?
しかも大きめのケーキか何か。
動けるの?
「初めての物を身に着けたんだ。あたしもそうだったけど戦闘は慣れてるからよ。でもお前はそうじゃねぇだろ? 何事も試しってのは大事だぜ? それに、具合が良くて調子に乗るってのもまずいしな」
え?
調子に乗ってまずいこと、あるの?
「試しに動いて調子に乗ると、思いもかけない事故が起きた時大慌てになることがあるからな。晩飯の時間を守りゃ、そんなに長く活動できねぇだろ? ならこれから試すってのは、時間的にもいい感じなんじゃねぇの?」
なるほど。
それに、少しでもレベルあげとかないと。
マールさんのレベルも上げときたいし。
そう考えると、マールさんの提案を断る理由がない。
「うん。じゃあマールさんにサポートしてもらいながら、ちょっと頑張ってみようか。晩ご飯は帰りの途中で、どっかに寄って食べよう」
※※※※※ ※※※※※
魔物討伐の現場は久しぶりだった。
といっても、懐かしんでる場合じゃない。
マールさんならその心配はないだろうけど、僕の冒険者レベルは2に戻ってる。
普通の冒険者なら楽勝で勝てる魔物でも、僕ならそいつの一撃で死んでしまいかねない。
けど、本当にマールさんは頼りになる。
マールさんと一緒に出掛けたダンジョンの、入り口からそんなに奥に進まないところでうろうろしてた。
そこに出てくる魔物達のレベルは低いけど、そういうことだから今の僕にはとても危険。
ところがマールさんは、ひょっとしたら装備品を全部外しても、怪我一つなく退治できそうな感じだった。
魔物になるべく近づかないようにして、一、二回ほど攻撃して、マールさんが僕の後ろから一っ飛びで魔物に襲い掛かる。
握り拳で一薙ぎして、戦闘終了。
これが意外と時間がかからない。
しかも深入りもしないから、油断は禁物だったけど結果的には予想以上の収穫があった。
マールさんと僕は意気揚々と洞窟を引き上げ、僕らの店がある繁華街の酒場で晩ご飯の時間を過ごすことにした。
「お前の言葉に甘えて、好きなもん注文しちまったけどさ……。拾ったアイテムが銀貨三枚になって、それで晩飯になって収支はなし。いいのかよ、これ」
いいに決まってるよ。
「何の問題もなし。今日はいいことづくめだったからねー」
「いいことづくめって……そう浮かれていいのか?」
マールさんが妙に心配する。
何かあったっけ?
「お前の装備品と看板注文したろ? あれでいくらかかったんだよ」
「えっと……計算してないけど、手元には銀弊二枚に、ここで支払うお釣りくらいだね」
「……差し引き、ほぼゼロじゃねぇか」
「あ……マールさん、そっちの心配してたの?」
「そっちの……って……。人がせっかく心配してやってんのにっ」
マールさんが不愉快そうに頬を膨らませた。
今日、初めて修復の仕事をした。
なのに、稼いだお金を使った残金が、昨日とおんなじだもんね。
それだけ、親身になってくれてるってことか。
ちょっとうれしい。
「あは、ごめんごめん。でも昨日と違うとこがあるんだよ」
「違うとこ?」
「うん。昨日は、僕の防具とかを買う必要があった。でも今は、もう大きな出費が必要なくなったってとこかな。明日以降は、手持ちのお金がゆっくり増えていくだけ、だと思うよ?」
「……心配ない、てんなら、まぁいいけどよ。……ま、もう注文しちまったんだ。遠慮なく食わせてもらうぜ?」
「うん。追加注文したくなったら、どんどんしていいから。食べ残しは勘弁してほしいけど」
マールさんは、誰がするかよ、と言うと、目の前の料理から一心不乱に勢いよく食べ始めた。
マールさんに言わなかったけど、もう一ついいことがあった。
僕の冒険者レベルが、あの時間帯で10も増えた。
クローキーさんのお願いの件は、僕の本業が軌道に乗って、時間に余裕が生まれたらやってみようかと思う。
けどそのために必要なのは、生活費はもちろん、育成に必要なレベルを貯めておくことだ。
引き受けたはいいけど、譲り渡せるレベルがないでは、クローキーさんをがっかりさせちゃうからね。
明日の開店前に看板を持ってきてくれるという。
いよいよ本格的に仕事が始まるってわけだ。
いろいろと楽しみで仕方がない。
僕も、マールさんに負けないくらいたくさん食べて、体力つけなきゃね。
僕の人生、さよならだらけ ~頭にドラゴンの牙が刺さって取れないままなんですが~ 網野 ホウ @HOU_AMINO
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