学舎と寄宿舎生活:貴族ってそういうこともするんだ……

 部屋に戻ると、部屋の奥にソファがあって、その真ん中に、ラーファさんとリーチェさんに挟まるようにカーク君が重心を後ろに傾けて、どっかりと座ってた。

 お金持ちの男の人がそんな座り方をすると多分とても似合ってるけど、カーク君がそんな感じに座っても、ちょっと……。


 レイン君とサクラさんはというと、自分の机の席に座って、それぞれ何か勉強っぽいことをしてた。


「みんな、ただいま……」


 と言う前から、みんながこっちを見た。

 ドアが開くのを見たら僕がいた、って感じだね。


「髪の毛、全部剃るとそんな感じなんだ……って、それ、何?」


 レイン君が席を立って僕に近づいてきた。

 当然レイン君にも頭の模様が目に入ったみたい。

 よく見せようと、頭を下げる。

 すると、奥の方から怒鳴り声が飛んできた。


「変なモノ見せるな!」

「気持ち悪い……」

「こっち来ないでよ!」


 貴族出身の三人はこんな反応。

 見せろ、と言われて見せた結果がこれじゃあ、見せようとした努力がなんかこう……。


「刻印が三つもあるのって……どういうこと?」


 レイン君に遅れて僕に近づいたサクラさんも興味はありそうだけど、サクラさんは紋章の方に気をとられてる。

 レイン君の隣に立って、指先で僕の頭の紋章をなぞった。


「きれいな模様だな。これ、一体どうしてできたんだい?」

「模様は……ちょっと気持ち悪いかな」


 あ、サクラさんもそうは思ってるんだね。


「そんな気味の悪いもん、何とかして隠せよ!」


 カーク君の怒鳴り声がまた飛んできた。

 何とかして、と言われても、帽子をかぶるくらいしか思い浮かばないんだけど。

 流石にそれは良くないよね。


「でも……これって生まれつきじゃないよね? 何でできたの?」

「ドラゴンに襲われたって言ってたよね。その時の?」


 言っても信じてもらえるか……。


「えっと……ドラゴンの歯が頭に刺さったって聞いてる……」


 あの勇者達は、歯が刺さったのを見たって言ってた。

 だからほんとのことなんだと思うけど、僕にはその実感がない。


「はぁ?!」

「そんなわけあるかよ! 適当な事言うな!」

「バッカじゃないの?! あるわけないでしょ、そんなこと!」


 実感がないけどそうらしいから、それをそのまま言ってみた。

 けど、そしたらすぐに反応したのが貴族生まれの三人組だった。

 怒鳴り散らす割にはそんな座り方をしたままで、ソファから立とうとしない。

 関係持ちたくないならほっといてくれればいいのに。


「……歯が刺さったら、そのまま溶けるように頭の骨にしみ込んだ、って言ってた」


 その時の様子も、何度も聞かされてたからそれも伝えてみた。


「適当な事言うんじゃねぇよ!」


 一々文句を言われるのも疲れてきた。

 最初は、紋章を見せろって話じゃなかったっけ?


「ちょっと待って、ルスター君。刺さった歯が頭の骨にしみ込んだって言ったわよね。それって……」

「うん。勇者の人達からは、同化したって聞いたんだけど……」

「そんなことあるの? ルスター君!」


 レイン君が妙に驚いてるんだけど。


「……ドラゴンって、普通は魔獣扱いになるのよね。だから同化なんてあり得ないのよ」


 レイン君がサクラさんの話に食いついてきた。


「魔獣扱い、てのは分かるけど……」

「うん。極端な話、動物の類だからね。でも動物にはない力があるのは分かるわよね?」

「火とか冷たい息吐いたりするとか、だよね」


 何となく分かる気がする。


「けど、歯が刺さって、それを取り除く間もなく同化する、って言うのは、普通はあり得ないでしょ? 動物に噛みつかれて、抜けた歯がかみついたところに刺さったまま、までは分かるけど」

