学舎と寄宿舎生活:初の実戦は何とか成功したけれど

 初めての洞窟探索は、今までの模擬戦とはやはり違う。

 もちろん模擬戦も、それなりに役に立つことはありそうだけど、魔物がいつ襲ってくるか分からない洞窟内の薄暗さは、自然と緊張感が生まれてくる。


 余計な恐怖心がなければ、その緊張感は感覚を鋭くさせてくれるのか。

 先頭を進むカーク君。

 その斜め後ろ、左右にラーファさんとリーチェさんが位置取り、さらにその後ろに僕とレイン君とサクラさんと言う配置。

 付き添いのメロウ先生はさらにその後ろに控えている。


 薄暗い洞窟の中を進むその先に、何かが潜んでいる、と告げたのは先頭の前衛ではなく、僕と同じくその三人の後ろにいるサクラさんだった。


 日常のカーク君達なら「お前の言うことなんかアテになるかよ」くらいのことはすぐに言い返すだろう。

 けど現状のカーク君達はその言葉に反応して即座に止まった。

 日常と非日常の切り替えがすぐできる、自己管理ができてるタイプなのかもしれない。


「いないじゃない」

「いるような気がした、じゃないでしょうね!」


 こっちに振り向いてサクラさんに文句を言うラーファさんとリーチェさんの、サクラさんを疑うような口調は、文句と言うより罵る感じ。

 でも、その場で止まったままのカーク君は、そのサクラさんの言葉を信じて疑わず。


「サクラ、そいつの数はいくつか分かるか?」


 さらに詳しい情報が必要なんだろう。

 体はとまったままだけど、首は左右を見回すようにゆっくり動かしている。


「……三つ……そばにいそうなのは三つ」


 カーク君はずっとあたりを見回している。

 けど、頭の防具は、頭をすっぽりと隠すタイプ。

 上の方は見えないんじゃないか?

 ということは、上……天井に張り付いているとか?


「上には……見える範囲ではいないな……」


 レイン君もそのことに気付いたようだった。

 光が届かない範囲にいるのだろうか?


 ……サクラさんは、どこにいる、とは言ってなかった。

 まさか……?!


「どうした? ルスター君。先生に状況を教えてもらおうっていうのは規則違反だぞ?」


 後ろから気配を殺して近づいてくる?

 と思って振り返ると、メロウ先生と目が合った。

 その途端、そんなことを言われた。

 そんなことは毛頭考えてないんですけど?


「おい、ルスター。お前、そんな反則すんじゃねぇよ」


 うん。

 カーク君ならそう言ってくると思った。


「後ろから何かが近づいてくるかもしれないと思っただけだよ。そしたら先生が真後ろにいた。それだけだよ」


 ふん、と気に入らなそうな鼻息が、前方から聞こえてきた。

 多分りーチェさんかラーファさんのだ。


「何だ、そうか。悪かったな、ルスター君。……ほら、これでいいか」

「あ、はい……でも……何もいないように見えるな……」


 見えなかった先生の真後ろが、先生が退いたおかげで視界が広がった。

 けど、薄暗くて見えづらいのは変わらない。


「ほんとはいないんじゃない?」

「適当な事言って! 足止めさせて何の意味があるのよ!」


 前衛の女の子二人は、まだサクラさんを責めている。

 もしほんとにいるなら、言い争ってる場合じゃないのに。

 けど、その時ぽつりとレイン君が呟いた。


「……岩に似た魔物……確か、イワガメとか言わなかったっけ?」

「確かそんな魔物はいたはずだけど、ここは学舎の入り口付近よ? あれって確か、人目に付かない所にいるんじゃなかったっけ? そんなのがここにいるわけないでしょ? 何言ってんのよ、あんた」


