第3話 お嬢様と文化祭と想いを伝える意味(1)
とんでもないことがあった翌日。
学校に登校し教室の席に着くと、さっそく俺は頭を抱える。
「うーん……どうしたものかなあ?」
昨日、朝宮さんのお母さんと会い一つの目標を立てた。
文化祭での演奏、生徒による投票で上位に入ること。
でもよくよく考えると他のバンドに比べて不利だ。
演奏を聴きにくる生徒たちは、J-POPやロックなどボーカル・ギター・ベース・ドラムのようなバンド編成のもの期待するだろう。
そこにサックスアンサンブルなど入れても白けるだけじゃないか?
うちらもベースやキーボードでも入れば、また違うかもしれないし可能ならボーカル入りでも……。
いや、そんなことをして目標を達成したことになるのだろうか?
「朝宮さん、おはよう!」
「おはよ、朝宮さん」
「皆様、おはようございます」
朝宮さんに皆気さくに挨拶をするようになっている。
以前と違い柔らかい表情や仕草を見せるようになり、朝宮さんに接する皆の態度も変化していた。
「あ、あの、朝宮さん。俺二年の——」
「はい、おはようございます」
見慣れない顔の男が朝宮さんに話しかけている。
先輩が何の用だろう?
「放課後二人で話がしたくて……時間は取らせないから、会ってくれないかな?」
あ、これは……。
告白だろうな。
朝の教室に乗り込んでくるとはなかなか勇気があるように思った。
邪魔するなという牽制もあるのだろうか?
「はい。分かりました。では、旧校舎前でお待ちしていますね」
朝宮さんは、にっこりとその二年の先輩に微笑みかける。
「ありがとう」
顔色を変えない朝宮さんと対照的に、顔を少し上気させ先輩は去って行く。
朝宮さんの返事に教室がざわつく。
こういう誘いにはあっけなく断り素っ気ない素振りを見せていたのに。
朝宮さん変わったねとみんなが口々に言う。
俺は朝宮さんの方を向くと、目が合った。
軽く頷き、簡単な挨拶をしたのだが……朝宮さんは目を逸らし、俯いてしまう。
あれ?
そういえばなんとなくよそよそしく感じる。
接点の殆ど無い先輩の告白を受けるなんて事はないと思うけど……。
どうしたんだろう?
そして放課後。
「竹居君、ごめんなさい、今日の練習ですが少し遅れます」
「あ、うん。分かった。先に音楽室に行ってるね」
「はい」
いつも通り笑顔で返してくれるのだけど、どことなくいつもと違うような気がしていた。
「竹居さん……ですよね?」
旧校舎に向かう林の途中で、声をかけられる。
クラスが違うけど、たぶん俺と同じ学年の女子生徒だ。
メガネをかけているセミロングの女の子。
「少しお時間いいですか? あ、私、
「あ、うん……俺は竹居だけど」
「はい、竹居さんってどなたかとお付き合いされていますか?」
えっ?
どういうことだ?
「いや、付き合ってる人はいないけど」
好きな人がいる。
彼女は頬を染め、真剣な目つきで俺を見ている。
握りしめた手に力が入っているのか、かすかに震えている。
「よかった……自分、竹居さんを前から知っていました。学習発表会の時の演奏はとても素敵で……あの、す……好きです! もしよかったら、付き合ってもらえたら」
日景さんの様子からとても頑張って言ったのが伝わってくる。
その気持ちに敬意を感じるからこそ、ちゃんと言わないといけない。
「ごめなさい」
俺は頭を下げた。
「…………はい」
「俺には好きな人がいて、君とつきあうことはできない」
彼女は、もう知っていたよと言わんばかりの強がった笑顔を見せた。
瞳は潤んでいて……涙をこらえているのが分かる。
「もし……もし、竹居さんがその好きな人と上手くいかなかったら、自分にもチャンスはありますか?」
俺が諦めたらゼロじゃないかもしれないけど。
曖昧な、変に希望を持たせるようなことを言いたくないし、そんなこと考えたくないのが正直なところだ。
「ごめんなさい。無理だと思って欲しい」
「……ですよね」
彼女は溜息をつく。
「——はぁ。待っていて欲しいと言ってくれてキープするような人だったら……諦められたのかな」
「えっ?」
「あ、いや……試したとかじゃなくて本当に待っていたいと思ったんですよ?」
なんとなく彼女の言いたいことは分かる。
でも、俺に選択の余地は無い。
「うん……ごめんね」
「でも、じゃあ……あの、ファンといいますか、推しとして見守っててもいいですか?」
「お、推し? それは構わないというか、俺が良い悪いを決めることじゃないけど、他の人の方が——」
言いかけてやめる。
こういうことはあまり意味が無い。
彼女は目頭を拭って俺を見上げて言う。
「よかった。あの、竹居さん。好きな人とうまくいくといいですね」
「……ありがとう。って言っていいのか分からないけど」
「大丈夫ですよ。はぁ、益々諦められなくなったような気がする」
「えっ?」
「いえ、なんでもありません。またお話しできたらいいな。失礼しますね」
そう言って、彼女は俺に軽く礼をして、あっという間に去って行った。
名残惜しい気持ちと、涙が溢れそうな気持ち両方から逃げるように。
ショックだ。
こんな経験無いからどう気持ちに整理を付けたらいいのかわからない。
俺は林の中にあるベンチに腰掛けた。
もしも日暮さんと先に出会っていたら俺の答えは変わっただろうか?
もし朝宮さんと会っていなかったら?
いや、朝宮さんと会わなかったら、今の俺はない。
だとしたら、さきほどの告白もあり得なかったことだろう。
「あ……竹居君。どうかされましたか?」
いつのまにか、少し首をかしげた朝宮さんが目の前に立っている。
彼女の瞳は、まるでさっきの日暮さんのように潤んでいた。
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