「うん。そうだな。普通は刺さりっぱなしだもんね」

「つまり、魔獣の類じゃないドラゴンに襲われた、ってことが言えるのよ」


 どんなドラゴンに襲われたかは覚えてる。

 名前までは分からなかった。

 勇者の人達に、あとで教わった。

 とても珍しい種族、とも教わった。


「だから、動物の類じゃなくて、魔力主体の生物ね」

「魔力主体?」


 思わず聞き返してしまった。

 そんな言葉、初めて聞いた。


「うん。スライムとかがそうよね。物体なのに、生き物のように活動する……いわゆる魔物ってやつよね」

「でも、ルスター君はドラゴンに襲われたって言ってたよ?」


 確かにレイン君の言う通り。

 歩くたびに起こる、村ごと揺れるくらいの地響きに吠える声。

 僕を真上から見下ろすその顔、姿。

 間違いなくドラゴンだけど……。


「うん。だから、魔獣タイプじゃなく魔物タイプのドラゴンだと思うの。そのドラゴン、どんな色してた?」


 そう、その色は……。


「鏡でもちょこっとしか見えないんだけど、僕の頭の、その模様のような……」

「……そんな色をしてたのかい?」


 色……。

 いや、色じゃなくて……。


「あ、いや。色じゃなくて……光り……かな? あ、違うか」


 光る、というと、火とかお日様とかだけど、そうじゃないな。


「何か……キラキラした感じの……」

「あ、勇者の魔術師とかが持つ杖の先についてる石みたいなの?」

「あ、うん。そんな感じだよ、レイン君」


 分かりやすい例えをありがとう、レイン君。


「魔力がこもった宝石でできてるドラゴンじゃないっ。珍しい体験……って、村が襲われて家族がいなくなったんだっけか。……ごめんね」

「あ、気にしなくていいよ。村は立て直したらしいし、家族はどこかにいるって聞いてるから……」


 別にサクラさんが気に病むことじゃない。

 それに、きっとみんな立ち直ってるよ。


「なぁに話を作って盛り上がってんだよ! 宝石でできたドラゴンなんて、早々いるわけじゃねぇだろうが! みんなの気を引こうとするずる賢いやり口だよなぁ!」

「そうよ! あんな珍しいドラゴン、みんな見たことないでしょう、みたいな自慢話じゃない!」

「村が襲われて家族とも離れて可哀想な自分を慰めて、とでも言いたいの?!」


 何でそうなるの……。


「……でも、それでそんな模様ができたんだね……。でも……紋章の形って色々あるんだね」

「そうね。あたしの紋章は、上から落ちる水滴のような紋章なの。しかもとても小さいから、遠目じゃ分かんないかも」

「いや、ちょっと離れてても、何となく分かるよ? 僕のは、六角形で、中になんか模様が入ってる。ほら」



 言われてみれば確かに。

 その中心から線が外に向けて出てるような、そんな感じ。


 で、僕のは……分からない。

 鏡と手鏡とかがないと、僕には見えない。


「何か、王冠みたいな形と、丸の……内側の線に沿って、水滴が三つ、同じ方向に並んでるのと、バツの先全部が丸く膨らんでる……って言っていいのかな。そんなのがあるよ?」

「ふーん……」


 一応相槌は打つ。

 でも口で説明されてもよく分かんない。

 ラミー先生も見てたけど、僕にはどんな物なのか教えてもらえなかったしなぁ。


「くっだらねぇこといつまでもグダグダ喋ってんじゃねぇよ!」


 カーク君が更に大きい声で怒鳴る。

 何というか……僕らを完全に見下してる感じ。


 どう思おうが自由だとは思うけど、僕ら、というか、ここで生活する子は全員、まずここの規則に従うべきで、それ以外のそっちで決めた決まり事は僕らには関係ないと思うんだけどな。


「ったく聞いてらんねぇよ! おい、ラーファ、リーチェ、体育館に行くぞ。俺らは体鍛えねぇとなぁ」

「そうね。運動になる遊びも大事だって話、あったしね」

「うんうん。それにこいつらと一緒にいるのって、貧乏が移りそうで耐えられない!」

「おいおい、リーチェ。それはあまりに可哀想だろ? あははは」


 カーク君はソファから勢いよく立ち上がると、そのまま二人を連れて部屋を出た。

 体育館は学舎にあるけど、この寄宿舎にもあるみたいだ。

 部屋にいる者同士は仲良くするように、とは言われたけど、一緒に同じことをするように、とまでは言われてない。

 学部も違うから、同じことをすると逆に不都合なことも多そうだ。


「……ようやく静かになったね」

「同じ貴族の生まれとして、ちょっと恥ずかしいかな……」


 三人が出た後、レイン君とサクラさんがぼやいて、それぞれの机の席に戻った。


「ルスター君も、教科書の予習した方がいいと思うよ? 術を使うことを求められるけど、知識だって必要だと思うし」

「ルスター君が床屋に行ってる間、僕らもずっと読んでたしね」

「あ……うん……。そうだね……」


 席の配置は、術士三人と闘士三人が向かい合うようになってた。

 幸い同じ学部で仲が悪い、ということはないみたいだから、こういう配置になってるのは安心できる。

 入り口に近い机はサクラさん。次がレイン君、そして一番奥の方が僕の机になった。


 ※※※※※ ※※※※※


 教科書の予習というより、理解できるところだけ教科書を読むって感じだった。

 けど、興味のある部分だけ読んでいったから、勉強というより読んで楽しんでるだけ、だったんだけども。


 もっとも、晩ご飯の時間まで、同じことばかりやれるような集中力はない。

 床が絨毯なので、椅子から降りて床でゴロゴロしたりお喋りしたり、時々うたた寝もしたり……。


「ところでサクラさんの家も貴族なんだよね?」

「うん、そうよ」

「それにしてもカーク君たちとあんまり仲が良くなさそうだよね」


 僕も同じことを思った。

 あの二人の女の子は、カーク君に付きまとってる感じ。

 カーク君もそれを受け入れてる様子。

 でも、サクラさんはカーク君に絡む様子は全くない。

 学部が違うから、ということもあるんだろうか?