 今度はサクラさんからレイン君に罵りの矛先が変わった。

 けど、レイン君はいたって真面目な表情。

 何を言われても変化がない。


「……いないとは言い切れないけど、いるとも言い切れ……」

「前の方に大小の岩が二個。その反対側に一個あるんだけど、岩はほかに見当たらない。不思議なことに」


 そう言えば、石ころはあちこちに転がって入るが、岩はなぜか……。

 しかもサクラさんが感じた何者かの気配と同数。


「……気のせいじゃない。今、かすかに動いた。可能性は高い。好き好んで人を襲う魔物の中には入ってなかったな」


 去年、そして今年の学年対象の授業を思い出す。

 人を好んで襲ってくる魔物の代表格はスライムとゴブリン。

 あとは、昆虫や動物の大きいもの、いわゆるジャイアント何とかと呼ばれるやつだ。

 そして、何かの物体に似ている姿の魔物や動物は、怯えやすい性格。

 ただし悪賢いやつらもいて、やり過ごして背中を見せた対象に、後ろから襲いかかるタイプもいる。

 イワガメは前者。

 でも後ろから襲われて噛みつかれたら、カーク君の装備なら何とかなるかもしれないけど、軽装備の僕らは骨まで砕かれるくらいの力はあったはず。


「本物の岩と同じくらいの硬さだったよね……。僕の魔術じゃ力になれそうにない。サクラさんも回復がメインだし、ルスター君も修復がメインだから……」

「しょうがないわね! あたしがここから弓で……」


 遠距離からの攻撃は、間違ってはいない。

 けど……。


「お前らはやめとけ。ラーファの弓矢は多分通用しない。リーチェの細剣も、逆に折れてしまうかもしれない」

「そんな……」

「腕の奮いどころなのに……」


 僕もそうは思ってた。

 けど僕がそれを言ったら、また何かと文句が出て来そう。


「……そういえば、灼熱の呪符を持ってた。あの二体くらいならすぐ溶かせるかもしれない」

「どうやって使うのよ! あんたがあそこまで一人で行って張り付けて燃やして溶かすって?」

「あんたごと溶かしちゃえばやっつけられるかもね」


 僕が動くことが気に入らない、って感じがする。

 それどころじゃない気がするんだけどなぁ。


「あいつらは、動かずじっとそこにいる。こっちに注意を向けてない。ラーファ、矢じりに呪符を張りつけろ。で、俺の後ろから矢を撃て。……ルスター、それで呪符は発動できるよな?」

「え? こいつが用意した呪符を使うの?」


 何で嫌そうな顔をするんだ?

 僕が触った物も嫌うっての?

 まぁそれよりも。


「う、うん。張り付けた後で衝撃を与えたら発動する仕組み。だからカーク君の言う通りにしたら倒せると思う」

「けど、もし生き残ったりしたらこっちに来る可能性がある」

「え?」


 慌てたのはラーファさんだ。

 怒って矢を放った者に向かって突進して来たら、ラーファさんなら一たまりもない。


「だから俺の後ろから矢を放てって言ってるんだ。考えなしに文句ばかり言ってるから、人の話を聞こうとする習慣がつかないんだよ」


 ……どの口が言ってるんだろう?

 まぁそれはともかく。


「灼熱の呪符はっと……。……あった。はい、これ」


 背中に背負ったカバンを降ろし、目当ての物を取り出してラーファさんに渡す。

 ラーファさんは不機嫌な顔で僕から呪符をひったくり、矢じりに丁寧に張り付けた。


「……カーク君から頼まれなきゃ、誰があんたの……ちっ」


 睨むだけならともかく、舌打ちまでするほどのこと?

 まぁ全員生還が最低限の目的だから、気分がどうのってとこまでは我慢するしかないんだけど……。


「……ふんっ! ほら命中。で呪符は……あ……」


 目標は十五メートルくらい先にいる。

 いとも簡単に矢を番えて発射。

 こんな作業のどこに難しさがあるのか、と言わんばかりに。

 刺さって一瞬の間をおいて、その岩もどきは燃え尽きた。

 刺さった瞬間に燃えると思ってたらしい。

 その間が気に入らなかったようで、一瞬、険悪な表情を浮かべていた。

 まぁ一瞬だけだったから、僕も内心胸をなでおろしたんだけど……。


「危ないっ!」

「キャッ!」


 そんな悲鳴が聞こえた直後、何かが何かに衝突する大きな音が聞こえた。

 薄暗かったから、その瞬間は何が起きたか分からない。

 状況を判断できたのはそのすぐあと。

 聞き覚えのある声はリーチェさん。

 悲鳴を上げたのはラーファさんだ。

 そして、二人は地面に倒れているんだけど、ラーファさんが弓を放った場所から少し離れたところで倒れている。

 リーチェさんは、ラーファさんが矢を放った場所で倒れているんだけど、何かの塊がそばにあった。


「このおっ!」


 カーク君が起こったような声を出しながら、その塊に突進し、反対側の壁に一緒になってぶつかった。


 僕らはすっかり失念していた。

 その壁の方に、もう一体イワガメがいたことを。


 その一体が、二体を燃やし尽くした火を見て興奮したのか、矢を放ったラーファさんに向かって飛んできた。

 それに気付いたのはリーチェさんだけ。

 ラーファさんをその襲撃から守ろうと突き飛ばした。

 そんなリーチェさんにイワガメが突っ込んできたみたいだった。

 そんな跳躍力があるとは思わなかった。

 カーク君がそのイワガメをリーチェさんから引き離したかたちになったけど、リーチェさんは体を「く」の字になったまま苦しんでいる。


「リーチェ!」


 ラーファさんは、何が起きたのか分からず戸惑っている。

 リーチェさんの傍に駆け寄ったのはサクラさん。

 早口で呪文を唱え、怪我をしたと思われる患部に手をかざす。

 その手はほのかに光り、その光はリーチェさんのぶつかったところに移動した。


 その間、カーク君がその魔物と格闘。

 何度も剣を振るうが、甲羅と思われる岩っぽい部分に傷一つ付けられない。

 レイン君が応援に駆け付け、イワガメの目があると思われるところに光の魔法をかける。

 二人からは距離があるからただの光としか思えない。

 けれどイワガメは、あまりの眩しさに動きがとれずにいるようだ。

 一方リーチェさんは、傷は回復したと思われるが、うめき声をあげたまま。


「うぅ……」

「ど……どうして……? まだ治らないの?」


 サクラさんは、こんなはずでは、と困惑している。

 僕は何となく、使えるようになった予感がして、二人のそばに駆け寄った。


「な、何するの?」

「いや、多分……使えるかな、って」


 僕は、イワガメが当たったお腹あたりに手をかざす。

 頭にある三つの紋章の一つ、バツに丸の無痛の効果を、誰かに発揮させられる気がした。

 その直感は当たったようで……。


「な、何やってんのよ!」

「痛っ!」


 リーチェさんはいきなり、僕の頬にびんたをしてきた。

 乾いた音が響くが、カーク君達には届いてないようだ。


「最低!」


 とラーファさんが怒鳴る。

 けど、もしサクラさんの術で怪我が治って、それでも痛みが残っているのだとしたら、リーチェさんは完全に治ったと判断していい。


 それに、僕を罵る声よりも、カーク君とレイン君の二人にも応援しなければならない。

 もしイワガメが二人に攻撃して来たら、これだけリーチェさんにこれだけ苦しい思いをさせた攻撃力だ。防具や装備品が破損してもおかしくない。

 それこそ僕の出番じゃないか。


 けどおかしいことが一つある。

 レベルが五以上上回ると、魔物退治は楽に済ませられる。

 なのにこんなに苦戦してるということは……二つのレベルはほぼ同じか、あるいは魔物の方が上回っている。


「人の体も物体扱いできるなら、物を修復する力も人の体に対応できるんじゃ……?」


 リーチェさんにぶたれた頬の痛みも何のその。

 全員が無事で学舎に戻ることが最優先!