「カーク君の口は乱暴なんだけど、間違いじゃないからね」

「間違いじゃない?」


 サクラさんのこと、なんか言ってたっけ?


「……カーク君、なんか偉そうな感じしない?」


 こりゃまた随分直接的な表現を。

 まあ、僕もそう思うんだけども。


「そうだね。ソファに座る姿も、ふんぞり返って、なんかあまりいい感じはしないね」

「……彼じゃなくて、彼の家は実際そうだから」

「実際……偉い……?」

「うん」


 サクラさんの話によれば、カーク君の家……クラフト家の領地は広大なんだそうだ。

 村三つ分くらいある、という。

 土地が荒れないように、草むしりとかの管理をしてくれる人を雇ってるんだとか。

 もちろんそんな広い土地の草むしりなんか、人の一人や二人ではできるわけがない。

 雑草を食べる家畜を養い、その家畜の世話をする人や、年老いたら食用にするための職人も雇ってたりするらしい。

 そんな人達が領地内で生活できるように、生活用品を扱うお店も商売人も呼んで商売もさせてるんだとか。


 その専門家は当然必要なんだけど、誰でもできる雑用もあって、その雑用には、仕事をなかなか見つけられない人を雇ってるんだそうだ。


「……まるで、村っぽい感じだね」

「そう。でも村とは違うのは、その家長が雇って領地内に住まわせてる人達にお手当てもあげてるの」

「お手当て?」


 お手当てというと……。


「まぁ、給料ってことかしらね。だから、商売人とか家畜を食用にして売って収入を得てる人は、その収入全てを家長に報告して全額渡すんだって」

「へえぇ……」

「だから、領地内から得るすべての収入は、住まわせてる人たちみんなの給料ってことになるらしいのね」

「へえぇ……。ってことは、仕事がなくて困ってる人に仕事を見つけてあげてるってことだよね?」

「領地が広い貴族は、仕事を失った人達をよりたくさん助けてあげてるってことなのよ」


 そりゃたくさんの人達から感謝されるわけだ。


「でも、領地が広くても、そういうことをしない貴族もいるんじゃない?」

「いるんじゃないかな? でもそんな貴族と関わる人もより少なくなるから、信頼してくれる人も少なくなるんじゃない?」


 サクラさんでも分からないことがあるのか。


「あれ? じゃあサクラさんの家は?」

「あたしの家の領地は、庭くらいの広さだから、住民どころかお手伝いさんだって一人だけで精一杯。しかもお手当ては、庭で採れたお野菜とか果物だもの。お金じゃなくて済まないって謝ることあるけど、お手伝いさんは、それを売って貯金してるんだって。自分達の家族が食べる分もとっておいてるんだって」


 サクラさんはそう言って笑ったけど、僕らも笑えるところなんだろうか?


「じゃあそれって……貴族じゃなくて、農家のような気が……」


 レイン君。

 流石にそれはちょっと……。


「ご先祖様の何代かが、王家にいろいろと援助してたらしいから、その功績をずっと称えたいから貴族してるんだって。多分お野菜とか持ってってあげてたんじゃないかな? だから、それがなかったら、多分レイン君が言う通り、農家になってたかもね」


 はぁ……。

 貴族って、一まとめにはできないものなんだなぁ。

 いろいろ、複雑な世界のような気がする。


「お父さんやお兄さん達も、農作業してたりするから……。体を使った労働をしないと、そんな生活を続けられないから、貧乏貴族、なんて呼ばれたりするのかな、とか思うけどね」

「でも、そうやって働いてるから、美味しい野菜とかできるんだよね? そのお手伝いさんだって、他の人に売ったりできないよ。サクラさんのお父さん、すごいね」


 村人の多くが農家だった。

 お裾分けでいろんなお野菜をもらってたのは覚えてる。

 ほったらかしにして美味しい野菜ができるわけがない。

 沢山面倒を見ないと、たくさんの美味しい野菜は取れないんだよ。


「ルスター君、ありがと。そういうのを聞いたら、お父さん、泣いて喜ぶかも。あとで伝えておくね」

「あ……いや……うん……」

「……ルスター君。顔、赤くない? どしたの?」


 えっと……。

 思ったことをそのまま言っただけなんだけど、ちょっと大げさ……じゃない……かな……。

 自分にできないことをしてくれる人がいたら、誰だってそう思う……んじゃないのかなぁ。

 でもまぁ、その人のおかげで美味しい野菜とか果物とか食べられることは間違いない、うん。


「あれ? でも、広い土地を持ってる人もそんなことをしてたりしないの? もししてるなら、その人達も貴族になるのかな?」


 サクラさんは、あぁ、と声を出した。

 何かを言い忘れたことに気が付いたみたい。


「国王の王家と、何らかの親戚関係がある人達の家が貴族になるのよ。血縁がない人も含めてね」


 なるほど。

 ただの土地持ちだけなら、貴族にはなれないのか。

 ……貴族になれたところで、何か得すること、あるのかな。


 サクラさんに聞いてみたら……。


「うーん……あたしにもよく分からない」


 だって。

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