「くっ! ……お前が来たって何の役にも……いや、さっきの呪符よこせ!」


 カーク君が怒鳴る。

 何かに夢中になると何かを忘れる。

 道具が入ったかばんは、サクラさん達がいる場所。


「あ……う……」


 ダッシュで往復すれば、そんなに時間がかかるわけがない。

 けれども、僕の役目を忘れたことを糾弾する声が脳内で再生されてしまった。

 体がこわばってうまく動けない。


「道具、必要なら急いで戻って!」


 レイン君の励ましもあって慌てて取りに戻る。

 その背中からカーク君の声が聞こえてきた。


「ほんとに役立たずだな! くそが!」


 役目を忘れた僕が悪い。

 お叱りなら後でたくさん受けるしかない。

 リーチェさんとラーファさんから白い眼を向けられながらカバンをひっつかんで二人の元に急いで戻る。

 しかし、カーク君はイワガメからの攻撃を食らって、僕に向かって吹っ飛ばされた。

 ダイレクトに当たり、二人で反対側の壁にぶつかって、またもその音があたりに響く。


「ぐはっ!」

「い……あちっ!」


 僕は急に頭のてっぺんに熱さを感じた。

 ぶつかった衝撃で、呪符が頭で発動したかのようだったが、女子三人からは何の反応もない。

 僕らが壁にぶつかったことで驚いてはいたけど。


「いたっ!」


 その熱さを感じた頭のてっぺんに、カーク君の背中が強く当たる。

 僕には何が起きたかさっぱり分からない。


「くそっ……! えぇい、邪魔だ!」

「いたっ!」


 その頭のてっぺんを、カーク君に殴られた。

 が、頭の熱さは気のせいと思えるほど、普段と変わらない。

 その前に、体全体が痛い。

 が、その痛みも一瞬だけ。

 多分無痛の効果が発動したんだ。


「え?」

「カーク君……」

「あんなに足、速かったの?」


 僕への怒りをぶつけるかのように、そして今までの苦戦が嘘のように、イワガメを一刀両断で仕留めた。


「え? ……えっと……」


 そばで腰を抜かしていたレイン君も言葉を失う。

 そしてカーク君本人も……。


「え? ……何だ……これ?」


 カーク君が何度も何度も、両手で構えた大剣で叩きつけてもひび一つ入らなかったイワガメの甲羅。

 それが、何の前触れもなしに真っ二つ。

 最初からそれだけの力があるのだとしたら、苦戦ぶりを見せつけるのはあまりに悪趣味だ。

 全員生還という前提で、僕らの目的は、冒険者達が往来する広い通路まで往復することだから。


「みんな。一旦戻ろうか。広い通路まで到達することよりも、ちょっと見逃すわけにはいかない事態が起きたようだ」


 突然後ろにいたメロウ先生からそう告げられた。


「メ、メロウ先生。でも僕ら……」


 魔物退治に成功したカーク君は反論する。


「特に体に異常、ありません! 行かせてください!」


 リーチェさんは先生に訴える。


「使用した道具も呪符一枚だけですし……」


 サクラさんは冷静さを取り戻して現状報告。

 しかしメロウ先生は聞く耳持たず。


「確かにそうだろうね。確かに現状はそんなに変化はない。だが内情はかなり変化が起きてしまった。冒険者のパーティなら、全滅の理由の一つになる。目的達成ばかりが目的じゃない。全員生還して再挑戦する選択も、勇気ある決断の一つだ。戻りなさい」


 先生はそう言うと、今度は当初の進行方向の先頭に立って学舎方面を向き、両手を開いて通せんぼする格好をとった。

 そこまでされては、僕らは先生の言うことに従うしかない。


「……ちっ。せっかく魔物退治できたってのに、目的達成せずにリタイアかよ!」


 明らかに、僕のせい、と責め立てる意思が見え見えだ。

 けど、その事実は強ち間違いじゃない。


 僕らは項垂れながら、目的未達成という結果を学舎に持ち帰ることになってしまった。

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